第190話 対決。美海VS幸介
本来なら学校の外を出歩くにはおかしな時間帯。
しかしながら文化祭準備期間中に限り、担任の先生の許可さえあればと認められている。
そのため僕らは授業中にもかかわらず、学校の外つまりは堂々と駅前を闊歩している。
悪いことをしているわけではない。
けれども、なんだか少しソワソワした気分になってしまう。
今なら警察に呼び止められたとしても、堂々と受け答えが出来る自信もあるが。
謎の自信だし無駄で必要のない自信ということを自覚する。
どこか、非日常を感じて浮ついているのかもしれない――。
組み合わせについては先頭に幸介と佐藤さん、その後ろが美海と山鹿さん。
最後尾に僕の縦3列で駅前を歩いている。
多少の寂しさを覚えはするものの、和気あいあいと会話する友人たちを後ろから見守るのも悪くない。そんな風に考えていると、同じ名花高校生2人組と遭遇した。
「やぁ、千代くん。順調かい?」
文化祭準備について質問しているように聞こえるが、実際は『下剋上は順調か』と問うているのだろう。
「本宮先輩、こんにちは。文化祭準備は今日から始まったばかりですからね。だから何とも言えないです。本宮先輩は順調なんですか?」
「まずまずと言った所かな。今は生徒会らしく、羽目を外している生徒や絡まれている生徒がいないか駅前を巡回している訳だが……千代くんたちは後者の方が心配だね。くれぐれも気を付けて欲しい」
本宮先輩が言う『まずまず』は、順調そのものを意味していそうだ。
今日の今日で劇的に状況が変化するとは考えられないが、浮かべている笑みに余裕が見える。
「ええ、美男美女ばかりですからね。今だけはしっかりナイトの役を果たして、後ろから見守りますよ」
「ははっ――。本当は騎士になりたい。千代くんからそう聞こえたよ。とても似合うとは思うけど、お友達はどうだろうか? そうですね……上近江さんはどう思いますか?」
本宮先輩はチラッと美海に目を向けた。
「……八千代くんは、騎士に選ばれても不思議ではないと思いますけど?」
「千代くんの義妹君である千島さんなら、また違った答えが戻ってきただろうね」
美海の答えを聞いた本宮先輩はつまらなそうな表情で返事を戻した。
「ところで、千代くんはどんな女性がタイプなのかを聞いても?」
「また急ですね?」
「気になったら聞かずにはいられない
大人な女性が好きかと聞かれたら好きだけど、タイプとはまた違うと思う。
それと美波は甘えん坊なだけで、しっかり自立している。
月美さんはただ単に自堕落なだけだから、一緒にしないでもらいたい。
あと、僕は面倒を見るのが好きなわけではない。
「そうですね……本宮先輩の好きな男性のタイプを教えてくれるならお答えしましょう」
「まさか聞き返されるとはね。私の好きなタイプは千代くん……と、言いたいが伴侶に選ぶには少し違うかもしれない。あまり考えた事がなかったが、そうだな……やはり健康的な人がいいね。私はこう見えて寂しがり屋だから、私より先に逝かれたら困る。もうひとつ挙げるなら、裏表のない人がいいかもしれない。私が捻くれているから、伴侶も私と同じタイプだとケンカが絶えなくなりそうだからね。これで千代くんの好きなタイプは聞かせてもらえるかな?」
棚から牡丹餅な感じだが、これで元樹先輩から頼まれていたことが達成出来た。
協力を仰ぐ時のいい土産話が手に入った。
しかも、本宮先輩のストライクゾーンに元樹先輩が入っているようにも感じた。
これなら脈があるかもしれない。
返事を戻そうとしたら、本宮先輩の後方にいる幸介が大きく片手を上げた。
次に自身の腕へ指を差した。
腕時計など着いていないが、時間がないと言いたいのだろう。
「ありがとうございます。まさかこんなに丁寧に回答いただけるとは……僕もお答えしないといけませんね。ですがそうですね……」
チラッと美海を見ると期待した目で僕を見ている。
少しばかり目が潤んでいて、いつにも増して可愛く見える。
「すまない。時間がない所を引き留めてしまったようだね。私たちも巡回に戻るから、千代くんの返事はまた今度聞かせてもらうよ」
「ええ、ではまた今度」
そう言って、会釈してから背を向けたのだが『最後に』と声が掛かる。
「千代くんのクラスメイトの長谷くんと小野くん。2人に一昨日のカラオケは楽しかった。そう伝えておいてもらってもいいかい?」
『承知しました』と返事を戻すと、本宮先輩と冨久山先輩が去って行く。
(あからさま過ぎる)
それに今さら長谷と小野について触れて来られても、大して気にはならない。
それよりも、終始表情を変えず静かに会話を見守っていた冨久山先輩が、最後に苦虫を噛み潰したような表情をさせたことが気になる。
そう考えていると、佐藤さんが幸介の元を離れて後ろまで下がって来た。
「八千代っちは、いろいろモテモテ人気者で大変だね~」
「面倒事に巻き込まれているだけだと思うけど」
「おかしいこと言ってる~! どうせ八千代っちから面倒事に突進したんじゃない?」
「そうかもしれない」
『ほらぁ』と笑う佐藤さん。そうとも言えるから、つい肯定しまったのだ。
すると今度は山鹿さんが、誤解を生じさせる質問を投げ掛けてきた。
「どうして生徒会長に好きなタイプを聞き返した? また誑かそうと考えている??」
本宮先輩に好みのタイプを聞いた理由を山鹿さんは知っているはず。
あの場にいたのだから。
ああ、でもそう言えば、あの時は耳元で話を聞いたんだったっけな。
そうすると、知らないのは当然か。
けれど人からされた相談事を別の人へ話す訳にもいかないし、どうしたものか。
僕が返答しないものだから山鹿さんの目付きも段々鋭くなっているし。
そんな困った状況に頭を悩ませていると、僕よりも大きく逞しい手に右手を掴まれた。
「つか、時間やばいから急ぐぞっ!!」
掴んで来た人物は幸介だ。そしてそのまま繋いだ状態で僕を引っ張り歩く。
山鹿さんから逃れられて助かったが、男同士で手を繋ぎ駅前を歩くのは勘弁してほしい。
「幸介、ちょっと手を離してほしい。視線が痛い」
「大丈夫だ。俺は女顔だからな」
高校生に上がるまでの幸介は確かに女子と間違われることもあった。
だが今は体も顔つきも成長している。
制服だって男子高校生の物だ。女の子が男子高校生の制服を着用している場合も考えられるが、今の幸介は誰が見てもイケメン男子高校生そのものだ。
つまりは『何も大丈夫じゃない』ってことだ。
「不服そうな顔しているけど、たまにはいいだろ? 昔はよく繋いでいたんだからさ」
「いや、昔も繋いだ記憶はないんだけど?」
「ハハッ――でも、ほら? 女子3人も仲よく手を繋いでいるから、俺らもな?」
「なんの説得力もないけど……まあ、もう面倒だしいいか」
幸介は決めた事を譲ってくれない頑固な一面もあるからな。
それに目的地の食品スーパーはすぐそこだ。
それなら諦めよう。そう思った時だ。
「それなら私はこっち!」
「えっと、美海さん? ここは駅前で人の目もあるし、誰が見ているかも分からないよ?」
「大丈夫だよ?」
『こてっ』と首を傾げながら見て来る美海。
そんなに可愛くされても『大丈夫』だという根拠にはならない。
「幡くんが離すなら私も離してあげる」
「お? じゃあ、俺は絶対離してやらねー」
「負けられない戦いの始まりだね、幡くん」
「僕を間に挟んでバチバチするの止めてほしいな」
「じゃあ、勝負といこうか上近江さん」
「望むところだよ」
「あ、無視か。でも、もう着いたから離そうね? 手を繋いだままだと礼儀を欠くし」
僕がそう言うと、2人は素直に手を離した。
勝負が始まると同時に勝負が終わったということだ。
どこか慌ただしい道中であったが、なんとか時間ピッタリに到着が叶った。
時間ピッタリなことに対して怒られたりすることもなく、サービスカウンターで挨拶して、要件を伝えたら納品口に案内された。
「ここの段ボールは好きに持って行っていいよ。帰りも声掛けとかいらないから」
と、あっさりした対応だった。
首ヒモが伸びる先はエプロンのポケット。
そのエプロンの中から頻りに着信音が鳴っているのが聞こえたから、忙しかったのかもしれない。
その場でしっかりお礼を伝え、段ボールの選別に移らせてもらった。
大きな段ボールは僕と幸介の男子が、
小さめの段ボールを女子にお願いして、帰りはそのまま食品スーパーを後にした。
学生5人が手にいっぱいの段ボールを持ち歩く姿は目立ったかもしれない。
けれど、僕ら以外の名花高校生もちらほらいたので、特に視線を浴びることもなかった。
強い風が吹くと、大きな段ボールが風を受けて身体を持って行かれそうになる場面もあったが、転んで怪我することもなく無事に書道部室まで辿り着く。
「皆さん、おかえりなさい。ご飯にします? お風呂にします? それとも、小筆にします? あ、郡さんは特別に莉子でもいいですよ?」
突っ込みたくなる気持ちをグッと抑え、無言で段ボールを置く。
そして莉子さんが手に持っている墨のついていない小筆を受け取り、毛先を莉子さんへ向ける。
「馬鹿ばっかり言っていたら、くすぐりの刑に処すよ?」
「お? 莉子を処すのですか? 郡さんは莉子の体のどこを処す処す処されるおつもりなのですか? あと、特効薬はお持ちで?」
「そうだね、うん。足の裏かな。あと、馬鹿に付ける特効薬はないよ」
「それはつまり――莉子が履いている靴下を脱がせたいということですか? あと、莉子は郡さんほど馬鹿じゃありません」
「靴下を脱がなくても、くすぐることは可能だよ。そんなことも分からないの? でも、とりあえず靴を脱ごうか、莉子さん」
「脱がせられるものなら脱がせてみせてくださいな。ほら、どうぞお好きなように」
余裕そうな表情を浮かべる莉子さんを見るに、僕が途中で折れ降参すると高を括っているのだろう。
その期待を裏切ってやりたいが、友達とはいえ女子の靴下を脱がせることなど出来ない。さて、どうしたものか。
そう思っていると、『貸して』と言って美海が僕から小筆を奪い取った。
さらに机に置いてある小筆も手に取り、佐藤さんと山鹿さんにも手渡す。
「莉子ちゃん、どうして1枚も完成していないか聞いてもいい? 場合によっては……」
「え……それは、え? 美海ちゃん? ちょっと、待って下さい。小筆! 小筆置きましょう? あと郡さん! どうして腕を組んで観戦モードに移っているのです!? 莉子のあられもない姿が観たいのですか!?」
「こう君と幡くん、ごめんね。少しお仕置きするから少しだけ外で待っていてもらってもいいかな?」
美海が言った通り、莉子さんが1人寂しく進めていたはずである名言を小筆で書き込むという作業は1枚も完成していない。
綺麗な白紙の状態である紙が机に置かれているのである。
つまり何もしていなかったといっても過言でない。
段ボール運びは風のせいもあり、思ったより重労働だったから怒りたくなる気持ちも分かる。
「分かった。幸介、手洗いついでに何か冷たい飲み物でも飲んでこようか」
「ああ、そうだな」
苦笑を浮かべる幸介と一緒に退室する間際。
莉子さんの悲痛? な声が聞こえて来たのだ。
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