第181話 ハンバーグが絶品でした

 普通サイズのホットサンドでも、僕からすれば大盛りに近い量だった。

 そのため今は満腹に近い状態かもしれない。


 出来ればこのまま余韻に浸りたいが、僕にはお弁当が残されている。

 元樹先輩が特盛パスタを食べ終える前に、覚悟を決めよう。


 カバンから弁当袋を取り出し、次に弁当袋から弁当箱を取り出し、蓋を開ける。


 中身は小さな俵型のおむすびにミニハンバーグ、玉子焼き、マッシュポテト、アスパラガスの肉巻き。

 ミニトマトやレタスが彩として綺麗に飾られていて、食欲そそる見た目をしたお弁当だ。


 特に意外な感じはしないが、料理上手なんだなといった感想が湧いてくる。

 記念として写真を撮ってから実食へ移る。


 通路を挟んだ隣の席から『んなっ――!?』と声が聞こえたが無視だ。

 先ずは、僕も大好きなハンバーグに箸を伸ばす――。


「うま――」


 柔らかく、そしてジューシーな味わい。僕好みの味付けである。

 ゆっくり味わうように咀嚼してから飲みこみ、次のおかずへ箸を伸ばす。

 選んだ物は玉子焼きだ。


「美味しい――」


 色も巻き方も綺麗だし、塩加減も僕好みだ。

 残りのお弁当も感想を漏らしつつ、ひとつずつ味わうように食べ進め完食させる。


 とても美味しくて、満腹に近い状態だったにもかかわらず、苦も無く食べ終えてしまった。


「うまいうまい、言ってたけど自分で作った弁当じゃないのか?」


 元樹先輩には自分で作っていると話したことがない。

 だけど1人暮らしをしていることは話しているから、僕が自炊していると見当がついたのだろう。


「今日のお弁当は可愛い女の子が作ってくれたんです」


 通路を挟んだテーブル席から、熱い視線が届いてくるが無視だ。


「かぁー……リア充が……羨ましいぜ。前世でどんな徳を積んだら可愛い女の子に弁当作ってもらえんだって」


「どうしたらでしょうね? それより元樹先輩、何か話したいことがあったんじゃないんですか?」


 今の話を広げてもいいが、これ以上は身の危険を感じるから逸らすことにした。


「ちょっと、耳貸せ」


 そう言って、前のめりに上半身を寄せてきたので、右耳を近づけるように身を寄せる。


「(――この間、真弓とOHANAに行ってきたんだが……)」


 お二人の仲に進展があったことは嬉しい。

 でも、あれ――前にも似たようなことがあったな。

 そんなデジャブを感じていると――。


「やっぱ好きだわ! 俺!!」

「またですか……」


「ん? またってなんだ?」

「いえ、こちらの話です。ただ――」


「ただ、なんだ?」


 本宮先輩と食事したことを思い出し興奮してしまったのだろう。

 声を抑えきれず、右耳が痛くなるくらいに大きな声だった。


「……勘弁してください」


「んあ? あぁ、わりぃ。耳痛かったか。つか……周りに聞こえちまったかな?」


 ええ、もうそれはばっちりと。

 おかげ様で複数の視線を感じております。


「そういえば理由を聞いていなかったですが、元樹先輩は『例の人』のどこが好きなんですか?」


 こんなことで周囲に与えた誤解が解けるかも分からないが、苦し紛れに『例の人』を強調させてもらった。


「話しているうちにとかさ、色々理由はあるがきっかけは、その、なんだ…………俺、脚フェチなんだ…………いやでも、それだけじゃないからな!?」


 人が人を好きになる理由は千差万別。

 脚の線が綺麗な所が本宮先輩の魅力のひとつであることも分かる。


 でもいくら男同士と言え、赤裸々に話し過ぎやしません?


 もう少し他の理由を前面に出しつつ、オブラートに包んで言ってくれてもよかったと思います。


「元樹先輩も、その、思春期って感じですね。いいと思います。裏表がなくて。でも、昼に話す事でもないと思います。それに――」


 ありのままの理由を本人には言わない方がいいですよ。

 そう、付け加えようかと考えたが口を紡ぐ。


 もしかしたら、本宮先輩は脚が綺麗だと言われたら喜ぶかもしれない。

 その可能性を否定出来なかったからだ。


「それになんだ? つかまさか、先輩の俺だけに言わせたりしないよな? な?」


「うわ、元樹先輩は先輩風吹かしたりしない。そう思っていたのにな」


「うるせぇ、早く教えろって」


 憎たらしい笑顔を浮かべている。

 でも、裏表のないその笑顔を憎み切れないから本当に憎たらしい。


「そうですね……自然に漏れ出た『クスッ』とした笑顔とかですね?」


「いや、間違っちゃいないが、郡お前……こういう時は胸とか脚とか、うなじや声とかじゃないのか?」


「じゃ、食べ終わったことですし、そろそろ行きませんか?」


「このムッツリが!!」


 昼に話す内容でもないし、衆目に晒されている状況で話せる訳もない。

 そのため無視して席を立ちあがるが、待ったが入る。


「わりぃ、郡! もうちょっとだけ時間いいか? その、あれだ……頼みたいことがあんだ……」


 僕が腰を落としたのを見て、前のめりに体を寄せてくる。


「今度はしっかり小声でお願いしますね」


「ああ。それで頼みが――(真弓に好きな男性のタイプを聞いてほしい)」


「自分で聞いたらいいじゃないですか」


 突き放すような返事にもめげず、『駄目か?』と子犬のような顔で聞いてくる。

 狡い……そんな顔されたら断りにくい。


「……応援するって言いましたからね。断りたいですが、元樹先輩の為です。ちょっと調べてみますよ」


「郡、ありがとうっ!! 恩に着る!!!!」


 大きな声でそう言って僕の手を取り、ブンブンと縦に振り喜びを表現する。

 手がテーブルに当たって痛いうえに、周囲から視線も刺さって痛い。


「ですが、上手く聞き出せるか分からないので過度な期待はしないで下さい」


「ああ、それでも受けてくれて嬉しいぜ!! ありがとな! 郡!!」


 話もまとまった。いい時間であるため席を立つ。

 今度は元樹先輩も立ち上がった為、お盆を返却カウンターに戻し、出入り口に向かって歩く。


「郡、お前もなかなか――」


『はい?』と返事すると同時に振り向くが、元樹先輩は中腰体勢で僕のふくらはぎや太ももを触って来た。


「後ろから見て思ったが、郡お前も中々……細いが程よく筋肉も合っていい脚だな?」


 最悪だ。

 急に触られたことも不快だったが、何よりも周囲からの視線が痛い。


 突き刺さるような視線の数々。まるで視姦されている気分だ。

 元樹先輩に悪気がないからこそたちが悪い。


「…………男同士でも急に触ったりしない。普段の行いから気を付けてください」


「おう」


 人の気持ちも知らず『ニカッ』と、歯を見せるように笑って見せて来た。


 呆れる気持ちで一杯だが、言い忘れていたことを思い出したので忘れずに伝えておく。


「でも、例の人と食事に行けてよかったですね。今度また詳しく聞かせてくださいね」


「出た! ツンデレ!」


「やかましいです」


 大きな声で『ハハハッ』と笑う元樹先輩とは、食堂を出た所で別れを済ませる。


 午後最初の授業は体育だから、そのまま着替えるそうだ。

 教室へ戻るのに階段を上っていると、空気さんから声が掛かる。


「その……ご愁傷さま――」

「言わないで」

「同情する」

「そっとしておいてほしい」


 チラッと後ろへ振り向いたが、心から憐れむような目をしていた。


「そう……弁当箱返して」

「お弁当凄く美味しかったよ、ご馳走様でした。弁当箱は洗って返すよ」


「いいから返して」

「いや洗って返すから」


「いいから早く返して」

「だから洗ってから返すって」


 押し問答を繰り広げながら、弁当を引っ張り合う。

 そのまま教室へ戻るが、このやり取りに何となくだが懐かしさを覚えた。


 気のせいかもしれない。


 でも心なしか、笑顔の少ない山鹿さんからも楽しそうな雰囲気が伝わって来た。


 意固地になる必要などないのだが、食べるだけ食べて洗わずに返却することは気持ちが悪い。だから――。


「「――いいから」」


 最後に声が重なってしまった。

 するとここで、ずっと聞いていたくなるような心地の良い声を持つ可愛い女の子が、山鹿さんに声を掛けて来た――。


「はふりちゃん?」

「美海ちゃん、これは違うの」


「ふふ、仲が良さそうだね?」

「仲なんて良くない。聞いて?」


 空気さんが弁当箱から手を放した隙に、弁当箱をカバンへ仕舞い着席する。

 空気さんは何やら一生懸命に言い訳をしている。


 そんな2人の様子にも懐かしさを覚え、自然と小さな笑みがこぼれてしまった。


「こ……八千代くんが笑っているよ? 祝ちゃん?」


「……八千代郡は本当にケダモノ。視姦する許可はしていない。上近江美海さんのことをこれ以上辱めては駄目。理由は貴方がケダモノだから」


 酷い言われようだな。2回も強調して言わなくてもいいのに。


「八千代くんなら私は別に気にしないよ?」

「甘く見ては駄目」


「はいはい、2人を辱めないように僕は読書でもしているよ。あ、これは独り言だけどさ」


「もうっ――!!」

「なぁっ――!?」


 本を読む振りして盗み見る2人仲良くする姿は、どこか懐かしさを覚える光景だ。


(――確信だな)


 2人が見せる関係に確信足る思いを抱きながら、残り僅かの昼休みを過ごしたのだ。

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