第186話 なんか里店長は憎めないんだよな

 僕が『ヴァ・ボーレ』でアルバイトをしていた頃、メニューにお子様ランチはなかった。


 お子様メニューだけじゃない。

 他にも見慣れないメニューが多くある。


 メニューが一新された理由は、僕と副店長の間に起きた問題がきっかけだ。

 普段からの鬱憤もあり、副店長への反感が爆発した従業員。


 その影響でお店が一時閉店となった。

 里店長や美愛さん、鈴さんの頑張りで、従業員を説得することは叶った。


 だが、このまま開店したらケチが付いてしまう。


 ――それなら新装開店ということにしてしまおう。

 と、いう流れで新メニューがいくつか増やされたらしい。


 そのため、僕は『ヴァ・ボーレ』のお子様ランチを食べたことがない。

 だから少しだけ運ばれてくるのが待ち遠しいと思っていた。


 咲菜ちゃんの好きなアニメの話を聞く事、多分10分ちょっと。

 多分というのは、咲菜ちゃんの話に夢中だったから正確に分からないからだ


『ごゆっくり~』と、美愛さんが配膳してくれたお子様ランチに、目を輝かせる咲菜ちゃんと一緒に視線を移す。


 ワンプレートの中に、オムレツ、チキンライス、ハンバーグ、エビフライ、ナポリタン、マッシュポテト、トマトひと切れ、ポテトフライが乗せられていた。

 どれも美味しそうだし子供が喜びそうな物ばかりだ。


 チキンライスに立てられている旗を見ると、童心が蘇るような気がした。

 どうしてか旗を見るとワクワクした気持ちになる――。


 お子様向けのメニューなのだから当然だけれど、僕と三穂田さんにとっては量が少なく、物足りなさを感じた。


 けれど、美味しいと言い合いながら、咲菜ちゃんの口周りを拭いてあげたり、笑顔の咲菜ちゃんに心癒されたり、和やかな食事の時間となった。


「三穂田さん、ご馳走様でした。美味しかったね? 咲菜ちゃん」


「うんっ! ごしそうさまでちたっ!!」


「ちゃんとご馳走様でしたが言えて偉いね、咲菜ちゃん。いい子、いい子」


「ん。へへへ~、うりおにいちゃんのて、あたかかくてすき~~!!」


 凄まじい天使力。可愛いの天元突破だ。つまり限界を超えたのだ。

 馬鹿みたいなことを考えているが大真面目だ。


「咲菜、デザートはどうする? 郡くんも食べたかったら遠慮せず頼んでくれていいからな」


 物足りないと感じていたので、遠慮せずデザートもご馳走になろう。

 メニューを手に取ろうとしたら里店長がテーブルにやって来て、素晴らしい提案をしてくれた。


「ねぇ、郡? 大人も食べたいお子様ランチってアイディアもらってもいい? そしたら、全員に好きなデザートご馳走するからさ!」


「よかったね、咲菜ちゃん。里お姉さんがなんでも好きなデザート頼んでもいいって。何にしよっか? あ、そういうことで里店長、交渉成立です。ありがとうございます」


 アイディアといっても適当に口にした言葉だ。

 そのため普段なら遠慮するところだが、咲菜ちゃんが喜ぶなら遠慮などしない。

 呆れた様子を見せている里店長と三穂田さん。


 咲菜ちゃんはというと、僕の袖を引きメニューに載っているプリンアラモードを指差して来た。


 里店長がいるから人見知りが発動しているのかもしれない。

 その様子を見た里店長は項垂れつつも、了解としている。


 僕と三穂田さんも同じ物を頼むことにした。

 そのまま里店長が離れようとするが、少し待つようにお願いする。

 咲菜ちゃんが、何か伝えようとしていることに気が付いたからだ。


「……しゃと、おねーちゃん? ありがとっ」


 当事者でない僕ですら、あまりの可愛さにノックアウト寸前だ。


「ど……どういたまして! 咲菜ちゃんっ!!」


 当事者である里店長は嬉しい気持ちが溢れてしまった結果、大きな声を発してしまった。


 気持ちは分かる。でも、非難するように視線を送っておく。

 咲菜ちゃんが驚いてしまったからだ。

 僕の影に隠れてしまった咲菜ちゃんの頭を撫でながら声を掛ける。


「お礼が言えて凄いね、咲菜ちゃん。頑張ったね」


「さな、がんばった!!」


「郡ってさ、親バカというかバカ親になりそうだよね……」


「あぁー……確かに。咲菜と郡くんを見ていると、微笑ましいけどそう思うかもしれない」


『余計なお世話です』。そう言い返したかったが、自覚しているから口にすることは出来なかった――。


 里店長に『ちょっといい?』と言われた為、咲菜ちゃんと三穂田さんの承諾を得てから席を立ち、付いて行く。


 里店長は途中すれ違った美愛さんに、プリンアラモードを三つお願いしていた。

 それから、レジ前にあるベンチへ着席を促されたため腰を落とす。


「郡が元気そうで安心した。あの時は本当に――」


「その話はすでに済んでいますし大丈夫ですよ。おっしゃったように元気に過ごせていますから」


「そう、だよね。あ~あ……美空には感謝だけど、郡を持ってかれたのは痛かったな。美緒ちゃんにもめっぽう怒られたし散々よ。思い出しても……ううっ」


 古町先生から怒られたのか。

 何かを思い出したかのように後頭部をさすっている。

 引っ叩かれでもしたのかもしれない。

 ちなみに、その副店長だけれど。

 先日来た時も今日も姿が見えない。


「あの馬鹿は店にはいないから安心して。私の師匠に『鍛えてやってくれぇ!』って、頼み込んで預けたからね!! 『いらねぇー!!』って怒られたけど……まぁ? 面倒見のいい師匠だから」


 僕が店内へ視線を向けたことで里店長が察したのだろう。

 副店長がいない理由を教えてくれた。

 そして、つい今しがた見せたように自身の後頭部を擦り始めた。


「厳しい……お師匠さんなんですね」


「口より先に手が出るタイプだからね……でも今頃は、あいつも無駄な脂肪が落ちてスリムになっているかも」


 肥満体系とまではいかないけれど、細いとは呼べない身体をした副店長。

 方法がいいかどうかはともかく。

 適正な体重になるなら悪い話ではないのかもしれない。が――。


「でもなんか……すみません。そうすると里店長が夜も?」


 昼は里店長、夜は副店長というシフト体制だった。

 そのため、里店長が朝から晩まで1日中働くことになっていると思ったのだ。

 だから申し訳ない気持ちとなってしまった。


「そうだけど、美空のとこを見習って定休日も作ったから郡が気にしなくてもいいよ。それに、あの後にも問題を起こしたことがきっかけだから。おかげで私の有能な後輩が……まぁ、それは置いておいて。だからさ、郡が気にする必要は本当にないのよ! 借りもあって感謝しているくらいなんだから!!」


 それなら気にする必要はないのかもしれないが。

 副店長はまた何かやらかしたのか。


「そういうことなら……」


「そそ! そういうことだから!! てか、そろそろ文化祭だよね? 郡たちは何するの?」


 なんとなく暗くなった雰囲気を払拭するのに、話を振ってくれたのかもしれない。

 文化祭については芳しくない状況だ。

 書道部は目処が立っているが、クラスの方は何も決まっていないのだ。


 週明けの月曜日、その放課後までに決めないといけないから結構焦っている。

 高校生時代の里店長は何をやったのだろうか。

 参考に聞いてもいいかもしれない。


「さ――」

「決まってないなら……あ、ごめん。被っちゃった? んん、まぁ、いいや! 先に言っちゃうね!! もしもまだ決まっていないなら何か飲食とかはどう? それなら、あたしが手伝いに行ってもいいけど?」


「手伝いに、ですか? ありがたい話ですが、外部の人でもいいんですかね? 卒業生だとしても難しいんじゃないでしょうか?」


「確か事前に申請していたら大丈夫だったんじゃなかったっけか? ちょい待っててみ」


 そう言ってポケットから携帯を取り出し、誰かに電話を掛け始めた。


『あ、もしもし~、美緒ちゃん? 今ちょっといい? えっとさぁ、あたしも文化祭手伝ったらダメ? 確か事前に申請したら大丈夫だったよね?』


 なんとなく予想はついていたが、電話を掛けた相手は古町先生のようだ。


『え? 急に掛けたのは謝るからさ~、で? 今、郡が一緒でさ。説教は後で聞くから教えてよ~? へ? そうそう。手伝うのは郡のクラス!! あっ! てことは美緒ちゃんのクラスってことか!! え? はははっ、そんな溜息つくなって……あ? そうなの? 分かった。ありがとう。じゃ!』


 聞きたいことだけ聞いて、最後は言葉短に電話を切る。

 盛大に溜息をついている古町先生が目に浮かぶ。

 というか僕の名を出したら、僕も後で怒られるのでは?


「やっぱり事前に申請したら大丈夫だってさ~!! 郡には世話になったし、食材も利益度外視で融通するし、私もただ働きでいいよ!! 限定食でもいいならカレーでも大丈夫かも!!」


 食材の融通にカレー、それに里店長という貴重な労働力。

 里店長がする協力の申し出は太っ腹もいいところの大盤振る舞いだ。

 里店長個人の人件費だけでも『ヴァ・ボーレ』にとっては大赤字だろう。


「とてもいい話ですね、ありがとうございます。月曜には返事をしますので、少し考える時間を頂いてもいいですか? クラスのみんなと一緒に決めたいなって。でも、利益度外視にただ働きって……本当にいいんですか?」


「んあ? 返事も利益も気にしなくていいよ! てか利益に関しては大人も食べたいお子様ランチがバカ売れしてすぐ回収できると思うし、それに文化祭に協力するのだって郡へのお礼もあるけど、ちょっとした広告? 宣伝活動みたいなものだから!! 最終的にはむしろプラスになると思うからウィンウィンってやつ?」


 里店長は片付けが出来ないし残念な性格の持ち主だが、こういった経営に関することについては尊敬できる部分がある。サービス精神旺盛な美空さんにとっては苦手な部分かもしれない。


 だけど――。こうやって言ってくれるなら、こちらも気にせず依頼することが出来る。


 そう考えて返事を戻そうとしたが、その前に追加報酬をお願いされてしまう。


「ま? もしも郡がどうしても気に病むならさ! 30分でいいから案内してよ!!」


「それくらいでいいなら構いませんが……里店長は卒業生ですよね? 案内がなくても平気なのでは? それに美空さんも来るようですし、古町先生や女池先生も含め4人で回った方が楽しめるんじゃないですか?」


 ――チッ、チッ、チッ。

 と。


 人差し指を立て、やれやれといった様子で首を振る。

 失礼だが少し腹立たしく感じてしまう。


「頭いいのにバカだなぁ、郡は。文化祭だよっ!? どうせなら男と回りたいに決まっているじゃないの!! 美空への仕返しにもなるしね!!」


 どちらの方が馬鹿なのか悩む発言だ。

 いや、悩む必要もなく里店長の方が馬鹿だ。

 それに阿保だ。

 前に古町先生が言っていたように馬鹿で阿保だ。


「阿保だ……あ、声に出てしまいましたね。わざとですが。あと、ちょっとよく分からないですし、美空さんへの当て付けなら遠慮したいですね」


「さっきから、ちょいちょい酷くないっ!? 郡、あたしにだけ冷たい……あ! あたしだけの特別と――」


「気持ち悪いこと言わないでください」


 鳥肌が立ってしまった。綺麗な人だけに、本当に残念だ。

『酷すぎるっ!?』と大袈裟なリアクションと共に叫ぶ里店長。

 続けて僕の右肩を掴み、すがるように揺らして来る。


「あ~、もぉ~お願いぃ~~!! 30分だよ、30分!? 何なら20分でもいいから! ね? いいでしょ~……分かった!! 10分! 10分だけでもいいからさぁ~!! あたしもたまにはチヤホヤされたいの~!! 仕事ばかりで癒しが足りないのよぉぉぉっっ」


 周囲からの視線が痛い。

 客はもちろん、顔なじみの従業員や鈴さんから憐憫な視線が飛んで来る。


「分かりました。だから駄々をこねないでください。里店長、お客様はもちろん他の従業員も見ていますから」


「ホント? イイノ?」


 ちょっと涙目だ。一生懸命な思いは伝わったけど、とりあえず肩から手を離してほしい。


「ええ、約束します。とりあえず今は咲菜ちゃんも待っていますし席に戻ります。また、月曜日に連絡させていただきますね」


 ――分かった!! 

 と、元気な返事を聞いたところで、ベンチから立ち上がり里店長に背を向ける。


 里店長はもう手の施しようもないくらい、残念な人かもしれない。

 古町先生が『馬鹿で阿保の代表が里です』と言っていたことは今なら分かる。

 その時は『そこまででは?』と、返事をしていたが理解してしまった――。


 ――八千代君。覚えておくといいでしょう。馬鹿に付ける薬はありません。

 と。


 こんなことに脳のメモリを使いたくなかったな……。

 それに精神力がゴリゴリ削られてしまった。


 早く咲菜ちゃんの笑った顔で癒されたい。

 そう思い、早足で席に戻ることにした。

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