第188話 深夜は魔の時間ですよね

 結局、押しに負け――。


 3回ポッキーゲームをした。

 しかも動画までバッチリ撮られた。


 咲菜ちゃんはすでに自分の分のポッキーを食べていたので、僕と美愛さん、三穂田さん分の3本分だ。


 咲菜ちゃんが凄い勢いで食べ進めるから、本当にゼロ距離になりそうで困った。

 困った結果が途中で噛み折ったことだ。

 つまり3回とも僕の負けとなった。


 美愛さんに何を拭き込まれたのか分からないが、咲菜ちゃんは真剣勝負をしていたようだ。


 ――うりおにいちゃん、よわぁいっ! ざぁこ?

 と、言われたからな。


 あと、美愛さん。


 咲菜ちゃんに汚い言葉を教えないでください。

 え? 私じゃないって……そんな訳ないです。


 だって『雑魚』と言った咲菜ちゃんは、美愛さんを向いて『これでいいの?』といった表情で見ていましたから――。


 その後――咲菜ちゃんが少しだけ食べ残したプリンアラモードを三穂田さんが食べ、美愛さんと鈴さんに見送られながら店を後にした。


「うりおにいちゃん! またねっ!!」


「またね、咲菜ちゃん。次に会えるの楽しみにしているね。三穂田さんも今日はご馳走様でした。文化祭、是非いらしてくださいね」


「こちらこそ。咲菜も楽しそうにしていたから今日はいい気分転換になったよ。ありがとう、郡くん。文化祭は美愛が招待してくれるみたいだから、咲菜と一緒に遊びに行くよ」


 今年は2年に一度の公開文化祭。

 公開といっても、名花高校はビルの中にあるため狭い。


 そのため招待チケットがなければ参加することが出来ない。

 家族や友人を誘うため、生徒1人に渡される招待チケットは1人4枚。

 美愛さんはそのうちの2枚を三穂田さんと咲菜ちゃんに渡すようだ。


 美海は『空と海と。』の4人に。

 光さんは仕事が忙しくて来られるか分からないけど美波が渡すようだ。


 優くんにはきっと佐藤さんが渡すだろう。

 そうすると僕が渡す相手は誰もいないことになる。


 それに対して『寂しい』と思ったことを喜ぶべきかもしれない。


 路の外れに避け、少し世間話をしたのち――。

 はしゃぎ疲れてウトウトする咲菜ちゃんをおぶる三穂田さんに、再度ご馳走になったお礼を告げ、ここで2人と別れる。


 2人の姿が見えなくなったところで自覚する。

 どうやら僕も、咲菜ちゃんと同じようにはしゃぎ疲れたみたいだ。


 眠気を感じ、目をこすりたくなる衝動に駆られているからな。

 このまま帰って寛ぎたい気持ちだけれど、僕にはまだ約束が残っている。


 メプリで居場所を聞いてから、ハンバーガーショップへ移動する。

 何も買わず席に着くのは居心地も悪い為、アイスコーヒーを購入してから2人が待つソファ席へ。


「お待たせ。何かいいアイディアでも出た?」


「いや、まったく……途方に暮れていたとこだ」


「いや、長谷お前はずっと店員の可愛い女の子見てただけだろ」


「は? ざけんなって。それは小野の方だろ。『メイド服着てほしい』とか言ってただろ!? それに俺はちゃんと考えてたっつーの」


「俺が言ったのは『メイド服も似合いそうだな』だし。つか、それならその考えを言ってみろよ? 八千代に聞かせてやれって」


「大して変わんねーだろ!! あと、あれだよ、アレ!! えー……っと、コスプレ喫茶……とか?」


「それは女子に却下されたろって。女子のドン引きした目を忘れたのかよ長谷は」


「いや………つか文句言うなら小野も何か言ってみろよ」


 席を詰めたりせず、低レベルの言い争いを始めてしまった2人。


(帰っていいかな……)


 2人が話す噂の可愛い店員さんだって見ているぞ。

 間違いなく迷惑かつ不愉快に思っていることだろう。


「とりあえず、どっちでもいいから席を詰めてほしい」


 2人は競うかのように、極端に端へ移動して席を空けてくれた。


(仲いいな――)


 そう思いながら長谷の隣へ座る。

 片側の口角だけ上げて『ふ』と笑う長谷。

 ちなみに小野を見て笑っていた。


 だが、それが面白くなかったのだろう。

 また2人は互いの粗を突き始めてしまう。

 醜い足の引っ張り合いに頭痛を感じながら、僕は淡々と告げる。


「うるさい。静かに。他の利用者やお店の迷惑になっている。あと、今日は話合いの場の筈。それなのにケンカばかり。2人はもっと危機感を持ってほしい」


「「いやでも――」」


「だからうるさいって。言い訳なんか聞きたくない」


「「…………」」


 面白くなさそうな表情をさせた2人。

 揃って飲み物を手に取りストローを口にくわえる。

 直後、僅かに残っている時になる『ズズズ』といった音で不満を表して来る2人。


 ため息を吐きたい気持ちを我慢して。


 里店長からあった提案の話を説明する。

 明るい兆しが見えたからか、一瞬のうちに機嫌が良くなった2人。


 補足として、外部協力許可の事前申請が必要になること、古町先生の確認も取れていることを追加説明。


 何かアイディアの足しにしてほしいこと。

 必要なら里店長との繋ぎ役をすることを告げ、僕は先に退店した――。


 この場である程度内容を詰めて、決めてしまうことも出来たかもしれない。

 だが実行委員は長谷と小野の2人だ。

 僕が決めてしまったら意味がない。


 月曜日に2人がクラスメイトと話し合って決めた方がいいだろう。

 誰かが決めたことより自分たちで決めたことの方が、責任もって取り組むからな。


 体育祭で活躍した莉子さんのおかげで、クラスの仲は良好。皆、協力的だ。

 だからクラスメイト全員で作る文化祭、そっちの方が絶対楽しいに決まっている――。


 ある意味で充実した1日も終わりに近い夜の時間。

『そう言えば』と思い出し、

 一つの名言というか迷言に近いことかもしれないが、今日浮かんだ名言を書道部の文化祭用グループメモに投稿する。


『好きな子が唱える最強の魔法、”痛いの、痛いの、飛んでけ”。ああ、なんて素晴らしいのか。可愛いは正義。可愛いとは特効薬なのだ――』(八千代)


 投稿したあとに、ふと、我に返る。

 冷静になった頭で見ると、随分とまあ、恥ずかしいことを投稿してしまった。

 眠くて判断が鈍ってしまったのかもしれない。


 深夜ではないが、いわゆる深夜テンションと呼ばれるやつかもしれない。

 見られる前に削除しよう。


 そう考えるも、時すでに遅し――。


(莉子さん)『郡さん? 惚気る場所間違えていますよ? それに郡さんの好きな子は今日ずっと莉子といたはずなんですが? いつの間にそんなことを?』


(佐藤さん)『気になるけど~……既読スルーしておくね』


(幸介)『同じく、既読スルーで』


(美海)『ちょっと待って。こう君……そんなこと誰にしてもらったの?』


(莉子さん)『え……?』


(佐藤さん)『修羅場ってやつ~?』


(幸介)『昼ドラ?』


 みんなに僕の好きな人が知られているのは、まあ、いい。

 相手が誰かはっきりと明言されていないし、佐藤さんや幸介も一応は、見て見ぬふりをしようとしてくれたしな。


 結局既読スルーはされず、今も僕を除いて盛り上がりというか、炎上しているからが構わない。


 気持ちだけ受け取っておこう。


 とりあえず、咲菜ちゃんにしてもらったことを説明して事なきを得たが、ロリコンの称号を贈られてしまった。


 そのことを考えれば事なきを得られていないが、反論することなど出来なかった。

 さらには――。


(莉子さん)『郡さんにピッタリな言葉があります』


(八千代)『聞くのが怖いけど、ちなみにどんな言葉?』


(莉子さん)『馬鹿に付ける特効薬はない。と、お送りしましょう』


 と。

 続けて美海がその言葉を迷言として登録しようと提案すると、他の書道部員からも賛成と返事が戻ってきて、満場一致でおみくじに入れる迷言とされてしまった。


 僕らが設定したおみくじ金額は300円。

 300円払って、そんなおみくじを引いた人が可哀想だ……。


 そう言った僕の反論虚しく。


 結局最後に、奇しくも里店長へ抱いた感想と同じ……いや、さらにパワーアップされた迷言が僕の元へブーメランのように戻ってきて、充実した1日が終わったのだ。

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