第164話 こぼれ話「スポーツの日 後編」

 案の定、手を繋ぎ現れた僕と美海を見た3人に揶揄われてしまう。

 恥ずかしくなったのか、美海は慌てて手を離そうとする。


 だが、しっかり握ったからな。僕の左手は中々離れてくれなかった。


「こう君っ! 揶揄わないで!」


 僕は至極真面に手を繋いでいたのに、頬を膨らませた美海に怒られてしまった。

 残念だが仕方ないので渋々繋ぎを解く。


 さて、いざミニボウリングを始めようとしたら、莉子さんと五十嵐さんも寂しかったのかすぐに混ざってきた。


 初めてのボウリングだけど、狙った所に玉が転がりピンが倒れて面白かった。

 僕以外の6人は、ちょっと軽すぎだなと物足りなさを口にしていた。


「郡にも俺らの気持ちをわからせてやりたい」


 そう言った幸介の言葉で、また今度本物のボウリングをやりに行く約束をした。

 僕はミニでも満足であったが、本物のボウリングもやってみたいので楽しみにしておこう。


 だけど、ボウリングってボウルやシューズもレンタルだよな、確か。

 人の履いたシューズはレンタルしたくないな……。


 そんな気持ちが顔に出ていたのだろう。

 苦笑いを浮かべた幸介から、ここのボウリング場は履いて来た外靴で大丈夫と聞いた。


 その後は7人で行動して様々なスポーツを楽しんだ。

 バスケにフットサル、バッティングやピッチング、アーチェリーなど。


 テニスでは順平が手加減なしの圧倒的実力で無双して、全員から大顰蹙だいひんしゅくを受ける場面もあったりした。


 罰として、1人ロデオに乗らされ、動画撮影をされていた。恐ろしい罰だ。

 五十嵐さんは嬉しそうに動画を撮っていたから、初めての動画なのかもしれない。


 ただ、様子を見ていただけで何も揶揄ったりしていのだから、蹴らないでほしい。


 え? 顔がむかつく? そんな理不尽な。


 スポーツ以外でも、カラオケがあったので最近聞き始めたGReeeeNさんの”キセキ”を歌ってみたりしたが、みんな上手で驚いた。


 莉子さんと順平は何とも言えない感じだったけど、僕も人のこと言えない。

 十八番おはこと違って、中々点数が取れなかったからな。


 聞き始めたばかりだし仕方ない。

 また今度、美愛さんとカラオケに行くまでにしっかり練習しておこう。


 ちなみに美海が歌ったYOASOBIさんの”祝福しゅくふく”は、許可をもらい動画で保存させてもらった。帰ったらバックアップしておこう。


 ルールを幸介に教えてもらってビリヤードもしてみた。

 他にも幸介から教わり、ダーツをしたり、ローラースケートなどなど。

 合間に食事を挟みつつ、他にもたくさん――。


 楽しい経験をすることが出来た。

 だから僕は浮かれてしまっていたのかもしれない。


「ズッ君、リベンジだ」

「おい、ズッ君。今日は負けないからな」


 カップル2人からの挑戦状。”ゴーカート”勝負。

 きっと、遊園地の時から虎視眈々と機会を窺っていたのかもしれない。


「少しは僕を楽しませてよ?」


 先ずは3人で。

 そしてやっぱり悔しい表情を浮かべたのは、僕でなくて順平と五十嵐さんだ。


 負けても爽やかな笑顔を浮かべる順平と違って、五十嵐さんは物凄く苦い顔をしている。


 そんなに負けず嫌いなら案外、スポーツ向いているかもよ?


 え? 僕に負けるのが気にくわないって? やっぱり理不尽だ。


「郡、意外な才能が……ま、俺には勝てないだろうな。超絶ドライビングテクを見せてやるぜ」


「郡さん、リッコリコにしてあげますよ」


 次に幸介と莉子さん。

 幸介にマリコカートではほとんど勝てなかったが、こちらは僕に軍配が上がった。


 あと、莉子さん。悔しいからって、脇をくすぐるの止めて下さい。

 僕からは莉子さんをくすぐったり出来ないんだから。


「郡さんならウエルカムですが? あ……ちょ、美海ちゃんごめんなさい! くすぐったい、くすぐったいです! これ以上はご勘弁を!」


 壁に手を着き項垂れる莉子さんに背を向けた美海からも挑戦状を叩きつけられる。


「こう君の鼻柱折ってあげるね」


「私、小学生の頃に優と何度も遊んでるから、結構得意なんだよね~」


 最後に美海と佐藤さんとレースをしたが、僕が悔しがることは一度もなかった。

 美海はずっと楽しそうに口角を上げニコニコとしていた。


 つい、その様子が可愛くて、運転中にもかかわらず見過ぎてしまったため、佐藤さんに抜かれそうになったが、なんとかギリギリ逃げ切ることが出来た。


 佐藤さんは結構悔しかったらしく、今度優くんと一緒に特訓すると言っていた。

 来年、体育祭でゴーカートがあれば勝ち確だろうな。


 まあ、時間や予算的に無理なこと間違いないだろうけど。

 そもそもゴーカート自体がない。


 そんな風に考えていたら、

 幸介と順平に手を取られロデオに連行されてしまい――。


 あとは、順平と同じ結果だ。細かく言う必要もないだろう。

 だがここで幸介が『ついでに』と言って、僕の恥じをさらにメプリに投下する。


「こう君可愛い~~!!」


「郡さん……ぷぷっ。体、右に左に、前に後ろに動いておりますね。お可愛いですよ? 郡さん」


 先日、優くんの家でしたゲーム、マリコカートで撮られた動画を今日新しく出来たグループに投下したのだ。


 とりあえず、下から僕の顔を揶揄うように覗き込んできた莉子さんの頭を鷲掴みしておいた。


『鬼、悪魔、鬼畜!!』と叫んでいたが、無視だ。

 くすぐってきた仕返しでもある。


 あと、美海。美海にはしないから、そんな恐る恐る頭差し出さなくていいよ。

 え? それはそれで寂しい? んん……じゃあ、ちょっとだけ。


 あ、ごめん。くすぐったかった?


「郡さん、扱いの差に不満です。莉子はとっっっっても不満ですっ!!!!」


「莉子さん、言動を思い出して、自分の胸に聞いてごらん」


「はて、郡さん。私の胸はどこにあるのですかね?」


「じゃあ、そろそろ時間だし――」


 こわっ、思わず『ヒュッ』て声が出そうになった。


 正面に立ち、逃がさぬよう両手首を取り、深くて黒い、そう、漆黒の瞳が僕の目を突き刺すように覗いている。


「莉子さんもちゃんと女性特有力があるんだから、そんなに気にしなくていいと思うよ?」


「なんでズッ君がそんなこと知ってんだ? 触ったのか? くそ野郎だな」


 漆黒の瞳に、いつもの明るい光が灯った。

 だが代償として、美海や佐藤さん。


 特に五十嵐さんからは厳しい視線と言葉を浴びせられてしまった――。


 最後に犠牲を払いつつ、スポーツ施設を後にしてクレーンゲームのあるゲームセンターへ移動する。


 全員で一通りグルグルと見て回り、その後は思い思いに挑戦する。

 佐藤さんは、クレーンゲームが好きなようで、『優へのお土産にしよ~』と、誰よりも楽しんでいた。


 僕はなんとなく目についた、クロコそっくりな猫のぬいぐるみが置かれた台に挑戦した。


 いや、挑戦というより、『早く救出しないと』の思いが強かったかもしれない。

 千円ほど投資したところで、佐藤さんが店員さんを連れてきてくれて、救出しやすい場所に置いてくれた。


 ありがたい援軍のおかげですぐに助け出すことが出来た。


「取れてよかったね、こう君。でも、ちょっとクロコに似ているかな?」


 佐藤さんに店員さんを連れてきたお礼を伝えてから美海に返事を戻す。


「なんか使命感に駆られて夢中で……でも、救出できてよかった」


 可笑しかったのか、クスクスと笑って『私もやってみようかな』と。


「それなら、このクロコは美海に譲ってもいい?」


「え、いいの?」


「今考えるとクロコがやきもち妬きそうだしね。それに美海なら大切にしてくれるでしょ?」


「ありがとうっ!! 大切にするっ!!!!」


 思えばこうやって美海個人に何か形に残る物をプレゼントしたのは初めてかもしれない。


 あくまで僕の予想でハッキリとした理由は分からないが、喜んでくれたのだと思う。


 向日葵のように明るくて元気一杯、眩い笑顔を僕に向けてくれているからな。


 それから7人で合流して回っていたのだが、僕はあることに気が付いた。

 順平と五十嵐さんがプリクラコーナーの辺りを行ったり来たりしていた。


 だから2人の背中を押すつもりで、ついでに言えば僕にも都合がいいので、6人に向けて提案した。


「記念にプリクラ撮らない?」


 幸介と佐藤さんは乗り気で『賛成』と即答だった。

 僕の意図が伝わったのか、順平と五十嵐さんは照れくさそうにしながらも、こっそりお礼を言ってきた。


 美海と莉子さんは、驚きの表情を浮かべてすぐ怪訝な目線を送ってきた。

 お泊り会の時に僕はプリクラを拒絶したからな。


 また僕が何か企んでいると疑っていたのだと思う。

 あれだけ嫌がっていたのに――って、思われたのだろう。


 とりあえず美海と莉子さんには、順平と五十嵐さんに視線を誘導して僕の意図をこっそり伝えておいた。


 まだ納得いかない表情であったが乗り気な佐藤さんと五十嵐さんに手を引かれ、手洗いの方へ立ち去って行った。


 何故手洗い?

 と思ったが、どうやら髪型を整えるためとのこと。


 少しして戻って来た女子全員がお団子ヘアで統一されていた。

 4人ともよく似合っていて可愛い。


 順平は五十嵐さんを褒めたからか、肩を叩かれていた。

 でもすぐに頬を赤らめ、順平の小指を掴みお礼を言っていた。


 これが本物のツンデレだと思う。


「郡さん、どうです? 可愛いですか? 意外としっかりしているから触っても平気ですよ?」


「触ったら大きくなるかな?」


 勢いよくバッと離れて胸を隠すような仕草をする莉子さん。

 顔が真っ赤だ。


 僕の左手の甲を笑顔で抓る美海。僕の左手が真っ赤だ。


 屑、最低、馬鹿だなといった声も聞こえてきている

 本当に他意や悪意などなかったが、デリカシーに欠ける発言だったから僕が悪い。


 とまあ、そんな一幕もあったが、僕が撮った回数は4回。

 さすがに多くて、ちょっと疲れてしまった。


 組み合わせは7人全員で撮ったもの。男女に別れて撮ったもの。僕と美海、僕と莉子さんで撮ったものだ。


 落書き? 何を書いていいか分からず、ほとんど任せてしまった。

 美海と莉子さんも初めてと言っていたのに、上手に書けていた。


 女の子は上手なものだな。不思議だ。


 プリクラを撮った後は、解散となった。

 僕と幸介、順平と五十嵐さんはそれぞれの組み合わせで、徒歩で帰宅した。


 莉子さんのお母さんが迎えに来たので、莉子さん、美海、佐藤さんの3人は車で。

 佐藤さんは駅前で優くんと待ち合わせしているらしく、途中下車したらしい。


 最初は、美海と帰宅しようと考えていたが、僕が誘う前に美海が莉子さんに声を掛けて、送ってもらう流れとなったみたいだ。


『楽しかったね!』と、興奮気味の美海から夜に電話が掛かって来た時に、帰りのことを教えてもらった。


 美海の声からも判断出来るけど、僕たち7人により自主開催された、第二回目となる体育祭は大成功と言えるくらい、楽しい思い出となった。


 不完全燃焼となっていたスポーツを思う存分楽しみ、クレーンゲームで好きな人形やキーホールダー、フィギュアなどを獲得し、最後に記念としてプリクラまで撮ったのだから。


 最後に美海と2人で撮った誰かも分からない顔になったプリクラを眺めてから、眠りについたのだ。


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