第147話 恋の障害はファンクラブ?

 全8日間ある秋休みのうち5日目となる今日は、僕にとって人生二度目となるカラオケボックスにやって来ている。


 学生フリータイム、ソフトドリンク飲み放題パックの利用で、今は入室して1時間30分ほど。


 人生初のカラオケ店は駅前にあるお店だったが、今日は学校と線路を挟んだ反対側にある、自由の館という名前のカラオケ店に来ている。


 カラオケボックスに来た理由は、なるべく人目の付かない場所を僕が希望したからだ。

 だから仕方ないのかもしれない。


 けどまさか、また美愛さんと――しかも今度は2人きりで来ることになるとは想像していなかった。


 僕はてっきり半個室のあるお店で、ご飯でもと考えていたのだが――。


 世の高校生の常識だと、人目のつかない場所イコールカラオケになるらしい。

 本当かどうか分からないが美愛さんが豪語していた。


 でも確かに。僕が希望した通りに人の目には付かない。

 それにほぼ完全に個室で、誰かに見られる可能性は駅前のカフェと比べると低いかもしれない。


 だが見られたら一発アウトな状況のため、とてもまずい状況でもある。

 このまま誰にも見つからないことを祈りたい。


 美愛さんファンクラブの人たち、本当に怖いんだよな。

 圧が凄いというか、なんというか……狂気。そう、狂気を感じる。


「はぁ~歌ったぁ~!! さすがにぶっ通しだと疲れるね~、ってことで、はい!! 次はやっくんね? せっかくだから1曲くらいは歌おう?」


「美愛さん。僕が歌えるのは、この間と同じ曲しかないんですが?」


「はははっ!! アレね! 面白かったからもう1回聴きたいかもっ!!」


 何が面白いのか分からないが、美愛さんの許可も貰えたので、いかついタブレットみたいなリモコンで前も歌った『わたしンち』の主題歌を予約して歌い始める。


 でも、なんだ?


 さっきまでとは違う画面だし、画面に出ている採点モードが気になる。


 ――動画撮っちゃお~。


 って、声も気になるが……。

 百歩譲って動画はいいですけど、誰にも見せないでくださいね?

 え? いいから歌えと。

 分かりました――。


「…………やっくんさぁ? 歌、上手なんだね? 私、どれだけ頑張っても90点いかないのにさっ」


「そうですか? でも、抑揚のない僕の歌より美愛さんの方が上手に聴こえるし、楽しそうに見えますよ。そっちの方がいいと思いますけど?」


「93点に言われてもねぇ~? まぁ? でも? 言われて嬉しい気もするし、それでいっかな!!」


 こんな高得点を取ることが出来るのはこの曲だけだろうし、カラオケは楽しく歌った方がいいと思う。


 それに僕は美愛さんの歌声が結構好きだ。

 聴いていると楽しい気持ちになってくるしな。


「ところでさっ!! やっくん?」


「え、あ、はい? なんですか?」


 こういった前ふりは、どんな話が飛んでくるか予想できないから少し構えてしまう。


「前よりも抑揚とビブラート出ていたよ? ほ~んの少しだけど、誤差かもしれないくらいだけどね。あとね?」


「そうですか? 自分ではよく分かりませんでしたけど、まあ、ありがとうございます。まだ何か?」


「バス旅行のお土産くれた時に感じたことだけど……」


 言いながらカバンに付いたキーホルダー、夫婦アザラシの一方である『クラくん』を見せてくれる。


 大切にしてくれているんだな、と嬉しい気持ちにされつつ続きの言葉を待つ。


「表情、柔らかくなったね? 前からだけど、今はもっと、も~っと!! 男前になったよっ!! 格好いいぞ!!」


 美愛さんと話す回数は美海や莉子さんと比べるとさほど多くない。

 学年が違うし、今はアルバイト先も違うから接点がないのだ。


 今日こうやって2人会っているのだって、元はバス旅行前にお世話になったことへのお礼として。


 美愛さんの相談に乗る約束としてだ。

 お礼なのだから本来はもっと早くに会いたかったが、夏休みに都合が合わず、ずれにずれ込んで今日やっと会うことが叶ったのだ。


 それなのに僕の変化に気付いてくれたことは、変われていると実感が出来るから嬉しく思う。


「そうですね……ありがとうございます、美愛さん」


「なんでお礼~? いいよ別に~、手のかかる弟が成長したような感じがして私も嬉しいしさっ!! でもさ、聞かせてくれるんだよね? やっくんを変えた人について?」


 美愛さんが姉さんか……悪くないかもしれない。

 ちょっと苛烈なところはあるが基本的に面倒見がいいし優しく甘やかしてくれそうでもある。


 でも今はそうだな――。


 美愛さんには正直に全て話してあげたいけど、美海はまだ内緒にしたいと言っていた。

 美海なら言ったとしても許してくれそうだけど、だからと言って許可を取らないうちには言うことが出来ない。


「相手が誰かは、まだ言えないんですが、そうですね……僕を『仕方ない人』だと言って、笑って助けてくれる、とっても頼りになる子です。僕はその子が笑ってくれるなら、どんなことでも頑張れる気がします。本当にこの出会いは奇跡だったとさえ思っています。おかげで他にもたくさんの友達が出来ましたし表情だって、少しずつ戻ってきました……って、美愛さん、どうしたんですか?」


「いや、だってさぁ~……嬉しくて……もぉっ! やっくん、泣かせないでよぉ~!!」


 ――顔、見るなぁ~!!


 そう言って、僕の右腕をほんのり湿らせてくる。

 思わず首を掻きたくなったが、右腕が動かせないでの左手で掻く。


 だが違和感が凄い。

 違和感を覚える程、癖が体に染みついている証拠でもある。


 どうしたものかと頭を悩ませていると、室内にノック音が鳴り響いた。


 音が止るのと同時に『失礼します』と言って店員さんが入室してきた。


 手にはお盆が持たれており、その上にはポテトフライと鳥軟骨セットが乗せられている。


 先ほど美愛さんに『お願い』と、可愛くおねだりされて注文したものだ。


 右腕に抱き着かれている状態を店員さんに見られたことは恥ずかしい。

 だけど、それはまだいい方だろう。


 カップルらしき人の姿もいくつか見たし、もしかしたら店員さんだって見慣れている光景かもしれない。


 だが、その届けてくれた店員さんの方が問題だ――。


「ご注文の品を……………………お持ち致しました。(はぁ)火傷に注意して(はぁぁ)お召し上がりください。では、失礼しました。はぁぁぁ」


 僕と目が合った店員さんは、しきりに溜息をついて退室していった。

 そして直後廊下から――。


「絶ッ対ッッ、呪ってやるッッッッッッ!!!!!!」


 扉を隔てているというのに室内まで届く大きな声量で叫んでいた。


「み、見られちゃったね? どんまい、やっくん」


「……骨は拾って下さいね」


「骨まで愛してあげるから安心していいよ~? 軟骨だけに? あ、美味しい~~!!」


 巧いようで巧くないことを言い、すでに涙はどこかに行ったのか僕そっちのけで熱々に見えるポテトフライを頬張っていた。


 美味しそうに食べている姿は年齢より幼く見えてとても可愛いと思う。

 あーんしてくれたポテトフライも確かに美味しかった。


 それにしても、どこかで聞いた声だと思っていたけど、まさかこんな所で疑問が解けると予想していなかったな。


 美愛さんが教室に突撃してきた時や、体育祭で美空さんが突撃してきた時に聞こえてきた『呪う』と発声していた人は、席替えで隣の席となった山鹿やまがさんだったのだ。


 気まず過ぎる、休み明けどう接したらいいのか。

 刺されないといいけど…………不安だ。


 僕の不安をよそに、美愛さんはさらに重い事実を追加してくる。


「あの子、はふりちゃん……立ち位置は特殊だけど、実質、鈴ちゃんの片腕的存在だからね、やっくん?」


「……今日はやけ食いだな」


「おぉぉ~~!!!! はい、あーん!」


「あ、次からは自分で食べます」


「いいから、最後だから。はい、あーん」


 と。

 美愛さんは、ご飯、麺、パンの炭水化物では、パンが好きと言っていた。


 そのためお互いお勧めのパンを持ち寄って今日のお昼にしようと事前に決めていた。


 だけどいざ、それぞれ買ってきたパンをカバンから取り出すと全く同じお店の袋であった。


 つまり2人揃って同じお店のパンを買ってきてしまったということだ。

 僕は少し頬を緩ませただけ。


 美愛さんは魅力的に笑ってから2人でカレーパンや他のパンを『美味しいね』と言い合いながら食べ進めた。


 中でも印象深かったのは、美愛さんが本当に幸せそうな表情で食べていたことだ。

 美海みう美波みなみもそうだけど、美味しそうに食事を取る人はやはりとても魅力的に映る。


 美愛さんの片思い相手はこの表情を近くで見続けてきたんだよな。

 それならば、案外すぐに成就しそうだと思う。


 そんなことを考えながら、今日の本題美愛さんの恋の相談に突入したのだが――。


 知らなかったとはいえ、反省しないといけない。


 室内扉は一部ガラスとなっていて、廊下から室内が見える造りとなっている。

 きっと防犯の意味もあり、そういう造りなのだろう。


 パンを食べ終わったあと、ゴミを1か所にまとめてテーブルの端に寄せていた。

 帰りにカバンへ入れようと考えていたからだ。


 だけど、廊下から室内を覗いてきた山鹿さんが鬼の形相で室内に入ってきて僕にだけ向けて言った――。


「お客様を装って不埒な真似を働こうと考えている八千代郡。ここは飲食物持ち込み禁止。駄目、絶対。何勝手に持ち込んでいる? 呪う? 呪われたいの? 絶対呪うッッ!!」


「あ、ごめんね。祝ちゃん! 私がやっくんに言ったの。前に祝ちゃんも一緒に行ったとこは大丈夫だったから、いいのかな~と思って。ちゃんと確認した方がよかったね、ごめんね!」


「そういうことでしたか。大槻先輩がそうおっしゃるなら、きっと何も間違いはありません。こちらは私が責任を持って適正適切に処分しておきますのでご安心ください。八千代郡くん、あまり調子に乗らないでくださいね」


 確認しなかった僕が悪いので素直に頭を下げる。

 でもさ、山鹿さん。


 そのゴミ、処分するんだよね?


 どうして、綺麗な布で大切なものを扱うようにくるんでいるの?

 いや、ごめん。


 僕の気のせいだったから呪うのは勘弁して。


「美愛さんファンの人たちって、激情家な方々ですよね」


「みんな根は良い子たちなんだけどね~、私も時々困る事あるからやんわり注意するんだけど……逆の意味に捉えられたりして、さらに暴走しちゃうしで……よくしてくれるから強くも言えず、歯止めが聞かないというかね?」


「美愛さんの恋を成就させるには、先ず、ファンクラブの解体が必須ですね。でも、すみません。さすがにそこまでは僕の力ではどうしようもないです」


「ん~……あの子たちも、私が本気なら応援してくれると思うけど、断言できないのがちょっとなぁ~、それに成就するかも分からないしねぇ……」


 そう言って、オレンジジュースを飲み『はははっ』と空笑いを浮かべる。

 きっと、ファンクラブとは別に恋の成就の難しさが美愛さんに空笑いをさせているのだ。


 12年間という長い期間、美愛さんは想い続けている。

 美愛さんにとっては、生きてきた人生の3分の2にあたる。


 相手は3つ年上で

 その人は専門学校を卒業して、今年から働き始めているそうだ。

 そして、美愛さんのことを実の妹のように考えていると。


 付き合いも長く、実の兄妹のように過ごしてきたから気心の知れた仲でもあるが、逆に恋愛に発展できなくなってしまったと。


 ただでさえそんな状況なのに、今年に入りさらに状況が悪くなった。

 年初に相手の親が他界してしまったのだ。親戚も近くにいない。


 だけども、小学生にも満たない歳の離れた実の妹を1人で育てることになったらしい。


 美愛さんの想い人は大変な道を歩んでいるようだ。


 美愛さんも時間が許す限り、妹さんの面倒を見たりしているから懐いてくれているみたいで『本当に可愛いの』と今日一番の笑顔で教えてくれた。


 他にも2人の思い出話など色々と、それはもう幸せそうな表情で――。


 話を聞いていて、まさかな?


 と、考えた場面もあったがそんな偶然ある訳ないかと頭から追い出す。


 そして、話を聞き終わったが――。


 人生経験も恋愛経験もない僕が出来る事は本当に何もなかった。

 無責任かもしれないけど、何もしないで、こうして話を聞くだけでいいとさえ思えてくる。


 大変な状況ではあるけど、成就するまでは時間の問題だと感じたからだ。


「すみません、美愛さん。参考になることを何も言えず、話だけ聞いた形になってしまって」


「いいの、いいの! 元から話を聞いてほしかっただけ! でも、進展出来るように祈っててよ~?? やっくんが祈ってくれたら、奇跡でもなんでも、なんか、叶いそうな気がするし!!」


「もちろんです。奇跡を起こせるかは分かりませんが、心から祈らせてもらいます」


「それじゃ、奇跡ってことで最後に1曲歌っちゃおっかな~」


 前にも歌っていた聞き覚えのある曲を聞いて、今日のデートが終了となった。

 僕としてはデートなどと認めたくはなかったが、美愛さん曰く今日は”デート”らしい。


 僕が反論しようとしたら、『ダ~メ』と人差し指で唇を抑えられてしまい、その行動に対して不覚にもドキッとしたことで反論は封じられてしまった。


「私の初めて貰えて嬉しい? やっくん?」


「……ええ。初めてのデート相手に選ばれて光栄に思います」


「はははっ! ちょっと手洗い行ってくるねぇ~」


「荷物預かっておきます」


 今日のデートは美愛さんへのお礼。

 だから美愛さんが手洗いへ行っている隙に、会計を済ませてしまう。

 手洗いに行ったのは、その辺も配慮してくれたのかもしれない。


 山鹿さんと顔を合わせるのは気まずいなと考えていたが、会計カウンターにいなかったので、何事もなくカラオケ店を後にすることが叶った。


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