第五章 「祝福」

第168話 作戦会議のお時間です

【まえがき】

 時系列的には、

 四章第160話下剋上準備。の続きとなります。


▽▲▽



 私立名花高等学校が開校したのは2012年の年だ。


 駅前の好立地が話題を呼んだが、当時の学生にとっては立地よりも騒がせた事柄があった。


 それは、身だしなみに関する校則だ。

 よくある校則ならば――。


 ―.制服、上履き、体育館シューズ、運動着は本校指定のものを正しく使用すること。


 ―.服装および身だしなみは、常に清潔で簡素であり学生らしい品位を失わせないようにすること。また、ピアス、ネックレス等の服飾品の着用を禁ずる。(正当事由があり、学級担任の承諾がある場合認める。)


 ―.頭髪は常に清潔を心掛け、学生に相応しく生活に適した髪型にすること。また、頭髪のパーマ、エクステ等は、原則、禁ずる。(正当事由があり、学級担任の承諾がある場合認める。)


 ―.刺青は青少年健全育成条例に抵触するため、理由問わず、厳禁とする。


 等、多少の違いあれど、多くの学校が似た文言の校則を定めていると思われる。


 だが、名花高校は時代に先駆け、固い決まり事を取り除き、身だしみの自由化を発表した。


『法律、学校生活を送る上での心得やルール等を遵守するものに限り、以下、認める』


 ―.制服、私服問わず服装の選択自由。


 ―.頭髪および身だしなみ、服飾品は、逸脱し過ぎない範囲で個性を尊重する。但し、夏のタイツ着用に限り禁ずる。



 等、タイツについては理解不能だが、付されている条件は、ごく当たり前の学校生活を過ごすだけで守ることが出来るため厳しい条件ではない。


 好立地、身だしなみの自由、綺麗な校舎。


 そういった理由で、初年度から希望者が殺到することになり定員一杯となる生徒数を迎える事になった。


 その後も飴と鞭ではないが、皆、個性を出したいがために、勉学に励み、偏差値向上にも影響を与えていたらしい。


 本宮先輩の兄、初代生徒会長が作った四姫花しきか制度が出来てからは、さらに多くの生徒が名花高校への入学を希望し、高い学費にもかかわらず県内一の入試倍率を誇っていたとのことだ。


 飛ぶ鳥を落とす勢いが続いて行くと考えられていたが、その栄華は長く続かなかった。


 それは1人の生徒によって起こされた――。

 初代四姫花の2人『牡丹』『桔梗』が卒業した後に残された、二代目四姫花の1人がとても真面目な生徒だったらしい。


 良く言えば優等生。

 悪く言えば頭が固く融通の利かない人。


 二代目四姫花は、高校生に相応しくない身だしなみに不満を抱いていた。


 結果を先に言うと、身だしなみ自由化を廃止してしまったのだ。

 当たり前だが、生徒から猛反発にあったため頭髪染色の自由だけは譲歩したそうだ。


 全てではない。けれど生徒たちは勝ち取った。


 そう思ったが、実はこれは撒き餌だった。

 二代目四姫花は『譲歩したのだから』を口実にして、時代に逆行する厳しい校則を次々と制定させていった。


 名花高校生になる魅力が激減したことによって、入試倍率が下がり、四姫花が揃うほどの生徒も集まらず、徐々に偏差値、生活態度、難関大学への進学率、就職率までさえ、衰退の一途を辿っている――。


 現在では、二代目四姫花が残した負の遺産となる校則は、ほぼ廃止されたそうだが遅すぎたのだ。


 定員一杯の生徒数を揃えるために高額な学費を下げたりもしたが、焼け石に水程度の効果しかない。


 今では県内一、家庭に優しい学費となっている。

 私立、県立合わせてだ――。


「それなのによく四姫花制度を継続するお金がありますね? それに前期末試験のことだって」


「本宮生徒会長の兄、初代生徒会長が副理事長となり、そうですね……スポンサーとなっているそうです。なんでも、そのために起業してお金を稼いているだとか。親も資産家と聞いています」


 本宮先輩もそうだけど、お兄さんの執念が凄まじい。

 ある意味尊敬すら出来るかもしれない。畏敬と言ってもいい。

 本当にとんでもない兄妹だな。

 何故、そこまでして四姫花制度を残したいのか。


「でもそれだと……本宮先輩との勝負に勝つのって無理じゃないですか?」


「月美から聞いた話によれば副理事長が干渉してくることはないそうです。学生同士、切磋琢磨し、盛り上げ、さらなる逸話……伝説を作り上げることを望んでいるだとか」


「……推し活みたいですね」


「ふふ、言い得て妙ですね。でも千代くんの口から出る言葉としては意外でした」


「美波の友達に毒されたのかもしれません」


 無意識化で国井さんの影響を受けていることに少なくない衝撃を受けてしまったが。


 もはや趣味の世界だと思ったのだ。

 それもとんでもない高額の趣味だ。

 四姫花に選ばれるには厳しい条件もある。

 けれど与えられる特権を考えれば致し方ないとも思える。

 学生の身分から逸脱するほどの特権なのだから。

 聞いた話によると――。


 在学中の学費、学食、寮費は学校が負担。

 希望する企業、希望大学への推薦。


 さらには名花高校も組み込まれている当ビル。

 その最上階、展望台一部に当校が所有している『空中庭園』の使用権利。


 他にも、希望図書の仕入れ、授業免除、騎士任命権、部活動また委員会の解散、設立。


 設立時の予算優遇措置などなど――。


 ひとつでも嬉しい特別な権利が、ふんだんに個人へ付されることになる。

 大盤振る舞いもいいところだろう。

 まるで小説や漫画、アニメの世界に感じる。


 希望図書の仕入れは、学習意欲向上にも役立つだろう。

 設立した部活に予算を融通してもらえれば、運動部ならば大会で実績を残せるかもしれない。

 文科系の部活なら好きな研究だって出来るかもしれない。

 どれもこれも捨てがたく魅力的な特権で間違いない。


「それで千代くん。本当にいいんですね?」


「ええ、嫌な役目を押し付けますがお願いします」


「承知しました。恐らく本宮は全責任を私に擦り付けるでしょう。ですが、それが千代くんの望みなら徹底してやり切りましょう。平田、今日明日で資料をまとめます。そして水曜から金曜で仕掛けます」


「……はい」


 返事を戻すのにあった間。

 残業確定となる急な仕事を振られたことが憂鬱なのだろう。


「ごめんね莉子さん」


「いえ、莉子自身が決めたことですから」


「良い心がけです。千代くん、復習です――」


 与えられる破格の特権には三つの制約がなされている。

『制約』と聞くと厳しい条件が決められていると想像してしまうが、そこまで難しいことではない。


 得られる特権や恩恵と比べれば容易に守れることでもある。


 ―.模範的な生徒であり続けること。


 ―.生徒会が主導する学校行事に、特別な事情がない限り付き添うこと。


 ―.騎士と恋人関係であってはならない。


 学校の顔となるのだから、模範的な生徒でないと務まらないだろう。

 それに、いくら希望する大学や企業に進んだとしても、能力が届いていなければ苦しむのは自分自身でもある。だからひとつ目の制約は特別難しいことじゃない。


 ふたつ目に関しては、面倒に感じることでもあるが、それでも事情を考慮してくれることを考えれば優しい条件だろう。


 問題は三つ目。


 僕の前に立ちはだかる最も邪魔だと考える制約だ。


 制定された理由は、本宮先輩の兄が『姫と騎士は本来身分違い』と考えているからだと聞いた。


 残された当時の議事録によれば、


『結ばれたければ、立ちはだかる困難を自ら乗り越えなければならない』


 と、書き綴られているそうだ。

 四姫花に選ばれたら断ることが難しい。


 それなのに、生徒の交友関係を縛り付ける迷惑極まりない制約だ。

 無くすためには、先ず、生徒たちに不当な制約だと認識してもらう必要がある。


 そのための行動を、鈴さんと莉子さんが残業してまで準備してくれる。


 文化祭が終わった後にお礼の一つや二つ、いや、2人の望むことに対して出来る限り感謝を伝えよう――。


 当面の計画は済んだ。

 けれどもうひとつ、聞いておかなければならないことがある。


「「――ところで鈴さん(千代くん)」」


「「…………」」


 見事なまでに被ってしまった。

 莉子さんが面白くなさそうな顔をして僕を見ている。

 反対に鈴さんは、その莉子さんを面白そうに見ている。


「僕は後でいいので鈴さんからお先にどうぞ」


「では――日和田ひわだけやきが風紀委員会に加入したのは、千代くんの考えでしょうか? おかげではふりを潜り込ませるのが楽だったのですが……」


 質問内容まで見事に被ってしまったようだ。

 だが鈴さんが僕に質問したということは、単純に考えるならば、やはり本宮先輩が送り込んで来たと思うのが普通だろう。


 目的はこちらの動きを知るための情報集め。

 つまり日和田先輩はスパイということか。


 あからさま過ぎる一手だが、動きにくいのは確かだ。


 日和田先輩はカモフラージュの役割、陽動で本命は別に居る可能性も考慮した方がいいかもしれない。


「日和田先輩について、僕も全く同じことを鈴さんに質問しようと考えていました」


「そうですか……では、情報収集を目的としてか……あるいは、本命が別にいる可能性も考えられますね。今後何か分かったことがあれば、すぐに情報共有をお願いします」


「鈴さんの言う通り本命は別にいると思います。情報共有は了解です」


「今後、接触は控えて平田を通すか、もしくは携帯で連絡を取り合いましょう。火急を要する話でなければ、自宅にいる時に連絡を取り合うのが望ましいです」


「承知しました。疑うようで申し訳ありませんが、怪しい人物に心当たりはありませんか?」


「そうですね……」


 本当に疑いを持って質問した訳ではなかった。

 けれど鈴さんは言葉を選ぶように思案顔を見せて来た。


「断言しておきますけど、美愛先輩を裏切る者はファンクラブに書かれている名簿の中にはおりません。ですから最近になって近付いて来た者へは、互いに注意をはらいましょう」


 ファンクラブに書かれている名簿、か。

 そのことは気になるが、それでもようやくスタート地点に立てた。


 ようやく一筋の光明が見えた。

 だからか今は凄く――美海の声が聞きたい。


 この日の話合いが終わったことで、再度、3人で手を交わす。

 頼もしい2人に見送られながら風紀委員室を退出。


 そして一通のメッセージを送信してから、真っすぐ図書室へ向かうことにした――。


▽△▽


「行かれましたね。あのご様子では、美海ちゃんの元へ向かったのでしょう」


「『会いたい』と滲み出ていましたからね」


「郡さんの可愛らしい部分です」


「――千代くんは前途多難ですね、そういう星回りなのでしょう」


「何せ郡さんは英雄ですから」


「平田……山鹿祝には気をつけなさい。水を差すのも悪い、明日にでも伝えようと考え、千代くんには嘘を言ってしまいましたが、祝が生徒会に入ったことは私の指示ではありません。祝の独断です。裏切りはないと断言しますが、信用しても深く信頼しないように」


「どうして断言できるのですか?」


「契約です。それに――」


「それになんです?」


「いい意味でも悪い意味でも、あれだけ千代くんに固執していれば、彼女が千代くんを裏切るとは思えないです」


「……いずれにしても、クラスメイトを疑いたくないですね」


「千代くんのためです。だから貴女は風紀委員会に入ったのでしょう?」


「はい……」


「さて、残業に取り掛かりましょう」


「…………はい」


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