第160話 下剋上準備。

 冬の代表的な星座のひとつにオリオン座がある。


 星に詳しくない僕でも、夜、空を見上げた時にオリオン座を見つけることは容易い。


 そしてそのオリオン座だけど、朝見たニュースで、今週末にオリオン座流星群が視認出来るくらい流れると言っていた。


 流星群というくらいだからどれだけ流れるのかと思ったが、1時間で3つから6つくらいらしい。


 バラつきがあるため、多く見ることが出来る可能性や少ない可能性、どちらの可能性もあるとも言っていた。


 何ともまあ曖昧な情報だが、要は運なのだろう。


 普段よりも格段に、流れ星を見ることが出来る機会があると分かるだけ、いいのかもしれない――。


 そして今日。23日月曜日。


 美愛さんと三穂田さんとの出来事があってから1週間ちょっと経過した。

 この1週間は、さまざまな人から質問攻めにあって少し大変だった。


 僕と美愛さんが手を繋ぎ、はたまた腕を組み、仲睦まじく歩いていたと噂が流れたからだ。

 交際に関しては事実と異なるあくまで噂であるから簡単に否定できた。


 でも、手を繋いだことや腕を組んでサービスを受けたことは事実だから、濁らせるにとどまった。


 だからか鎮火まで時間を要してしまった。


 美海にたっぷり怒られる覚悟で包み隠さず説明したが、何かを言われることもなく労いの言葉を掛けられただけで落ち着いた。


 前回みたいに頭をグリグリしてくることもなかったため、愛想を尽かされてしまったのではと不安になってしまう。


 自業自得なことをしたのだから、当然の報いなのかもしれない。

 そして僕のそんな気持ちが伝わったのか――。


「やきもちは色々落ち着いたら、たくさんすることにしたの。だから不安にならなくて大丈夫だよ」


 と、言われた。

 早く美海がたくさんやきもち妬けるようにしたい。


 いや、それは違うか。


 やきもち妬かすことない日々を過ごせる日常を送りたいが正しいだろう。


 そして、今日はリミットでもある。

 新生徒会や風紀委員会、その他委員会が今日から発足となる。


 先週末、生徒たちが下校した後に新聞委員会が発行した名花新聞を、美海と一緒に朝の図書室で見る。生徒会役員に当選したメンバーは――。


【会 長】2年 本宮 真弓

【副会長】1年 亀田 水色

【書 記】2年 冨久山 紅葉

【書 記】1年 広野入 椋

【会 計】1年 白岩 羽雲わく

【庶 務】1年 山鹿 はふり


 前回会計役員だった日和田先輩の名前がない。

 何かあったのかと考えたが、次のページをめくったら答えが書かれていた。


【風紀委員会】

【委員長】 2年 船引 鈴

【副委員長】2年 日和田 欅

【副委員長】1年 平田 莉子


 日和田先輩が生徒会を辞めてまで風紀委員に加入した経緯が読めないな。

 何なら莉子さんまで風紀委員会に入っている。


 いちいち僕に相談する必要はないけれど、莉子さんから何も聞いていなかったから、そのことは少し寂しく思う。


 まあ、あとで莉子さんに聞いてみよう――。


「祝ちゃんは無事に当選したみたいだね。莉子ちゃんは風紀委員会かぁ……変な感じするけど、意外と似合うかも?」


「莉子さんはあれで真面目な性格しているから、確かに似合うだろうね。ところで美海? いつの間に山鹿さんと仲良くなったの?」


 美海からは今まで山鹿さんの話を聞いたことがない。

 話している姿も先日見た一度だけだ。

 だから親しそうに下の名前を呼ぶ間柄なのかと驚いた。


「教室でも結構話しているけど……こう君がいない時ばかりかも?」


「山鹿さんは僕を嫌っているみたいだからね、だから気付かなかったのかも」


 姿を見ないことはそれで納得出来たけど、美海や莉子さんから一度も聞かないことに引っ掛かりを覚えてしまう。


「祝ちゃんは別にこう君のこと嫌ったりしていないよ? ちょっと、照屋なだけで」


 あれだけたくさん『呪うッ』と言われているからな、簡単に頷くことが出来ない。


「ふふっ、こう君は相変わらずだね」


「えっと、何が?」


「なぁいしょっ!」


 クスクスと可笑しそうに笑っている美海に理由を聞くも『勉強始めよう』と言われてしまったため、諦めて参考書を開くことに。


 平穏な時間が過ぎて行き迎えた放課後の時間。

 出ないだろうと考えつつ月美さんに電話を掛けるがやはり出ない。

 日和田先輩のことについて、何か知っていることがないか聞きたかったが仕方ない。

 そのままポケットに入れようとしたら着信音が鳴る。

 月美さんからの折り返しかと思い画面を見るが、相手は別の人だ。


『美愛さん、こんにちは。どうかされましたか?』


『やっくん、やっくん!!』


 美愛さんとは、噂の鎮火もかねてあの日以来会っていない。

 会わないどころか連絡も取っていなかった。

 心配していなかった訳でない。

 心配不要だと考えたからだ。


『はいはい、なんですか?』


『ははっ! 今日、一緒に帰らない? バイト休みでしょ? またサービスしてあげる!』


『美愛さん、バス通学じゃないですか。それにやっと最近鎮火したのに、再燃させるのはちょっと』


『ケチ~!! まぁ、やっくんならそう言うと思ったけどっ!!』


 雰囲気は明るい。楽しそうな声色だ。


『じゃ~あ、報告だけ! 付き合うのは卒業してからだけど、麦ちゃん……陥落させたよ!! やっくんから説教されたって泣いてたよ? 麦ちゃん』


『美愛さん、おめでとうございます。自分のように嬉しく思います。あと、三穂田さんは少しくらい泣いた方がスッキリしていいと思うのですが……怒ったりしていませんでしたか?』


 思い当たる節があるのか、可笑しそうにひとしきり笑っている。

『怒っていないし感謝してるから気にしないで』と言って、それから報告の続きをしてくれる。


『幸せになるための切符を手に出来たのは、やっくんが居てくれたおかげ。麦ちゃんとも話したけど……綺麗なシャボン玉、作るからね私たち。だから次はやっくんの番だね?』


『他でもない美愛さんが頑張って奇跡を起こしたからですよ。僕は少しサービスを受けたお礼に背中を押しただけです』


 三穂田さんを除いた男性では、僕だけが味わえる贅沢なサービスだろう。

 いつ背中を刺されてもおかしくないくらい過剰なサービスだ。


『やっくんは私の背中を押して、私はやっくんの腕に胸を押し付けたってことかっ!! もう、エッチだなぁ、やっくんは! でも、してほしいならまたサービスするからね? 言っておくけど特別だよ?』


『特別は嬉しいですけど、それは三穂田さんにしてあげてください』


『ははっ! 麦ちゃんにはまだしてあげないよ~! だからね? 卒業するまでの私は、やっくんの都合のいい女だよ?』


 会話の流れを単純に受け取ると、卑猥に聞こえるかもしれない。

 でもこれは賭けの報酬でもある。

 美愛さんは僕に協力すると言っているということだ。


『ええ、美愛さんは僕のために都合よく働いてくださいね』


『あ~あ、やっくんたら悪い男だなっ! じゃあ、真面目な話――。私は四姫花会議があるから行けないけど、今から風紀委員室に来て』


『すぐに向かいます』


 再度、『おめでとう』と伝えてから電話を切る。

 美愛さん、月美さん、美波、美海。

 4人は生徒会室に呼ばれているそうだ。


 四姫花会議と言っていたが、恐ら、四姫花任命の内示だろう。


 その話はすでに学校中を巡っている。

 4人が騎士を選ぶのかどうか。


 誰が選ばれるのかどうかも合わせて、盛り上がりをみせている。


 開校初の騎士に選ばれる栄誉や恩恵。


 それを除いたとしても、美姫に見初められることを願い、文化祭までは荒れるかもしれない。


 美愛さんは男性嫌いが知られているので、多少の影響で済むかもしれない。

 ファンクラブというガーディアンもいるから、そこまで心配しなくていいだろう。


 月美さんはレアキャラ過ぎて、そもそもの存在を疑われている。


 美波は恋人がいるが、制約のせいで騎士に幸介を選ぶことは出来ない。

 だから特権を欲しがる、あわよくば狙いの人が出てくるかもしれない。


 美海は愛嬌もあり男の影もない。

 だから狙われる可能性が一番高い。早急に対策を講じた方がいい。


 到着した風紀委員室の扉をノックしながら、ひと先ずの方針を決める。

 返事が戻ってきたあと、扉を開け、足を踏み入れる。


 室内で僕を待っていた人は新しく役員となった3人。

 だが、僕の姿を確認すると1人は入れ替わる形で退出していく。


「こんにちは鈴さん。莉子さんも……おめでとうと言った方がいいのかな?」


「千代くんこんにちは。そこに掛けて、置いてある名簿に目を通してください」


「その様子では、莉子の驚かせ作戦は成功したもようですね」


 茶目っ気たっぷりな笑顔でいる莉子さんに肩を竦めることで返事して、鈴さんに勧められた席に腰を落とし名簿を手に取る。


 書かれている内容は、ファンクラブに属する人の名前と学年、クラス。

 他、月美さんに味方する人。


 少なくない人数だろうと考えていたが、ファンクラブの人数は110人。


 想像していたよりも多くて驚きを通り越して、若干引いてしまいそうになった。

 風紀委員会に属してはいないが、この人たちが風紀委員としての活動もしているのかもしれない。


 だからきっと2年生に真面目な人が多いのだろう――。


 それと月美さんの味方……というより、手足と書かれている人数は12人。

 各クラス均等に1人ずつ居る。

 うちのクラスからは山鹿さんの名が書かれている。


 2つのグループ合わせると、名花高校生徒数の四分の一を超えてくる。


「月美の手足は私たちがお借りしている人のみを記載しています。人数は多くないようですが、私たちも知らない手足がまだ他にいるようですよ」


 手足とはきっと、体の弱い月美さんの代わりに情報を集めている人たち。おそらく、月美さんのファンのことを差しているのだろう。


 均等に学年問わず各クラスに居るのを見ると、まるで諜報員のようにも感じる。

 月美さん自身、存在を疑われるくらいの人だからな、手足の人数が多くないことは想像できる。


 ただ、僕と莉子さんのことや、美海とのことを知っているということは少なくもない。もしくは、質がいいかのどちらかだろう。


「私自身は、美愛先輩を悲しませたあの人のことを認めたくありません。ですが、美愛先輩に応援してと言われてしまっては認めるしかありません」


「鈴さんの好きな、美愛さんの幸せな笑顔が見られますからね」


「その通りです。だから千代くん。私たちは貴方に協力する用意があります」


 下剋上を達成するには、過半数を超える賛成票が必要となってくる。

 鈴さんの手を取れば、全校生徒の約四分の一が味方となる。


 それだけではまだ足りないが、一気に近づいた。


 人手が増えたことで情報も集めやすくなるため、ありがたい申し出だ。

 きっと、賭けの報酬として美愛さんが手配してくれたのだろう。


「――先ず。四姫花の4人を風紀委員で守ってください。きっとすぐに争奪戦が始まりますから」


「すでに手配してあります。あとは生徒会の承認を得られれば動けるでしょう。平田、例のものを千代くんに――」


 鈴さんの指示を合図に莉子さんから1枚の紙を手渡される。

 過激すぎる記載内容に思わず首を傾げてしまうが、悪くないかもしれない。


「前向きに検討したいですが、果たして認めてくれるでしょうか?」


 鈴さんは小さく『ふふっ』と笑みをこぼす。


「私を生贄に捧げる結果となるでしょうが、本宮は認めるでしょう。ああ、気にしなくていいですからね。千代くんと上近江美海の仲を引き裂くために元から計画していたことですから」


 話が早くて助かるけど、さらっと怖いことを言ったな。


「事が済めば、鈴さんの汚名も返上できるよう何か考えておきます」


 不要だと言う鈴さんだが、忘れずに考えなければならない。

 でなければ、幸せな結果とは言えないからな。


「鈴さんたちは生徒会の動きについて情報を集めてください。あとは、1年CクラスとDクラスの浮動票の獲得をお願いします。他に何かしてほしいことがあれば、その都度連絡します」


「ええ、承知しました。平田は千代くんの補佐についてください」


「喜んでお受けいたします」


「千代くん、山鹿祝について説明しておきます。祝は五色沼月美からお借りしている人員で、さらに生徒会に送り込んだスパイのようなものです。当選させるに苦労するかと考えていましたが、上手く行ったようです」


「そうですか――」


 山鹿さんに関しては、信頼していいのかよく分からないな。

 ただ……鈴さんは信頼しているようだし、信用してもいいかもしれない。

 下剋上するには味方が多いに越したことがない。


 四姫花や騎士でもなんでもないただの生徒が、生徒会の一強制度に下剋上する。


 本宮先輩の名前と一緒に僕の名前を刻むことになるかもしれない。

 僕1人ではまるで勝ち目がなかった。


 だが、美愛さんのおかげで風紀委員会が味方に付いてくれた。


 物事に対して『賛成』『反対』の票を投じる必要があると言え、校則や制約、四姫花、予算、委員会、部活動、様々なことへの最終決定権を持つ生徒会。


 歴史を体現したような独裁政権となっている。

 その歴史を考えれば独裁政権などいい結果とならない。


 可能なら回避すべきことかもしれない。

 でも、目的の為に僕はその独裁政権を奪い取る必要がある。


 風紀委員会が味方に付いた今、下剋上達成後は本宮先輩の時よりも独裁になるかもしれないが、上手くやるしかない――。


「千代くん、美愛さんから聞かせてもらいました」


「……何をでしょう?」


「本宮派閥はすでに過半数に近い、いえ、もしかすれば過半数を超える生徒を掌握しているかもしれません。文化祭まで時間もありません。だから下剋上ですら困難でしょう。それこそ奇跡でも起きなければ」


 頭を抱えたくなる話だ。

 本宮先輩は過半数を超える生徒を掌握しているから、大きなハンデをくれたのか。


 最早ハンデになってすらいないかもしれない。

 頭を抱えたくなる話は、美愛さんが鈴さんに話したことについてもだ。


「ふふっ。奇跡を起こして、みんなで幸せになりましょうね。千代くん? 私の貧相な体では、サービスは出来ませんが」


 最後に余計なことまで付け加えてきた。

 確かに鈴さんは、美愛さんと比べるとスレンダーな体つきをしている。


 つい。本当につい、

 目を見やってしまったが――視認できるくらいの膨らみが見えた。

 莉子さんと同じくらいかな?

 それならやっぱり貧相じゃないはずだ。


「鈴さんも言うほど貧相じゃないですよ」


「も? はふはふの代わりに莉子が郡さんを呪って差し上げましょうか?」


 鋭い突っ込みに右手で左首を掻く僕。

 可笑しそうに笑いながら、自身の胸を揉み始める鈴さん。


 珍しく怖い笑顔浮かべ、山鹿さんの代わりを務めようとしている莉子さん。

 というか、莉子さんも随分と山鹿さんと仲がよくなったんだな。


 はふはふだけじゃ誰を差しているのか分からなかったが、『呪い』で見当がついた。


 僕のせいではあるが、風紀委員室は混沌を極めているかもしれない――。


 まだ、やらなければいけないことも多い上に、学校のことだけ考えてもいられない。

 11月からアルバイトも増やしたから、目が回る忙しさかもしれない。


 でも――ようやくスタートに立てた。そんな気がする。


 相好を崩していた鈴さんが、表情や姿勢、襟首を整え言葉を発する。


「千代くん、心から感謝を。好き勝って言った私たちの代わりに美愛先輩の笑顔を取り戻してくれて、ありがとう」


 堂々と青春を謳歌するため。

 ルールを破り、後ろめたい気持ちで学生生活を送りたくない。


 僕の我儘なのかもしれないけど、

 みんなから祝福してもらえるような結末を迎えたい。


「どういたしまして。でも、みんなで幸せになりたい。そう願ったのは僕ですから。だからこれは僕のためです」


「そういうことにしておきましょう――」


 最後に3人で握手を交わすことで、


 約1か月後の文化祭に向け、


 下剋上を目的とする新派閥が風紀委員室で発足されることになった。


 第四章 ~完~



【あとがき】

こんにちは。山吹です。

第四章完結までお読みいただきありがとうございます。

ここまでお付き合いいただいたことはもちろん、

フォローや評価、応援もありがとうございます!!

励みになります!!


続きが気になると思ってくれた方は、作品のフォローや評価欄から「★〜★★★」を付けての応援をお願いします!!


さて、第四章は人によってはフラストレーションが溜まる章だったかもしれませんが、後半へ向けて物語は加速しますので、これからも読んでもらえたら嬉しいです!!


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