第174話 ある意味Sランク扱いを受けました

 山鹿さんが手伝ってくれたおかげで、

 普段よりも数分早く教室の整理整頓を終えることが叶った。


 着席する前に後方の黒板へ顔を向ける。


 回収されたのか、風紀委員会が設置した冊子とは呼べない冊子がなくなっていた。

 だが、存在力抜群の冊子の代わりに、新しく別のものが掲示されていた。


 全校生徒の6割を超える賛成署名があった為、風紀委員会が提案した整理案が可決されたことを知らせる張り紙だ。


 冊子の内容は頭に入っている。

 だから細かく確認する必要もないため、自分の席に腰を落とす。


 山鹿さんは隣の席で文庫サイズの本を読んでいる。

 カバーをしているため、どんな本かは不明だ。


 僕も本を読んでもいいが、美海が勉強しているなら僕も勉強がしたい。

 特に話すこともないから声を掛けずに、机の上に広げた参考書と向き合う――。


 僕と山鹿さん2人が口を開くこともなく静かな時間が過ぎて行き、1人また1人とクラスメイトたちが登校してくる。


 今のところ新しい掲示物に気付く人は現れない。


 教室の人口密度が50パーセントを超えたところで、生理的欲求のひとつ排泄欲が込みあげて来たため、席を立ち教室を出ようとするが、他クラスの女子3人組が血相を変えた様子で、乱暴に教室の扉を開けAクラスに入って来た。


 扉を開けた音が響き、ほとんどのクラスメイトが不躾に視線を送る。

 それを横目にして、僕は教室の外に出て手洗いへ向かう――。


 男子トイレの前で待っていた山鹿さんと共に教室へ戻ると、廊下からでも分かるくらい、後方の黒板前にクラスメイトが集まっているのが見えた。


『ガヤガヤ』と、それだけでなく声を荒げるクラスメイトもいる。

 騒然とした様子だ。


 席までの道が塞がれ通れないため、仕方なく前の扉から教室に入り遠回りで席へ向かう。

 手洗いに行っている間に登校してきたと考えられる順平が僕に気付き、山鹿さんを横目に見ながら話し掛けてくる。


 五十嵐さんを含め、他のクラスメイトも様子を見るような視線を向けている。


「おい、ズッ君! あれ見たか? つかなんだよあの校則!?」


「僕は服装について興味なかったから、Aクラスに設置された冊子に目を通すことはなかったけど……あれはさすがに、汚い政治家がやりそうなことだよね。だまし討ちにしても、酷い」


 ――お前がよく言うな?

 と、言ったような目線が隣から突き刺さってくる。


 正しく言えば『お前』でなくて『八千代郡』かもしれないが。


「酷すぎだろ!! あんなのを認めたら俺と涼ちゃんも……困るし……。それにズッ君だって、そうだろ!?」


「そうだね……山鹿さん、聞いてもいい? 生徒会の力であの校則は撤回出来る? あれだと酷いと思われても仕方ないと思うけど? それにさ、山鹿さんも僕に行動を合わせていたら大変でしょ?」


 僕と順平に注視していたクラスメイトが一斉に山鹿さんへ視線を向ける。

 その中で五十嵐さんだけは、鋭い眼光をして僕を見続けている。


「私も思う所がある。だけど規則は規則。私と平田さんは、上に指示された通り職務を全うするだけ。文句があるなら風紀委員長もしくは生徒会長に言ってみたら? でも風紀委員会は、しっかり見てからサインするように話していた。そのための冊子……資料だって用意してあった。その結果、全校生徒の6割の人がサインしたことだから、すぐに撤回することは難しいんじゃない?」


 ――くそっ!

 と、悔しそうに順平が呟く。


 山鹿さんが言ったように、莉子さんから事前告知はされていた。

 ホームルームでは時間が足りないので、必ず冊子に目を通してからサインするようにとも言っていた。


 だからこそ撤回は難しい。


 校則整理案のメリットを先に口頭で伝え、デメリットは各自に確認させる。

 冊子を手にした人もいたが、皆、口を揃えて『分厚い』そう言ってパラパラと目を通しただけで読み止める人がほとんどであった。


 細かい字で小難しい言葉を並べて記載されていたし、前半部分は口頭で伝えたメリットが書かれており、デメリットに関しては後半にまとめ書かれていたのだ。


 中には、真面目に読み込み気付いた人もいたかもしれないが、3日間と短い期間では、全校生徒に知れ渡らせるには足りなかった。


 もし、しっかり読み込むような真面目な生徒だけでなく、影響力のある声が大きい生徒が読み込んでいたら結果は違ったかもしれない。


 だからこそ、狡いやり方で酷いと言われても仕方がない。


 騒然とした教室。会話に耳を傾けるため、一時的に静まりはした。

 でも、希望はないと分かったのか、さっきよりも騒がしくなっていく。


「……ズッ君は、これでいいのかよ?」


「五十嵐さん。異性間の私語は禁止。さらに、特級要注意人物に指定された八千代郡に対しては、私語以外であっても話しかけるなら、なるべく監視役である私を通して下さい」


 五十嵐さんが、穏やかならぬ目つきを山鹿さんへ突き刺す。


「これは僕の独り言だけど……四姫花の安全を考えたらいい手だなって思う」


 異性間の私語を禁止すれば、四姫花争奪の抑制にも繋がる。

 僕の発言を受け、順平は何か思うことがあるのか僕に声を掛けようとするが、五十嵐さんから待ったが入る。


「いい。放っておけ順平。ズッ君の頭がいかれているのは前からだろ? でもなズッ君。あぁ、そうだ……特級様に話し掛けたら駄目なんだったな。ならこれは独り言だ。何かあれば、手貸すからな? これは覚えておけよな」


 僕が何かを返事する前に、順平の手を取りこの場を去っていく。

 だが、この場にいない風紀委員会である莉子さんに代わって、職務を全うする山鹿さんが2人に注意を送る。


「五十嵐さん。関くん。恋愛行為や異性間での学業以外となる不要な私語は禁止。接触も駄目。すぐに離れて」


 後ろに振り返ることなく、手を離し、別々に教室の外へ去っていく。

 相変わらず五十嵐さんは勘がいいな。


 今回の教室だけでなく、学校を騒がせている騒動。

 僕が関わっていることに気付いたから、最後にあんなことを言ってくれたのだろう。


 頼りになる友達が多くて、幸せ者だな。

 手が足りなくなったら、遠慮なく声を掛けさせてもらおう。

 その後に謝って、頭を叩かれ尻を蹴られたとしても甘んじて受けよう。


 知らされた内容は頭に入っている。見る必要がないと分かりつつ後方の黒板に移動して掲示物に目を通す――。






 -----------ーー--------

                    P1

              10月30日月曜日

 生徒の皆さま

     私立名花高等学校副理事長 本宮錦

            風紀委員長 船引鈴

            生徒会長 本宮真弓


    『校則整理に関するお知らせ』


 全生徒の過半数を超える6割の賛成票が投じ

 られた為、風紀委員会主導で提出した校則整理

 届が可決されたことにより、本日から、下記記

 載の通り、廃止されていた校則を復活させると

 ともに、同内容の規則を統合して整理するもの

 とする。


           記


   『服装、身だしなみに関する見直し』


 ―.制服、私服問わず服装の選択自由。

 ―.頭髪や化粧および身だしなみ、服飾品は、

  逸脱し過ぎない範囲で個性を尊重する。

  但し、夏のタイツ着用に限り禁ずる。


 以上二項目、法律、学校生活を送る上での心

 得やルール等を遵守する者に限り、認める。


『風紀の乱れとなる原因の排除として、下記、

           記載する行いを禁ずる』


 ―.不要な自クラス以外の教室への入室。

 ―.登下校中の寄り道。また、買い物。

 ―.生徒のみでのゲームセンターやカラオケ

  ボックスなど遊興施設の利用。

 ―.友人宅への外泊及び受け入れ。

 ―.恋愛行為。異性、同性問わず。また、

  四姫花及び騎士との恋愛行為。

 ―.異性間での学業以外となる不要な私語や

  接触。

 ―.昼休み以外の休み時間、手洗い及び移動教室

  以外での離席。

 ―.朝のHR前及び昼休み以外の携帯電話使用。

 ―.部活動及び委員会活動以外での不要な居残り。


 以上九項目に抵触した場合は、面談指導及び

 保護者連絡、三者面談指導とする。また、改善が

 見られない場合は、退学処分を検討する。


 -----------ーー--------


                    P2

『風紀を乱す要注意人物指定規約に基づき下記

          の者をランク特級とする』


 1年Aクラス 八千代郡


 以上彼の人物は風紀の乱れを引き起こす可能

 性が、他者より著しく高い為、疑いが晴れるま

 で、生徒会所属、山鹿祝に監視を命ずる。


                   以上


 *注① 疑問及び意見があれば、書面を提出す

    ること。

 *注② 同内容となる校則や制約は、校則整理

    規則に基づき予告なしに統合を進める。


 -----------ーー--------


 改めて目を通してみても、時代に逆行する校則の数々だ。

 この内容のほとんどは、二代目四姫花が作り上げた負の遺産。


 それを鈴さんたち風紀委員が利用するのに作成し直したもの。

 美愛さんに笑顔を戻すため、僕に騎士を強要する目的で考えられたもの。

 本当に過激すぎる。


 美愛さんでも手が付けられないと言うのも今なら分かる。


「おはよう……祝ちゃん」


 挨拶は山鹿さんに送られているが、すぐに僕と視線を重ねてくる。

 それを真似するように挨拶を返す。


「おはよう、亀田さん」


 同じようにすぐに視線を外し、僕を見続けている美海と視線を重ねるが――。


「上近江さん、駄目ですよ。そんな小細工をしてはなりません」


「八千代郡、異性と目を合わせる行為及び挨拶を送る行為も禁止」


 見慣れない組み合わせ。

 きっと、亀田水色が護衛と言う名の監視役として美海に着いているのだろう。


 そして未だはっきりしない思惑で僕についている山鹿祝。

 2人に注意されたことで、両視線は行き場を失い、互いに自分の席へと戻ることになった。


 目すら合わせてならないのは、さすがに厳しいな。



 でも――これで美海や美波の安全が確保された。



 あとは情報を集めつつ、賛成票を入れてくれる味方を増やしていく。

 簡単に増やすだけと言っても容易ではない。

 本宮派閥を切り崩しながら浮動票となっている四分の一を獲得するのは難題だ。


「八千代郡。敵味方の判断を誤らず最後まで油断しないこと」


「そうだね、気を付けるよ。山鹿さんも協力してよ?」


「何度も言っている。それは八千代郡の選択次第」


「選択も何もないと思うんだけど? それと、どうして生徒会に入ったの?」


 僕が下剋上を目的にしている事は知っている筈。

 その道を外すなと言っているのかもしれない。

 だが何度も告げてくるため気になってしまう。


 それと鈴さんと手を結んだ翌日に、山鹿さんが独断で動いたと聞いた。

 裏切りの心配はないと言っていたが、理由くらいは聞いておきたい。


「私には私の目的がある」


「少しくらい――」


「油断するなと言ったばかり。聞かれている。それに先生も来た」


 小声で話していたとはいえ、長谷と小野が居る場で話す内容ではなかった。

 それに古町先生が教室へ入ってきたことで時間切れとなってしまった。


 でも――。


(山鹿祝について調べる必要があるな)


 心の中で、そう呟いてから朝のホームルームを迎えたのだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る