第155話 幻想はくだかなければならない

 後期期間が始まり気付けば1週間。

 秋休み呆けに陥っていたクラスメイトたちも今では元通り。


 友人たちの誕生日ラッシュや日和田先輩が起こした『シェフを呼べ』事件。


 スポーツの日に乗っかって自主的に開催された第二回体育祭。


 秋休みにも負けない密度の濃い1週間となった。


 そして今日の朝の図書室では、昨日2人で撮ったプリクラを美海は何度も眺めている。


 これまでも2人で撮った写真は何枚かある。


 それに顔が変わり過ぎて最早別人にさえ見えるプリクラの何が嬉しいのかは分からないが、美海が嬉しいなら撮ってよかったのだろう。


「そんなに嬉しいの?」


「大切な記念だから嬉しいよ。あんなに嫌がっていたのに、こう君から提案したことは納得が出来ないけど?」


 順平と五十嵐さんのために提案したことを説明はしたが、チクッと刺してくるということは納得していなかったようだ。


「そうだね――初めては美海とがよかったんだよ」


「……なるほどね。そういうこと……本当は嫌だけど今はその言葉で誤魔化されてあげる。まだ…………だから」


 僕の少ない言葉でも美海には分かったのだろう。

 分かったうえで無理矢理納得して飲みこんでくれた。


 そして最後に言った何か。


 声が小さく、僕の耳に言葉が届いてくることはなかった。

 だが、何を言ったのか予想はつく。


「でもね、こう君。今が落ち着いたら、ね?」

「もちろん。待たせてごめん」


 主語はない。2人の間のみで成立する会話。

 早く美海のことだけ考えて過ごせるようになりたい。


 そんな願いを込めて、最後に久しぶりとなる指切りで約束を結び直してから、残りの時間は勉学に励んだ――。


 昼休みになってすぐBクラスへ行くと、美海と莉子さんから昨日の話を聞いた美波が頬をこれでもかというくらい膨らませ待ち構えていた。


 その表情は愛くるしくて可愛いけど、周囲にいる男子が胸を抑え悶えているから、やめてあげなさい。


 え、指切り? じゃあ、次のお泊りの時に行こうか――。


 朝に続き昼も指切りして約束を結ぶ。

 満足したのか普段と同じ『スンッ』とした表情に戻ったことで、男子も落ち着きを取り戻す。


 いや、今度は悲壮感を漂わせている。

 男子たちが見せる態度や表情に首を傾げた僕へ幸介が『お泊りだとか言うからだ』と教えてくれた。


 義兄妹だから何もおかしくないと思うが……。


 放課後になると珍しい組み合わせが目に映った。

 美海と莉子さん、山鹿さんの3人で集まり会話を繰り広げていたのだ。


 美海と莉子さんだけなら日常だが、そこに山鹿さんが加わると一気に珍しい光景に変わってしまう。


 これまで仲良さそうに話している姿は見たことがなかったし、2人から山鹿さんの話が出たことがないため気になる組み合わせだが、約束があるから教室に残り様子を見ている訳にもいかない。


 後ろ髪を引かれる思いで教室を後にして風紀委員室に向かう。

 生徒会室や風紀委員室は3年生の教室が並ぶ9階にある。


 たった2階分なので帰宅時で混み合うエレベーターは使用せず階段で向かう。

 途中、元樹先輩とすれ違い挨拶を交わしたが、僕ら2人を見てこそこそと話す女生徒が複数人いた。


 火消しはまだ完全に済んだ訳でないらしい。

 早く噂が収まるといいけど。


 到着した風紀委員室をノックして、返事が戻ってから扉を開き、足を踏み入れる。

 扉を閉め正面を見ると机の上には風紀委員長の札が立たされている。


 その席にいるのは風紀委員長である船引鈴先輩。


 視線をずらし掲示物を見るが副委員長の名前は書かれていない。

 他の役職についても同じだから、風紀委員会の役職は鈴さん1人だけなのかもしれない。


 部屋には僕ら2人以外誰もいない。

 どうやら鈴さんは一対一で話すつもりのようだ。


 その鈴さんは、僕へ一瞥だけしてすぐに手元に目線を落とす。

 そしてペンで何か書き綴る。


 書類が何枚か見えるから風紀委員の事務仕事の最中なのだろう――。


「こんにちは鈴さん。この間の返事をしに来ました」


「千代くんこんにちは。それで?」


「その前に鈴さん――鈴さんの一番望んでいることをもう一度聞かせてもらってもいいですか?」


「美愛先輩の幸せです。それで?」


 僕の質問に対して特別に怪訝な視線を向けた、訝しい視線を向けたりせず、書類と向き合いながら淡々と言い切った。


「お答え頂きありがとうございます。返事ですが、僕は、美愛さんの騎士にはなれません」


「あれだけ美愛先輩から毎晩のように愛を囁かれているというのに残念です」


「僕には僕の考えがあるんです」


 毎日毎晩、美愛さんは僕に大好きと言い続けている。

 まるで本当に、そうだと無理矢理思い込もうと暗示を掛けているように言い続けている。


「一応理由をお聞きしても? 別の誰かの騎士になると?」


「僕も美愛さんには幸せになってほしいと考えているからです」


 ここで鈴さんの手が止まり、書き綴る音も一緒に止まる。

 普段と同じ、希薄な表情をした鈴さんの視線と重なる。


「……別の誰かの騎士になると?」


「僕は誰の騎士にもなりません」


 2人から頼まれたりしていないが、心の中で美海と美波に謝罪する。


「そうですか……………………なるほど。初代牡丹と同じいばらの道を選ぶということですか――意外ですね」


「茨の道なことは確かです」


「返事は分かりました。退出して結構です」


「はい、失礼しました」


 これで話は終わりでない。

 そう考えたが、お辞儀して背を向け扉に足を進める。


 扉までの距離は僕の歩幅で5歩か6歩くらい。

 最後の6歩目で予想通り『八千代郡』と声が掛かる。

 ゆっくりと振り向き、目で続きを促す。


「後期期間の委員会発足は約2週間後です」


「そうですね」


 生徒会役員選挙が始まるのは今週の金曜日。

 発足に関してはそれから10日後の月曜日となり、各委員会の発足も同日となっている。


「約束です。容赦しません」


 つまり、発足後から動き出すというわけか。

 僕と鈴さん、ファンクラブや風紀委員会。

 見ている方向や願い『美愛さんの幸せ』。

 その祈りは同じであるはずなのにすれ違ってしまう。


「ええ、仕方ありませんね」


 書類と向き合う鈴さんを見てから、今度こそ風紀委員室を退出する。


 2週間を迎える前にやって来るのは、土曜日に控えた美愛さんとのデートだ。

 おそらく、この日が正念場になるだろう。


「好きな人にだけ向ける乙女の顔は僕が一番分かっている」


 電話だけでは分からない美愛さんの本音。


 だから土曜日に会って、美愛さんが僕へ向ける顔を見て確かめる。

 間違いなく曇っている美愛さんの表情と目。


 確認出来たら、怒らせることになったとしても覚まさせる必要がある。



 

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