第169話 可愛いだけでは四姫花になれない

 放課後、生徒会室に呼ばれた者は10人。


 私、富久山紅葉を含む、

 新生徒会役員に選ばれた6人。


 四姫花候補とされる4人。


 候補というのは、現時点においては内示であるから。

 彼女たちが、四姫花に選ばれたら承諾するかどうか。


 恩恵を受ける代わりに制約を受諾し、義務を果たす誓いをするかどうかの確認を行うための場でもある――。


 呼ばれた人はあこが……3年大槻美愛先輩。

 2年五色沼月美。1年上近江美海。同じく1年千島美波。


 初代が選ばれた頃と違い、今は生徒会長の独断で四姫花を選ぶことが出来ない仕組みとなっている。

 だけどこの4人の姫君に関しては、

 もしも生徒会長である本宮真弓が独断で選んでいたとしても、生徒から不満の声は上がらないだろう。


 私個人としては、それくらい突出した4人だと思っている。


 模範的な生徒である4人。

 まぁ……保健室に篭りっきりの月美は怪しいけど、それを差し引いても四姫花に相応しい頭脳を持っている。


 他の3人は生活態度良好で優秀な成績も収めている。

 誰が見ても見目麗しい4人だ。


 他にも例えば、

 3年の栢木かやのき先輩や若葉わかば先輩。

 2年からは菜根さいこんさん、大玉村おおたまむらさん、新屋敷あらやしきさん。

 身内贔屓びいきかもしれないけど、真弓や欅も候補にあがっておかしくない。


 1年生は平田莉子、他にもまだまだ四姫花に選ばれてもおかしくない人が埋もれている。

 玉の世代と呼ばれても可笑しくないほどだ。


 けど、それでもやはり――4人には劣る。


 四姫花に選ばれる人は、人にない魅力があるからこそ選ばれる――。


 男子に対する苛烈な態度とは反対に、近しい人には春風のような心地よさを与え、時折見せる自由な笑顔は、見た者を瞬く間に虜にさせ心狂わせる。

 女生徒から圧倒的な人気を誇る。

 象徴は”桃の花”【『春姫』大槻美愛】。


 姿勢や仕草、所作が洗練され、物静かなイメージと反対に、さまざまな表情で接した者の心を和ませ楽しませる。

 表情の豊かさに比例して相応しい花が多く、一番選考に揉めることになった。

 だが、落ち込んでいた者にでさえ瞬時に活力を与え、明るくさせてしまう特徴を考慮して、最終的には満場一致で決まることになった。

 大輪の笑顔を咲かせ魅了する。

 象徴は”向日葵”【『夏姫』上近江美海】。


 病弱故に登校してくることすら珍しい。登校したとしてもほとんどを保健室で過ごすため認知度はないが、天才と呼べる圧倒的な頭脳。彼女の我儘に振り回されながらも、彼女が作り出す独特な空間にほだされ、自然と慕われる結果となる。

 救われた恩に報いるため、心から付き従う眷属を手足として活動する。

 陰から学校の風紀を守る。

 象徴は”月下美人”【『秋姫』五色沼月美】。


 月美に迫る頭脳の持ち主。独特の話し方、ハーフアップした髪を鍵盤模様した大きなリボンでまとめているのが特徴。金髪金眼なことも相まって神秘さを思わせる。

 可憐で凛とした雰囲気を持つため、女子生徒からの人気も高い。

 何でも、優れた嗅覚を持っており、感情までも嗅ぎ取るが出来るとか。

 言葉の真贋を見極めると噂を持つ。

 象徴は”椿”【『冬姫』千島美波】


「――以上の理由で、私たち生徒会は貴女方を四代目四姫花と選ばせてもらいました。可能ならば、このまま受けて頂きたく思いますが如何でしょうか? 辞退するようであれば、1週間以内にお申し出をお願いいたします」


「紅葉書記、説明ありがとう。さて、会長である私からもひとついいだろうか?」


 ひとつって何よ。

 そんな流れは事前の打ち合わせで聞いていない。


 いやらしい表情を見るに、また真弓の悪い癖が出たのかもしれない。

 いい加減に辟易へきへきしてくる。

 欅も勝手に生徒会を辞退して風紀委員に行っちゃうし。

 私の幼馴染はみんな自分勝手で本当に疲れる……。


「いいよ~」

「どうぞです」

「大丈夫です」

「平気――」


「――ありがとう。では、問わせてもらいましょう。姫君方は誰を騎士に任命するのでしょうか?」


「ご質問いいですか、本宮先輩?」


「ええ、どうぞ。夏姫様」


「ありがとうございます。確か以前は、四姫花が発表されてから騎士を指名する決まりと記憶しておりましたが、今決めることになるのでしょうか?」


「お答え致します。お配りした資料にも記載させて頂きましたが、騎士の徽章も用意しなければなりません。ですから、文化祭当日に授与出来る手筈を整えるため事前に確認することとなったのです」


『ありがとうございます』と丁寧なお辞儀をしてから着席する夏姫様。


「それで如何いたしましょうか? 無理に指名する必要はありませんが、どなたかいらっしゃいせんか?」


 4人とも同じ人を選ぶと分かっているのに、何を今さら……。


「本宮ちゃんも分かっているくせに~!! 月ちゃんは分からないけど、上近江ちゃんと千島ちゃんはやっくんでしょう? それなら私は辞退かなぁ~。同じ人を選んでもいいなら選ぶけど?」


「騎士は1人の姫に付き従う者。で、あるから春姫様は辞退ということで考えておきましょう。夏姫様に秋姫様、冬姫様はいかがされますか?」


 幼馴染の私が見ても、性格の悪さがにじみ出ていると思うほど厭らしい顔。

 元から千代くんを騎士にさせるつもりもないくせに。

 真弓の目的は彼に下剋上してもらう。それ一点のみ。


「振られたです。他は不要です」


 山鹿祝から聞いた通り、月美は振られていたようだ。

 これで彼に断られた姫は2人目。


 月美はともかく、あこが……大槻先輩を袖にするのは考えられない。

 それくらい上近江美海が千代くんの心を掴んでいるということなのかもしれないけど。


 その上近江美海と千島美波は、目配せして何か合図を送り合っている。


 でも、駄目――。


「姫君方、先にお伝えしておきますけれど……選ばれた騎士が、万が一にも他の姫に付き従う事になった時は、四姫花の剥奪および騎士に関しては退学となります。よくお考えの上、推薦下さい」


 騎士のトレード。

 形式上、上近江美海が幡幸介を選び、千島美波が千代くんを選ぶ。

 その後、交換してしまえば2人納得のいく落としどころかもしれない。


 制約で禁じられている彼氏を騎士に出来る千島美波。

 想い人を騎士に出来る上近江美海。


 でも、そんなズルは駄目。


 少なくないお金が動くのだから、ルール違反は認められない。

 それに、それくらいの浅知恵は真弓に読まれている。


「後日――」

「もう少し2人で話し合ってみます」


「譲らない――」

「あとでね、美波」


「お早めにお願いしますね。でないと、彼は私がもらってしまいますよ?」


「「「「――――――――」」」」


 四姫花全員が満面の笑顔を真弓に向けている。

『怖い』。本当に怖すぎて鳥肌が立ってしまった。


「質問――?」

「冬姫様、どうぞ」

「騎士――男性――?」


 私と真弓、新役員である1年生たちとの間でその質問への回答は用意されていない。

 騎士は男性が就くもの。

 当たり前のように考えていたが、

 今の時代女性が騎士に選ばれたとしても不思議でない。


「いい質問だ。良い所に目をつけるね。さすが千代くんの妹君だ。さて、質問への返答だが、基本的には男性に限る」


「特別な事情があれば、女性でも騎士になれるということですか?」


「いいえ違いますよ、夏姫様。抜け穴はない、だけどもしかしたら私でも気付かない抜け穴があるかもしれない。そこを突かれたら女性でも騎士になれますし、たとえば四姫花全員から指名された人が全員の騎士になることも認めねばならない。そう考えたから、基本的にと言わせてもらいました」


「――ありがとうございます」


「疑問があれば早いうちに解消すべきだからね、姫君方も何か気になることがあれば、気軽に聞いて下さい」


 全員が一斉に手を挙げる。それが嬉しいからか、真弓は喜色の表情を浮かべている。


「上級生の春姫様から順に質問をどうぞ」


「ん~、そうだなぁ……私や月ちゃんは護衛がいるから別にいいけどさ、上近江ちゃんと千島ちゃんのことは守ってあげてね? このあときっと大変だから」


「もちろんです。そのことに関しては恐らく風紀委員会から提案があるでしょう。もしも風紀委員会から提案がない場合でも、生徒会が責任をもって姫君方を護衛致しますのでご安心いただいて問題ありません。次に秋姫様どうぞ」


 え、何それ?


 風紀委員会から提案があるとか、真弓が護衛方法を用意しているとか何も聞いていない。


 相談もなしに勝手に1人で進めていく癖、いい加減直してもらえないかな。

 無理だと分かっているけど、そう願ってしまう――。


「欅はどうしたです?」


 月美の質問で、真弓の笑顔が一瞬『ムッ』と変化した。


 真弓の考えで欅が風紀委員会へ移ったと予想していたけど、もしかして違うのかもしれない。


「……辞退した。欅のことだから深い考えがあるとは思えないけど。まあ、細かい事は当人に聞いたらいいさ。次に冬姫様どうぞ」


 やっぱり真弓の手配ではなかったようだ。

 でも、それより月美が知らないことの方が驚きなんだけど。

 月美の手足たちを出し抜くのは容易じゃない。


 もしかして、誰かの策略とかじゃなくて本当に本当の欅の気まぐれ行動なのかもしれない。


 でもなぁ、真弓に怒られるのを極端に嫌う欅に限って考えられないか。

 私が考えても分かる訳ないし、難しいことは難しいことを考えることが好きな人に任せてしまおう。


「義兄さん――」


 続きがあるかと思ったが、言葉を止めた。

 そして『スゥゥッ』と大きく息を吸い込み、言葉と一緒に吐き出した。


「義兄さんは必ず――

 計算も予想も想像も――――

 私の全てを超えてくる――――――」


 呼吸を荒くし、机に突っ伏し始める。

 言いたいことを言ったからか、満足そうにしている。

 この子こんなに喋れたんだ。


 驚きだけども今の言葉は真弓を喜ばせるだけ。

 現に、期待に満ち溢れさせたキラキラとした満面の笑みをこぼしている。


「いいねぇ――楽しみだよッッ!! ――――と、このまま高揚していたい気分だけれど、最後に夏姫様どうぞ」


「四姫花の発表はいつ行われて、恩恵はいつから受けられるのですか?」


 あれだけ満面の笑みを浮かべていたというのに、一瞬でつまらない物を見るかのように、温度のない表情を浮かべ始めた。


「文化祭2日目午後3時、体育館で行われる後夜祭の場で発表する予定です。発表と同時に四姫花となりますので、恩恵や制約も同時刻からとなります」


 ――ありがとうございます。


 と、上近江美海はその後もいくつか質問を続けたが、その内容は配布した資料に書かれていることで、どれも確認すれば分かるものだ。


 これ以上は真弓の機嫌が悪くなりそうだし月美と千島さんも限界のようから、切り上げた方が無難かもしれない。


「申し上げにくいですが時間となります。メプリを交換して、本日は解散とさせて頂きたく思いますが、よろしいでしょうか?」


 承諾する返事がそれぞれから戻って来たため、宣言通りメプリを交換した後、四姫花内示の会議が終了となった。

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