第189話 Aクラスの扇動者また現る

 15日水曜日。今日から来週水曜日までの1週間。


 通常授業は午前までとなり、午後からは文化祭準備の時間に充てられる。

 所謂、文化祭準備期間というやつだ。


 さらに言えば校則が緩和される期間でもある。

 さらにさらに言えば、今日から本宮先輩たちが動き出すことになる。


 僕個人としては下剋上も大切だけどクラスも大切だ。

 そのAクラスが催す出し物について――。


 一昨日月曜日の朝、ホームルームと1限目の時間。

 長谷と小野の2人はクラスメイトに対して、外部協力の説明をしつつ『カレー喫茶』をやりたいとクラスメイトに提案した。


 文化祭としては地味かもしれない。

『カレーかあ……』と、反対意見が出ることも予想していたらしいが、特に反対の意見もなくあっさりと決まった。


 反対どころか、利益度外視でプロが協力してくれることに魅力を感じて乗り気らしい。


 そうと決まれば、やることはたくさんあるから早く動かなければいけない。

 生徒会に対しては催し物と外部協力申請書の提出。それと調理実習室使用申請書の提出。


 調理実習室に関しては定員一杯の心配があったが、最後のひと組にギリギリ間に合ったようだ。


 学校で必要な申請書関係は長谷と小野の2人が頑張ってくれた。

 余計なお世話、不要な心配。


 そう思ったが念の為、古町先生に保健所や消防署などへの書類の提出もした方がいいか確認したが、先生方が提出してくれるみたいなので心配不要だった。


 先生たちは何もしていないように見えるかもしれないが、見えない所でいろいろと大変な思いをしているのかもしれない。


 催し物が『カレー喫茶』についてはあっさり決まった。

 だが、多少揉めたこともある。

 揉めた内容については、販売方針についてだ。


 売り切れてもいいから豪華なカレーを提供するのか。

 それとも1食あたりの量を減らして可能な限り多くの人に提供するのかと――。


 これについては、土日で長谷と小野から相談を受けていた。

 里店長にも相談しながら、資材や材料費諸々の計算を出している。


 結果だけ言ってしまうと、最大で200食が限界だ。

 それも2日間で200食。

 思いのほかカレーを入れるための使い捨て容器、資材費が高いのだ。


 販売量をこれ以上増やすと材料に使えるお金が減り、みすぼらしいカレーとなってしまう。


 文化祭初日は祝日のため2日間の配分は考えた方がいいが、単純に分けるならば1日限定100食となる。


 この場合、売切れは考えられるが開始してすぐに売り切れることは考えなくてもいい。


 だけど、1食あたりの内容量が気持ち少ないかもしれない。

 まあ、他のクラスも飲食物の催し物を出すと考えるならば、少ない方が丁度いいのかもしれないけれど。


 次の案として、限定100食から150食。

 その場合、数が減ることに比例して資材費も減るから、浮いた分を材料に使うことが出来る。


 つまり、ボリュームたっぷり豪華なカレーを提供できることになる。

 デメリットとして、数が少ない分即完売する可能性がとても高い。


 どちらにせよ、利益率や価格も考えなければならない。

 ただ、学校から『文化祭は営業活動でない』といった理由で、利益を出し過ぎないように指示されている。


 かといって、値頃感満載の価格にしてしまえば、本当に即完売する可能性が高い。

 それくらい里店長のカレーは美味しいのだ。

 気持ちとしては、ある程度の値段に設定して調整したいのだが――。


 クラスの意見としては200食を希望する意見が優勢だけど、クラスみんなで作る文化祭だから少数意見をないがしろには出来ない。


 長谷と小野も、土日で話し合っていたことで、質問されたことに対して丁寧に返答していた。


「それなら使い捨ての容器をやめて調理実習室にある食器を使えばよくない?」


「――えっと、それは……」


 と、中には返答に迷う場面もあったが、その場合は僕も協力して答えた。

 ちなみに質問についての返答は。

 衛生面で保健所から許可がおりない可能性が高いこと。

 食中毒を出さないためにも使い捨て容器にした方がいいと、説明させてもらった。


 食中毒なんて出してしまったら、食べた人や学校、それに里店長に多大な迷惑を掛けることになり、嫌な思い出になってしまう。


 可能性は出来る限り排除した方が無難だ。


 そして最終的には限定200食。ひと皿500円で話がまとまった。


 やはり文化祭だから、物足りないかな?


 と、感じるくらいが丁度いいし、やっぱり多くの人に楽しんでもらいたいといった意見でまとまったのだ。


 余談かもしれないが、僕が語った熱弁も考慮されたようだ。


「量や具は少ないかもしれないけど味は間違いなく美味しい。満足感を得られること間違いない。僕が保証する」


 すると、とんでもないヤジが飛んできてしまった。


 ――さすがAクラス代表の煽り屋!!

 ――よっ! 扇動者!!

 ――やっぱり最後は美味しいとこもっていくのな!!

 ――そこまで言うなら仕方ねーなっ!!


 カレーの魅力を語っただけなのに、どうしてこれが扇動になるのか理解不能だ。

 まあ、でも、これでクラスがまとまったなら『いいこと』として受け入れよう――。


 1人、窓の外を見ながら月曜日のことを思い出していると。


「じゃあ、各自行動開始!!」


 長谷の号令で教室が慌ただしくなる。

 今は昼休みも終わった時間。


 その文化祭準備初日となった教室で、誰が何を準備するのかといった当日の役割を決め終えたとこだ。


 他人事のようにしているが、話はしっかり聞いていた。

 でも一応……小野が板書した黒板を写真に撮っておこうと考え、前に移動して携帯で撮影する。


 僕が撮り終わるのを見計らって、美海が声を掛けてきた。


「八千代くん、部室行こっ!」


「そうだね、上近江さん。行こうか」


 美海以外にも、僕の周りには他の書道部メンバーも集まっている。

 当日に役割を振られた接客や調理、会計を担当する人は、基本的にこの1週間自由行動が認められた。


 自由といっても帰宅することはもちろん駄目だ。

 クラスの手伝いをしたり部活動の文化祭準備をしたりなど、そう言った意味で自由行動が認められたということだ。


 そして僕ら6人の担当はカレーの調理。

 つまり文化祭当日の朝までは自由ということで、書道部の準備をしたとしても問題がない。


「山鹿さんはどうする?」


「校則が緩和され特級指定が解除されたとしても、八千代郡を見届けるのが私の使命でもある。それに私も当日は調理担当だから、クラスに残らなくても平気なはず。余計な事を言っていないで、さっさと部室に移動したらいい。それとも――」


「分かった。もうそれ以上は大丈夫だから」


 きっと最後に口に出そうとした言葉はいつものアレだ。

 山鹿さんの口から、もうあの言葉は聞きたくない。

 お腹いっぱいなのだ。


「祝ちゃんとイチャイチャしているのを見ていても面白いけど、早く部室行こうね? 八千代くん」


「ええ。それに、郡さんとはふはふのせいで私たちも注目されていますから」


「でもさっ! こうやって教室で話せるのって、やっぱいいね? 美海ちゃんと八千代っちや、りこりーが話しているのも、なんだか懐かしく感じるかも!! だから早くどうにかしてほしいな~? なんて――八千代っちに言っても仕方ないか?」


 ちょっと怖い笑顔を浮かべる美海に、疲れたような表情をしている莉子さん。

 最後に佐藤さんから『早く校則をなんとかしろ』と刺されてしまう。

 山鹿さんは、我関せずといったように知らんぷりしている。


「まぁ、なんだ……みんな仲良しは分かったからさ、とりあえず早く行かね?」


 呆れた幸介の言葉を最後に、クラスメイトから視線を背中で浴び、教室を後にする――。


 書道部室に到着して荷物を置き、それぞれ固定となった席に腰を下ろす。

 男子が入り口側、女子が奥側のソファだ。

 山鹿さんは出入り口の横が固定の位置となっている。


 ずっと立っているのも疲れるだろうし、パイプ椅子もあるから座ればいいと言ったこともあるが、頑なに拒絶されてしまった。


 あと、美海の護衛役である亀田さんは、自分のクラスにいる。

 文化祭準備といっても、一応授業扱いであるため、他クラスに張り付いたままでいる訳にもいかないのだろう。


「それじゃあ荷物も置いたことだし、莉子ちゃん以外のみんなで段ボール貰いに行こうかっ! 莉子ちゃん、お留守番お願いね!」


「はい、莉子は1人寂しくお留守番兼、作業を進めさせて頂きます。1人寂しくですからね? いいです? 誰がとは言いませんが、莉子がいないからといってイチャイチャしないでくださいね? 望さんとはふはふ、くれぐれも頼みましたよ」


「りこりー、まっかせてぇ~!! 八千代っちと幸介くんがイチャイチャしないようにしっかり見張っておくね~!!」


「……って、俺かよっ!? そんなん言われたら、期待に応えるしかないよな? 郡?」


 莉子さんのチクッとした言葉を佐藤さんがボケて、幸介が絶妙なスルーパスを飛ばしてくるが、何て答えるのが正しいのか。


 それとも幸介を真似して美海にスルーパスしようか……あ、美海が慌てた様子で首を振っている。


 仕方ない、我関せずとしているもう1人にパスを回そう。

 何て答えるか気にもなるしな――。


「そうだね……山鹿さんはどうしたらいいと思う?」


「……八千代郡には3年の石川元樹先輩がいるでしょ。まぁ、タイプが違うから幡くんとの組み合わせも好きな人は好きかもしれないけど」


 まさか山鹿さんがボケて返すとは思いもよらなかった。

 想像もしていなかっただけに、衝撃が芯までダメージが届いてきている。


 あれから何度か元樹先輩と一緒にお昼を過ごすうちに、以前消したはずの噂が燻り始めている。

 それもあって、深刻なダメージが精神に襲ってきた。


 下手に話を振らずに自分で処理すればよかったな。

 後悔しかない――。


「手でも繋いで行くか? しっかり恋人繋ぎで――」

「いや、幸介。しないからね? 悪乗りが過ぎるって」


 食い気味に僕が突っ込むと書道部室内に笑い声が響いた。

 話のネタにされた僕としては何も笑えないし、頬を緩ませることも出来ない。


 だけどみんなが笑えているなら……いや、これはなんか違うかな。

 泥を被る必要もないことだ。


「はいはい。お店に段ボールを取りに行く約束した時間も近いから、早く行くよ」


 この場から逃げたい口実でもあるが、約束の時間が近いのも確か。

 僕もよく利用させてもらっている、駅前にある食品スーパー。


 急に訪ねて、大量の段ボールを下さいと言ってもお店にとっては迷惑だし、他のクラスや部活動の人たちも段ボールを欲している。


 そのため必要な分を確保出来ない可能性もある。

 そう考え事前に電話して確認していたのだ。


 まあ、文化祭は毎年のことだから、すでに学校がいくつかのお店にお願いしてくれていて、お店のリストが配られもしたが。


 僕が個人的に電話したお店はリストに載っていなかったので、結果オーライだ。

 あと、このことは一応古町先生にも報告しておいた。

 相談もせず先走ってすみませんと。


 それで話が逸れてしまったが、こちらからお願いしておいて、約束した時間に遅れる訳にいかない。


 そう言い訳しながら――。


 クスクス笑い続ける書道部員の誰よりも先に部室を後にしたのだ。

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