第159話 勝手にシャボン玉を語ります

「ところで、シャボン玉の希望って?」


 カラオケを出てすぐに美愛さんからされた質問だ。

 押し売り気味なサービスに意識を持って行かれないように、僕のトラウマの話と克服できた時の話を早口で説明しながら美愛さんのバイト先まで向かった。


 そしてその帰り道に、居ると確信を抱きながらパン屋へ向かって移動する。

 店の正面入り口でなく、前に教えてもらった裏口側の従業員出入り口付近で待っていると『お疲れ様でした』の声が聞こえ、目的の人物が出てくる。


「こんにちは三穂田さん。少しだけ話しませんか?」


「――びっくりしたな。美愛は……いや。話したいけど、咲菜の迎えに行かないといけないから」


 保育園はここから10分と掛からない場所。

 そして迎えの時間は16時と美愛さんから聞いている。


「迎えまでは1時間あると聞いていますけど、何か別の用事があります? 5分だけでもいいのですが、僕とは話もしたくないですか?」


「分かった……でも、その前にコーヒー買ってもいいかな?」


 三穂田さんはすぐ近くにある自動販売機を指さす。

 頷き承諾したが、気を使ってか僕の分のコーヒーまで買ってくれた。


 無理矢理押しかけた挙句、ご馳走になってしまったことで増々申し訳ない気持ちになってくる。


「これくらいなら平気だから気にせず飲んでくれ。それで話って? ……美愛との交際宣言とか?」


「ありがとうございます。いただきます」


 タブに爪を掛け、蓋を開け、一口分だけ飲みこんでから返事を戻す。


「あのあとですが、美愛さんに振られてしまいました」


「え!? どうして!?」


「何でも、僕のことは大好きらしいですけど、僕よりもさらに大好きで仕方のない人がいると言ってしましたよ。諦めきれないと」


「それは……なんていうか…………」


 自分のせいで振られたと考え、気まずそうな表情を浮かべている。

 けれど、心の底ではホッとしていることが見て分かる。


「別に気にしなくていいですよ? 前も言いましたけど、僕には別に好きな人がいますから」


 今度はムッとした表情をしている。


「郡くんは、美愛を保険に掛けていたということか?」


「違いますけど、どうしてムッとしているんですか?」


「そんなの美愛の幸せを願っているからに決まっているだろ」


「美愛さんは美人で愛嬌もあって、心許した人にはとことん甘くて、面倒見もよくて、女性らしい体つきもしていますし、エッチな事でもなんでも尽くすと言うくらい、魅力たくさんの女性ですからね。僕を振り、でも、三穂田さんに振り向いてもらえなければ、今後もしかしたら、自暴自棄となり別の誰かに心許す日も近いかもしれませんね。その人が良い人であることを願うばかりです」


 見るからに不快を表す表情を僕に向けてくる。


「何が言いたい?」


「大切な人なら自分の手で幸せにした方がいいですよ。お互い思い合っているんですから」


「そんなのっ……前も言ったけど――」


 その話は、今僕が聞いても仕方がない。

 それに僕が言いたかったことはこんな話じゃない。


「その話はいいです。今日、僕が話したいことは別のことです」


 怒らせるように生意気なことを言っているのだから当然なのだろうけど、三穂田さんは不満そうに早く話せと続きを促してくる。


「僕の好きな人は僕の恩人です。僕が困っていたら支えてくれて、やきもち妬きながらも背中を押して応援してくれる人です。笑った顔なんて世界一可愛いと思っています。怒った顔もです。悲しい顔は見たくありませんが、それでも可愛さを抑えることはできません。声も鈴のように澄みとおっている綺麗な声をしています。言動もいちいち可愛かったりします。心が優しいんです。それが、外面にもにじみ出ています。所作や姿勢だって綺麗です。感性だって素晴らしいものを持っています。僕には到底考え着かないことを平気な顔して言ってきます。照れやなところも、困ると目を泳がせるところも、すぐに手を繋ぎたがるところも、耳が敏感なところも、全部可愛いと思っています。だから僕はその子が笑えるように生きたいと思っています。その子が笑顔で過ごせることが僕の幸せなんです。今は少し寄り道してしまっていますが、必ず幸せにします。誰の手にも渡しません」


 他人の恋話など聞いてもいない上に、きっと今は聞きたくないと思っているだろう。

 それなのに、赤裸々な告白を聞かされたからか茫然自失とした様子だ。


「まだまだ言い足りませんが、そうですね……あとは、僕はシャボン玉が嫌いだったんです。すぐに割れてしまうのが儚くて。でもその子はシャボン玉が割れるさまを、強い想いが溢れて光っていると言ってくれました。波と光が干渉しあっているから綺麗だと。それはまるで家族や夫婦みたいだねって。だから僕は嫌いだったシャボン玉が好きになりました。僕は今とても幸せです」


「俺は……その話を聞いてどう反応したらいいんだ?」


 もっともな反応だ。

 例えば僕が三穂田さんに同じようなことを言われたら、『そうですか』と思ったかもしれない。


「特には。僕が勝手に思いを語っているだけです。そろそろ5分ですけど、最後にもう少しだけいいですか?」


「ああ」


「三穂田さんが幸せにならないと美愛さんも咲菜ちゃんも幸せになれませんよ。自分が幸せでないのに、誰かの幸せを祈るだなんて傲慢な夢物語です。まだ奇跡の方が現実的です。僕はそれを言いたかったんです」


 これだけ好き勝手、偉そうに言ったのだ。

 もう二度と咲菜ちゃんには会えないだろうな。


 三穂田さんに嫌われても仕方ないくらい、ズケズケ言ったのだから。

 少しでも頭の固い良識ある三穂田さんに何か響いてくれたらいいけど。


「すみません。5分以上お時間もらってしまって。コーヒーもご馳走様でした。僕はこれで失礼します」


「郡くん、美愛は……美愛とは、今日、何を話したか聞いても?」


「……今の美愛さんは手強いですよ? お金とか大人の事情は頭では理解出来ます。でも僕はまだ子供なので感情が邪魔して納得は出来ません。それは美愛さんも同じだと思います。だから三穂田さん自身、幸せを考えながら覚悟しておくといいです。美愛さんは簡単に奇跡だって起こしますから。最後に――」


 なんとなく、唾をのみ込む音が聞こえた気がする。


「美愛さんなら三穂田さんと咲菜ちゃんの3人で、綺麗なシャボン玉を作ることが出来るはずです――」


 言いたいことは伝えた。


 だから今度こそ、三穂田さんへ背を向け帰路に就く。

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