第183話 アルバイトも頑張っています
『あーちゃん』こと『愛宕祝』。
そして今の名は『山鹿祝』。
昔懐かしの話を繰り広げ、
答え合わせをした夜から4日目となる10日の金曜日夕方。
莉子さんと2人、アルバイトに勤しんでいる。
今日の配置は、僕と莉子さんが2人でキッチン。
美空さんがホールとなっている。
ひと月前は、絵にかいたような『アルバイト初心者』であった莉子さん。
僕の心配が当たり、
出勤初日に美海から軽度のトラウマを植え付けられてしまった。
だけど今ではそんな様子を微塵も感じさせずテキパキと働いている。
本当に莉子さんは成長が早い。
逞しいとも言える。感慨深いかもしれない。
友達または兄のような、それとも親のような気持で莉子さんを見ていると、お怒りの言葉が飛んできた――。
「郡さん! 莉子に見惚れるのは構いませんが、忙しいので手伝って下さい!! あとで好きなだけ莉子を見てくれていいですから!! むしろ頭をよしよしって撫でてくれたら、莉子はもっと頑張れます!! いろいろと!!」
莉子さんの顔をジッと見る。
『な、なんですか?』と、たじろぐ莉子さん。
案外、攻め返されるのに弱いんだよな莉子さんは。
それよりも――。バイトや風紀委員会、文化祭に向けた部活動。
新しいことへ意欲的に挑戦することは素晴らしいと思うし尊敬出来る部分でもある。
だが頑張り過ぎだ。
慣れない風紀委員会活動等で寝不足が続いているため、ランニングは中止した。
本人はランニングを続けたいと希望したが、莉子さんのお母さんから『文化祭が終わるまでランニングは休止なさい』と禁止されてしまったからだ。
それでもなお、白岩さんほどではないが目の下に隈が出来始めている。
「はいはい、莉子さんはたくさん頑張って偉い、偉い。あとは代わるから、何か飲んできていいよ。それくらいなら美空さんも許してくれるだろうしね」
「は……はい。では、お言葉に甘えて。ですが、郡さん。コック帽を被っているからといっても気軽に女の子の頭をポンってしたらダメです。誑かし癖を反省してください! でも……ま? 悪くない気分ですけど」
『反省するよ』と返事してから、莉子さんをキッチンから追い出す。
そしてラストオーダーで注文されたオムレツの調理に取り掛かる。
元々オムレツは得意料理であったが『空と海と。』でアルバイトを始めたおかげで、前よりも随分と腕が磨かれた。
オムレツは圧倒的人気ナンバーワンメニューのため、数えきれないくらい作っているからだ。
今では頭で工程を考えなくとも、呼吸をするかのように作ることが出来るようになった。
そして数分で完成させたオムレツを、美空さんが受け取りにくる。
「オムレツもらっていくわね……あら、莉子ちゃんは?」
「何も飲まずに頑張っていたので、水分補給に行かせました」
「そっか。郡くんもしっかり摂るんだよ? タイミングとかは好きにしていいから。あと、これがラストオーダーだから、莉子ちゃん戻ったら閉店作業に取り掛かって大丈夫よ」
そう言って柔和な笑顔を見せてくれると、オムレツをトレイに乗せホールへと戻って行く。
すると今度は行き違いで莉子さんが戻ってきた。
「ただいま戻りました」
「おかえり。美空さんが閉店作業進めていいって」
「なんでしょう……今のやり取り、新婚さんみたいですね? やっぱり郡さんも男の子ですからね、いいですよ? もしご希望であれば裸エプロンでお出迎えしてくれても? ん? あれ?」
いろいろと突っ込みたいが、ひとまず置いておく。
最後の言い方だと僕が裸エプロンで出迎える事になってしまう。
「馬鹿言ってないで早く片づけるよ。でも、莉子さんが変態だってことは分かったね、今の言葉で」
「鬼むっつりスケベに言われたくはないですね。ということで、痛み分けとして、ささっと、片づけてしまいましょう――」
――あいたッ。
と、莉子さんが小さな悲鳴をあげ、両手でおでこを抑える。
涙目で必死に何かを訴えてくるが、本日二度目の『はいはい』で受け流して、作業を進める。
恨めしそうに視線を送ってきたが、諦めがついたのか『はぁ……』と溜め息を吐き出してから分担した作業を進めていく。
無駄口は叩かず黙々と作業を進め、ある程度目処がついたところで莉子さんが口を開く。
「ところで郡さん? 下剋上も結構ですが、一体いつになったらおふたりは交際されるのですか? 莉子が愛の告白をしてから、ひと月以上も経過しておりますが?」
「年内にはって考えているけど、いろいろと準備中かな。そもそも制約が邪魔だからね」
言い訳となるが、制約のせいで面倒な遠回りをしているから仕方がない。
「郡さんは底無しにおバカさんですね、本当に。ほんっとぉぉぉにッ、呆れて物も言えません。乙女心をまるで分かっておりませんね」
凄い言われようだ。乙女心については一生理解出来ないかもしれないが、今の状況については莉子さんも分かっているはず。
「えっと、じゃあ、教えてよ。その乙女心ってやつを」
「よいですか? 男なら『好きです。俺と付き合え』それだけいいんですよ? 『四姫花なんて適当な言い訳作って諦めろ』って、言ってやればいいじゃないですか。それくらい強引にしても、おふたりなら問題がないと思いますが? つまりダメダメのダメってことです」
それが出来るなら、こんな面倒な勝負などせずそうしている。
正直面倒だし、目立つし、何よりも多数の人を巻き込んでいる。
だから莉子さんの言ったようにしたい。
「莉子さんには言ってなかったね」
「はい? 何をですか?」
「僕は後ろめたい気持ちで好きな人と付き合いたくない。規則に則ったうえで、堂々と青春を謳歌したいんだ。だから勝負に乗った」
「……まどろっこしいことには変わらないですけどね。ですが? 男の子って感じがして良いと思います。それに真面目な郡さんらしくて……莉子が惚れた人だなぁって…………うおっほぉん。何を言わせようとするのですか?」
「勝手に自爆したのは莉子さんだよね?」
「はいはい、そういうことにしておきます。でも、そうですね。莉子は引き続きご助力致しますが、進捗についてご報告があります。夜、お時間頂けませんか?」
勝手に自爆した責任を擦り付けようとしたことは置いておくが――。
状況がどうなっているのか不明だったから、進捗を教えてくれるのはありがたい。
手持ち無沙汰過ぎて、美愛さんと月美さんに何か出来ることありませんか?
と、訊ねても、
――ん~……邪魔?
――ないです。大人しくです。しているです。
と。
自分のことなのに、自分が一番働かないことにもどかしい思いで一杯だが、ここまでハッキリと言われたら口を
「ありがとう。23時半頃になるけど平気?」
「問題ないです。また夏休みの頃のように、耳元で囁き合いましょう」
本日三度目となる『はいはい』と返事すると、美空さんがひょっこり姿を現す。
時計を見ると閉店時間を過ぎたところだ。
「あらぁ~? 郡くんったら、堂々と浮気宣言? 美海ちゃんに言い付けちゃおっかなぁ?」
「そういえば、美空さんは名花高校の文化祭に来られるんですか?」
正式に交際している訳じゃないし浮気とは違うと思うが否めないので、楽しそうに頬をつついてくる美空さんの話を流し、質問で返す。
ちなみに美空さんの中で、僕の頬をつつくのがマイブームらしい。
年上のお姉さんに揶揄われている感が否めないが、相手が美空さんなら悪い気はしない――。
そう、それで。
文化祭2日目となる24日の金曜日は、『空と海と。』の臨時休業日となっている。
だから、美空さんも遊びに来るかと考え聞いてみたのだ。
「すぅ~ぐに、誤魔化すんだからっ! でも、そうね。お店もお休みだし、美海ちゃんからもチケットもらう約束だから遊びに行くつもりよ。あ、美緒ちゃんに案内お願いしておかないと」
「美空さんが来たら女池先生も喜びますね」
美空さん1人だけでも注目間違いないだろうが、3人並んだらとんでもないことになりそうだ。
「女池先生? 美空姉さんとお知り合いなのですか?」
少し困った様子で苦笑を浮かべる美空さん。
目で『言っていいですか?』と訊ねると、コクっと頷きが返ってくる。
ことあるごとに話題を避けるほど、美空さんの中では黒歴史となっている四姫花の話題。
だからか、『事務所に居るから、あとお願いね』と言い残し去って行った。
莉子さんはそんな様子に首を傾げたが、見送った後もう一度僕に訊ねてきた。
「美空さんと古町先生、それに司書の女池先生は名花高校出身で、さらにその3人は初代四姫花でもあるんだよ」
「ほふぇ~~……驚きです。ですが、皆さんとびきりお綺麗ですから納得です。てことは、美海ちゃんは姉妹揃って四姫花に選ばれると……羨ましい遺伝子ですね」
遺伝子……まあ、確かに。
でも、名花高校には綺麗な人なら他にも在校している。
だけど四姫花に選ばれるであろう人は、何かしらの魅力が抜きん出ている。
だから莉子さんが選ばれたとしても、なんら不思議ではない。
そう考えたから『遺伝子』。
そのひと言では説明が出来ないと思ったのだ。
大して興味がないのか、僕が返事を戻さずとも莉子さんは作業を進めている。
それなら別にいいかと考え、ゴミをまとめ、残りの清掃終わらせる。
キッチン清掃が終わり、次にホールへ移動すると莉子さんが話しの続きとなる質問を投げ掛けてきた。
「ちなみに残りのおひとりは、郡さんとはどんなご関係なんですか?」
何も言っていないのに確信したような質問だった。相変わらず勘が鋭い。
「前のバイト先の店長だよ。不思議な縁だよね」
「……確信に近い物はありましたが、やはり当たり前のようにお知り合いなんですね。郡さんからは、何かこう――四姫花を引き寄せる特効フェロモンでも出ているのでしょうか?」
そんなピンポイントなフェロモンが出ていてなるものか。
「可笑しなこと言わないの。でも、もし、その可笑しな理論を肯定するなら……だから、莉子さんを引き寄せたってことにもなるね」
「――え?」
「え?」
何か変な事を言ったかなと、つい、オウム返しをしてしまった。
「え、その……莉子には、郡さんが……莉子にも四姫花になれると言ったように聞こえたのですが? 自惚れ乙女の勘違いでしょうか?」
「そう言ったつもりだけど? でも、もしも美海と美波、莉子さんの3人から2人を選ばないといけないなら、僕は美海と美波を選ぶと思う」
「上げて落とすとか閻魔様も驚く鬼畜の所業ですね、郡さん?」
義妹と好きな人を贔屓にしたのだから、言われても仕方がないかもしれない。
ただ、酷い言われようだ。
「莉子さんは難しい言葉知っているんだね」
「おこですよ、おこっ! 上げて落としたことも、そうやって雑に誤魔化すこともぷんぷんですよ、ぷんぷん!! この際だから聞いてみますが、郡さんにとって莉子は何なんですか? 都合のいい女なんですか?」
統一性のない言葉に情緒不安定と感じるが、怒っていることだけはもの凄く伝わってきた。
「えっと……専属メイド、とか?」
「事実ですが、その回答で本当にいいのですか? 後悔はしませんか?」
いつだったか見たことのある、深くて暗い黒目を僕に向けてくる。
「ごめんって。そうだな、莉子さんは――」
「ええ、これがラストチャンスですよ?」
「莉子さんは、僕が尊敬している人だよ。それに、最高に頼りになって信頼している友達かな」
「信頼…………」
どこか、今見せていたものとは違う種類の暗い表情を見せる。
何か気に障ることを言ってしまったのか不安になってしまう。
「莉子さん?」
「う……うわぁ、思っていたよりも? 郡さんが? 莉子のことを大好きで驚いてしまっただけです! それよりも! 郡さんの本音も聞けましたし、片づけを進めちゃいましょう――」
(何かを隠している)
そう直感する。
今までは隠し事などせず、僕に言わなくてもいいプライベートなことまで赤裸々に報告していた莉子さん。
だからこそ何を隠しているのか気になってしまう。
でも莉子さんが言わないってことは、
僕に聞かれたくないということなのだろう――。
「ほら! 郡さんも手を動かして下さい!」
僕に考えさせないためか、さらに煽る莉子さん。
ボソッと呟いた『信頼』。
その言葉のせいか、心に霞みがかかる。
だが、アルバイト中も確か。
だから根掘り葉掘り聞きたい衝動を抑え、手を動かし、残りの閉店作業に取り掛かることにした――。
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