第162話 上近江美空その二

 お仕事終了後はお風呂に入って美海ちゃんとおしゃべりしてベッドに入るのが、土日のルーティン。


 でも今日はお家に帰らず、郡くんのお家にお泊りして朝帰りする予定となっている。


 つまり、私にとって2回目となるお泊り会。

 クロコにも会えるし、早く着かないかな~。


 ごめんね、美海ちゃん?


 郡くんに、どうしても泊まりに来てほしいって、言われちゃって……あまりにも熱烈で断り切れなかったの。

 いけないことだって分かっているけど、私もまだ若いからね、

 郡くんならいいかなって――。


「お姉ちゃん、何言ってるの? 私も泊まるからね?」


「美空さん、言ってあったと思います。それに、熱烈には語弊があります」


「もぉ、冗談だよっ! ちょっと、2人の反応が気になっただけよ」


 でも、ちょっと気になるのよね。

 どうして今日なのかなって。

 明日も仕事だし、今日はもう遅い時間。


 だから、あまりゆっくりは出来ないと思うけど……。

 2人で何か企んでいるのかな? なんだろうなぁ。


 交際宣言?


 ん~……でも、わざわざ郡くんのお家に行く理由が分からないし違うかなぁ。

 なんだろうなぁ。

 2人に勧められるまま先にシャワーを浴びさせてもらって、リビングに入ると――。


 ――パンッ! パパンッ!!


「えっと……え?? え????」


「美空さん、遅くなりましたけど誕生日おめでとうございます」


「お姉ちゃん、いつもありがとう!!」


「えぇぇ~~~~!?!?!? え、なに?? 私の誕生日を祝うために、お泊り会を計画したってこと???? なにそれ――。可愛いぃぃぃぃ~~~~!!!!!!!!! え、嬉しい!! ちょっと幸せかもっ!! ううん。凄く幸せ!!!!」


 郡くん、美海ちゃんありがとう。お姉さんとっても嬉しい。


「お姉ちゃん、喜んでくれるのは嬉しいけど、恥ずかしいよぉ……」


「美空さん、多分ですが……考えていることと言葉にしていること逆です」


 自分でも分かるくらい『カァァァッッ』って、顔が真っ赤に染まる感覚がした。

 だってっ!! 不意打ちだったんだもんっ!!

 だから、つい嬉しくて……それに!!

 誕生日はいつも――。


 美海ちゃんはいつも美味しいご飯を作ってくれるし、別の日は美緒ちゃんが美味しいご飯のお店に連れて行ってくれる。

 だけど、こうやってお祝いされるのって久しぶりだったし!!


「郡くんめっ!!」


「えっと、やっぱりサプライズはご迷惑でしたよね」


 お隣さん的には迷惑かもしれないけど、マンションだから平気かな?

 クレームにならないといいけれど。


「ううん、違うの。嬉しくて……だから、ちょっと意地悪したくなっただけ。プレゼント開けてもいい?」


「はい、どうぞ」


 リボンで綺麗にラッピングされている袋は、ほとんどの女の子なら知っている有名ブランドのもの。

 それで中に入っていた物はコスメ。

 もっと細かく言うと、コーラルピンクのリップグロウ。私の好きな色だ。


 だからきっと、美海ちゃんにも相談して選んだんだろうな。

 もう……気を使わなくてよかったのに。


 でも、恥ずかしそうにお店で購入している郡くんを想像したら、ちょっと可愛いかも。


「ありがとう、郡くん。凄く、すごぉぉぉくっ、嬉しい!! 大切に使うね!!」


「喜んでもらえたようで、よかったです。美海も相談に乗ってくれてありがとう」


「ううん。恥ずかしそうにしている、珍しいこう君が見られたから私も楽しかったし、お姉ちゃんが喜ぶ姿、私も見たかったから!! よかったね? お姉ちゃん!」


「うん、本当に……ありがとう、2人とも。大好きッッ!!」


 思い余って抱き着いてしまったけど、今日くらいはいいよね。

 そう思ったのに――。


「あ、美空さん。せっかくシャワー浴びて綺麗になったんですから離れて下さい。僕はまだ汚れていますから。汗もかいていますし」


「もうっ! 郡くん台無しよ!!」


 文句を言うために離れたのに、何故か美海ちゃんは空いた郡くんの胸元に抱きつき直して、クンクンさせている。


 あ、郡くんも困っている。


「美海? 何やってるの? 美空さんにも言ったけど、汗で臭うと思うから離れてほしいな。というか、離れて」


「え? 全く臭わないし、こう君いい匂いしているよ? ずっと嗅いでいられるくらい、落ち着く匂いかも」


 絶句――。


 私はもう絶句だよ。え、今日の主役って私だよね?


 いつの間に2人の世界へ入り込もうとしているし。

 まぁ、郡くんは困っているから、美海ちゃんが無意識に暴走しているだけなのかもしれないけどね


「あのね、美海ちゃん? 気づいていないかもしれないけど、凄く大胆なこと言っているよ? それにその位置だと……郡くんは下を向くだけで、美海ちゃんの髪の匂い嗅げちゃうよ?」


 私が注意すると、2人は凄く面白い反応を見せた。

 郡くんは下を向こうとして、美海ちゃんは『バッ』と離れた。


 2人して可愛い。

 でも、郡くんが下を向こうとしたことは、ちょっと意外だったかな?

 ああ、そうすることで美海ちゃんがすぐに離れると考えたのかな、多分。


「もうっ! こう君だめ!!」


「ほら、美海もシャワー行っておいで」


「……私が臭うから早く汚れを落としてこいってこと??」


「違うよ。それに、美海はいつだって、甘くていい匂いがしているから。気にしなくてもいいよ」


 だ~か~ら~!!

 私の存在を無視してイチャイチャしないでよ!!

 羨ましくなっちゃうでしょ。

 あ、でも。嬉しそうにニコニコしている美海ちゃんは可愛いな。


 今度は素直に大人しくシャワーを浴びに行った美海ちゃん。

 そして、それに次いで郡くんも1日の汚れを落としリビングに戻って来る。

 前回私もお願いしちゃったけど、今回も私と美海ちゃんは郡くんにドライヤーを当ててもらい、髪を乾かす。


 癖になるくらい気持ちがいいのよねぇ。

 美容師さんにドライヤーされるも好きでないのに、不思議と。


 今度、美緒ちゃんにも話してみようかな?


 ドライヤーくらい自分でしなさいって怒られそうだから、美緒ちゃんにお酒入った時じゃないと言えないけど――。


「……チョット小腹空いたなぁ。お姉ちゃんは?」


 下手よ、美海ちゃん。振り方がとても下手。

 さては、まだ何か企んでいるのね。

 美海ちゃんに呆れたからか、郡くんは私と目を一切合わせないし――。


 あ、いや、美海ちゃんが慌てている姿を見て『可愛い』って思っているな、多分。


「そうねぇ……もう遅いから悩んじゃうけど、少しだけ小腹が空いているかもね」


「……お茶漬けでしたら、すぐに出せますよ?」


「こう君お願いしていい?」


 私の意見を聞かない。つまり強制ということね? 美海ちゃん。

 突っ込まれたくないからだと思うけど……でも、まぁ、お茶漬けならいいかな。


「郡くん、お米の量は少しだけ減らしてもらえると嬉しいな」


「はい、美海と美空さんは2人で半分にします」


 キッチンで用意して、5分としないで戻ってきたけど――。


「お茶碗……それにお箸が――」


「これはね、私とこう君からのプレゼント? とは、ちょっと違うかもしれないけど……私たち3人と美波の4人でお揃いを用意してみたの」


「その……なんていうか、美空さんにはお世話になっておりますので、そうですね……僕は美空さんを姉のように感じているのかもしれません。だから、これから何度もここで一緒に食事を取るかもしれませんし、用意してみました。すみません、めちゃくちゃですね」


「…………」


「お、お姉ちゃん、どうしたの?」


 もう…………嬉し泣きとか、何年ぶりかしら。

 美海ちゃんは知らないけど、悲しくて、悔しくて涙したことはこの数年でも何回かある。


 でも、嬉しくて――込みあげてきたのは、もう覚えていない。

 私は、美海ちゃんや郡くんほどじゃないけど、”家族”に対してあまりいい思い出がない。


 美海ちゃんが生まれるまで、バラバラだった家族。

 父は忙しく、ほとんど帰ってこない。


 母も『しっかりしているし平気よね』と、私を置いて外出ばかり。

 たまに美緒ちゃんが一緒してくれたけど、食事は大体いつも1人。

 珍しく揃ったとしても、バラバラな食器。温度のない会話。

 美海ちゃんが生まれてからは――。


 自由奔放で放っておけない美海ちゃんに手を焼かされ、でも、それが良かったのか、両親は美海ちゃんを可愛く思い、帰ってくるようになった。


 私は複雑に思っていたけど、美海ちゃんに罪はない。


 それに、本当に天使のように可愛かったから私も一杯に美海ちゃんを愛した。

 でも、心のどこかでは寂しかった。だから――。


 憧れていたのかもしれない。愛情のある温かい食卓に。


「ありがとう……郡くん。美海ちゃん。感極まって、涙が出ちゃったみたい」


「本当? どこか痛いとかじゃない? 大丈夫、お姉ちゃん?」


「美空さん、お茶漬けは残して下さい。今日はもうゆっくり寝ましょう」


 本当に――。

 私には勿体ないくらい、とても素直で優しい子たち。

 可愛い妹に、可愛い弟。


 ん?


 自分のことでいっぱいいっぱいだったけど……郡くんの言葉って、遠回しに美海ちゃんへのプロポーズじゃない? そうだよね?


 2人は気付いていないの?


 それともこれが2人にとって当たり前の日常にあるやり取りとか?


 分からないわ。

 最近の子は進んでいるのね――。

 でも今は、この最高のお茶漬けを頂こうかしらね。


「2人とも、心配ありがとう。本当に嬉しかっただけだからね? それより、お茶漬け冷めちゃうから、頂きましょう?」


 2人はまだ納得いかないような表情だけれど、私がお茶碗と箸を取ると、続いてくれる。

 インスタントのお茶漬け。

 だから、無難な美味しさかもしれない。


 でも今は、この一杯がとても美味しく感じる。

 幸せな気持ちが込みあげてくる。

 温度のある会話をすることが、家族の絆を深めることになる

 そう考えを改める事が出来た素敵な時間。


 ちょっと食べにくいし、掻き込むような食べ方で恥ずかしかったけど、もう少し余韻に浸りたくなってくる。それなのに――。


「やっぱり、箸だと食べにくかったから、スプーンにしたらよかったですね」


「こう君?」


「郡くん?」


「え?」


「「台無しだよっ!!」」


 郡くんが右手で左側の首を掻いた後は、美海ちゃんが持ってきた昔のアルバムを見て、少ない時間を過ごすことにした。


 私と郡くんが『可愛い』を連呼し過ぎて、美海ちゃんはお耳を真っ赤にさせてしまったけど、とても楽しくて幸せな家族の時間だと感じた。


 でもそこで――。


「あれ、美海? ここ1枚だけないけど?」


「ちょっとね、まだ見せられないかなって」


「ふ~ん?」


「私の真似!!」


 意図的に抜かれた1枚の写真。

 時間の流れ的に、多分、新潟に住んでいた頃の写真だ。


 ということは、美海ちゃんの初恋相手の写真?


 ん~、あとでこっそり聞いてみようかな。


 でも、『まだ』ってことは、いずれは見せてもいいとも取れるから、どうして今はダメなんだろう? それも一緒に聞いたらいいかな。


 アルバムを見終わり、寝ようかといったところで、改めて郡くんにお礼を伝える。


「郡くん、今日は素敵な誕生日プレゼントだったよ。ありがとう」


「喜んでもらえて何よりです。美空さんが嬉しいなら僕も嬉しいので、お礼はもうこの辺でいいですよ」


「そう? でも、今度は私もお返ししないとだね。何か欲しい物ってある?」


 美海ちゃんって返事されたらどうしよっかな。

 郡くんなら喜んで承諾したいけど、意地悪言いたくなっちゃうな。


「美波、美海や美空さん。僕は別に見返りが欲しくて何かしている訳じゃないですよ? そうですね……本の受け売りですが、損得なしに『ギブアンドギブ』の関係に近いかもしれません。僕は僕の大切な人が幸せなら、それで僕も幸せなんです。言わせないでください。これは、僕のためです。だからお礼とかいいですよ」


 思わずまた溢れそうになってしまう。

 この子はなんてことない顔で恥ずかしくなるような事を言ってのける。

 最後にいい言葉を教えてもらったな。


 与え合い支え合う『ギブアンドギブ』の関係。

 人によっては、綺麗ごとに聞こえるかもしれない。


 でも、今の私には『グッ』と心を動かされる素敵な言葉のプレゼントだった。

 だから――。


「じゃあ、私も、私の可愛い弟にたぁぁぁくさんっ!! 『ギブアンドギブ』するからね? それならいいでしょう?」


「検討しておきます」


 最後の最後に可愛くない返事をもらって、この日は終了となった。

 今も、何か頑張っているのか――。


 忙しそうに色々な人たちと予定を詰め込んだ秋休み。

 生徒会役員選挙に公開文化祭が控えているからだよね。


 大変だよね、本宮ちゃんの相手は。

 美緒ちゃんから聞いたけど、他にも癖のある子がいるようだし。


 でも、頑張れ。


 郡くんなら大丈夫。やってのけるよ。お姉さんも応援しているからね。


 だから、本当の家族になるための――切符を手にするんだぞ。


 待っているよ、郡くん。

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