第175話 ニャンってして……あ、いや
名花高校全体を騒がせた日の翌日。
生徒会から文化祭に関する提案が発表された。
内容を要約すると、風紀委員会主導により発表された校則について、多数の生徒から不平不満の意見が届いており、このままでは文化祭開催に支障を来す可能性が高いため、一時的対策案として文化祭準備期間から文化祭が終わるまでは、校則を緩和すると言ったものだ。
掲示された紙には大きな字で、誰が読んでも分かりやすく、簡潔丁寧に書かれていた。
まるで、風紀委員会への当て付けのように――。
風紀委員会のだまし討ちで懲りたばかりの生徒たち。
今回は間違いなく目を通すはずだ。そして間違いなく過半数を超える生徒がサインする。
生徒たちに寄り添う提案は、どの派閥にも属していない生徒からの支持を生徒会が得ることにも繋がったかもしれない。
浮動票獲得について不利となってしまうが必要なことだ。
副次的に四姫花を守ることに繋がるのだから尚の事。
僕の監視についた人は、山鹿さんの他にも2人いる。
ボランティア委員会に所属していて、クラスメイトでもある長谷と小野だ。
監視についた理由は、異性である山鹿さん1人だと何かと負担が多すぎるからだ。
さすがに男子トイレや更衣室にまでついて来ることが出来ないからな。
……山鹿さんなら平気な顔してついてきそうだから、逆に助かったかもしれない。
まあ、つまりしばらくは山鹿さん、長谷、小野の3人と行動することが強制される窮屈な生活を強いられるということだ。
昼休みの時間について、今日から暫らくは幸介と順平の3人で一緒に過ごす。
黒田くんの席をお借りして、幸介の前の席を確保出来たのはいいが――。
「あのさ、山鹿さん? 同じ教室にいるんだしお昼を食べる時くらい隣に座らなくてもいいんじゃない?」
長谷と小野の2人は自分の席にいるのだし、山鹿さんも同じようにすればいい。
それなのに、黒田くんの席の隣である白田さんの席に座っている。
僕が黒田くんと話している間に、山鹿さんは白田さんに話をつけたらしい。
僕の隣に山鹿さん、僕と対面する形で幸介。
山鹿さんは幸介の隣に座る順平と対面する形だ。
「私のことは空気。そう思えばいい」
「……幸介と順平は平気?」
揃って苦笑している。
2人とも外見が整っているから苦笑でも格好が良いし、爽やかに見える。
「別にいいって。どうせくだらないことしか話さないしな」
「それな。いつズッ君が解放されるか分からんし、それを待っていたらいつまでも一緒に食べられないだろ?」
返事に嫌味もなく爽やかだ。僕も見習いたい。
「それにさ? 最近の郡は女子に取られて、あまりゆっくり話せなかったから……たまには男同士仲良くしようぜ? な!」
「はっ、そう考えたらくそみたいな校則も悪くないかもな」
誰にとは言えないが、確かに男性同士の方が楽な部分はあると思う。
意見が揃ったからか、爽やかな笑顔で腕と腕をハイタッチするかのように、ぶつけ合っている。とても絵になっている。
クラスの女子も見惚れているように感じる。
「幸介も順平もありがとう。食べようか?」
「「おうっ!!」」
3人で『いただきます』と声を合わせる。
続くように隣からも『いただきます』と小さな声が聞こえてきた。
横目に見るが、手を合わせている姿が凛としていて、つい見入ってしまう。
もう少し見ていたいが、見ていることがバレるとまた『呪う』と言われてしまうので、気付かれる前に視線を戻し弁当に箸を伸ばす。
最近では当たり前となったが、お裾分けように玉子焼きも用意している。
弁当箱とは別のタッパーに容れる果物のような扱いだ。
今日も美味しそうに食べてくれる幸介、順平にもお裾分けをしてからなんとなく――。
「山鹿さんは玉子焼き好き? よかったら、どう?」
「………………」
あくまで空気という立場を徹するみたいだ。
もしくは本当に要らないか。
人の作った料理を受け付けない人だっているだろうし、無理に勧めることもない。
それから、順平の部活の話や幸介のモデル仕事の話に耳を傾けつつ、お弁当をある程度食べ進めたところで幸介から10月31日らしい話題が提供される。
「つか、今気づいたけど今日ってハロウィンだな。郡は女子がどんなコスプレしたら嬉しい?」
「また急だね。コスプレって例えばどんな物があるの?」
僕がした質問に対して幸介は返事を戻す前にポケットから携帯を取り出し、何かを打ち込み始めた。
「ほれ、参考にしてみろ」
「え、ありがとう――」
渡された携帯画面には【ハロウィン コスプレ 人気】の検索結果が映し出されていた。
一通り目を通してみると、アニメキャラクターやミニスカポリス、チャイナドレス、ナース服、キョンシー、かぼちゃドレス、魔法使い風のローブ、シスター服や巫女服、これは完全にネタだと思うが宇宙人の着ぐるみなどもあった。
その他にもたくさんのコスプレ衣装があるみたいだ。
検索してくれたお礼を伝え、携帯電話を返すと『で?』と、言葉が飛んでくる。
「そうだな……んー、あまり想像がつかないな」
「おいおい。じゃあさ、せっかく四姫花で盛り上げっているんだし、その4人で想像してみようぜ? はい、順平から!」
「はっ? 俺からかよ!?」
有無を言わせず、『大槻先輩から』と指定までされている。
「んー……大槻先輩なら、キツネのコスプレとか?」
それに答える順平は素直な性格だなと思う。
でもなるほど、狐か――有りだ。
山吹色の髪にもピッタリだろうし間違いなく似合う。
ちょっと見てみたいが、コスプレなどファンクラブが許してくれないだろう。
『お前らは?』と聞き返して来た順平に対して、僕と幸介はその意見へ完全に乗っかる形で返答させてもらった。
『狡すぎだろっ!』と、文句を言う順平を幸介に任せて、僕は山鹿さんへ視線を向ける。
どうやらこの会話はセーフのようだ。風紀を乱す会話に思えたが見逃されたらしい。
線引きが分からない。
「じゃあ、次は郡な。どうせ幻の五色沼先輩とも知り合いなんだろ? 俺たちはどんな人か分からないし、コスプレ姿に関しても郡しか想像が出来ないからな。だから教えてくれ」
「幻で儚い人って噂だからきっと……幻想的な先輩なんだろうなぁ……ってことで、はいズッくん。俺達に教えてくれ」
幻想はあくまで幻想だ。
そのまま幻想を大切にしておいた方がいいと言ってやりたい。
ただ、だらしのない月美さんでも確かに美人なのだ。
認めるのは悔しいが何を着ても似合いそうだと思う。
その中で考えるならば、今ではトレードマークとなっているツインテールが似合うコスプレ。
けれど想像したこともないからパッと思い浮かばない。
と言うよりも、見慣れている姿しか浮かんでこない。
「そうだな……白衣が似合うから女医とか?」
――なるほどなぁ。またマニアックな。
と、2人声を揃えて言っている。姿が分からないから想像が難しいのだろう。
「んじゃ、次は幸介の番だな。千島さんはどうよ?」
2人の交際が偽装交際という事実を順平も知っている。
でも、僕たちの会話に周囲で聞き耳を立てている人たちはそうじゃない。
だから話を振ったのだろう。
若干、嫌がらせも含められていそうだが。
「順平、お前覚えてろよっ!?」
「いいからいいから、順番なんだから早く言えって」
「あー……なんだろうな。『ふしぎの国のアリス』とか?」
いいチョイスだと思う。美波が持つ綺麗な金色の髪にも合っている。でも――。
「馬鹿だなあ、幸介。何も分かっていないよ」
自らの失言に気付いたのだろう。幸介は片手で額を押さえている。
「え? 俺は結構いいと思ったけど? ズッ君なら千島さんに何が合うと思うんだ?」
「バカッ、順平っ!!」
「美波は何にでも似合うに決まっているんだから、例えようがないって」
再度手のひらを額に当てる幸介。
口をあんぐりさせる順平。
隣で頬をヒクヒク動かしている空気さん。
それぞれ会話に花を咲かせて賑わっていた教室が静かとなった。
それが意味するのは、
クラスメイトのほとんどが聞き耳を立てていたということだ。
今さら遅いかもしれないが、
もう少し声を抑えた方がいいかもしれない。
「「――シスコン馬鹿野郎!!」」
僕が幸介に馬鹿と言って、幸介が順平に馬鹿と言った。
結果論でもあり謎理論となるが、順番的に僕が言われる番だったのだろう。
「本当のことを言っただけなのに酷くない?」
「俺らも本当のことを言っただけだっつーの」
納得がいかないと思うが、返事は戻さず残りのお弁当を食べてしまう。
先に食べ終わっていた幸介が最後の1人について問うてくる。
僕は窓側に背を向ける形だから確認出来ない。
だが、後方からいくつかの視線が背中に突き刺さっている気がする。
「上近江さんも何でも似合うけど、そうだな……見てみたいのは、やっぱり黒猫かな? 絶対に似合うと思う」
光に当たると亜麻色に輝く綺麗な髪にも映えるだろうし、コロコロ変わる表情なんかも気まぐれな猫っぽさがある。
包み隠さず本音を言うなら、猫耳尻尾の美海を見てみたいだけだ。
教室ということも忘れ、危うく想像しそうになってしまったが冷静さを取り戻す。
(僕は教室で何を話しているのだろう)
冷静になったおかげで、静かになった教室にも気付いた。
おそる、おそる――。
周囲を見渡すと『うんうん』といったように、男子たちが頷いていた。
きっと、Aクラスのアイドル上近江美海の黒猫姿を想像していたのだろう。
ちょっと『モヤッ』とした。
言わなければよかった。
これもまた独占欲かもしれない。
教室へ向けていた視線を戻すと、満足そうに頷いている2人が見えた。
少し悔しいので2人にも話を振ることにする。
「順平は五十嵐さんのどんなコスプレ姿が見たい? あと幸介は……佐藤さんや古町先生なら?」
「涼ちゃんかぁ……」
「郡、お前――ん?? あぁ……じゃあ、郡はリコリコに似合うコスプレを言え? それで3人で一斉に言おうぜ」
おそらく何か訴えが届いたのだろう。
幸介は僕でなく窓側を見てから、莉子さんを指定したからな。
そして僕らは白昼堂々教室の隅で『せーの』と声を揃えてから――。
「チャイナ服!」
「ミニスカポリスのぞみんに、バニーガールティーチャー!」!
「メイド服とか?」
五十嵐さんのチャイナ服か、スタイルもいいし気の強い五十嵐さんには似合うかもしれない。恥じらっている五十嵐さんは少し見てみたい気もする。
佐藤さんや古町先生も、中々いいチョイスをさせている。
でも間違いなく古町先生はバニーガール姿を見せてくれない。間違いなく。
これは断言出来る。
僕ら3人だけでなく、教室に残る男子たちも首を縦に頷いているのを見るに外れていないチョイスなのだろう。
「八千代郡。幡くん、関くん。いい加減に聞いていられない」
さすがに注意が入る。
だが幸介と順平はどこ吹く風と言った様子で、空気さんについて聞いてくる。
「じゃあ、郡。最後の1人だ。山鹿さんは?」
「空気で姿が見えないから、今のうちに言っておけ」
2人とも呪われてしまうよ?
と、頭に過ぎったが、特に呪いの言葉が発せられることがない。
おそるおそる、ゆっくりと。
横を見てみると、ただ無表情で僕のことを『ジッ』と見ている。
(え……これはどっちだ?)
言った方がいいのか、絶対に言うなと訴えているのか。
分からない。判断が難しい。
「えっと、そうだな……山鹿さんは――」
止めないということは、言った方がいいということか。
仕方ないが、それなら考えてみるか。
山鹿さんの特徴は後ろにひとつでまとめられた長い髪。
それを紅色と白色の紅白模様をしたリボンで結っている姿。
それにさっきの手を合わせ凛とした姿勢。
だから自然に、
ひとつの衣装を身に纏った山鹿さんの姿が目に浮かんだ。
「山鹿さんは巫女さんかな。なんとなくパッと浮かんできた」
2人が『おぉ~』と声を発し、何か言おうとしたところで限界を超えた空気さんから山鹿さんへと切り替わる。
「八千代郡、貴方、何か……いや、いい。それよりもこれ以上その会話を続けるなら風紀を乱す発言と捉える」
目を合わせる僕ら3人。
きっと心の中で『今さらか』と声を合わせたはずだ。
でもそれを口にしたりはせず、素直に頷き弁当箱を片付ける。
そして用を足すため3人で手洗いに向かう。
今度は、山鹿さんでなく長谷と小野が手洗いに着いてくるようだ。
山鹿さんが来るより健全だと思う。
教室へ戻ったあとは、いい時間でもあるのでそれぞれ自分の席へ。
次の授業で使用する教科書を机に出してから、携帯電話を確認するとメプリアイコンに11件のメッセージマークが表示されていた。
なんとなく嫌な予感をさせつつ到着順に開いていくと、先ほどの会話を後悔させるメッセージが届いていた――。
(美海)『こう君は、本当に仕方ないねっ!! もうっ、恥ずかしかったんだから!』
(美海)『でも……こう君が見たいなら特別にニャンって……する?』
(美波)『うさぎさんする?』
(莉子さん)『莉子は郡さんの専属メイドです。証としてチョーカーを買って下さい』
(美愛さん)『やっくん! やっくん!! あとでキツネ姿の写真送るね!』
(月美さん)『千代くんはエッチです。仕方ないです。触診させてあげるです』
(古町先生)『また学年1位を取れたら、バニー姿でもなんでもしてあげましょう』
(古町先生)『お得意の前払いでもいいですよ? 今なら美空も巻き込んであげます』
(鈴さん)『もし……美愛さんからキツネ姿の写真が届いたら、私にも送って下さい』
(鈴さん)『そのためなら、私も千代くんが望むコスプレをする覚悟です』
(佐藤さん)『リクエストに応えるため放課後は美海ちゃんたち連れて、コングホーテに行ってくるね? 八千代くんにはお世話になったしさ!』
そっと電源を落としてカバンにしまった。
僕は何も見ていない。
というか情報伝達速度が怖い。
それと冗談とかでなく、きっと送られてくる写真たちが怖い。
捕まったりしないよね?
携帯もなくさないように気を付けないと。
嬉しさよりも不安が勝ってしまう――。
まあ、でも……送信されてきたものを間違えて開いてしまうことだってあるよな。
「だらしのない顔をなんとかしないと呪う」
「そうだね、注意してくれてありがとう」
『呪う』と言われて、ありがたいと思わされたことは複雑でもあるけど、おかげで気が引き締まった。
「連絡先……メプリ教えて。監視のため。そう、監視や連絡に必要だから」
どこか自分に言い訳し納得するように言っていたが、連絡先を知らないと今後不便なことは確かなので、携帯の電源を入れ直し素直に交換する。
ついでにと言われたので、携帯番号とメールアドレスまで交換した。
アドレスを見たら山鹿さんの好きな物が分かるかなと考え見てみようとしたが、古町先生が入ってきたので電源を落とす。
そして煩悩だらけの昼休みが終わり、午後の授業を迎えることとなった――。
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