第180話 元樹先輩と学食を食べる

 自由な離席が許されている昼休み。

 教科書、筆記用具を片付けてから携帯の電源を入れると同時に電話が掛かって来た。


『おう、郡。よく分からないが、学食ご馳走してくれるんだって?』


『こんにちは、元樹先輩。とある伝手というか、手伝いというか、縁か何か僕もよく分かりませんが、無料の食券……まあ、ペペロンチーノもしくはホットサンド限定ですが、手に入ったのでご馳走させて頂きます。元樹先輩には以前ご馳走になっておりますし』


『なんだ、郡もよく分かっていないのか? ま、無料ならありがたく奢ってもらうか。話したいこともあるしな。トイレ行ってから向かうから、教室で待っててくれ』


『分かりました。席も確保してあるのでゆっくりどうぞ』


『さんきゅ。じゃ、切るぞ』


『はい』と返事すると同時に通話が切れる。

 すると今度はメプリにメッセージが届いた。


(美海) 『こう君、放課後時間ある?』


(八千代)『大丈夫だよ。文化祭についてだよね?』


(美海) 『そう! 部室でいい?』


(八千代)『授業が終わったらすぐ行く』


(美海) 『また放課後、こう君と会えるの楽しみにしているね!』


 何この子。可愛い。悪魔とか言う人の気が知れない。


(八千代)『僕も楽しみ。早く日常が戻ってくるといい。そう願うばかりだよ』


(美海) 『だ~れ~の~せ~い~?』


(八千代)『面倒な制約を作った初代生徒会長のせいかな?』


(美海) 『もう! お昼食べるから、またね!』


(八千代)『またね、美海』


 莉子さん風に言うならば、元気成分? 

 が、補充されたことを実感しつつ携帯をポケットにしまう。


 それにしても本当に適当な言い訳で、元樹先輩を誤魔化せた。

 元樹先輩への解像度の高さに何だか少し複雑にさせられた。


 すでに教室の中は、昼食を取るため仲のいいグループが固まり始めている。


(廊下で待つか)


 このまま教室で待ち続けても構わなが、何となく疎外感を感じてしまった。


 幸介と順平の2人に声を掛けてから廊下に出たのだが、隣のBクラスや廊下からも楽しそうな声で溢れていた為、状況は変わらなかった。


(そりゃそうか)


 午前中に会話が出来ない分の帳尻合わせをしているのだろう。

 元樹先輩を待つ間、挨拶を送ってくれる他クラスの友人知人に挨拶を戻しながら、ふと、あることに気が付く。


 望遠鏡のようなキーホルダーを着けている女子がやたら多い。


 莉子さんから五十嵐さんに伝わった噂、ジンクスは双眼鏡だったはず。

 だから望遠鏡のキーホルダーに疑問を感じた。


 望遠鏡自体、可愛いキャラクターなどでないから女子が持つには相応しくないと思うが。


 これだけ目に留まるということは、僕の知らぬ間にまた何か新しいジンクスが生まれたのかもしれない。


「望遠鏡のキーホルダー着けている人が多いけど、山鹿さんは何か知っている?」


「知っているけど、私には関係がない」


 会話終了である。


 知っているなら教えてもらいたいが、

『話し掛けるな』オーラが漂っている。

 残念だが諦めるしかない。


 まあ、そこまで気になっている訳でもないからいいけど。

 それに、階段出入り口から元樹先輩の姿も見えた。


「すまん、待たせたな……って、本当に監視されてんのな?」


「全然です。彼女は空気と思ってくれていいみたいですよ」


「こんな存在感の強い空気吸ってたら体が重くなりそうだな」


 元樹先輩に完全同意だけど、それは言ったら駄目なやつ。

 今の言葉で一段と存在感が増したからな。

 元樹先輩に他意はないのだろうが、これ以上喋らせたら僕に被害が出そうだ。


「とりあえず行きましょうか。階段でいいですか?」


「おう! つか、むしろ階段の方がいい。エレベ―ターは待つし昼はこれでもか! って、くらいギュウギュウになるかんな……ちょっと苦手だ」


「僕も同じ意見ですので良かったです」


 昼休みや帰宅時は人がエレベーターへ殺到する。

 そのため、スタートダッシュに失敗すると何回か見送らないとならないし、乗れたとしても箱詰め状態になるのだ。


 イメージは東京の満員電車だ。

 前に朝のニュースで映像を見たが、正直ドン引きした。


 上京などあまり考えた事がなかったが、東京に住むにはアレを日常にする必要があるのかと考えたら、『地元から出たくない』。


 そんな気持ちが増してしまった。


『ずんずん』と言葉が似合う元樹先輩の後に着いて行くが、とある変化に気が付いた。


「元樹先輩、もしかしてですが僕の歩幅に合わせてくれていますか?」


「おう、せっかく郡がアドバイスしてくれたことだからな」


「さすがです。ずんずんとか言ってすみませんでした」


「ずんずんってなんだ、ずんずんって」


「あ、いえこちらの話です」


「郡もたまに変なこと言うよな?」


 心外な気持ちである。


 だけど心の声が出てしまうのは、元樹先輩に安心感を覚えているからであろう。

 僕が褒めた時、振り向きざまに見せたはにかむ笑顔。


 元樹先輩には失礼かもしれないが、どことなく可愛いと思えてしまった。

 大きな体格だからこそのギャップが魅せる魅力だ。


 裏表のない素直な性格と相乗して、不意を突かれたのだ。


「今のはにかんだ笑顔を例の人に見せたらイチコロかもしれませんよ?」


『生意気なやつめ!』と言って、逞しいたくましい腕が僕の首に巻き付いてきた。

 ちょっと暑苦しい。

 それに周囲から届いてくる視線も痛い。


 やんわり首に巻き付いている腕を手に取り振りほどくと、

 先ほど見せてくれたはにかむ笑顔と違って、今度は『すまん、すまん』と豪快に笑ってみせた。


「元樹先輩、食券です。使って下さい」


「おう、サンキュ!」


 真っすぐカウンターへ並び、学食で働くお姉さんに食券を手渡す。

 だがお姉さんは、受け取った食券に目線を落とすと訝し気な表情をして僕と元樹先輩へ視線を向けてきた。


 と、思いきや、

 にこやかな表情へ変えて種類と量について確認してきた。


「パンとパスタどっちにするよ? 量は? 大盛り? 大盛りかい? 特盛りでもいいさね?」


 どれだけ盛り盛りにしたのか。僕は弁当もあるし、普通盛り一択あるのみ。


「普通サイズのホットサンドでお願いします」


「俺はパスタの特盛りで」


「あいよっ!!」


 よかった。変に大盛りを押し付けられなくて。

 あれだけ押してきていたから、無理矢理増やされたらって不安だった。


「後ろのお嬢ちゃんはどうする?」


「私は付き添いなのでお構いなく」


「そうかい」


 受け取りカウンターの前へ進み、特に会話もせず待つこと3分。

 注文の品がお盆に乗せられた。


 食券を受け取ってくれたお姉さんとは別のお姉さんにお礼を伝え、指定された一番手前にあるソファ席へ向かう。


 すでに2年生の女生徒が着席していたが、僕たちの姿を確認すると離席して席を譲られた。


 予約制などないから当然なのかもしれないが、物理的に確保するってことだったのか。


 なんだか申し訳ない気持ちになるが、突っ立ってもいられないので着席する。


「私は別テーブルで食べるから」


 山鹿さんが顔を向けた先には、こちらへ手を振っている白岩さんの姿が見えた。


(月美さんの監視はいいのかな?)


 まあ、僕が気にすることじゃないか。

 もしかしたら月美さんが学校にいないのかもしれないし。


 一先ず、手を振り返す代わりに会釈で返事しておいた。


「じゃあ、元樹先輩。冷めないうちに食べましょうか」


「おう! んじゃあ、郡。いただきます」


「はい、どうぞ召し上がれ」


 貰っただけの食券だからご馳走するとは違うかもしれないが、細かいことはいいだろう。


 さて、ホットサンドの中身だけどレタスとベーコンが具沢山に挟まっていて、凄いボリューム感である。


 レタスはしんなりしているかと思いきや、しっかりシャキシャキ感を演出している。


 ベーコンもブロック状で食べごたえ抜群だ。

 山鹿さんが絶品と言っていたことも理解できる。


 欲を言えばチーズをトッピングしたくなるけど……まあ、無料なのだから贅沢は言えない。


 美波はチーズが大好きだし、今度泊まりに来る時に作ってみようかな。

 異性だけど、兄妹でもあるから校則に抵触しないだろう。


 美味しそうに頬張る美波の姿を想像していると、元樹先輩がフォークを止め喋り始めた。


「うめぇな。郡が食ってるホットサンドも美味そうだし、金曜はそっちにすっかな」


「具沢山でボリュームもありますからお勧めです。ペペロンチーノも美味しそうですね」


 美味しそうではあるが、特盛りのせいか見た目の破壊力が凄い。

 パッと見で3人前くらいありそうだ。

 具もレタスとブロックベーコンがこんもり具沢山だ。


「一口食うか?」


「いえ、金曜の楽しみに取って置きます」


 元樹先輩が笑顔で『おう』と答えてから食事に戻る。

 それにしても元樹先輩――。


 ――口に食べ物を含んだまま話さない。

 ――女性が話している時は箸を止め、目を見ること。


 と、ここでも前に僕が言ったアドバイスを律儀に実践してくれているのだろう。

 本当に素直で可愛い人だと思えてしまう。


 本宮先輩はひねくれ者に見えるが、ある意味で自分に素直な人だ。

 案外お似合いなのではないだろうか。


 そう思いながら、穏やかな昼食が過ぎて行く――。


 

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