第165話 こぼれ話「美海だけを考えたい」

【まえがき】

 本編に入らなかった、こぼれ話です。


▽▲▽

 


 生徒会役員立候補者演説がされる金曜日。

 この日は午前中授業のため、午後は休みとなる。


 生徒会役員立候補者の中に何故か日和田先輩がおらず、代わりに山鹿さんが立候補していた。


 山鹿さんは鈴さんや風紀委員会寄りだったはず。


 本宮先輩が何か仕掛けたのか?

 それとも鈴さんや別の誰かの思惑か……分からない――。


 ――情報が足りない。


 何も出来ずもどかしい。

 午前中はモヤモヤした気持のまま過ごしたが、午後は一転して美海と2人でカラオケを楽しんだ。


 初めは1人で行こうとした。

 1週間でどれだけ点数が上がったか確認したかったから。

 だけどカラオケ店に到着したと同時に、美海から『ご飯食べに行かない?』と電話があったのだ。


 だが電話越しでも、カラオケ屋独特のBGMが聞こえたのだろう。


「こう君、カラオケ屋さん? 誰かと一緒なの?」


「いや、1人だよ。この間みんなで行ったラウンドファーストで歌った”キセキ”が歌いたくて」


「あ、そうなんだ――。私も行ったりしたら迷惑?」


「まさか、大歓迎だよ」


「よかったっ。場所はどこだろう――」


 言った通りに大歓迎だ。

 一緒にいれることは嬉しい以外の何者でもない


 美海にカラオケ屋さんの場所を伝えて、先にカウンターで受付だけしてそのまま待つ。


 1人先に部屋で待っていてもいいが、可愛い美海が1人でカラオケ屋にくるのは心配だ。


 その5分後くらいに美海と合流出来たので、割り振られた部屋へ進んだ。

 適当にポテトや飲み物を注文してお腹を膨らませつつ、前も聞いた美海が歌うYOASOBIさんの曲や、他にもいろいろな曲を、歌声を独占した。


 YOASOBIさんの”祝福”は前も歌っていたから好きなのかと聞いたら、クラスの女子の間で流行っているらしい。


 流行りの曲を聞くようにしてはいたが知らなかったな。


 美海に続いて、僕も前に歌った”キセキ”を歌おうかと思ったがその前に声を慣らそうと考えて、採点モードにしてから十八番おはこを歌ってみた。


「――もう、こう君反則! どうして急にこの曲を歌ったの?」


 美海には初めて披露した十八番おはこ

 目頭に涙を溜めるくらい笑われてしまった。が――。


「それに100点とか初めて見た。こう君って、本当に器用になんでもこなすよね」


「この曲しか知らなかったから。いつの間にか覚えていたみたい。あと――」


「それでも凄いよ。あと?」


「器用になんでもこなせたら、もっと色々上手に立ち回れるのになって」


「……こう君は十分頑張っているよ?」


「背伸びしたい年頃なんだよ」


「そっか――思春期だもんね」


 唇を尖らせる美海が気になったが、すぐに『次、歌って』と言われたため目的にしていた”キセキ”を歌ってみる。


 それから何度か歌ってみたが、十八番おはこと違って、100点を取ることは叶わなかった。


 音程やリズムは合っている。

 けれど届かない。

 もうひと押し、何かが足りないのかもしれない。


「こう君は私が歌った曲で何が一番好き……だった?」


「そうだな……祝福かな。綺麗な声を持つ美海が歌うと、本当に祝福されている気がしてくるし、あとは単純に歌も好きかもしれない」


 美海が歌うからこそ、好きだと感じているのだと思うが。


「そっか――じゃあ、私もいっぱい練習してみようかな」


「それなら、また聴かせてほしいな」


「うんっ、またカラオケ行こうね?」


「喜んで」


 短い時間ではあったかもしれない。


 けれど、美海と2人でカラオケを楽しみ、2人でマンションへ帰宅して、クロコにご飯をあげてから、2人でアルバイトへ向かい、ぎりぎりまで一緒に過ごす。


 好きな人を放って、嫌われても仕方ないことをしている僕にとっては贅沢な時間。

 そう自覚しながらも、今だけは――。


 美海と過ごせる時間を記憶に刻み、明日の土曜日に向けて心の整理を行う日となった。

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