第152話 春夏秋冬どの美海も可愛いです

 密度の濃い秋休みが終わり、今日から後期期間が始まる。

 先ず初めにやって来るイベント、それは文化祭――ではない。


 文化祭が行われるのは来月となっている。

 では文化祭を取り仕切る生徒会を選出する生徒会役員選挙か。

 大きなイベントとしては間違いじゃないが、それよりも大切なイベントがある。


 答えは簡単、衣替えである。

 考える必要のあることは増える一方だが、先ずはこの衣替えを楽しみにしたい。


 名花高校の制服は青色のシャツに、紺色と緑色模様のネクタイが男女共通。

 そして、男子はスラックスで女子はスカート。


 色と模様は、暗い緑色に、薄くチェック柄が入っている。

 光の当たり加減によっては紺色にも見えるかもしれない。


 これが4月から9月まで前期期間中の、いわゆる夏服となる。

 冬服に切り替わる10月から3月までの後期期間中では紺色のブレザーが追加される。


 僕の成長期は中学で終了したと思っていたが、まだ少し成長しているのかもしれない。


 自身で気付けるくらいには背が伸びているからな。

 運動やストレッチを始めてからは、肩周りや身体つきも少しばかりたくましくなった。


 アルバイト先は飲食店で、使用する調味料のストックやドリンク類、食材なども意外と重量がある。


 そのため、唯一男性従業員である僕が率先して補充や運び出したりをするから、もしかしたら筋肉がついたのはその影響もあるかもしれない。


 ブレザーに袖を通したのは入学式以来となるが、その時よりも制服に着られている感がなくなりフィットしていて着心地も悪くない。


 名花高校入学前、サイズに余裕のある制服を購入して良かった。

 成長期が終わっていると思い込んでいたが『念のため』。そう考えた自分を褒めたいくらいだ。


「いってくるねクロコ」


「ナァ~」


 衣替えと言ってもブレザーが増えただけ。

 それなのにどこか新鮮な気持ちにさせられる。


 ただの上着なのだから、大して変わらないと考えていた僕に美海はブレザー姿を見るのを楽しみにしていると言ってくれた。


 内心では、やはり『あまり変わらないと思うのに』と考えたが、直後に美海が正しいと考えを改めた。


 僕も美海が着るブレザー姿を楽しみに感じていると自覚したからだ。


 学校到着後、先ずは教室の机や椅子の整頓を速やかに終わらせる。

 それから早足で図書室へと向かう。


 早足になる理由は、美海の冬服を見たいから逸っているのだろう。

 周囲に誰もいないことを確かめてから開錠して扉を開ける。


 靴をスリッパに履き替え図書室に入ると、美海が近寄って来てくれた。


「おはよう美海。ブレザー、よく似合っているね。すごく可愛いよ」


「おはようっ。こう君も格好いいね! よく似合ってる!!」


 僕の周りをぐるぐると回り、前から後ろまで見て来る美海。

 恥ずかしさを誤魔化す訳ではないが、図書室の鍵を閉め、いつもの席へ移動して荷物を置く。


 お返しではないが、今度は僕が美海の周りをぐるぐる回り、ブレザー姿をじっくり見させてもらう。


 どこかで、ブレザーを着てしまえば可憐な美海の雰囲気を損なわせると思っていたが、全然そんなことはなかった。


 むしろ反対に、魅力を惹き立てるアイテムとなっている。


 本当によく似合っていて、想像していた以上に愛らしさを演出していて普段の何倍も可愛く見えてしまう。


 綺麗に締められたネクタイも様になっていて、可愛いのに格好良くも映る。

 欲を言えば、ネクタイの代わりにリボンをした姿も見てみたい。


 きっと、大きなリボンなら美海の愛らしい雰囲気にマッチして、その可愛さをさらに惹き立てるだろう。


 控えで小さなリボンなら、優しく微笑む美海を大人な雰囲気に見えさせ、美しさを演出してくれるかもしれない。


 つまり、どちらにせよ似合うから見てみたいということだ。


「今度、ネクタイじゃなくてリボンしてみない?」


「え? えー……ん、分かった。こう君が言うなら、そうしてみる」


「ありがとう、楽しみにしてる」


「うん、今度お姉ちゃんと買物に行くからその時にでも見てみるね」


 わざわざ買ってまで見せてくれるのは申し訳ないけど、何かお礼をすればいいか。


「お披露目してくれる時にでも、何かお礼をさせてね」


 お礼は不要と言うように首を横に振る美海。

 それから一度だけ目を外し、下に俯かせ、再度目を合わせて少し恥ずかしそうにした様子で僕へ質問をしてきた。


「感想はそれだけ? 他に……何か気付かない?」


 一目見てすぐに気が付いた。気が付かない訳ない。

 けれど敢えて触れなかった、というか触れられなかった個所がある。


「……タイツ、履いたんだね?」


「ふふっ、正解! どうしてだと思う?」


 恥ずかしそうな表情はどこかへ消えてしまった。

 今の美海は悪戯な笑みを浮かべながら僕に問うてきている。


 理由など分かっているだろうに聞いてくるのは、僕に言わせたいのだろう。


「……これからやって来る冬に備えて?」


「へぇー?」


 悪戯な表情は年相応の笑みでいて可愛くもあった。

 だが一転して、今度は妖艶な目や笑みをして僕を射抜いてきている。


 美海がする表情の中では、滅多にお目に掛かることの出来ない表情だが――これはこれで、ありかもしれない。


「優しい美海が、僕の独占欲に応えてくれているからです」


『正解!』と嬉しそうに言ってくれるが、本当に不思議に思う。


 独占欲と聞くとあまりいいイメージが浮かばないのに、美海は少し嬉しいらしい。

 行き過ぎた行為は当然に嫌だけど、この程度なら正直に言ってくれた方が嬉しいと。


 さらに『こう君が私に興味を持っている証拠だからね』と、少し照れながら言っていた。

 美海の気持ちは正直嬉しい。


 だが歯止めが利かなくなりそうで怖くもある。

 調子に乗って押し付け過ぎないように自重しなければならない。

 加減を間違えたらお互い不幸になりかねない。


「気を付けないとな」


「何に気をつけるの?」


「暴走しすぎないように――」


 返事をしながら、椅子を引き着席する。

 美海は『よく分からないけど?』と言いながらも続いて着席する。


 いろいろなことがあり過ぎて、本を返却することも感想を伝えることも忘れていたため、借りていた本をカバンから取り出し、美海へ手渡す。


「遅れたけど、貸してくれてありがとう。すごく面白くて、最後は時間も忘れて夢中で読んじゃったよ」


「こう君の好みと違うかなぁって思ったけど、楽しく読めたなら良かったっ!」


 僕から受け取った本をカバンには仕舞わず、どうしてか表紙を向けて来る。


「仕舞わないの?」


「本を渡す時に映画が公開されるって言ったでしょ? それが来月からの公開になるらしいんだけど、こう君がよければ一緒に観に行かない?」


 とても嬉しいお誘いだから、『是非』と即答したいけど確認したいこともある。


「美海は映画を1人で観たいって記憶していたけど、僕が一緒でもいいの?」


「こう君が私の言ったことを覚えてくれていることは嬉しいよ? でも私はこう君と一緒に観たいから誘っているの。あれ……なんか、こう君みたいに面倒な言い回しになっちゃったな――。えっと、それでね? 観たあとに今度こそ感想を語らい合いたいなぁって。ダメ?」


 間で僕に対しての不満を言われた気もしたが、聞き間違いかもしれない。

 たとえ聞き間違えでなかったとしても、それは些事だ。


 今はこの魅力的なお誘いへの返事をしなければならない。


「僕も美海と一緒に観たいから、そうだな……11月は少し忙しいから、12月になってから一緒に観に行けたら嬉しいです」


「はい、喜んでっ! 11月は映画館も人で一杯だと思うから、12月の方が落ち着いて観られていいかもね。でも……忙しいって、こう君また何か企んでいるの?」


「じゃあ、12月になったら日付決めようか――」


 返事しながら小指を差し出し約束を結ぶ。

 歌を紡ぎ終わってから、美海よりも先に口を開き、もうひとつの質問へ返事を戻す。


「それで、企みと言えば企みかもしれない。違うと言えば違うかもしれない。策略、計略、謀略とも違うかもしれないけど、忙しくする理由についてはまだ内緒ってことで」


 秋休みで美波と光さんとした食事会、光さんと2人切りになった時にクリスマスに向けて短期のアルバイトをさせて欲しいとお願いした。


 快諾してくれたことはよかったが、11月からアルバイトが始まるため忙しくなる。


 仕事内容や勤務日等も決まっていないため、予定も立てにくい。

 だから12月でお願いしたわけだが、美海も12月の方が、都合がいいと言ってくれて助かった。


「ふ~ん? 難しい言葉並べて煙に巻くんだ?」


 言いながら本をカバンへ仕舞って、両腕を机に付き、珍しく崩した姿勢で下から覗いてくる。


「そうとも言えるね――じゃあ、そろそろ勉強始めようか」


 美海が言う、僕の好きな言葉ランキング上位でもある『もうっ』が出た所で、暫らく休みにしていた勉強をすることで残りの時間を静かに過ごし、秋休み明け初日となった朝の図書室タイムが終了となる。

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