第182話 幼馴染と再会しました
午後の休み時間に入ってすぐ気が付いたが、新たなお知らせが教室後方の掲示板に追加されていた。
文化祭準備期間が始まる15日、来週の水曜日から文化祭終了まで。
その期間に限って、前日決まったばかりの校則を緩和するといったお知らせだ。
緩和された校則について――。
―.不要な自クラス以外の教室への入室。
―.登下校中の寄り道。また、買い物。
―.異性間での学業以外となる不要な私語。
―.昼休み以外の休み時間、手洗い及び移動教室以外での離席。
―.朝のホームルーム前及び昼休み以外の携帯電話使用。
―.部活動及び委員会活動以外での不要な居残り。
以上の六項目は、常識の範囲内で許可された。
残りの三項目については、
―.生徒のみでのゲームセンターやカラオケボックスなど遊興施設の利用。
―.友人宅への外泊及び受け入れ。
―.恋愛行為。異性、同性問わず。また、四姫花及び騎士との恋愛行為。
文化祭準備への影響が薄いと判断され不許可となったようだ。
この機会に全ての項目を撤廃して欲しいといった声もあがっている。
だが、それよりも多くの生徒が生徒会に対して感謝や喜びの声をあげていることが、教室からも、廊下を歩いていても聞こえてくる。
放課後、幸介とその様子を見ながら部室へ移動する。
扉に手を掛けるが鍵が掛かっていて、ほんの少し動いただけで扉が開くことはなかった。
「女性陣はまだみたいだね」
「だな。教室にはいなかったから、どこか寄り道でもしてるのかもな」
「変な人に絡まれていないといいけど」
「まあ、平気だろ。絡まれたとしても、亀田さんが着いているし。それに郡が本気で気にしているなら、上近江さん達から離れなかっただろ?」
「お見通しだね」
「だてに付き合いが長くないからな。つか悪い、今のうちにトイレ行ってくる」
『いってらっしゃい』と言って見送る。
黙っているのも何だから、朝の続きでも話そうと考え山鹿さんに顔を向ける。
が、何かを察したのか気まずそうに顔を逸らし、話し掛けるなと言ったオーラを放っている。
関係ないけど。
「朝の話の続きだけどさ――」
「今話すことではない」
確かに。誰に聞かれるかも分からないし。
「じゃあ、夜電話していい?」
「しつこい」
取り付く島もない。
だけど朝懐かしさを覚えた後ろ姿。
昼に感じた懐かしいやり取り。
いい加減に『山鹿祝』と『あーちゃん』が同一人物だということを、僕の勘違いでないということをハッキリさせたい。
「そう言えば、先週の金曜日公開が始まった映画知ってる?」
「……土日もずっとテレビで流れているから」
観客動員数について記録的な数字を出していると今朝のニュースでも言っていた。
「そっか。山鹿さん……あなたの名は?」
「………………作品名でしょ?」
「そう。原作を読んだことは?」
「ない。いい加減に私語を止める。美海ちゃんたちも来た。部活動であれば、直接話しても注意したりしない」
会話を許してくれたり禁止したりと一貫性がないが、美海、莉子さん、佐藤さんの話声が聞こえてきたのも確か。
とりあえずこの場は、山鹿さんのいい訳に誤魔化されておく。
一貫性のなさを都合よく利用しているは僕も同じだからな。
それに直接話をする許可も貰えたので、僕としては好都合だ。
「あっ! こう君…………遅くなって、ごめんねっ」
話途中で、窺うような表情で山鹿さんを見たが、特に注意が入らないと分かると、そのまま直接会話を続けた。
美海の後ろで柔和な笑顔を浮かべている亀田さんからも、特に注意は入らないようだ。
「大して待ってないから大丈夫。それに、山鹿さんが話に付き合ってもくれたから」
「そっか。祝ちゃんも待たせてごめんね。でも、大丈夫だった? こう君に変なこと言われたりしてない?」
変なことってなんだ。
美海が僕をどんな風に思っているのか今すぐ問い詰めてやりたい。
「特には。あ、でも……夜電話したいって言われた」
本当のことだけど、何も今それを言わなくてもいいのに。
「……ふ~ん? あれ、そう言えば幡くんは?」
「あの、美海ちゃん? このまま2人の世界に入りそうなので今のうちに言っておきますが、先に部室の鍵を開けてもらってもいいですか?」
「りこりー、よく言った!! でも、確かに幸介くんはどったの?」
何かを誤魔化すように、美海は可愛らしく咳払いして部室扉の開錠をする。
「幸介は手洗いに行っているから、すぐに戻ってくると思うよ」
そう返事を戻し、開かれた部室へ進み入る、が――。
足を止めてしまう。
この場にいるのは当然に女性ばかりだ。
美海、佐藤さん、莉子さん、山鹿さん、亀田さん。
(早く幸介戻って来ないかな)
肩身が狭いため、そう祈ってしまう。
「1人突っ立って何してんだ?」
祈りが通じてくれたようだ。
「幸介を待っていたんだよ」
「はは、どうせ女性ばかりの空間が気まずかったんだろ?」
「それも一つの理由かもしれない」
「いいから入るぞ。待たせたら怒られそうだし」
遅れて入室すると、入口付近に監視役の2人が立ち、奥側の3人掛けソファには書道部に所属する女子3人が座っていた。
幸介は女子と対面する形で、入り口側のソファに着席した。
「僕はお茶を淹れるから先に始めていて」
「ありがとうっ! じゃあ……書道部がどんな催し物を出すか話し合おうか! みんなは何か希望とある?」
部長である美海の言葉で会議が始まった。
「書道部ならやっぱ、何か書かないといけないか?」
「ちょっと調べたんだけど~、音楽に合わせて大きな紙に格言? みたいな何か書いたりするパフォーマンスとかがあるみたいだね?」
苦笑を浮かべた幸介が質問を3人に投げ掛けて、佐藤さんが一つの案を投じる。
「んー……みんな色々忙しかったりで、あまり活動できていなかったからね。時間もないし、ちょっと難しいかも? でも、格言や詩のアイディアはいいかもね! こう君はどう思う?」
「そうだね。莉子さんの迷言が広まるくらいだし、いい案かもしれない。その方向で考えても面白いかもね」
ムッとした表情を浮かべた莉子さんから、すかさず突っ込みが入る。
「莉子には迷う言葉で『迷言』と聞こえたのですが、違いますよね? 郡さん?」
「考え過ぎだよ莉子さん。うん、いい香りだ――」
ちなみに今日選んだのはカフェインレスのフレーバーティーだ。
「言いはぐらかすということは、肯定と捉えますけどいいですか?」
「今日は莉子さんの好きな”アシピル”のアップルティーにしてみたよ。飲むでしょ?」
唇を横一文字に結び、悔しそうに黙って頷く。
莉子さんだけでなく、他の部員全員から呆れた目を向けられている。
ちょっと意地悪が過ぎたかもしれない。
「意地悪な誰かさんは置いておいて続きを話そう」
美海が話を再開させてくれたおかげで、僕へ向けられていた視線が途切れた。
お詫びではないが、気持ちを込めて7人分のティーカップにアップルティーを注ぎ入れる。
書道部員の目の前にカップを置くと、それぞれからお礼の言葉が送られる。
続いて監視役の2人には、腰の高さくらいの折り畳み式テーブルをセッティングして、その上にカップを置く。
「郡くん、ボクたちのことは気にせずともよかったのに。だけど、ありがとう。いただくよ」
「ありがとう。けど――」
「2人増えたくらい手間も変わらないし、何より僕が気になったから。あと、これはカフェインレスだし、それなら山鹿さんも飲めるでしょ?」
この1週間、一緒に過ごすうちに夏は麦茶、冬は白湯を水筒に入れていると聞いた。
確かな根拠としては足りないが、もしかしてカフェインが苦手なのかと考えていた。
「…………………………ありがとう。でも、どうして?」
「さあ、どうしてだろうか」
不機嫌そうな顔で『もういい』と言われたので、素直にソファへ移動して、話し合いに参加する。
進行役は部長の美海。莉子さんが書記をしてくれているようだ。
話合いの内容について、紅茶を淹れながら耳を傾けていたが一応メモに目を通してみる。
主に決めなければいけないことは、『場所』と『催し物』について。
書道部の部室は裏階段からしか入ることの出来ない倉庫の一部にある。
そのため、集客や安全面を考えたら催事場所としては適していない。
だから使用場所を考え申請しなければならない。
催し物によって、必要な広さなども変わってくるため先に話し合っているということだろう。
出ている案は、『名言』『格言』『詩』『恋占い』『作品展示』『栞作成』などのようだ。
作品展示については、期間内に書をしたためさえすれば、当日張り付く必要もなくなるというメリットもあるが、はたしてまともな作品が出来るのかといった問題がある。
栞作成については、多少手間だが現実的だしいいかもしれない。
でも、本を読まない人には不要な物となってしまう。
文化祭終了後の片付けで、ゴミ箱に捨てられた栞は見たくない。
せっかく作ったものは活用してほしい。
捨てるならせめて自宅で捨ててもらいたい。
あと、そうすると……名言、格言、詩、恋占い、か。
単体で考えたら案としては弱い。
そう思案しながら、辺りを見渡していると山鹿さんと目が合った。
すぐに逸らされてしまったが、ふむ。
(まとめてしまうか?)
名言などを書道部らしく筆と墨で書いて、おみくじみたいにするのはどうだろうか。
時間が足りるか怪しいが、厳しいなら最悪、書き上げた物をコピーしてしまえばいい。
ジンクス好きの名花高校生の受けも悪くなさそうだ。
自画自賛だけどいいかもしれない。
僕が考えている間にも、次々とメモ紙に映えを狙った『ドライフラワーアート』や『書道体験』などの案が追加されていくが、それにしても――。
「莉子さん、相変わらず達筆で綺麗な字だね」
「え? そうですか? まぁ、でも? 褒められて悪い気はしませんね」
美海や佐藤さん、幸介も『うんうん』と言った様子で頷いている。
「みんなが出してくれた意見を見て一つ思い付いたんだけどさ、言ってもいいかな?」
「もちろんっ! こう君の意見も聞いてみたいからお願い!」
「じゃあ――」
と、切り出して、先ほど考えていたことを説明する。
さらに、もし時間があれば風船アート、それか段ボールか何かで鳥居を作成して、神社のような雰囲気を演出してもいいかもしれないと付け加える。
「いい! とってもいいと思う!! みんなはどうかな?」
「私もいいと思う~!!」
「莉子もいいと思います。さすが郡さんです。みんなの意見のいいところをまとめてくれましたね。美味しいとこを取ったともいいますが」
「俺も郡の意見に賛成っと」
莉子さんの言葉に棘が付いている理由は、さっきの仕返しだろう。
それなら反論はせず、素直に刺されておくことが正解だ。
どんな内容を書くかについては、今は決めずメプリのグループにあるメモ機能を使用して、各自書き込んでいくことで決まった。
場所については、第一候補として10階書道室。
こちらの書道室は授業で使用する教室となっている。
2年生になると新しく書道の選択科目が追加されるから、そのための教室だ。
そして第二候補として、同じく10階小講義室を申請することで話し合いがまとまる。
「こう君? 私は、古町先生に話合いの内容を説明して、生徒会に申請書を提出するから、戸締りお願いしてもいい?」
「もちろん。茶器やカップも洗いたいし戸締りは任せて」
ついでに山鹿さんが用意してくれた弁当箱も洗って、今日のうちに返却してしまおう。
「ありがとうっ! 紅茶も美味しかったです、ご馳走様!」
――はい、これ。
と、コーヒーカップのキーホルダーが付いた部室の鍵を手渡される。
以前は図書室の鍵に付いていたキーホルダー。
今はお揃いで牡羊座のキーホルダーを図書室の鍵に付けているから、こっちに付け替えたのだろう。
「美海ちゃん。莉子もこの後は帰るだけなのでご一緒しても?」
「いいの? じゃあ、莉子ちゃんも一緒に行こっか!!」
話合いや分担も済んだことで、これ以上は不要な居残りとなってしまう。
そのため、この日の集まりはこれにて終了となる。
みんなで別れの挨拶を済ませ、美海と莉子さん、亀田さんが最初に退出していく。
次に幸介が帰宅し、続いて佐藤さんも帰宅して行く。
部室に残るは僕と山鹿さんのみとなる。
会話もなく、茶器や弁当箱を洗う水の音が部室に響く。
山鹿さんをチラッと見たら不機嫌そうな表情をしていたため、声は掛けず洗い終わった弁当箱を拭きとることにした。
「改めて、ご馳走様でした。どれも美味しかったけど、特にハンバーグが絶品だったよ」
弁当箱を返却しながら感想を述べる。
「――そう。ハンバーグだけ冷凍だったかも」
「………………最近の冷凍食品って凄いんだね」
ピンポイントで地雷を踏んでしまったようだ。
というか、とても冷凍食品には思えない味わいだった。
むしろ、あれが冷凍ならどこの食品メーカーの物か教えてもらいたいくらいだ。
「ふふっ。昨晩、私が作って冷凍したハンバーグ。だから褒められると嬉しい」
たちの悪い冗談だ。
文句を言ってやりたいが、
嬉しそうに笑う山鹿さんを見たら毒気が抜かれてしまった。
「自分でお弁当作っているってことは僕と同じように1人暮らしとか?」
一瞬で笑顔がなくなり、目すら逸らされてしまう。
どこか警戒したような表情かもしれない。
「父と2人。でも、父は仕事で不在がち。だから1人暮らしのようなもの。それより、済んだなら早く帰る」
これ以上は話も続けてくれなさそうなので、諦めて荷物をまとめ、しっかり戸締りをしてから帰路に就く。
道中『山鹿さんは敵? 味方? あーちゃん?』と、ストレートに聞くこともできず会話もないまま自宅玄関扉前に到着する。
「じゃあ、また明日」
「また明日。同じ時間に来る」
そう言って、僕に背を向けエレベーターに歩みを進める。
今日1日、確信を得ようと会話を試みた。
その結果、ある程度のことは分かった。
懐かしさから根拠のない確信を得ることは出来た。
でも確信に至るまでのことは知ることが出来なかった。
そのため、この名を呼ぶことは賭けとなってしまう。
とぼけられるかもしれないし、今後は増々警戒されてしまう可能性だって高い。
だけど新潟出身、写真に写る巫女装束を着た女の子、ハロウィンで見た巫女装束の山鹿さん、光さんから聞いた『祝』と言う珍しい名前の共通点、何よりも写真に写る女の子に似た面影。
姓は、光さんから聞いた名前と違っているが、父と2人で暮らしていると言っていたから、昔と変わっていてもおかしくない。
入学式の翌日。
山鹿さんから『
だからきっと――。
「愛宕さん――だよね?」
タイミングが悪く、僕が声を掛けると同時にエレベーターの扉が開いてしまう。
そして、こちらへ振り向きもしないまま乗り込んでしまった。
聞こえなかったのか。あるいは聞こえない振りをしたのか分からない。
でも、僕の賭けは失敗した可能性が高いということだ。
(駄目か)
諦めて部屋に入ろうとドアノブに手を掛けたその時――。
閉まったはずの扉が開き、エレベーターから女の子が降りて来る。
俯かせていた顔をゆっくりと上げ、視線を重ねてから、ギリギリ聞き取れる声量で声を発した。
「夜………………………………………………………………電話する」
この時点ではまだ何も確信したことにはならない。
でも――。
「分かった。あーちゃんからの電話楽しみにして待っているよ。昔話しようね?」
「――っ!? の、の……呪うぅ………………………………………………」
蚊の鳴くような声で覇気もなく、でも、今までで一番可愛らしい『呪う』を口から吐き出しエレベーターに乗り込み、逃げるように去って行ったのだ。
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