第173話 ストーカー?護衛?監視?

 見る、聴く、嗅ぐ、味わう、皮膚で感じ取る――。

 人間が持つ五感である。


 美海は、幼少期のトラウマの影響で鋭敏な聴覚を有している。

 人が発する声色や呼吸で人の感情を察することが出来るほどだ。


 美波はその人が発する匂い(臭い)で言葉の虚実が見極められるほど、鋭敏な才能を持っている。


 人より優れた鋭敏な感覚はいいこともある。だが――。


 美海は争いを好まない優しい性格から、他者の気持ちに合わせ過ぎてしまった結果、自分が本来持つ笑顔を思い出せなくなった。


 美波は人よりも感受性豊かだ。

 だけど虚実を見極めることが出来たために、他者へ期待することを止めてしまった。


 そのことは分かっていたはず。

 分かっていたつもりだったのかもしれない――。


 美海を『空と海と。』に送り、美波と合流した後。

 約束した通り、美波と2人でプリクラを撮った。

 僕はもちろん、美波もプリクラには慣れていない。


 ほとんど棒立ちの物になってしまったし、落書き機能も使いこなせない。

 そのため、名前と日付のみが書かれたシンプルなプリクラとなった。


 それでも凄く嬉しそうに頬を緩ませながら、出来上がったプリクラを見ていた。


 次いで、スーパーに立ち寄りラフランスを購入。

 美波はさらに嬉しそうな表情を浮かべ、満足そうにしていた。

 帰路では手を繋ぎ、クロコが待つマンションへ歩いた。


 だから本当にご機嫌で、ニコニコとしていた。

 そんな義妹は本当に可愛いと思う。


 プリクラに写る美波よりも、実際の美波の方が圧倒的に可愛い。

 断言出来る。

 そのまま伝えてあげたら、もっとご機嫌になった。


 留まることを知らない可愛さだ。

 そう思ったが、玄関前に到着した瞬間――。

 あれだけご満悦だった表情が『スン』と無表情となった。


「義兄さん――美海――――いた――――――?」


 と。

 いつの間にたくさん話せるようになったのかと喜びたかった。

 でも、そんなことを言える雰囲気でなかった。


 きっと、匂いで分かったのだろう。

 玄関を開ければ、僕でも分かるくらいに美海の匂いが残っている。

 美波なら玄関を開けずとも気付くだろう――。


 事前に教えていたら、美波が怒ることはなかったかもしれない。

 でも、なんとなく……言えなかったのだ。

 その結果、風船のように頬を膨らませた義妹を見ることになった。


 あれ、でも、可愛い義妹を見ることが出来ているのだからいいのか?


 とか考えていたら、とんでもない罰を言い渡されてしまった。


「今日――同じ布団――――寝る――――――」


「いや、それは――」


「寝るの――!!」


「か、考えておくよ。前向きにね」


 ――むぅぅぅっ。


 と、膨らませる頬を『ツン』と突いてから、美波に振り回されるお泊りとなったのだ。


 思い出すと……うん。省略。


 とりあえず、機嫌を直しご満悦状態で、迎えに来た光さんと一緒に帰ったとだけ――。

 ちなみに光さんから探すように依頼されていた書類は、この時に手渡しておいた。


 美波と家族の団欒を過ごした後はバイトへ向かった。

 29日の日曜日。棚卸だ。

 月末のハロウィンが火曜日。

 その日は隔週定休に当たるため、前倒しで実施となった。


 特に問題らしい問題もなく、先月に引き続き順調な結果だった。

 あとはクリスマスイベントの計画を煮詰めていくだけ。

 あ、それと人員補充だな。


 莉子さんが加わったからアルバイトは平気だが、美空さんの代わりとなる人が必須。


 新津さんが社員になってくれたらいいのだけど、家庭の都合もあるからな。

 無理には頼めない。


 そんなこんなで――。

 束の間の休息を過ごして充電は十分。

 燃費が悪いから、すぐに参ってしまうかもしれない。

 でも、楽しかったこと。幸せだったこと。家族との時間。


 それらを思い出すと頑張れる。


 出来事が始まれば、いずれ終わりを迎えるだろう。

 でも、時間が止まってはくれない。

 だからこそ、ひとつの時間を大切したい。


 少しでも長く一緒に居たい。

 少しでも多くの思い出を共有したい――。


「よし。じゃあ、行ってくるね、クロコ」


「ナァ~」


 気合も十分。下剋上は過程。狙うは独裁からの破壊と再生。


「………………」


 玄関を開けた目の前に人が居て、思わず固まってしまった。

 出鼻を挫かれた感が満載である。


 どこ吹く風といったかのように、ただ僕を見て立っている。

 いや、それよりもどうしているのだろうか。


「…………おはよう。山鹿さん。でもどうして玄関の前に? オートロックはどうしたの?」


「八千代郡……おはよう。私がここに居る理由は、貴方の護衛もとい監視だから。それだけ」


 鈴さんの命令か? それとも本宮先輩か?

 どちらにせよ、やりすぎ。

 僕に張り付くのは学校からでもいい筈。


 譲ったとしてもマンションの外からだ。

 さすがにオートロック付きマンションへの不法侵入はよくない。

 というか、僕の家を把握しているのが普通に怖い。


「えっと、僕も同級生を通報したくないな」


「…………私の家は八千代郡の部屋の真下。だからオートロックの内側に居ても何も問題がない。つまり、通報したら悪戯になるから止めた方がいい」


 確かにそれなら悪戯となってしまう。

 お巡りさんに余計な仕事を増やす訳にいかない。


 でも、いつから?

 まさかこの為に越してきたりしていないよね?


 一応、このマンションは分譲なんだけど?

 賃貸でも出ていたのかな?


 予想していなかった山鹿さんの登場のせいで疑問が尽きることはない


「そっか。一度もすれ違わなかったから気付かなかったな。えっと……このマンションに住んで長いの?」


「……とある事情で5月のゴールデンウィークから住んでいる。猫……クロコは元気?」


 家族と一緒なのか1人暮らしか聞きたいけど、仲良くもない女子に聞いたりしていい話題ではないかもしれない。


 あと、猫好きなのかな?


 教えてもいないのに名前を知っている理由は、クロコに挨拶を送った時に玄関扉を開けていたから、聞こえていたのかもしれない。


「じゃあ、僕と同じくらいか。猫好きなの? 警戒心強いから逃げちゃうかもしれないけど……会ってみる?」


「……………………………………いい。会いたいけど、八千代郡の家に1人で上がり込む訳にいかない」


 面白いくらい表情に葛藤が表れていた。

 まあ、普通は女子1人が男子の家に上がり込むのは怖いよな。

 嫌っている相手なら尚更だ。


「それなら、そろそろ学校向かうけど一緒行くの?」


「すぐ後ろをついて行く」


「そう。あとさ、フルネームだと長くない? 八千代でも郡でも好きな方で呼んでいいよ?」


 フルネームで呼ばれると、変に緊張して肩に力が入ってしまうし改めてほしい。

 そのつもりで言ったのに、予想も出来ない斜め上の返事が戻ってきた。


「私は……今の貴方が嫌い。でも、名前は好き。八千代郡の名前は祝福や幸福で満ち溢れているから。どちらかが欠けても駄目。だからこれからも一生涯呼び方を変えるつもりはない」


「……無理強いは、出来ないか」


 情報が多すぎて、思わず身近な人に知られている癖が出てしまった。

 自分の名前の由来など、母さんや父さんから聞いたことがない。


 成人したら教えると言われたまま、居なくなってしまったから分からずじまいでもある。


 気にはなるけど、特別知りたいとも思わなかったから考えた事すらない。

 聞いたら教えてくれるかな。今のところ質問には全て答えてくれている。


「山鹿さんが言う祝福や幸福で満ち溢れているってどういうこと?」


「質問はここまで。いい加減に学校に行く。じゃないと――」


 山鹿さんに聞きたいことは他にも山ほどある。だが、今は諦めるとしよう。


「分かった。だから、呪わないでほしい」


「………………分かっていれば呪ったりしない」


 言葉にすることは出来ないが、『なんだかなあ』と呟きたい気分だ。


「呪うより祝い合う方がいいと思うんだけどな」


「…………」


 山鹿さんは僕から顔を反らし、そっぽ向いてしまった。

 どうも調子が狂う。


『嫌っている』そう言うが、長谷や小野からは伝わってくる『負』の感情が彼女から一度も伝わってこない。


 嫌悪感丸出しの表情や、今みたいに不機嫌な表情を向けられることはあるが、表面だけのような気がする。


 考えても仕方ない。いい加減本当に足を動かすか。

 僕が無言で山鹿さんを見ているせいで、不機嫌な表情が濃くなり始めている。


 マンションを出た学校までの道中について。


「今日から朝の図書室は禁止。み……美海ちゃんにも話してある」


「そっか、分かった」


 この会話を最後に、ひたすら無言であった。

 言っていた通りに、僕の右後方に『ピタッ』と張り付いていた。

 居心地が悪くて仕方ない。


 それよりも、当然に知られていた朝の図書室の時間。

 古町先生と女池先生を除けば、僕と美海の2人だけの秘密だった。


 それが秘密でなくなったことに寂しさを覚えてしまう。


(早く文化祭が終わらないかな)


 そう願わずにはいられない登校時間となった。

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