第187話 え、さすがに妬かないよね?
席に戻ると、咲菜ちゃんは破裂寸前の風船のように頬を膨らませていた。
怒っている時や不満を訴える時に、美海と美波が見せる仕草の一つだ。
こんな考えは見当違いも甚だしい。
だが、咲菜ちゃんの風船は不満を訴えれば訴える程に可愛く膨らんでいく。
怒っているのに可愛いとか反則だと思う。
頬をつついたり、もう少し見ていたい気持ちが僕の心を占めるが。
今は見当違いな感想を抱いている訳にもいかない。
僕がすぐにやるべきことは、咲菜ちゃんに謝ることだ。
「三穂田さん、すみません。思ったよりも遅くなってしまって……咲菜ちゃん、怒っている? ごめんね」
「いや、俺は構わないが……咲菜はご立腹みたいだよ」
三穂田さんの言葉を体で示すように、ぷいっと顔を背けて『うりおにいちゃんなんて、しらないっ』とされてしまう。
今日一番のクリティカルヒット。
自分でも驚くほどショックを受けてしまった。
この場にベッドがあれば、潜り込んで体を丸くさせてしまったかもしれない。
ただ、言葉を失い突っ立ったままでも状況は変わらない。
咲菜ちゃんへ謝罪するため隣に腰を落とす。
それから、再度謝罪するも咲菜ちゃんが僕へ顔を向けてくれることはなかった。
本格的に焦ってしまう。焦燥感が湧いてくる。
僕が困り果てている様子を三穂田さんは、ただ笑って見ているだけ。
『助けてほしい』そう思っていると、注文していたプリンアラモードを美愛さんが持ってきてくれた。
三穂田さん、僕、咲菜ちゃんの前に置かれるプリンアラモード。
そしてもう一つ、三穂田さんの隣の空いている席に置かれた。
どうして四つなのだろうか。
湧いた疑問と同時に『ちょっと詰めて』と美愛さんが言って、三穂田さんの隣へ着席した。
「さ~なちゃん! プリンだよぉ~、美味しい美味しいプリンだよ? もうプルプルしてる美味しいプリンだよ? お姉ちゃんと一緒に食べようね?」
美愛さんはプリンをスプーンでつつき、プルプルさせて咲菜ちゃんの興味を引く。
プリンが揺れる様子に『ぷりん?』と呟き笑顔で振り向く咲菜ちゃん。
でも僕の顔を見ると、また頬を膨らませてしまった。
ごめんねと謝るが、頬は一向に膨らんだままだ。
どうしたら許してもらえるだろうか。分からない。
お手上げ状態かもしれない。
だけど、僕の困った様子にみかねた美愛さんが助け舟を出してくれた――。
「はい、咲菜ちゃん、あ~ん」
「あ~ん」
「どう? 美味しい?」
小さなお口を一杯に開いてプリンを受け入れる。
そして目を輝かせながらモグモグさせている。
咲菜ちゃんの返事を聞かずとも、
それだけで美味しいと感じていることが分かってしまう。
「おいちいっ、もっとたべゆっ!」
「ははっ、よかった! じゃ~あ、次はやっく……うりおにいちゃんに食べさせてもらおうか? で、それで仲直りしてあげようね? 咲菜ちゃんもこのままだと嫌でしょ?」
「…………うん。さなも、うりおにいちゃんと、なかなおりちたい」
「よかったね、やっくん? ってことで、はい! どうぞ」
子供用の小さなスプーンを手渡される。
咲菜ちゃんと仲直りする機会を作ってくれたということだ。
美愛さんには感謝してもしきれない。
「美愛さん、ありがとうございます。咲菜ちゃん、はい、あーん」
先ほどと同じように、美味しそうな表情で幸せそうにプリンを食べてくれる咲菜ちゃん。
そして――。
「ありがとっ、うりおにいちゃん!」
「どういたしまして、咲菜ちゃん。さっきは戻ってくるのが遅くなってごめんね。僕と仲直りしてくれるかな?」
「うんっ! さなもね、おこったりしてごめんね? さみちかったの……」
記憶にも残らない、今よりもさらに小さなころに母親を亡くし、今年になって父親も亡くしたばかり。
甘えられる相手は兄である三穂田さんと美愛さんだけ。
理由は分からないが、僕にも心許した様子をみせてくれている――。
里店長の相手などせず、ずっと咲菜ちゃんの隣にいたらよかった。
自分の中で後悔の念が押し寄せてくる。
「僕が馬鹿なだけで、咲菜ちゃんは悪くないよ。でも、咲菜ちゃんと仲直り出来て良かった。仲直り記念にプリン、一緒に食べよっか?」
――うんっ!!
と、今日何度か見せてくれた満開の笑顔を見せてくれる。
仲直りすることが出来て本当に良かった。
また咲菜ちゃんに『あーん』しようとしたが、自分で食べると断られてしまった。
ちょっと寂しいが素直にスプーンを手渡し、美愛さんも混ざり4人で『美味しい』と言い合いながらプリンを食べ進めていく――。
ちなみに、勤務中の美愛さんがいる理由だが、かなり早い休憩を取ることにしたらしい。
出勤してまだ1時間だから、後が辛くなりそうだ。
でも、楽しそうにしていた僕らを見て混ざりたくなったとか。
融通が利くいい職場だ。おかげで僕も助かった。
「そういえばさ、やっくんは今日が何の日か知ってる?」
「ポッキーとプリッツの日ですか?」
「そ! せいか~い! でね、やっくん?」
嫌な予感をさせる話の振り方だ。
流れからして、美愛さんが何を告げて来るのか予想も出来てしまう。
だから先手を打つことにした。
「分かりました。三穂田さんと美愛さんがポッキーゲームしている姿を動画に収めればいいのですね? 任せて下さい」
「ははっ、全力回避しようとするやっくんも可愛いけど……おっかしいなぁ~? さっきは誰のおかげで仲直り出来たのかな~? 咲菜ちゃんもそう思うよねぇ~?」
首を傾げキョトンとした様子で『ねぇ~!』と相槌を打つ咲菜ちゃん。
その様子は天使のような可愛さだけど、今は小悪魔にも見えてしまう。
もしくは悪戯好きの妖精さんかもしれない。
「美愛さん、それは狡いです……三穂田さんは――」
「いいよ、郡くんなら。美愛が言う我儘に付き合ってあげてよ」
僕が断れない状況を作り出した美愛さんへ不満を訴えつつ、苦し紛れとして三穂田さんにこの状況を止めてもらおうと考えたが、あっさり許可されてしまった。
もしも美海が他の男子とポッキーゲームをしていたらと考えると……。
醜い感情が渦巻いたことを自覚する。
僕が三穂田さんの立場なら絶対に嫌だ。
そう思うのに、三穂田さんはと言うと可笑しそうに笑っている。
(僕の感覚がおかしいのか?)
いや、断じて違う。おかしいのは三穂田さんだ。
『どうするの~?』といい笑顔で煽る美愛さん。
その手には、プリンアラモードに添えられてあったポッキーが持たれている。
鼻歌を歌いながら、まるで指揮棒のように振っている。
咲菜ちゃんと仲直りさせてくれたのだから、美愛さんの我儘に付き合ってもいいのかもしれない。
だけど――無理だ。これは断らないといけないことだ。
僕が嫌だと感じたということは美海も嫌だと思うはず。
自惚れかもしれない。
でも、可能性としては十分に考えられる。
「……すみません。やっぱり――」
「あ、一応言っておくけどポッキーゲームする相手は咲菜ちゃんだよ?」
恥ずかしい。
てっきり僕と美愛さんがするものとばかり考えていた。
三穂田さんも気付いていたから、可笑しそうに笑っていたのか。
咲菜ちゃんが嫌がらなければ、乗せられてもいいのかもしれない。
あ、すでに美愛さんに乗せられて『たのしそぉ』と目を輝かせている。
仕方ない。やるしかないか。
美海もさすがに、子供相手に妬いたりはしないだろうしな。
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