第163話 こぼれ話「スポーツの日 前編」

【まえがき】

 本編に入らなかった、こぼれ話です。


▽▲▽



 月美さんへ返事をした1週間は、友達の誕生日週間でもあった。

 火曜日に誕生日を迎えた五十嵐さん。日を跨いた木曜日が順平。


 同じ日にプレゼントしたため、順平には悪いが少し早めのお祝いとなった。

 僕が用意したものはお揃いのミサンガだ。

 ミサンガに決めた理由は、順平にされた質問がきっかけとなった。


「なあ、ズッくん――カップルってさ……何かお揃いの物とかするだろ?」


「絶対ではないけど、キーホルダーとか揃えたりする人は多いよね」


「だよな! でさ……涼ちゃんって、その辺どうだと思う?」


「どうって、お揃いを喜ぶかどうかってこと?」


「そうそう、ズッくん的見解を聞かせてほしい」


「彼氏が知らないことを僕が知っていると思う?」


 五十嵐さんの性格を考えれば、恥ずかしがるだろうけどお揃いは喜ぶと思う。

 でも絶対ではないし、彼氏である順平がする判断の方が間違いないだろう。


「そうなんだけどさ……ちょっとさりげなく聞いてみてくれない?」


「それ……間違いなく僕が叩かれることになるやつじゃない?」


「そこをなんとか!!」


 質問したと同時に手が伸びきて、頭を叩かれる流れが予想できる。

 未来視と言っても過言ではないだろう。


 それだけ僕は五十嵐さんに頭を叩かれたり、でん部を蹴られたりしている。


 探りを入れることで、叩かれると分かっているのだから出来れば順平の頼みを断りたい。


 だが結局――断り切れず頭を叩かれることになり、犠牲を払い得た返答は、何とも乙女らしい言葉だった。


「五十嵐さんは、お揃いを見られたら友達に揶揄われそうで恥ずかしいってさ」


「そっか……ま、俺はテニスしてるからな。諦めるか――」


「いや、そうじゃなくて――」


「さんきゅ、とりあえず部活言ってくる!」


 言い訳にならない言い訳をした順平は、静止を呼びかける僕に背を向け去って行ってしまった。


 僕の伝え方が悪かったのだろうけど、順平ならアレで伝わると思ったのだ。

 けど――五十嵐さんも意識するだろうから、近いうちに2人で話し合ってお揃いの何かを用意するだろう――。


 と、甘く考えていたが、2人は幾度となく僕を通そうとして来た。


『涼ちゃんは意外と可愛いものが好きなんだよ』

『おい、ズッくん……この間の質問、なんだったんだ?』


『俺が可愛い物持ってたら、ちと恥ずかしいよな』

『もしかして順平から何か聞かれて言ってきたのか?』


 2人とも何かお揃いが欲しくて欲しくて『仕方ない』ということは分かった。

 けど頼むから僕を介さず2人で話し合って欲しい。


 それを伝えても繰り返される中学生のような初々しくなるやり取り。

 誕生日も近いことだし、終止符を打つために何か用意することを決めたというわけだ。


 だが、2人の好みや希望に沿う物を揃えるのは難しい。

 どうしたものかと考えていたが、


 美海たちと買い物に出かけた時にアジアンチックなお店でミサンガを見て『これでいいか』と思い購入した。


 足首に着ければテニスの邪魔にもなるまい。

 足首に着ければ目立つことないだろう。

 ミサンガなら3カ月から半年もすれば、切れてしまうから丁度いいだろう。

 これを機に次からは2人でお揃いを買えばいい。


 そう言って渡したら2人揃って顔を赤らめていた。

 これが、国井さんがよく言っている『てぇてぇ』ってことかもしれない。


 交際したばかりという訳でもないのに、初々しくてこっちが恥ずかしくなってしまった。


 ちなみに美海は2人にインスタントカメラの『チェキ』を、莉子さんは写真立てをプレゼントしていた。


 どちらも女の子らしくて可愛いものだし、思い出にもなっていいプレゼントだ。

 そんなことを考えていたら美海に屈む様に言われたので中腰になる。


 すると耳元で、


「私もこう君との写真……たくさん欲しい、な?」


 姿勢を戻し美海を見ると、はにかみながら『えへへ』と笑っている。


 何この子、可愛い。かわいい。うん、本当に可愛い。


 即、オーケーと言ってしまった。

 あまりにも即答過ぎてクスクス笑われてしまったが不都合はない。


 あるとすれば、五十嵐さんから砂糖を吐き出すような表情を向けられたくらいだろう。


 次いで8日に誕生日を迎えたのは佐藤さんだ。

 この日は日曜日で少しバタついていた。


 出勤と同時に美海から、前日土曜日に日和田ひわだ先輩が来店したことを聞いた。


 生徒会絡みかと警戒したが、単純に食事しにきただけだったと。

 だが、財布を忘れたらしく美海が立て替えることになったと聞いた。


「僕が立て替えておくよ?」

「大丈夫だよ。日和田先輩には貸しってことにしてあるから」


 スッキリはしないけど、美海が平気だと言うなら諦めるが。

 日和田先輩に会ったら、美海に代わって取り立てることを心の中で誓った。


 ぼんやりした雰囲気を持っているから、平気で忘れそうだからな。


 美海から日和田先輩について聞いたあとは、美空さんがいる事務所へ。

 不審者かどうか判断が難しいけど、

 どうやら最近、怪しい子が店の周りをうろついていると、以前から美空さんに相談されていたのだ。


 夏のお祭りの時から美空さんに話を持ち掛けていたが、この話もあり警備会社と契約して、警備システムとカメラの設置をすることとなったのだ。


 美空さんから『出来れば郡くんにも話を聞いてもらいたい』と頼まれていたので、通常業務に移る前に立ち会うことに。


 それから夕方、優くんが佐藤さんを連れて来店した。

 優くんから事前に予約を受けていたので、予約席へご案内する。


 お店からはサプライズで佐藤さんに誕生日ケーキを用意した。

 他に美海、莉子さん、僕ら3人は、

 それぞれが佐藤さんへプレゼントを渡した。


 多分、勘の良い佐藤さんのことだからサプライズには気付いていただろうが、それでも嬉しい気持ちは伝わってきた。


 佐藤さんの表情がそのことを如実に物語っていたからな。

 今まで見たことないくらいニコニコとしていて、その佐藤さんを見た優くん。


 それに、美海と莉子さん。


 笑顔が笑顔を呼び、みんながニコニコしていて、幸せ溢れる誕生日会で温かな気持ちとなる素敵な時間だった。


 プレゼントについては、僕は世界各国に展開されているカフェ『ミガル―』のギフト券をプレゼントして、美海はカトラリーセット。

 莉子さんから文房具がプレゼントされた。


 2人とも佐藤さんが好きなゲームのキャラクターとコラボした物を用意したようだから、間違いなく喜ぶだろう。

 僕が選んだギフト券とは大違いだ――。


 そして佐藤さんからしたら大本命、優くんからのプレゼントは帰宅後の楽しみにするらしく中身は分からない。


 でもきっと、佐藤さんが喜ぶ物で間違いないだろう。

 自分のことは棚に上げるが、早く付き合えばいいのに――。


 そして9日の月曜日。

 本来は学校のある平日かもしれない。

 でも今日は祝日。スポーツの日だ。


 体育祭の時に美海が、『ちょっと物足りなかった』と言っていた。

 他にも佐藤さんや莉子さん。

 幸介や順平も同じ事を言っていた。


 五十嵐さんは乗り気でなかったけど、『順平が行くなら』と可愛いことを言っていた。


 そのため、スポーツの日に合わせて”第二回体育祭”を開催する事となった。

 学校は閉まっているから使えない。


 古町先生に聞いてみたが、さすがに『駄目です』と言われてしまった。

 だから今日は、駅から徒歩約20分の場所にある『ラウンドファースト』に来ている。


 僕と美海、莉子さんは初めて来たけど、何やら様々なスポーツが楽しめる複合施設にボウリング、カラオケ、ゲームセンターなどが取り揃えられているらしい。


 それだけで、楽しみでワクワクしてきてしまう。


 体育祭と言っても、得点を競ったりはしない。

 目的は、前回の不完全燃焼を解消するため思い思いに楽しみ遊ぶことだ。


 カウンターで受付して入場を済ませ、何からやろうかな、そう考えていると美海からお誘いを受ける。


「こう君! バドミントンしよっ!」


 今日は動きやすいよう服装に髪はお団子にしている。

 普段、柔らかな髪で隠れている首元が見えるからか、少し色っぽく感じるしお団子も似合っていて――。


「――可愛い」

「ふぇっ!? え、なに? どうしたの急に?」


 つい、美海の可愛さが溢れていたように、僕の思いも溢れて声に出てしまったようだ。


「あ、ごめん。お団子が似合っていて、つい」

「んー……嬉しいけど、今は、その、ちょっと恥ずかしいよ。みんなも見ているし」


 美海から視線をずらし、周囲に目を見やる。

 男子2人からは揶揄うようなニマニマとした表情を、女子3人からは心底呆れたような表情を向けられていた。


 それらを無視して、再度美海と目を合わせて、遅くなった返事を戻す。


「いいね。ジュースでも賭けてみる?」


 今度は美海から呆れたように見られてしまったが、すぐに挑戦的な表情に変わった。


「ふ~ん? いいの? こう君、苦手なんでしょ? 私、遠慮しないよ? けちょんけちょんにしちゃうけど?」


「受けて立つよ。逆境ほど燃えるって言うしね」


 けちょんけちょんとか、いちいち言い方が可愛い。

 美海は僕を侮っているけど、テニスと違ってボールでなくて羽だ。


 あれ、シャトルって言うんだっけか? まあ、どっちでもいいか。

 だから、返球もそんなに早くないだろうし僕でも十分勝機があるはずだ――。


「何がいいかなぁ~、やっぱりスポーツドリンクかな? こう君?」


「そうだね、熱中症も怖いしその方がいいと思うよ。なんにせよ、ご馳走させてもらうよ」


 けちょんけちょんとまではされなかったが、普通に、面白みもなく負けてしまった。


 美海が上手だったのもあるが、想像以上にシャトルが早かった。

 ドライブという技で返ってきたシャトルは、体感テニスボールより早く感じた。


 弧を描かない軌道で真っすぐ向かってくるシャトルが弾丸にすら見えた。

 だから、つい『ウォッ』と声が漏れてしまった。


 美海は笑ったりすることなかったが、外で見ていた莉子さんと五十嵐さんには爆笑されてしまった。あとで、何かしてやらないと気がすまないかもしれない――。


 僕と美海が抜けたあとのコートで、バドミントンをしている2人を見ていると、勝利の報酬として手渡した交通系ICカードで支払いを済ませたのか、『ピッ』という音の後に、『ガゴンッ』と音が聞こえてきた。


 手にはレモン水が握られている。

 そのレモン水を僕に手渡してくる。


 受け取ったレモン水の蓋を開けて美海に返す。

 蓋が硬かったのだろう。

 そう考えた行動だったが、正解だったようだ。


 満足そうな表情で『ありがとうっ』とお礼を言ってから、僕から少し顔を背けてレモン水を口にする。


 見られながら飲むのが恥ずかしいのかもしれない。

 美海が喉を潤している間、再度、莉子さんと五十嵐さんを見ていると美海から注意が入る。


「こう君、ほどほどにしてあげなよ?」


 僕が良からぬことを考えていることは、美海にはお見通しのようだ


「美海がそう言うなら前向きに考えてみるよ。女性には優しくしないといけないからね」

「こう君は紳士だからね。でも――」


 自分の女々しさというか、引きずる性格はここ最近で嫌というほど理解させられているので、紳士かどうかが少し不透明だが否定せず美海に続きを促す。


「あまり優しくし過ぎて、その気にさせたりしたらダメだからね?」


「じゃあ、美海にだけ甘々にしようかな」


「それなら私はその倍、こう君にだけ特別に甘々にしてあげるね」


「幸せの方程式の完成だ」


「虫歯にも注意だね」


 そう言ってクスクスと笑う美海を眼球シャッターで記憶に収めてから周囲を見る。

 あ、ちなみに眼球シャッターという言葉は莉子さんに教えてもらった。


 正確には”眼球”でなくて”瞬き”だと思ったし、変な言葉作るなあ、とも思ったが、使ってみると案外しっくりきた。


 幸介と順平、佐藤さんは3人でミニボウリングをプレイしている。楽しそうだな。

 僕はボウリングを経験したことがないし、やってみたいかもしれない。


 莉子さんと五十嵐さんは、次に待っている別の客もいないからバドミントンを継続しているようだ。


 どうやら一戦目は莉子さんに軍配が上がったのだろう。

 五十嵐さんが向きになっているからな。

 そして、僕と美海は2人で甘い雰囲気を作り出している。


 少し照れくさいがこのまま甘い会話を楽しみたくなる。

 でもここは公共の場だ。

 その気持ちは我慢して、気持ちを切り替えるとしよう。


「美海はボウリングってしたことある?」


「中学生のころにクラスの子たちと一度だけかな。こう君は? その聞き方だと、やったことないの?」


「父さんは忙しい人だったし、美波も僕もインドアだったからね。まあ、美波の場合は指をケガしないようにって意味もあるけど。ボウリングもそうだけど、僕は色々とやったことがないことが多いかもしれない」


 この際だからシスコンは認める。

 でもそのことを除いたとしても、美波のピアノ演奏はいずれ国宝級と呼ばれる高みにまで届くとさえ思っている。


 美波は自分の好きなように弾きたいらしく、コンクールなどには一切出ないが、もし、一度でも出たら世間が放っておかない。


 そう確信している。

 こんな言葉でしか言い表せないが、それくらい素晴らしい。


「美波の指は至宝みたいなものだもんね。こう君は……こう君が経験したことないことは、これから一緒に経験してたくさん思い出を作っていこうね?」


「美海と一緒なら、どれも忘れることの出来ない素敵な思い出が作れるね」


「じゃあ、早速! 私たちも望ちゃんたちのところに行こうっ!!」


 返事をするよりも先に、美海は僕の手を引き連れ出してくれる。


 このまま行けば、3人に揶揄われるというすぐ近い未来が簡単に予想出来る。

 だが別に構わない。だから――。


 運動して体温が上がってか、ほんのり汗ばむ美海の手をしっかり握り返して、3人がいるミニボウリング場へ向かったのだ。

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