第176話 お宝動画をゲットしました

 邪な気持ちで溢れてしまった昼休み。


『呪う』と言ってくれた山鹿さんのおかげで、真面目に午後の授業へ臨むことが出来た。


 そして放課後の時間、友人たちへ挨拶したのち、寄り道せず帰路へ就いた。

 後ろに張り付く山鹿さんはもちろん一緒だ。

 一緒ではあるが、ひと言の会話がないまま自宅玄関前に到着することになった。


「じゃあ、山鹿さん。また明日」


「…………また明日」


 エレベーターに乗り込み、山鹿さんが住む6階のボタンを押そうとしたら『押さなくていい』と言われたので、7階のボタンだけ押した。


 僕が玄関に入る姿を見届けるため着いて来るのだろう。

 見方を変えれば護衛にも見えるかもしれない――。


 そして案の定、着いて来られて別れの挨拶を送ったという訳だ。

 玄関の内側に入り、クロコに『ただいま』と挨拶を送る。


 手洗いうがいをしてからクロコを撫で、収納から掃除機を取り出す。


「部屋までは掃除しないから、煩かったら部屋に居てね」


「ナァ~」


 真っすぐ部屋に入って行く姿を見送ってから、リビング、廊下、父さんの書斎に掃除機をかけていく。


 ついでに父さんのパソコンのスイッチを押し、電源を入れて立ち上げておく。


 再度、掃除機を掴もうとしたが掴み損ねてしまい、掃除機が倒れ大きな音を立ててしまった。

 下に響いていないといいけど――。


 今までも下の階の人に気遣い物音は立てないように生活していた。

 だけどこれからは、もっと気をつけた方がいい。


 下の部屋に住む山鹿さんを怒らせたら呪われてしまうからな。


 心に誓ってから、掃除機を引く音が下の階に響かないよう注意しながら掃除を進める。


(――充分かな)


 これくらい綺麗なら、怒られる心配もないだろう。

 せっかく光さんが仕事を教えに来てくれるのに、余計な時間を使わせては申し訳ない。


 念入りに掃除機を掛け、ひたいに汗が滲み始めた頃にスイッチを切り、コンセントを抜いて収納庫に戻す。


 古い掃除機なので重量があり、思いのほかいい運動となった。

 額だけでなく背中からも汗の流れる感覚が伝わる。


 ブレザーを脱いで部屋の壁に付いているレールフックに掛けておく。

 お金に余裕があれば、軽量の掃除機へ買い替えたいかもしれない。


 あまり無駄遣いはしたくないが、生活を豊かにする必要な物は別だ。


 キッチンへ移動してからグラス一杯分注いだアイスティで喉を潤していると、玄関から物音が聞こえてきた。


 僕が持つマスターキーとは別に、ふたつある合鍵のひとつを持つ光さんが入ってきたのだろう。


 残りのひとつについては、美波が泊まりに来た時に予備として渡すくらいで、普段は父さんの部屋で保管している。


 アイスティが入ったグラスを流し台に置く。それから玄関へ出迎えに向かうとするも、先に扉が開いてしまう。


 リビングへ姿を現したスーツ姿の光さんへ挨拶を送る。


「光さん、こんにちは。忙しいなかすみません」


「こんにちは、郡くん。息子の顔を見に来た。ただそれだけだからいいのよ別に。だから、これは……そのついでよ」


 ――それよりちゃちゃっとやりましょう。


 と、恥ずかしくなったのか最後は顔を背け、父さんの部屋へ足を進めて行ってしまった。


『海と空と。』で食事をして以来、光さんは週に一度のペースで連絡をくれるようになった。


 電話越しでも伝わるほど、優しい声色で学校やアルバイト、友達の話を聞いてくれる。


 今までのすれ違いを埋めるかのように、照れながらも、正直に気持ちを伝えてくれるようになった。


 後ろにいるため僕には見えない。

 けれどきっと、耳と同じくらい頬も染めているのだろう。

 そんな義母さんを見て、心が温かくなるのを感じながら後に着いて行く。


「立ち上げておいてくれたのね。先に設定しちゃうから、それまでは好きしてていいわよ」


「分かりました。紅茶淹れたら飲みます?」


「そうね、お願いするわ」


 僕の顔を見るついでと言っていたが、本当は臨時のアルバイトで必要となるソフトの設定をするため、仕事の合間に光さんが来てくれている。


 その横でただ棒立ちしているのも居心地が悪い。

 だからお茶くらいは淹れたい。そう思ったのだ――。


 キッチンへ戻り紅茶の準備を進める。

 冷蔵庫にはアイスティを常備してあるが、光さんは冷たい飲み物をあまり好まない。


 そのため、湯を沸かして最初から淹れることにする。


 親子2人、美波と光さんの味覚の好みは似ている。

 美波に用意する紅茶の割合は、紅茶が2、ミルクが1。それと角砂糖はひとつ分。

 だからそれと同じ分量で用意して、出来上がったものをトレイに乗せ、書斎へ移動する。


「どうぞ。火傷しないように気を付けてください」


「ありがとう、いただくわ――」


 マウスから手を離し、ソーサーごとティーカップをウエスト辺りまで引き寄せる。

 カップの取手を指でつまみ、ゆっくりと口元まで運ぶ。

 ここで一度動きを止めてからカップに口をつける。

 流れるような動きで綺麗な所作だ。


「美味しいわ。上手になったのね……そういえば美波は一緒じゃないの? てっきり、郡くんにくっ付いてくると思っていたけど?」


 パソコン画面に目を移すと、再起動中となっている。


「以前より淹れる機会が増えたから少しは上達したかもしれません。美波は、美海や友達と一緒に買い物に行くと言っていましたから、今日はこっちに来ないと思いますよ」


 買い物の内容は聞いていないが、みんなでコングホーテに行くとメプリが届いていたからな、きっとハロウィンの衣装でも探しに行っているのだろう。


「あら、珍しい……国井さんも一緒かしら?」


「多分ですが一緒だと思いますよ」


「そう……」


 不安げな表情をしている。

 国井さんと光さんに面識はなかったと思うが、何かあったのかもしれない。


「どうかなさいました?」

「その子が秋休みに泊まりに来たのだけれど」


「あ、そうなんですか?」

「ええ、でも――ちょっと変わった子よね? ……郡くんはどう思う?」


 いえ、ちょっとではありませんよ。


 だいぶ変わっている子です。


 とは、言えないため返事に悩んでしまう。

 けれど初耳だな。

 いつの間に招待していたのか。


「人と違った感性を持っていますが、そうですね……美波を大切に思っているのは間違いないと思いますよ。苦手な勉強も今は頑張っているみたいですし。時折り行き過ぎる時もありますが、美波の気持ちを裏切ったりしないと思います」


「そう――郡くんが言うなら安心ね。ごめんなさいね、あの子の友達を疑うようなことを聞いて。中学の時にいろいろあったから……ちょっと心配になったの」


「ええ、大丈夫です。分かっていますから――」


 会話が途切れる。

 空気を変えるためか、気持ちを切り替えるためか、2人同時に紅茶に手を伸ばす。

 互いにひと口飲んでから、ティーカップを机に置く。


 見計らったようなタイミングで、パソコンの再起動が終了して画面が立ち上がった。


 つまり、ここからは――。

 親子の時間が終わり、雇用主と従業員の会話が始まる。


「一気に説明するけどいいかしら?」


 メモする用意も出来ている。問題ない。


「ええ、大丈夫です。お願いします」


「明後日からの2週間はひたすら、新規物件情報を『スモウ』など複数の情報サイトへ登録してちょうだい。登録してほしい物件リストはPDFで送っておくから、夜のうちに登録しておいて。土日や学校が休みの時、太陽が昇っている時間は、物件の写真撮影。出来れば午前中がいいわね。今週金曜は祝日だけど午前中は空いている? 空いていて時間があるなら、お部屋の内見の仕方や写真撮影のコツを教えるわ。その他、少しずつでいいから、紙でまとめてあるオーナー情報をパソコンに打ち込んでいってもらいたいわ。他にもやってほしいことは山ほどあるけど、とりあえずはこんなところかしらね――」


 ――どう?


 と、聞かれるが、何を言っているのか、チンプンカンプンだ。


 単語をメモしただけだから、後から見てもきっと何も分からない。

 もはやメモの意味をなしていない。


「はい……とりあえず、やることは分かりました。金曜も夕方までは時間があるので大丈夫です。ですが、登録の説明をいちから教えてもらってもいいですか?」


「もちろん。今日はもう職場に戻らないし時間はあるから丁寧に教えるつもりよ」


「ありがとうございます。美波の夕飯とかは大丈夫ですか?」


「それも用意して来てあるから気にしなくていいわ」


 それなら良かった。2時間から3時間は時間を空けておくように言われていたから、少し心配だった。


「郡くんに心配はしていなけれど、心構えとして言っておくけどいい?」


「え、はい。なんでしょうか?」


「適当は絶対に駄目よ。分からないのにいい加減な登録はしないでちょうだいね。たったひとつで営業停止――下手したら免許剥奪されることにもなりかねないから」


 こわっ、責任重大過ぎて重い。

 免許剥奪されたら、つまり倒産するに近いことだろう。


「えっと、そんな大変な作業を僕がしてもいいんですか?」


「作業自体は誰にでもできる簡単な作業よ。丁寧にやってくれたら何も問題ないから。それに仮登録でしてもらうし、私が朝出社したら確認もするから安心して。じゃあ、説明するから座ってちょうだい――」


 座っていた椅子から立ち上がり、その空いた椅子に着席を促される。


 そして、後ろからチラシの見方や用語の意味、間取り図面の作り方、写真の貼り方、コピペの選択等の説明を受ける。


 物件ごとの仲介手数料はチラシ……送付されるPDFに書き込んでくれるから、その通りに設定すること。


 細かい指示があれば別途連絡すると――。


 オーナー情報の打ち込みについては、登録作業に慣れてから教わることとなった。

 頭がパンク寸前だったから正直助かる。

 それを察してくれたのかもしれないが。


 父さんのパソコンと僕が持つノートパソコンに会社用のメールアカウントを入れ、さらには連絡用の携帯まで持たされた。


 最後に見守られながら登録をしてみたが、確かに単純作業であった。

 だからと言って甘くは見ない。


 説明を受けつつ散々脅されたので、単純作業と甘く考えることなど出来ない。

 途中、クロコにご飯をあげて2時間ちょっとの時間が過ぎたところで『最後に』と言葉が掛かる。


「郡くんは時給いくらで美空さんに雇われているか聞いてもいい?」


「えっと、1500円です」


「随分と……条件がいいのね?」


 僕らが住む地域の最低賃金は900円。

 それと比べたら破格もいいとこであろう。


 SNSを上手に利用して広告収入を得ている子は別だが、普通の高校生がアルバイトで貰える金額ではないかもしれない。


 里店長の時でさえ、1200円だったからな。

 麻痺していたけど、あとで美空さんに相談しておこう。


「もらい過ぎだと自覚していますが、店の利益に貢献してくれているといった理由で10月からはこの条件に変更となりました」


「そう……美空さんもやるわね。アルバイトしてもらう曜日と時間だけど――」


 と、条件の話しに移っていく。

 光さんの会社は火曜水曜定休なため、平日は月、木、金。

 時間が午後10時から0時までの2時間。


 土日祝は午前9時から12時、午後は平日と同じ時間で5時間勤務。


 時給に関しては『空と海と。』と同じで、さらに深夜手当が加えられる。


 役に立つどころか足を引っ張る状態だから、最低賃金でとお願いしたが、『この方が、郡くん頑張ってくれるでしょ?』と、言われてしまった。


 つまり、敢えて頑張るしかない状況に置かれた訳だ。


 あと本来、未成年者なので働くことの出来ない時間帯であるが、家業の手伝いとするそうだ。


 光さんはもちろん、会社に迷惑がかからないか心配になったが『問題ない』と押し切られてしまった。


 光さんのことだから対策は取っていそうだが、

 なんとなく……グレーゾーンな気がする――。


「私は帰るけど……夜はどうするの? 外食でよければ、どこか食べに行く?」


 時間は20時近くなっているから悩ましいが――。


「ご飯は作り置きがいくつかありますので、今日はそれを食べるつもりです。それに、クロコも美波も寂しがると思うので、また今度……外食に連れて行ってください」


「そうね、そうしましょうか。郡くんが気に入りそうなお店探しておくわね」


 センスのいい光さんが選ぶお店なら間違いなく美味しいだろう。楽しみだ。

 玄関へ移動して、最後に『おやすみなさい』と言葉を交わし別れを済ませる。


 今後暫らくは書斎に出入りするだろうから、ティーカップを片付けてから軽く整理する。


 その後、軽くご飯を食べ空腹を満たす。

 シャワーで1日の汚れを落とし、歯を磨いてしまう。

 いつでも眠れる準備を済ませたのだ。


 リビングにあるソファで、クロコを膝に乗せながら少しだけ読書して、一緒に部屋のベッドへ移動する。


 すっかり存在を忘れていた携帯電話を手に取り、目覚ましをセットするため開く。

 メプリアイコンに6件のマークが付いていた。


 何となく、覚悟が必要かもしれない――。意を決してメプリを開いていく。


 美愛さんからは、美愛さんと鈴さんのセクシー過ぎるキツネ姿。

 美愛さんの破壊力が凄い。

 この写真は世に出したら駄目だ。封印した方がいい。

 でも良かったですね、鈴さん。一緒に撮れて。


 月美さんからは、月美さんと白岩さんの露出度が高い女医姿。それに山鹿さんの巫女姿。

 月美さんはやっぱり……それに網タイツも似合っている……うん。

 あと、白岩さんもノリノリだな。

 山鹿さんは僕と別れたあとに合流したんだろうな。

 イベントに乗っかりコスプレするとは思えなかったから意外だ。

 味方と敵どちらなのか判断も難しいがとりあえず――『呪う』という口癖が霞むほど、巫女姿が似合い過ぎている。

『呪う』よりも『祝う』と言った方が、間違いなく似合っている。

 あれ……祝う……お祝い?

 なんだろう。少し既視感を覚えるな。


 美波からは、空色のワンピースに白いエプロン。

 さらに、ウサギ耳を付けたキュートな姿。

 よく似合っているし、首をちょこんと傾けている姿など、とても愛らしい。

 膝に乗せて愛でたい衝動に駆られる。


 残りを見てしまいたいが、一度休憩を挟まないと不味い。

 頭に血が上っている感覚がある。

 本当に鼻血が出そうだ。

 けど、あとは誰からだろうか。


 莉子さんに佐藤さん?

 え、それに美空さん――まさかバニーガールじゃないよな。


 美海からは来ていないのが少し残念だけれど、大きく深呼吸して順に開いていく――。


 莉子さんのメイド姿は想像の倍以上に似合っていた。

 でも、スカートが短いのはいただけない。

 莉子さんなら長い方が似合うだろうに。


 佐藤さんはミニスカポリス。

 スラッとした綺麗な肢体をしている佐藤さんにとても似合っているが、よく売っていたと思う。

 あと、なんとなく。

 隠されたメッセージが伝わってきたので、黙って優くんに転送しておこう。

 恥ずかしくて自分からは送れなかったのだろう、きっと。


 美空さんからは――。


「――なるほど」


 バックアップ確定だな。反則過ぎるくらいに可愛い。しかも動画。

 それに髪型もアレンジしていて、うっすら化粧も施しているように見える。

 美空さんが本気になったのかもしれない。


 黒いワンピース姿は普段とのギャップもあり新鮮だし似合っている。


 そのまま多分、数分間。

 夢中で見ていたせいか、鼻から何か水のようなものが垂れる感覚が伝わる。

 すぐに携帯を手放し、上を向く。


 鼻血だ。興奮の限界が突破されたのだろう。


「恥ずかしい上に、情けない――」


 気持ちを包み隠さず呟き、

 サイドテーブルに置いてあるティッシュを手に取り、鼻を抑える。


 部屋でよかった。

 誰にもこんな姿を見られたくない。そう考えてしまう。


 まあ、クロコには見られてしまったのだが。

 そのクロコは呆れて部屋から出て行ったが、仕方ないと思う。


 美空さんから送られてきた動画。


 それは美海が黒のワンピースを着て、さらには黒い猫耳と尻尾を付けている姿。

 語尾に『ニャン、ニャン』と付けて、

 照れ恥ずかしそうに喋っているのだから――。


「可愛いが過ぎるって……」


 幸いすぐに鼻血は止まり、再び出てくることもなかったが目を瞑ると、瞼の裏に萌え萌えな美海の姿が浮かんできて、この日は、得意の寝付きの良さを発揮する事は叶わず、悶々とした夜を過ごすことになってしまったのだ――。

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