第191話 やはり順調には進行できないようです

 放課後は学校に居残り、文化祭準備を進めたいところだが。


 今日は水曜日。アルバイトの日だ。


 本来なら僕と美海、2人とも出勤しなければならない。

 だが、今週の水木金曜日は僕だけが出勤となった。

 美海と莉子さんには部活動へ専念してもらうためだ。


 部長の美海、それに達筆な字を書く莉子さん。

 部活は2人に任せた方がいいと話し合い、美空さんの許可も得て決まった。

 だが初めは、僕と美海の考えが衝突した。


「私がバイトに出るから、こう君は書道部をお願いしてもいい?」


 と、美海は当たり前のように言った。

 書道部の部長である美海がバイトを休み、部活動に専念した方がいい。

 だからそう説得した。


 すると美海は、面白いくらいに複雑な表情をいくつも見せてくれた。

 責任感の強い美海のことだ。

 そのため自らアルバイトに出ると言ってくれたと考えらえる。


 だけど僕が言ったことも正しいと分かったのだろう。

 その結果、頭の中でさまざまな考えが巡り、いくつもの表情を見せてくれたのかもしれない。


 珍しい表情をする美海に対して呑気に『可愛い』と感想を抱いていたら、美海は僕の予想にしていなかった返事を戻してきた。


「私は、その……文化祭って準備も全て思い出になるから、幡くんや莉子ちゃんも一緒だし、こう君が楽しい思い出を作れたらなって……余計なお世話だっ――」


「そんなことない。美海の気持ちは凄く嬉しい。ありがとう」


 もう、全力で言い切った。

 食い気味に勢いよく言ってしまったため、それが可笑しかったからか。


「こう君のそんな姿珍しい。可愛いよ」


 と、クスクス笑われてしまった。


 そんな経緯があったのに、ではどうして僕がアルバイト担当になったかというと、単純に僕が初めに言ったことへ帰結する。


 さらに駄目押しで僕はこうも言った――。


「美海がいるだけで全てに色付き、いい思い出になるから」


 アルバイト中にも関わらず大胆なことを言ったし、まるで歯の浮くようなセリフでもあるが僕は大真面目だ。


 ただ、この時はアルバイト中。だから反省した方がいいかもしれない。


 美海の耳が赤く染まるのを見ながら、そんな自省の念に駆られていると、気付かぬ間にそれを見ていた第三者から鋭い突っ込みが飛んできた。


「美海ちゃんと郡くんが仲睦まじくしている姿を見ることは、お姉さんも大好物だけどね、今は仕事中だし後にしてもらってもいい? 後なら好きなだけイチャイチャしてもいいから」


 この後にあったことは割愛する。

 現在、目的地としていた風紀委員室に到着したためだ。


 ただ……慌てふためく美海が可愛かった。と、だけ言っておこう――。


「それを聞かされる私はどう反応したらいいの? 八千代郡だけ呪う? 美海ちゃんを祝福するのは確定」


「出来れば僕のことも祝ってほしいな。それより、鈴さんはまだ来ていないみたいだね。バイトがあるから、そんなに時間もないんだけど」


 合鍵を持つ山鹿さんにより開錠された風紀委員室で待つこと5分。

 重要な話があると言って、僕を呼んだ鈴さんが入室してきた。


「お待たせしてすみません。お茶でも淹れたいところですが、時間もないですよね?」


「はい。バイトがあるので、出来ればあと10分くらいで学校を出たいです」


 直接バイト先へ向かえば30分くらいなら平気だが、クロコにご飯をあげに帰りたい。


「では手短に状況の説明からしましょう。こちらを――。それと祝、貴女は退出なさい。千代くんと2人で話したいことがあります」


「私は八千代郡の監視役ですから――」


「風紀委員長でありファンクラブ会長である私が、まさか千代くんとの間で男女の仲が生まれるとお思いで?」


「……外にいる」


 不満たらたらな表情でそう呟いてから、山鹿さんは退出していった。

 今は生徒会に所属しているとはいえ、実質鈴さんの右腕的存在が山鹿さんだ。

 その山鹿さんにも聞かせたくない話。


 それだけでこれから重要な話をされることを察せられる。

 気になるところだが、待てば分かること。

 今は手渡された各派閥をまとめた資料に目を通す。


 鈴さんはこれを準備していたから、遅れてやってきたのかもしれない。

 資料を参考にしつつ、鈴さんからの補足説明を受けるが――。


「想定以上に厳しい状況です。今日早速、本宮は前生徒会長含む3年生と接触した模様です。また、亀田、広野入の2人は1年Cクラス、白岩がDクラスで風紀委員会への不満を煽り、それとは反対に生徒会の評判を上げる動きを始めました。そしてすでに……とは言っても、生徒たちから反感を抱かれることをしているのですから当たり前なことですが、1年Cクラス、Dクラスに関しては半数以上が生徒会に賛同するような動きがあります」


 全校生徒480人に対して、今日までこちらに傾いていた人数は過半数を超えていた。


 それがたった1日……いや、半日で崩れ去ったということだ。

 僕たちが1年Cクラス、Dクラスの残り半数を取り込めたと考えると、さらに約40……いや、20人くらいとみたほうがいいだろう。


 AクラスやBクラスに関しても、あくまで見込みで確定などしていない。

 そのため、捕らぬ狸の皮算用もいいところだが、それでも200人を超えるのがやっと。


 つまりは前生徒会の3年生次第では、一気に詰んでしまう。

 このまま話がまとまり、こちらに協力してくれたとしても、やっと過半数になるかどうか――。


「前生徒会の3年生を何としても引き込まないと終わりですね」


「ええ、千代くんの言う通りです。ですが悪い情報はまだあります。前生徒会の3年生3人の中で、こちらに協力的な人は石川元樹だけです。月美曰く、他2人に関しては状況が変化して芳しくないそうです。また、私たちに一任されている1年Cクラス、Dクラスに関しても、今日は事あるごとに邪魔が入りまともに話が出来ていない状態です。恐らく本宮の謀略による妨害でしょう。たった半日でこれですから、この先も厳しい状況が続くでしょう」


 月美さんでも、どうにもならないのか。

 思っているより不味いかもしれないな。

 それに鈴さんたちファンクラブに関してもだ。

 人数がいて、情報収集も抜かりない。


 それなのに事あるごとに邪魔が入ってまともに話が出来ない状況……。

 情報戦で月美さんと鈴さんを上回り、こちらの動きに合わせて先回り、妨害している。


 そんなこと可能なのだろうか。


 考えられることはやはり、内通者……スパイがいる可能性が高くなる。

 だけど――。


 あれから莉子さんからの報告はないが、一番怪しいと睨んでいた日和田先輩は真面目に風紀委員会の活動へ取り組んでいるし、そもそも会話に加わっていない。


 そのため見張りを付け警戒は続けつつも候補から外している。

 次に本宮先輩とカラオケに行っていた長谷と小野の2人だが、部外者である2人が知れることはたかが知れている。


 つまりは論外。


 あと最初に、僕個人が怪しいと疑っていた山鹿さんは電話をした夜に疑いは晴れている。


 まあ、退室を促したことを考えるに、鈴さんが山鹿さんを疑っている可能性もあるが。


「千代くん、言いにくいのですがスパイ……というよりも裏切り者がいると考えられます」


「ええ……そうですね……」


「私が考えるに――」


 裏切り者に関して鈴先輩は心当たりのある裏切り者の名前を口にしたが、僕が首を横に振ったことでその話は終了として次の話に移ったが、この日は時間もなかったため、当面の目標を三つ定めるにとどまり、具体的な対策は後日にした。


 目標一つ目として先ず、生徒会側で下剋上に賛成する人員として冨久山先輩に協力を仰ぐこと。

 これは僕が動こうと思ったが、鈴さんに策があるらしいのでお任せした。


 二つ目に、元樹先輩を通して前生徒会の3年生と接触、協力を仰ぎ直すこと。


 三つ目に、スパイ、いや……裏切り者を探ることだ。


「千代くん、心を鬼にして言いますが――」


「ええ、分かっています。僕なりに考えてみます」


「……では、また何かあれば連絡します。バイト前にありがとうございました」


「こちらこそ、いつもありがとうございます」


 鈴さんと別れ早足で帰宅する途中、月美さんから吉報が届いた。

 この間保健室でボソッと言っていたが、どうやら月美さんは本気で白岩さんを評価していたようだ。


 白岩さんにとってはブラック企業に就職するようなことだから、申し訳ない気持ちも湧いてくるが……月美さん曰く、懐柔が間に合いそうだと。


 つまり、1年Dクラスがこちらに付く可能性が高くなったということだ。

 それでも状況は苦しい。だから――。


 ――、やり方は任せますので本格的にお願いします。

 と、お願いしておいた。


 本当に嫌だが状況が逼迫しているのだ。贅沢は出来ない。

 最後の手段としての保険は大事だ。


「……例のやつって? 私聞いていないけど? あと、船引鈴と何を話したかも聞きたい」


「月美さんとの話は内緒かな。というよりも言いたくない。ああ、別に山鹿さんを信頼していないから、内緒とかじゃないよ」


「それなら教えて欲しい。あと船引鈴との話も」


「僕の精神衛生状態に関わるから、ギリギリまで言いたくない。鈴さんとの話も必要になったら言うから、今はそれで我慢して?」


「………………どうしても?」


「うん、どうしても。お願い、あーちゃん」


 こう言えば引き下がってくれると確信していた。

 だから自分でも狡いと思うが、本当に言いたくないのだ。


 この『最後の手』は自爆にも近いことだから、出来ればこの手を使わずに終わらせたい。


 そして確信した通り、

 あーちゃんはひと言だけ呟き、引きさがってくれたのだ――。


「呪う………………」


 ▽▲▽


「はぁ……」


 八千代郡と別れた帰り道、ため息が漏れ出てしまう。

 昔からあいつは本当に狡い。

 ここぞというタイミングで昔の呼び名を言われてしまったら、

 自分の名前を嫌っている私に、

 こーくんが付けてくれた名で呼ばれたら、

 私は黙るしかない。


 だから本当に狡い。

 昔から不意を衝く発言はあった。

 おかげで私も名前の呪縛から解き放たれた

 だがそれは何の計算もなかったからまだ可愛げがあった。


 でも今は駄目だ。


 計算して言っている。狡いのだ。本当に狡賢くなった。

 屑男になる才能の塊だ。


 くず、クズ、屑、屑屑屑屑屑ッッ。


 美海ちゃんはあんな男の何がいいのか。


 格好いいから?

 それとも優しいから?

 笑った時の目元が可愛いから?


 そんなのまやかしだ。

 ただ背伸びして格好つけているだで、優しさだって自身の為の偽善的行為だ。


 笑った顔だって計算して笑うようになれば、いよいよ手が付けられなくなる。

 それなら器用にいろいろ、そつなくこなすところ?


 いいや。あれは不器用だ。だから――。


 一番大切な事だけに全力を注げばいい。


 美海ちゃんだけに全力を注げばいいのに。そう考えてしまう。

 能力以上にあれもこれもと手を伸ばすから、たくさんの事を抱えてしまう。


 目を離すと何をしでかすか分からない。

 だから放っておけない。

 美海ちゃんのため。

 そう。

 仕方ないから私は、昔も今も八千代郡を見張っている。


 この学校で2人に再会できたのは本当に偶然。

 入学式の日。

 美緒姉さんが担任の先生ということも衝撃だったが、それ以上に――。


 神職……巫女の家系に連なりながら、運命を信じない私ですら運命を信じた。

 美海ちゃんと八千代郡の運命力に。

 2人が天から祝福されている証だって。


 でも2人は昔の記憶が残っていなかった。

 ううん。美海ちゃんは八千代郡によく視線を送っていたから、魂のどこかに記憶している。


 問題は八千代郡だった。


 何あの表情のない顔。あんなの許せない。

 そんな表情して、美海ちゃんと同じ空間で過ごすのが許せない。


 昔みたいに可愛く笑えるようになるまで、私は絶対に八千代郡を認めない。

 お祝いなんてしてあげない。


 それどころか、他の女にうつつを抜かして……呪ってやりたい。


 表情の理由について。一応。

 そう考えて、五色沼家に協力してもらって八千代郡の過去を調べた。

 思っていた以上に壮絶な過去だったが、関係ない。


 八千代郡は美海ちゃんに選ばれた人。

 それならやっぱり――。


 美海ちゃんを幸せにする義務が八千代郡にはあるのだから立ち直らないといけない。


 だから私は見張ることにした。

 八千代郡が住む部屋の下の階の住人を追い出……交渉して、越してきた。


 見張り続ける毎日。変わらぬ日々が過ぎて行くだけ。

 そんな日々にもどかしくなっていたが転機が訪れた。

 八千代郡がアルバイトをクビになり、美空姉さんのお店でアルバイトすることになった。


 さらにたった1週間で、2人の距離がグッと縮まった。

 それからバス旅行や体育祭、平田莉子のおかげで互いに対する意識が芽生えた。

 いや、思い出した。が正しい。


 運命の強制力が恐ろしいとも思える。


 今は八千代郡も徐々に記憶を取り戻している。けどまだ足りない。

 だから私は2人ため、嫌われることも辞さず蝙蝠のように動いていたが――。


「――潮時かもしれない」


 でもまだ最後に一つ、仕事が残っている。

 だから携帯を取り出し、本宮真弓に電話を掛ける。


『やぁ、祝。待っていたよ。定時連絡ご苦労様。早速だけど――』


『その前に私から』


『おや? もしかして、探していたご主人様が見つかったのかい?』


『そう。だから、こういうのはこれでお終り』


『そうか、残念だよ。ちなみにご主人様は、やっぱり千代くんなのかい?』


『イエスともノーとも答えない』


『それがすでに答えのようなものだと思うけどね。まぁ、いいさ。好きにするいいよ。今日の報告も信用に値しないから結構だ。精々、私を楽しませる結果になることを期待するよ。では――』


 賽は投げられた。あとは大人しく待つだけだ。


 昔交わした約束が果たされるのか。


 呪いのようなわざわいを打ち破り、祝福に転じられるのか。


 あとは八千代郡を信じて待つだけ。


 

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