第148話 後日、美空さんから動画をこっそりもらいました

 カラオケ店を出たあと、美愛さんとは現地解散となる。

 山鹿さんに見られているため手遅れの可能性が高いが、元の予定通り別々に駅前へ戻ることに決まった。


 このあと15時からアルバイトがあるというのに、誰にも相談の出来ない話をしてスッキリしたと言った美愛さんの足取りは軽い。


 何度も振り返り大きく手を振る美愛さんが見えなくなるまで見送ってから、携帯を取り出し時間を確認する。


 現在の時間は14時半だから、カラオケ店には4時間ほど居たことになる。

 1曲しか歌っていないとはいえ少々疲れたな。


 ただ、いつも同じ曲だと悪いし僕も少しは覚えた方がいいかもしれない。

 せめて流行りの曲くらいは分かるようになった方がいいだろう。


 美愛さんに限らず、もしかすれば美海や友達と行く可能性もあるし。

 とりあえず、美愛さんが最後に歌っていた曲でも調べておくか。


「ちょっと時間が余ったな」


 僕も夕方からアルバイトがあるけど中途半端な時間だ。

 どうしようかと考えながら反対側の駅前に抜けるための連絡通路を歩いていると、見覚えのある人の姿が見えた。


「佐藤さ、ん……」


「あ……えっと……やほ、八千代っち」


 気まずい空気が流れる。

 つい声を掛けてしまったが、佐藤さんは1人でなかった。

 男子がもう1人いたのだ。


 その男子にも見覚えがあるため、空気を読まない短絡的な行動を取ってしまったと反省している。


 気まずそうな表情をしている2人を見るに、僕に見られたくなかったのかもしれない。


 だがこのまま『じゃあ、さよなら』ってする訳にもいかない。


「思わず声を掛けたけど……ごめん佐藤さん。あと、優くんだよね? 昨日の今日で驚いたよ。眼鏡も外したんだね? それと僕が言うのもなんだけど、髪もすっきりしてずっと良くなった。凄く似合っているよ」


「郡くん、俺の方こそ驚いたよ……まさか、こんなところで会うとは思わなかったから。あと、ありがとう。変じゃ……ないかな?」


「全然変じゃない、本当に見違えたよ。今日切って来たの?」


「うん、昨日のうちに予約を入れて朝イチで行ってきた」


 それから、呆気にとられ黙り続けている佐藤さんの横で、僕と優くんは昨日の話から今日の話について軽く世間話を繰り広げる。


 多分、予想にしない出会いで2人、いや3人揃って混乱していたのだと思う。

 その混乱の中から一番に冷静を取り戻したのは、やはり佐藤さんだ。


「あ、の、さ? あぁーんー……やっぱりいいや! そっか、そっかそういうことか! 犯人は八千代っちだったんだね。驚きだよ、もう……まさか優が言っていた格好いい友達が八千代っちだったなんて。優から話聞いて、でも聞き覚えがあって、最近よくある話なのかなぁ――とか考えていたのに!! 八千代っちの話なんだから聞き覚えがあって当然だよね。優も名前くらい言ってくれても良かったのにさっ! あと2人はどういう繋がりなのか教えてほしいな!!」


 今、佐藤さんの話を聞かずとも、2人が一緒にいる姿を見て鈍い僕でもさすがに気付いていた。


 優くんが好きで諦められない人がいると言っていた人は、佐藤さんということに。

 佐藤さんへ返答する前に、ひと先ず、目で聞いてみよう――。


 えっと、憂(優)くん? 言っていない?

 あ、大丈夫か。良かった。


 優くんには、僕は僕を変えてくれた人が好きだということと、今年中には告白したいことを話していた。


 だからその話が佐藤さんに伝わっているか確認したかったのだ。

 僕の気持ちは美海にも知られているから、伝わった所でって感じだが気持ちの問題だ。


 出来れば自分のタイミングでしっかり気持ちを伝えたいからな。


「なになになになにっ!? 2人して!? 目で会話しちゃってさっ!」


「それより僕は邪魔だろうから行くよ。また連絡するね、優くん。佐藤さんもまた学校で」


 お邪魔虫の僕など退散して、佐藤さんへの説明は優くんに任せるべきだろう。


「あ、ちょっと待って八千代っち!! 今って少し時間ある?」


「バイトがあるから……1時間くらいなら大丈夫かな」


「優、ごめん。八千代っちと話がしたいから今日はここでいい?」


「うん、大丈夫。それより望、今日は突然呼び出したのに会ってくれてありがとう。また夜にでも連絡するから。郡くんもまたね」


 優くんは人よりも柔らかい目をさらに柔らかくさせてから立ち去って言った。

 たった1日でここまで変わるとは驚きだな。


「とりあえず場所変えようか?」


 さすがに連絡通路で話をするには落ち着かないからな。


「そうだね。どこにしよっかなぁ……あ! 前に美海ちゃんから聞いて気になっていたんだけどさ、ジェラートとかどう!? 八千代っちが良ければ今から行かない?」


「大丈夫だよ、もう一度食べたいと思っていたし。ちょっと値は張るけど、とっても美味しいからお勧め。それに確か今年の営業は今月で終わりみたいだから丁度いいかもね」


 ジェラート屋さんなら『空と海と。』にも近いし、食べたらそのまま行けばいいから、僕としても都合がいい。


 気遣い上手の佐藤さんはその辺りも考慮してくれたのかもしれないな。

 移動を始め、そんなことを考えつつも、佐藤さんのおかげで気付けたこともある。

 美波を始めとして、美海や美空さん、莉子さん。


 それにさっきまで一緒に居た美愛さん。

 全員距離感がおかしいと思っていたが、僕の感覚はやっぱり正しかった。


 ――秋休みも折り返しだね。

 ――もう少しで10月になるのにまだまだ暑いね。

 ――八千代っちから女性が付けそうな香水の匂いがするけど?

 ――美海ちゃんには言ってあるんだよね? そ。それならいいの。


 などなど、本題は話さず世間話を繰り広げながら、『友達』として『適正』な距離感を維持してジェラート屋さんまで並び歩いた。


 美海たちとは違った安定感があり、佐藤さんとは落ち着いて話すことが出来た。


 そして今回注文したジェラートは、僕がエスプレッソとミルク味。

 前に美海が美味しそうに食べていたから気になっていたのだが……うん、美味しい。


 そして佐藤さんはアーモンドミルクとこけもものジェラート。

 こちらも美味しそうだけど、食べられるのはまた来年かな。

 楽しみに取っておこう。


「佐藤さん、ご馳走になってよかったの?」


 安くもないしご馳走になる理由もないからと言って、断ったが頑なに譲ってくれなかった。


「優とのこと、本当に感謝しているの。これがお礼になるとは思わないけど、ここはせめてご馳走させてほしいな」


 僕は佐藤さんのために行動したつもりは全くなかった。

 そのため納得出来なかったけど、『じゃあ、優の代わりのお礼』とまで言われたため、最後は素直にお礼を伝えることにした。


「いい加減に書道部も活動しないとかな~」


「文化祭もあるし、書道部でも何か催し物とか出さないとかもね」


 中々本題に入らず、適当に学校の話題を広げる佐藤さん。

 タイミングを見計らっているのだろう。


 まだ時間に余裕もあるし煽ったりせず、佐藤さんの気持ちが整うまで待ち続ける。

 そして、お互いジェラートを半分ほど食べ進めたところで、『よしっ』と言って話し始めた――。


▽△▽


 ――が、昨日優くんから聞いた話と、視点が違うだけでほぼ同じであった。

 お互いに相手を傷付けてしまったと思いこみ、ずっと後悔していたということ。


 いや、傷つけ合ったことは本当のことかもしれない。


 ほんの些細な行き違いからここまで絡み合ってしまい、誤解がほぐせず、仲直りする機会がこなかったということ。


 それが今日、優くんから謝罪を受けた。

 そして『俺は変わるから待っていてほしい』と決意表明をされたのこと。

 対して佐藤さんは、『その気持ちは嬉しかったけど、別に今すぐでもいいのになぁ』とぼやいていた。


 僕は2人の気持ちが重なっているならばと考え、特に深く考えず佐藤さんの意見に『本当だよね』と同意したが――。


「へぇ~、八千代郡くん。おかしなこと言うんだね? 八千代っち? へぇ~? へぇ~? へぇ~? ねぇ、ねぇ、八千代っち?」


 スッとなった目を向けられ圧力を掛けられるがスルーだ。

 それしか出来ない。


 あと、当然に僕の気持ちがバレている。


 それならやはり、話を拾うのは悪手となる――。


「落ち着いて、佐藤さん。それより僕が何かしなくてもさ、佐藤さんと優くんなら大丈夫だったでしょ。もしかしたら時間を必要としたかもしれないけど、優くんなら必ず佐藤さんに会いに行っていた。断言できる」


 2人が同じ思いでいたなら、僕が何かしなくても将来的には仲直り出来ていただろう。


 それが少し早まっただけなのだから。


「それでもさ、私と優がね……後悔を続ける日が減った訳でしょ? 押し売りかもしれないけど感謝を受け取ってほしいな。私と優の、そして八千代っちのためにね? 八千代っちは自分のためにって言葉好きでしょ? それに生徒会に絡まれているから、これからが大変だろうし! だから恩を売ったことにしておいたほうがいいんじゃない? まぁ、八千代っちも大切な友達だから、恩とか関係なしに手伝えることは手伝うつもりだけどね」


 もし、将来佐藤さんが営業職か何かに就くなら、凄い数字を叩き出しそうだな。

 そう思えるくらいの詰め方と感じた。


 思わず降参と感じながら、気持ちを素直に受け取り頷くことにした。


 それにしても『情けは人の為ならず』といった、昨日見た占いの的中率が凄すぎてちょっと怖いと感じながらも、最後に佐藤さんへ朝の占いは見た方がいいことを伝えてから解散した。


 それからアルバイトに出勤して、美海と2人でキッチン業務を担当する。

 暫らく真面目に働き、注文が落ち着いたタイミングで昨日と今日の出来事を話せる範囲で美海に話した。


 すると美海は、優くんとのことも佐藤さんとのことも凄くいい笑顔でニコニコと褒めてくれた。


 ――こう君! 偉い、偉い!!

 と。


 背伸びをして、僕が被るコック帽の上を撫でる仕草をしながらたくさん褒めてくれた。


 佐藤さんや優くんが何か返してくれなくても、僕は単純にも、これだけで最高のご褒美だと思えてしまった。


 ただ、美海は閉店後、着替えを済ませた後に謎の行動を取った。


 何かを上書きしているかのように、僕の右腕へおでこや頭をグリグリさせてきたのだ。


 クロコがするマーキングのような行動を取る美海が可愛くて、我慢できず、思わず頭を撫でてしまった。


「嫌じゃない? 平気?」


「んーん、もっとして」


「喜んで」


 嬉しそうに笑う美海の頭を撫でて、柔らかい髪を堪能していたが、その姿を美空さんに見られており、しかも動画までもバッチリ撮られていた。


 ちょっと欲しいな。その動画。


 美海が慌てて『消してっ!』と追いかけて行ったところまでが、今日の出来事かもしれない――。


 帰宅してから諸々を済ませ、ベッドに入り1日を思い出す。

 後日、確認してみるけど幸介も優くんと佐藤さん2人の関係は知らなかったと思う。


 だから本当に偶然が重なった出来事なのだろう。

 ただ、この巡り合わせは偶然のような必然にも感じる。


『一度ある事は二度ある』とも言うしな。


 明日の予定は女池めいけ先生に頼まれた図書室でのお留守番。

 美海も一緒する予定だったが、新津さんが家庭の都合で出勤出来なくなったため、代わりに美海が午前から出勤することになった。


 美海と2人でお留守番することを楽しみにしていただけに残念だが、こればっかりはお互い様で、助け合わないといけないから仕方がない。


 くどいようだが再度、巡り合わせについて思考を寄せる――。


「明日のお昼はカレーパンにするか」


 三穂田みほたさん、いるといいな。

 そんなことを考えてから部屋の電気を消し、眠りについた。

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