第170話 動き出したのは僕だけじゃないようです

 生徒会一同で四姫花全員の退室を見送ったあと真弓が言った。


「体育祭が終わってから注視していたが――器じゃない。千代くんは可愛いだけのお姫様のどこがいいのか――」


「口が過ぎますよ真弓」


「おっと失敬。けれど、紅葉もそうは思わないかい?」


 上近江美海を四姫花に選んだ理由として述べた内容は私の意見だ。

 他の生徒と比べても抜きんでていると考えているから、真弓には同意しかねる。

 けれど、今さっきの質問がいけなかった。


 四姫花4人に手渡した資料に記載されていること。

 特別難しく書かれているものではない。


 目を通せば確認出来る内容を上近江美海は立て続けに質問してきた。

 そのことで、ギリギリ保っていた四姫花としての評価がなくなったのだろう。


「その様子を見るに、同意しては貰えないようだね」


「真弓は彼女の何が気に入らないの? 資格は充分あると思うけど?」


「別に私も彼女を評価していない訳じゃない。紅葉が言ったことにも納得したから、四姫花として認めた訳だから」


「それならどうして?」


「普通なんだよ。彼女は普通の女の子なんだよ。好きな人だけに向いて、好きな人に一生懸命で可愛い女の子」


「それの何がいけないの? 向日葵らしくていいじゃない」


 真弓の言ったことを素直に捉えるならば、いいことのように思える。

 太陽に向いて咲くのが向日葵。

 千代くんとの出会いで、上近江美海の笑顔はさらに輝いた。

 ピッタリな花に思う。

 でも真弓の言うことなのだから、素直に捉えてはいけない。


「今は彼女の方が高い位置にいる。けれど千代くんはあっという間に追い越すだろう。その時、普通に可愛い女の子が千代くんの隣に並べているだろうか。果たして千代くんは彼女に満足出来るのだろうか――そうだな、彼女の成長する姿を私は想像出来ないのかもしれない」


「真弓の言いたいことは分かる。でも、真弓が認めている千代くんが選んだ人ってことは忘れたらダメだと思う」


 むしろ私は、千代くんが彼女の手の平の上で転がされている未来が想像出来る。

 根拠など何一つとないけど、千代くんは彼女に一生勝てないとさえ思えてしまう。


「押し問答になってしまうね。こういう時に勘のいい欅がいてくれたら……ない物ねだりをしても仕方ないか。でも一応……そうだな、紅葉がそこまで言うならば警戒はしておこう。風紀委員会が予想した動きを見せるなら、それに合わせて水色は夏姫に着きなさい。紅葉は春姫。羽雲わくが秋姫。むくが冬姫に着くように」


 欅の勘は野生の獣並みに鋭いからな。

 野生の獣の勘を詳しく説明は出来ないけれど、頼りたくなる気持ちは分かる。

 真弓の指示に全員が返事を戻してから、忘れてはいけない人について訊ねる。


「千代くんには誰が? そもそも風紀委員会の動きって何?」


「私が着く」


「紅葉は少し待ってくれ。それより、はふりが主張するとは珍しいじゃないか。何か心境の変化でも? それに君は確か、千代くんとは関わりたくない。そう言っていたと思うが?」


「私が一番適任。ただそれだけ。それが理由だと駄目?」


「まあ、待ちたまえ。客人だ」


 山鹿祝に手のひらを向け会話を中断させる真弓。

 その直後、平田莉子が生徒会室に入ってきた。


「失礼いたします。風紀委員会から生徒会に四姫花の護衛方法について提案があります。こちらを」


「はは、やはり来たか――いやはや、中々に過激な手、だ? …………いや、予想していたよりもさらに過激に感じるね。ここまでするとなると……生徒会にも火の粉が飛んできそうだけど……それが狙いなのか? いや……千代くんらしからぬ手だから違うか。ここまで過激にする理由、平田莉子は何か聞いているかい?」


「……私がお教えしても構いませんが、本宮先輩の楽しみを奪っては申し訳ないかと」


「君は優秀だね。私の本質を理解しているようだ。千代くんがどんな狙いで提案したかも楽しめそうだし、私の言う条件を二つ呑んでくれるなら許可しても構わない」


「条件とはなんでしょうか?」


「一つ目が、生徒たちへの説明や説得、起こるであろう反発に対して、船引鈴が全責任を負うこと。二つ目が、千代くんの護衛役に山鹿祝を着けさせてもらう。それでよければ許可しよう」


 護衛役じゃなくて監視役の間違いじゃないだろうか。

 そんなの認める訳が……。


「どちらも問題ありません。ありがとうございます。それでは下の欄にサインをお願いします」


 あ、認めるんだ。


「紅葉、代わりにサインしてくれ」


 真弓が差し出して来た書類を受け取る。

 軽く目を通すが確かに過激な校則。

 まさに負の遺産といった内容だ。

 書いてあることは、現状決められている緩い校則の廃止や変更、統合。


 つまり締め付けだ。


 生徒にとってメリットのあることも書かれているが、圧倒的にデメリットの方が多い。


 こんなことを強行したら、生徒が反発することなんて簡単に予想できる。

 自ら悪役となり、どうやって生徒たちから賛同を得るのか疑問だけど、私が考えることじゃない。


 私が今することはサインすること。

 真弓がサインを許したのだ。私はサインするだけでいい。


「はい、押印したよ」


「ありがとうございます。それでは、失礼させていただきます」


「ああ、ご苦労様」


 平田莉子が退出したところで、真弓が山鹿祝に監視役を言い渡す。


「風紀委員会が校則規制するタイミングで祝は千代くんに着きなさい。自ら希望したんだ、しっかり監視してくれよ? あとそうだ、千代くんに恨みを持つ2人がAクラスに居たね。彼らはボランティア委員会だ、私の名を出していいから上手く使うといいよ」


 あながち山鹿祝への監視役ってことかな。

 嫌悪感丸出しの表情をしたってことは、頭の回転が速いのね。


「不要です。私1人で充分です」


「そうはいくまい。祝では男子トイレや更衣室には入れないのだから」


「私は気にしない」


「君はそうかもしれないけど、千代くんとは関係のない男子生徒が可哀想だろう。それに生徒会役員という自覚を持ってもらいたい」


 そっくりそのまま、その言葉を真弓に返してあげたい。


「……」


「ま、いいさ。明日から忙しくなりそうだけど、みんなもよろしく頼むよ」


「何かあれば、先ずは水色にお頼り下さい」

「はい。でも椋は八千代ちゃんがよかった」

「みんなで頑張りましょうネ」


 最後に真弓が解散を言い渡すと1年生が退出していく。


「いやいやいやいや!! 絶対怪しいでしょ、あんなのによくサインを許したね? 間違いなく何か企んでいるよ。それと欅はどうするの? 山鹿祝にしたって、どうして生徒会にいるの? 1人で勝手に進めないでよ」


 全てを我慢して呑み込んだつもりだった。

 でも堪え切れず吐き出してしまった。

 要はこれまでの不満が爆発してしまったってこと。


「ははっ、溜まっているようだね――」

「当たり前でしょうっ!!」


「まあ、落ち着きなって。欅がいなくなったぶん楽になったんじゃないのかい?」


 私もそう思った。でも実際は違った。

 居なくなった方が心配させられている。


 食いしん坊の欅が、いつもお腹を空かせている欅が、ちゃんとご飯食べられているのかとか、よそ様に迷惑掛けたりしていないだろうかとか。


 真弓は真弓でこれまで以上に暴走しているから困っているんだよ。


「悪かった、涙を溜めてまで睨まないでほしい」


「溜めてない!! それで、質問への返事は? 私を揶揄って誤魔化したりしないで教えてよ」


 まるで我儘な人を見るような目で私を見て、困ったように笑っている。

 そのことに対しても不満を訴えたいけれど、話が進まなくなるから我慢して返事を待つ。


「先ずはそうだな、欅についてだけれど正直言うと私も困っている。私が聞いてもだんまりを決め込んでいるからね、ああなった欅は口を割らないだろうし暫らくは様子見になるかな。祝については、イマイチ目的が分からないけど――どうせ千代くんに関係しているのだろう。もしかしたら、祝が欅を生徒会から追い出したのかもしれないね。性格は真面目な子だから、嘘偽りのない情報を提供してくれるし精々利用させてもらうさ」


『こう』と決めたら梃子てこでも動かないのが欅だ。

 真弓が聞いても口を割らないなら、相当の覚悟を持っているのかもしれない。


 生徒会に近い位置にいた山鹿祝なら、

 知られず欅を風紀委員会に入れるのも可能性としては考えられる。


「……サインについては?」

「紅葉はどう考えている? この勝負の勝敗について」


「正直に言うと、何もしなくたって真弓の勝ちはゆるぎないと思う」

「では、私の目的は?」


「……下剋上されること?」

「そう。補足するならば、千代くんに下剋上されることだ」


「つまり負けたいから、企みと分かっていてサインを許可したってこと?」

「概ね正しい」


「はっきり言ってよ」


「私は、私が千代くんに下剋上されるまでの過程から楽しみたいんだよ。全校生徒数480人。そのうちすでに234人もの生徒が私を支持してくれている。千代くんから見たら圧倒的不利な状況下で、どのような手や人を使い、下剋上を達成するのか。その時に私が見る光景を想像するだけでワクワクしてくるだろう?」


「…………」


 想像でもしているのか恍惚こうこつとした表情を浮かべている。

 幼馴染の私から見ても真弓は狂っている。

 人と考え方や感性が異なり過ぎている。


 それが人を惹きつける魅力にもなっているのかもしれないけど、傍に居る身からすれば堪ったものじゃないし、標的にされた方も堪ったものじゃない。


 ――足元を掬われないといいけど。

 ――たまには掬われてしまえ。


 そんな相反する気持ちが湧いて来てしまう。

 真弓に千代くん、そこに船引鈴が率いる風紀委員会兼ファンクラブが加わった。


 欅に山鹿祝、四姫花だって加わるだろう。

 少なくない人数がそれぞれの願いを胸に画を描いている――。


 私はただ、穏やかな生活を望んでいるだけなのに……。


「はぁ……早く引退したい」

「ははっ、紅葉には無理だろう」

「私も風紀委員会に移ろうかな……」


 そうしたら憧れの大槻先輩とだって、近くにいられるし。


「寂しいこと言うね? まぁ、構わないけど」

「そっちこそ寂しいこと言うじゃん」


「紅葉が先に言ったんだろう?」

「はいはい、私が悪かったです」


「一応言っておくけど――移るのは構わない。だけど、水を差すことは止めてくれよ?」


「水を差すって?」


「これは、私が千代くんに下剋上されるまでの物語であり、千代くんが下剋上して欲しい物を自ら手に入れるための物語でもある。言わば私たち2人のための舞台なのさ。だから、邪魔立てする者には何人なんぴとであろうと容赦しないよ」


 腹を空かせた肉食獣のように獰猛な目で私を見て来る。

 本当に可哀想、私と千代くん。


「今回、描いた画の通りにいかなかったら、少しは穏やかに過ごさない?」


「勝者は私か千代くんのどちらかに1人。姫君が何かしたところで、正式に四姫花と発表されていないうちからは大したことなど出来ないさ。だから諦めるんだね紅葉」


 ――はぁぁ。


 と、大きなため息が生徒会室に響いたところで『帰ろうか』と言った真弓の言葉で、この日の会議が終了となった――。


 ▽▲▽


「あの――大槻先輩、五色沼先輩、少しよろしいでしょうか?」


「上近江ちゃんと千島ちゃんなら、美愛でいいよ~」

「なんです?」


「美愛先輩、五色沼先輩、ありがとうございます。おふたりが、こう君の味方と見込んで私と美波から提案があります。相談がしたいので、夜になったらメプリで話せませんか?」


「やっくんの為になる事なら、今からでもいいよ?」

「無理です」


「月ちゃん、話を聞くだけ聞いてあげたら?」

「私はです。千代くんだけです」


「はははっ、一途だねぇ~……で、どうしよっか上近江ちゃん?」


「修学旅行……こう君が行ける――」

「分かったです。でもです。聞くだけです」


「充分です。ありがとうございます」


「よく分かんないけど~、それなら今から図書室にでも行く? 女池先生に言って司書室借りれば、話を聞かれる心配もないし」


「えっと、美愛先輩すみません。今からはちょっと……」


「義兄さん――?」

「なるほどねぇ~、やっくんに呼ばれたから今は難しいんだ?」


「その……すみません。その通りです」

「ははっ! 別に謝る必要ないよっ! でも、どんな話なのか少しだけ聞いてもいい? 月ちゃんもそれでいいでしょ?」


「いいです」


「ありがとうございます。では、主題だけ。

 ちょっと強引なやり方になりますが――――」





「――抜け穴を見つけました。こう君を4人全員の……四姫花の騎士にしませんか?」

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