第185話 幼女と戯れる16歳

 11月11日は何の日かと聞かれてパッと思い浮かぶものは『ポッキーの日』である。


 正確に言えば『ポッキー&プリッツの日』だ。

 調べてから日が経っているため、

 今は変わっている可能性もあるが1年で三番目に記念日の多い日が11月11日らしい。


 他にどんな日があるのか調べてみたこともある。たとえば。

 うまい棒の日、チンアナゴの日、サムライの日などいろいろあった。

 まあ、それでも代表的なイベントはポッキーの日だと思う。


 ちなみに『侍』のことを昔は『士』と呼んだことから、サムライの日となっている。

 もう少し詳しく言うと、十と一をくっつけると『士』となる。

 父さんから教わった数少ないことの一つかもしれない。


 今月は30日まであるのか31日までなのか。

 迷ってしまった時、『西向く侍』と覚えておくと簡単に思い出すことが出来る。

 どうして西向く侍かというと、『二、四、六、九、十一』と当てているだけだ。

 この数字に当てはまる月以外が、31日まである月となっている。


 この時、珍しく饒舌に話していた父さんの顔が印象に残っている――。


 随分と脱線してしまったが、話をポッキーの日に戻す。

 国がポッキーの日と命名した訳でなく、とあるお菓子メーカーが秋の行楽シーズンに楽しく食べてもらいたいとの願いを込めPRしたことにより全国に広まった日である。


 そのことを考えると、広告がもたらす影響力の高さに脱帽する思いだ。

 では、ポッキーの日に何をするのかというと。

 それはもちろん。


 ポッキーやプリッツを楽しみながら食べるのだ。


 よく、カップルやそれに近い関係の人たちがポッキーゲームをしたりする光景を中学の頃に見かけたりもしたが、僕には縁のないイベントだと思っていた。


 そう――。

 高校生になって最初にやってくるポッキーの日まではそう思っていた――。


「――うりおにいちゃんっっ!!!!」


 4歳くらいに見える小さな女の子。

 駆け寄って来た女の子の背の高さに合わせて屈んで受け止める。


「おっと――咲菜ちゃん、久しぶりだね。元気してた?」


 ――うんっっ!!

 と。


 美海にも負けないくらい、元気いっぱいの笑顔を咲かせて見せてくれた。

 屈託のない笑顔を見せる咲菜ちゃんはとても可愛い。

 美愛さんが溺愛するのも分かるというものだ。


 今日は11月11日の土曜日。

 午後の『空と海と。』のアルバイトは休みだが、午前中は不動産アルバイトがあった。


 物件写真を撮り終わり、勤労から解放されたあと。

 約束している夕方の時間まで何して過ごそうか。

 そう考えていたら三穂田さんからヘルプコールが届いた。


『郡くん、ごめん! 咲菜が会いたいって聞かないんだ、助けてくれ!!』


 なんて嬉しい誘い文句だ。

 夕方までは何も予定がないし即オーケーした。


 待ち合わせ場所は三穂田さんが働くパン屋の前。

 ご飯を食べる場所は元バイト先『ヴァ・ボーレ』。


 直接お店で待ち合わせをしてもよかったが、咲菜ちゃんはお店まで僕と手を繋いで歩きたいと言ったらしく、パン屋で待ち合わせをすることになった。


 可愛い、可愛いがすぎる。

 可愛いに可愛いが追加されると、ひたすらに可愛いということが分かった。


「郡くん、急に誘って悪かったね。今日はご馳走するから許しておくれ。あ、遠慮とかはいらないから」


 僕が遠慮すると分かって、先に断られてしまった。


「いえ、何して過ごそうか考えていた所ですし僕も咲菜ちゃんに会いたかったので。あと、今日は素直に言葉に甘えさせていただきます」


「うりおにいちゃん、てっ!! つないでもい?」


「もちろん。僕も咲菜ちゃんと手、繋いでもいいかな?」


「よころびましてっっ!!」


 可愛い。多分、喜びましてと言いたかったのかな。


 どちらにせよ可愛いし何にせよ可愛い。

 もしも可愛いを数えるカウンターがあれば、その計数は今日1日でどこまでも伸びていきそうだ。


 ちょっと……中腰はきついが、咲菜ちゃんのニコニコした表情を見ることが出来るなら、腰を痛めてもかまわない。可愛いは正義かもしれない。


 あ……なんとなく。


 美波を見て可愛いを連呼する国井さんの気持ちが分かってしまった……複雑だな……。


 そのまま一緒に手をブンブンさせながら歩くこと5分。

 お店に到着してしまう。

 あっという間の5分間だった。


 道中、咲菜ちゃんはずっと鼻歌を歌っていた。

 それを三穂田さんは後ろから温かく見守っていた為、会話らしい会話はなかった。


 だがそれでも、楽しい雰囲気が溢れる5分だった。

 そして三穂田さんが店内の扉を開いてくれる――。


「いらっしゃいませ……おぉっ!? 郡!? え、なんで三穂田っちと一緒?」


「こんにちは……里、店長?」


 出迎えてくれたのは多分、里店長だ。

 僕の知っている里店長は綺麗な長い髪をしていた。

 でも今は肩の高さまで短くなっている。

 だから少し迷ってしまった。


「あたしと郡の仲なのに忘れるとか酷くない!? え、忘れてないよね!? あ、三穂田っち、奥の席空けておいたから! 咲菜ちゃんも久しぶりだね!」


「里店長のような濃い人を忘れたりしませんよ。髪が短くなっていて驚いただけです。短いのも似合いますね。三穂田さんとは運命のいたずらか何かで縁が出来たんですよ」


「里さん、ありがとう。郡くん、先に席に行っているね。咲菜、今度は兄と手繋ごうね」


 里店長と三穂田さん、咲菜ちゃんが知り合いということは意外でも何でもない。

 三穂田さんは元常連だからな。


「あ、あぁぁ……咲菜ちゃん……今日も、振り向いてはくれないのね…………」


 これまで半信半疑だったが――。

 三穂田さんや美愛さんが言っていたことは本当のようだ。


 人見知りを発動した咲菜ちゃんが、里店長から逃げるように三穂田さんの陰に隠れて去って行ってしまったからな。


 そのせいで僕の右手も寂しくなってしまった。

 浮いた右手を凝視していると。


「でも、いらっしゃい。よく来てくれたわね、郡!! それになんか……さらに垢抜けた? いいじゃん。格好良くなった!! 今なら私が彼女になってもやってもいいけど?」


「里店長は……綺麗ですけどちょっと遠慮……あ、いや、やっぱり絶対に嫌ですね。絶対にです」


「酷くないッッ!?!?」


「あ、この間は急用にも関わらず、カレーを作ってくれてありがとうございました。とても美味しかったです」


 秋休みに三穂田さんがカレーをご馳走してくれた日のことだ。

 挨拶することが叶わなかったため、今さらのお礼となってしまった。


「んあ……あ~……?? まぁ、いいってことよ!! 今日も食べたかったら注文してくれていいからな! んじゃあ、美愛を呼んでくるから、ゆっくりしていって!!」


 僕の肩をポンッと叩いてから、バックヤードへと入って行った。

 時間は14時になるところ。

 美愛さんが出勤してくる時間なのかもしれない。


 あと、絶対に里店長、僕が何に対してお礼を言ったのか分かっていなかったな。

 これでもかってくらいに、目が泳いでいたから。

 華麗なバタフライを思わせる勢いだった。


 相変わらず分かりやすい人だ。


 突っ立っていても他の客に迷惑なので、

 三穂田さんと咲菜ちゃんが待つ席へ移動する。


 店頭入り口から一番奥にあるソファ席。

 さっきの会話を思い出すに、三穂田さんが予約していてくれたのだろう。

 手前側に三穂田さんと咲菜ちゃんが座っているので、奥の席に座ることにする。


「さなもそっちっ!!」


「あっ、こら、咲菜!!」


 通路側に三穂田さんが座っていた為に通路へ出ることが出来なかったのだろう。

 咲菜ちゃんはテーブルの下に潜り込み、僕の方にやって来た。


 一先ず、三穂田さんと同じように僕は通路側に座り、咲菜ちゃんは壁側に座ってもらう。


「咲菜ちゃんはこっちね」


「うんっ!」


「でもね、咲菜ちゃん――」


 テーブルの下は不衛生なことが多いため、咲菜ちゃんへ注意しようと思ったが、満面の笑みを向けられてしまい躊躇ってしまう。


「咲菜? テーブルの下はバッチイ、バッチイだぞ? バッチイ時はどうするんだっけか?」


「ん~……おふろ?」


「そうそう、偉いぞ咲菜! でも――今はお外に居てお風呂に入れないから、お手てだけ拭こうな。あと、もう潜ったりしたら駄目だからな? うりおにいちゃんには綺麗な咲菜を見せてあげたいだろ?」


「うん……ごめんなさい」


「分かればいいんだ」


 三穂田さんはカバンからアルコールシートを取り出し席を立つ。

 咲菜ちゃんの可愛さに流されることなく、駄目なことをしっかり注意して凄い。


 当たり前だが、凄くお父さんだ。

 さらに注意するだけでなく、しっかり褒めてあげる。

 そして自分で考えさせて、反省を促す。

 参考にしたい手腕だ。


「さすが、パパですね? 尊敬します。あ、僕でよければ代わりに咲菜ちゃんの手拭きますよ?」


「ははは、まぁ……ね? あと、お願いしようかな。今日の咲菜も郡くんにベッタリのようだし。あ、郡くんも手拭くのに使って――」


 お礼を伝え、空いている左手でアルコールシートを預かる。

 子供向けのキャラクターが描かれているから、子供用のシートのようだ。


 次回、咲菜ちゃんと会う時は用意しておこう。

 そんなことを考えながら、咲菜ちゃんの小さくて可愛い手を拭き拭きする。


「咲菜ちゃん、痛かったら言ってね」


「うん……きらいに……なる? さなのこと……」


「もしも咲菜ちゃんが汚れたとしても―――うりお兄ちゃんがこうやって綺麗にしてあげる。つまり、うりお兄ちゃんは咲菜ちゃんのことが好きだよ」


 ばい菌が残らないように徹底的に。けど力を込めたりせず優しく拭く。

 でも、それがくすぐったかったのか――。


「ん、はははっ! うりおにいちゃん、くすぐったいよぉ」


 そう言って両手を自身の体の後ろ側へ隠してしまった。

 すでに拭き終わったから問題ないけど。


「やぁっ、く~~ん? 私という人がいながら堂々と浮気ですかぁ~? ご注文は何にしましょう? デコピン? それとも本気デコピン? でもやっぱりくすぐりの刑とかおススメかもしれない??」


 咲菜ちゃんに夢中で、美愛さんが近付いて来ていたことに気が付かなかった。

 怒っているような口調なのに、その表情は楽しそうだ。


 揶揄っているのだろう。

 あと三穂田さん。僕と美愛さんの関係はただの先輩後輩ですからね?


 え? 美愛の可愛い冗談に付き合ってあげてくれって? 大人の余裕だ――。


「そうですね……では、ご注文は美愛さんでお願いします」


「――!? な~ま~い~き~だっ!! ていっ!!」


 痛い。これが本気デコピンの痛さか。ジンジンする。

 そして離れた位置から鈴さんが羨ましそうに見ている。


 これすらも羨ましいのか……うん。

 気付かなかったことにしておこう。


 というか痛みが治まる気配がない。

 え、血、出てないですか?


 三穂田さんに確認するが出ていないと首を振られる。

 痛そうにする僕を心配してか、咲菜ちゃんが僕の手を引いて屈むように要求する。


「よちよち。いたいの、いたいの、とんでけぇー!!」


 何この子可愛い。痛いのなんて、一瞬で消え失せてしまった。

 このおまじない、本当に効くんだ。


 可愛いは特効薬かもしれない。

 今度、機会があれば美海にやってもらいたいな。


「咲菜ちゃん、ありがとう。おかげで痛くなくなったよ。ところで三穂田さん、一つご相談なのですが?」


「駄目だよ。咲菜はやらない。咲菜のことは、俺と美愛が大切に育てるから。14年後なら考えてもいいけど」


 なんてことない顔して言っているが、その言葉は美愛さんに突き刺さっていますよ。

 こんなに恥ずかしそうに照れている美愛さんは初めて見たかもしれない。

 今の美愛さんの姿をファンクラブが見たら卒倒してしまうのでは?

 

 そう思った時、『ガシャーン、パリーン』と、音が響いてきた。


 音の方を見ると鈴さんが恍惚こうこつした表情で突っ立っている。

 すでに被害者が生まれてしまったということか。


 鈴さんはきっと、珍しい美愛さんに衝撃を受けたのだろう――。

 それと三穂田さん。14年後についてはスルーさせてもらいます。


「あ、でもそうしたらさ? 私とやっくん、本当の家族になれるね?」


 流されてはくれなかったようだ。

 あと、美愛さんの言葉は反撃になっていて、三穂田さんに突き刺さっている。


 互いにプロポーズし合って仲良しだな、2人とも。

 でもいい加減にお腹もすいたし、注文に移らせてもらおう。


「はいはい。美愛さんは置いとこうね。咲菜ちゃんは何食べたい?」


「うんとね、うりおにいちゃんとおんなじやつっ!!」


 やっぱり可愛い。全てにおいて可愛い。このまま健やかに成長してほしい。

 僕に無視されたせいで美愛さんが不満そうに睨んでくるため、精神力がすり減っていくがそれを上回る勢いで心が完全回復されていく。


 でもそうか……そうすると、カレーは無理だな。


 里店長のカレーは美味しいけど、子供が食べるには辛すぎる。

 子供でも食べられる物か。

 他に好き嫌いやアレルギーについても気になる――。


「郡くん、咲菜は好き嫌いもアレルギーもないから大丈夫だよ」


「ありがとうございます。じゃあ――」


 無難にハンバーグにでもしようかと思ったが、咲菜ちゃんが向ける視線が気になった。


 チラッと視線の先に目を向けたら、お子様ランチのメニューが掲示されていた。

 そうだよね、咲菜ちゃんも好きな物食べたいよな――。


「じゃあ、僕と咲菜ちゃんは……大人も食べたいお子様ランチでお願いします」


「ははっ、りょーかいしました。勝手に命名されたメニュー名は置いておくけど、やっくんはいつの間に大人の階段を登ったのかな~?」


「何を言っているんですか? 僕は子供の方ですよ?」


『ホント、生意気!』と、二度目のデコピンを食らってしまった。痛い。

 まあ、もう一度咲菜ちゃんに慰めてもらうからいいけど。


『こっち』と言って、また屈むように咲菜ちゃんから指示される。


 指示されるよりも先に、屈む僕の様子を見た将来夫婦になるであろう2人に笑われ、三穂田さんが『大人も食べたいお子様ランチ』を頼んだところで、今日のお昼御飯が決まったのだ――。

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