第184話 順調な時ほど不安がよぎる

 アルバイト帰宅後最初に取り掛かることは美海への帰宅報告。

 無事の確認が出来ないと心配で眠れないからと、美海に言われて行っていること。


 美海は僕に向かって心配性と言うけれど、お互い様だと思う。

 まあ、心配してくれることは素直に嬉しく思うけどさ――。


 それで、美海にメプリで『帰ったよ』といコミカルなスタンプを送信する。


 普段ならコミカルなスタンプが戻って来るだけなのだが、今日は珍しくメッセージが届いた。


 内容は、眠る前でいいから電話したいといったものだ。


 日を跨ぐ可能性を伝えた上で約束してから、シャワーを済ませ、ドライヤーも掛けず湿った髪のまま光さんからメールで届いた物件資料PDFを基に登録作業を行う。


 インターネット物件情報サイト『スモウ』をはじめ、いくつかの情報サイトやホームページに登録するため、それなりの時間が必要となったが、何とか莉子さんと約束した時間に間に合わせることが叶った。


 打ち込んでいた時間は約2時間。

 そのため湿っていた髪もすでに乾いている。


 体の冷えも感じる。風邪を引かないように白湯を飲み、芯から体を温くしておいた方がいいかもしれない。


 それと集中して作業していたため、一切姿勢を変えることなくパソコンと睨めっこしてしまった。


 そのせいか肩や首、腰などに疲労を感じる。若干だが頭も重く感じた。

 気休めに体を伸ばし、肩を回す。


 こめかみや、体の各部位を揉みこみ凝り固まった疲労をほぐしていく。

 すると、作業中もずっと近くに居てくれたクロコがいち段落した様子に気付いたからか、労いの言葉を送ってくれる。


「ナァ~」


「ありがとう、クロコ」


 猫用のクッションベッドから下りると、前足を伸ばし、お尻を突き上げるように伸びをする。そして僕の脚に頭を擦り付けてから書斎を出て行く。


 多分、僕の部屋に向かったのだろう。

 それと『早く寝なさい』そう言った気がした。


 時刻は23時半になるところ。

 莉子さんへ電話を掛ける前に、白湯を飲むことにする。

 マグカップに水を注ぎ、電子レンジで温める。

 設定は800ワットの30秒。


 美海や美波に用意する物と違い、簡易的な作りかた。

 正式には”白湯”でないかもしれないが、体を温める目的なので構わない。


 電子レンジから『チン!』って、音じゃなくて軽快な音が流れる。

 それと同時に、電子レンジの戸を開け、マグカップを取り出す。


 電子レンジが『チン!』と鳴るのは、光さんよりも前の世代が子供の頃の話。

 それなのに――。


 ――美海、飲み物チンしといて。

 と、言っても、加熱してほしいという意図が伝わるから不思議だ。


 もちろん、美海だけでなく、美波や莉子さん、幸介、他の友人に言っても伝わるのだから、『加熱する』すなわち『レンチン』が親世代から受け継がれていることが分かる。


 何だか変なテンションになっていると自覚しながら白湯もどきを飲みこむ。

 部屋で電話しようかと考えるが、クロコの睡眠の邪魔になるかもしれない。

 そんなに長電話にならないだろうしリビングでいいか。


 前に美海の肩に掛けたストールを羽織ってから、メプリの無料通話機能を利用して莉子さんへ電話する――。


『――こんばんは。貴方の専属メイド莉子です』


 どこぞの怪しい番号に繋がってしまったようだ。

 電話じゃなくてメプリなのに不思議だ。


『すみません、掛け間違えたようです――』


『お間違えではありませんので安心してご利用くださって大丈夫ですよ? 郡さんの大好きなロングスカートバージョンも志乃師匠から教わりながら随意製作中です』


『こんばんは、莉子さん』


 ハロウィン。その翌日。

 メイド服の感想を求められたため、包み隠さず、想像以上に似合っていたことや短いスカートより長いスカートの方がいいことなど、正直な感想をメプリで伝えてあげた。


 それからというもの、

 ことあるごとに専属メイドを強調してくるようになっている。


 幸いにも、今の学校では異性間私語が許されていないためメイドとして活躍する機会は訪れていない。


 ――貴方の専属メイドです。


 などと、外で声に出して言っては欲しくない。


 だから今のうちに釘を刺しておいた方がいいかもしれない。


 でも、そうか。

 専属メイドは困ったものだが、随意製作中なのか。


 それはそれで楽しみにしておこう。

 というか、国井さんが教師役とか意外過ぎるな――。


『こうして就寝前に電話すると、4カ月前を思い出しますね……懐かしく感じます』


 夏休み、毎晩10分ほど電話していたからな。

 懐かしくもあるし、まさかこれほど信頼できる友達になるとは予想もしていなかったことだ。


『そうだね、懐かしい。でも今日は泣かないでよ?』


『郡さんが莉子に振られたいなら、無理矢理にでも泣いてみせますが?』


『莉子さんは本当にどうしようもないね』


『仕方のない人代表である郡さんに言われたくはありませんね。でも、まぁ、百歩お譲りしてお互いさま。ということにしておきましょうか』


 学校では喋ることが出来ず、客数も増えアルバイトも忙しいため、軽口を叩ける時間は多くない。


 そのため、もう少し莉子さんとの可笑し懐かしい会話を繰り広げたくもなるが、時間も遅いため本題に入ることにする。


『それで莉子さん。報告内容を聞いてもいい?』


『ええ、そうですね。郡さんへご報告することは専属メイド莉子の務めですから。例え莉子が汚されることになっても……手を汚すことになったとしても、郡さんのために働きましょう』


 ちょいちょい冗談を入れてくるな。

 ただ、莉子さんは冗談で言ったかもしれないが、僕のために莉子さんが汚れるようなことはしてほしくない。


 莉子さんが良いと言っても、僕としてはノーだ。


『莉子さんの気持ちや協力は嬉しいけど、莉子さんが汚れる必要はないよ』


『――郡さんはお優しいですね……。では、真面目に。要点だけご報告させて頂きます』


 それから約30分。

 10分で切り上げることなど出来ずに日付を超える手前までの時間、莉子さんから報告を受けた――。


 四姫花の護衛については、校則のブラック化によって不要な異性の接触が回避され、生徒会からの監視の目があるとは言え、美愛さん、月美さん、美波、美海は不都合なく学校生活を過ごせている。


 風紀委員会こと美愛さんファンクラブメンバーが陰ながら見張りにも付いているから、万が一にも生徒会メンバーがいなくとも護衛は万事オーケーとのことだ。


 二つ目の報告は、校則への不満の堪り具合について。

 負の遺産である校則を復活させた目的は、先の報告に合った四姫花の護衛もひとつだが、生徒たちに制約『騎士と恋人関係であってはならない』に疑問を持ってほしいためだ。


 主導してブラック校則を制定させた風紀委員会、この場合は鈴さん。

 行く行くは、生徒たちの不満が爆発するタイミングに合わせ、生徒の味方となる公約を掲げる委員長を擁立してしまう。


 つまりは鈴さんに対しても下剋上を行うということだ。

 だが僕は本宮先輩に対して下剋上するから鈴さんには出来ない。


 代わりとして、僕に味方する人……莉子さんに委員長をやってもらう。

 半年前と違って、今では人気の高い莉子さんなら間違いなく賛同を得られるだろう。


 そして莉子さんからの報告では、生徒たちは鈴さんに対して順調に不満を溜めているようだ。


 三つ目の報告は、賛同者の獲得状況について。

 狙っていたのは、まだ本宮先輩も完全に掌握出来ていない旧生徒会役員3年生の派閥。


 それと、どこにも属さず浮いている1年生たち。

 その他にも、本宮先輩も手をこまねく確固たる意志で投票しない無投票派閥がある。


 美愛さん、鈴さんは、この派閥に関しては今も最初と同じく、期待せず放置していると。


 そして旧生徒会役員3年生の派閥については、月美さんがすでに話しを付けていて、条件付きで味方に付いてくれることになったそうだ。


 条件も難しいことではなく、どこかタイミングをみて僕と直接話をすることが条件らしい。責任重大に感じるが、自分のことなのだからこれくらいは呑んで当然の条件だ。


 浮いている1年生、CクラスとDクラスの生徒には、美愛さんファンクラブが動いてくれているそうで、ほぼ取り込んだとのことだ。


 ファンクラブの人数が多いとは言え、情報収集に四姫花の護衛までしているのに、こちらも流石としか言えない。味方になってくれて本当に良かった。


 浮いている1年生、Aクラスは美海と莉子さんが、Bクラスは美波がクラスメイトの獲得に動いてくれている。


 勝負の内容は言えない決まりで、詳しい理由を省いての勧誘活動だったから期待はしないようにしていたが、全体的に順調のようだ。


 下剋上達成……ただの生徒が何か意見を述べてそれを達成させるには先ず、生徒会、四姫花に属するメンバーの過半数の賛同が必要だ。


 四姫花不在時は生徒会のみであるが、今年は四姫花が誕生となる為加わった形となる。


 そしてその賛同を得たのち、生徒会と四姫花を除いた全校生徒からさらに、無効票を除き、投票した生徒数の過半数を超える賛成票が必要となる。


 つまりは全校生徒480人から生徒会役員6人、四姫花4人、無投票派閥15人を差し引いた455人。その過半数を超える228人の賛同票を獲得する必要がある。


 そして現状の本宮派閥はおそらく220人。

 対してこちら側は見込みも含めると235人。

 まだ不明な点もあるため、油断は出来ないが先は明るく感じる。


『駆け足となりましたが現状はこのような感じです。今の段階では……油断は禁物ですが、余裕はあります。ですが郡さん? 生徒会役員に当てはあるのですか? はふはふくらいしか思いつかないのですが……ここがクリアされないと土俵にすら立てませんよ?』


『ありがとう、莉子さん。予想以上の進捗具合に驚きが隠せないよ。生徒会役員については、一応の当てがあるから任せてくれて大丈夫。あとはそうだな……日和田先輩が風紀委員会に入った理由はまだ不明な感じ?』


 真面目に風紀委員会活動へ取り組んでいる日和田先輩には、情報を集めているような動きが全くない。


 取られているのは、情報ではなくて僕のチョコレート菓子くらいだ。

 今はまだ致命的な情報を抜かれたりはしていないが、今後も大人しいとは限らない。


 油断したタイミングで動く可能性だってある。

 何も気付かないうちに、こちらの行動が筒抜けになっている状態は避けなければならない。


『莉子としても想定以上に事が進んでおりますし、難関と考えていた生徒会役員の調略まで当てがあるとは――ある意味、莉子は郡さんに対する畏怖から脳が震えてしまいそうです。ちなみに誰が味方になってくれそうなのですか? あとすみません。日和田先輩について莉子はノータッチとなっていて……』


『……ノータッチか……了解。鈴さんか月美さんにでも聞いてみるよ。それでも分からない時は、莉子さんも探ってみてほしい。お願い出来る? 調略については、もう少しで結果が出るらしいからその時にでも教えるよ。それにしてもさ、脳が震えるとか変わった例えだね? 莉子さんって感じする』


『……諸々のこと承知しました。それにしても、脳が震えることが莉子らしいとは、どういった意味でしょう? 是非とも郡さんの考えをお聞かせください』


『ということで、莉子さん。こんな時間まで掛かってごめんね』


『いえ、時間は大丈夫ですがそうですね……って、逃げるおつもりですか?』


 おっと。誤魔化されてはくれなかったようだ。


『僕は莉子さんを信頼しているってことだよ』


『雑ッ!? 雑すぎやしません!? 信頼はまぁ、嬉し重しですが……分かりました。とりあえず莉子は、莉子なりに日和田先輩を探りつつ、引き続き美海ちゃんと美波ちゃんに協力しますね』


『無理しない程度に頼んだよ、莉子さん。じゃあ、おやすみなさい』


『はい。おやすみなさい、郡さん――』


 約30分。僕にしては長く感じる通話が終了した。

 話すことでスッキリすることが出来たし、順調すぎるくらいに進捗も良い。


 莉子さんやみんなが頑張ってくれたのだろう。

 頼りになる友達や味方に、本当に恵まれたと思う……。


 そう思い込みながら、次に美海へ連絡する。


 10分ほど会話してから、

 クロコが待つ部屋へ移動して眠りについて1日が終了となった。


 ▽▲▽


「――おやすみなさい、郡さん」


 通話が切れた携帯を握りしめ、もう一度言葉にする。そして――。


「はぁぁぁぁぁぁぁ………………」


 と、大きなため息を漏らす。

 凄まじいプレッシャーですね。

 ううう……胃が痛いですよ…………。


「はぁぁぁぁ……」


 これは、責任重大ですね――。

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