第146話 1日の終わりに決まって美海を思い出すことは内緒です
幼い頃に出来なかった遊びを体験したことで、楽しい記憶がまたひとつ作られたことを実感したところで、複雑に感じる褒め言葉が優くんから送られてくる。
「郡くんて、笑うと目がクシャってなって可愛いんだね」
「そうかな? つり目だから笑うと逆に変に見えない?」
美海や美空さん、莉子さんにも同じことを言われるけど3人の感性が人と違うのだろうと思っていた。だから優くんにまで言われて驚いた。
感性が変なのは僕なのかもしれない。
いや、でも、そうすると可愛いことを認めることになるしな……複雑だ。
ふと、辺りを見るが、幸介の姿が見えないことに気付く。
その僕の様子に気付いた優くんがすぐに教えてくれた。
ちびっ子たちに体力を削られ、疲れたから千恵さんを呼ぶために電話を掛けているそうだ。
そのついでに飲み物を買いに行ったらしい。
それを教えてくれたあとに、悲哀がにじみ出た表情を浮かべた優くんが会話を戻して来る。
「逆だよ、俺はたれ目だから笑うと余計に変な顔になるかもしれないけど……郡くんは格好よくて可愛くて羨ましい。話題も豊富で優しくて、気使いだって出来るし、
「その、褒めてくれるのは嬉しいし謙遜とかでもないけどさ、僕はそんな大層な人間じゃないよ。それに、優くんの笑った表情、僕は好きだよ? ただでさえ優しい表情がさらに優しくなるから、見ているとホッとする」
「…………」
無言、そして微苦笑。
僕は本心で言ったけど、優くんはそうは捉えてくれなかったのかもしれない。
さっきまでの明るい空気が嘘のように気まずい空気が流れ始めている。
「前に……郡くんが言ったことと同じことを言ってくれた子がいてさ……」
「そうなの? 見る目のある人だね」
「郡くんに………………少し、聞いてもらいたい話があるんだけど、いきなりだし迷惑かな?」
聞くだけなら僕にでも出来る。
優くんの表情の陰りが取れるかは分からないけど頷き了承する。
話は中学3年生になるころ。
優くんには仲のいい幼馴染が数人いたらしくて、男ばかりであったけどその中に女の子が1人いたと。
その女の子は、小学生のころは男の子にしか見えないくらいの見た目だったけど、中学生になると、あっと言う間に人目を引くほどの美人に成長した。
だから、他の幼馴染や学校の同級生や先輩、多くの人から告白を受けていたと。
優くんも想いは寄せていたけど、その想いは美人になったからでなく小学生の時に出会ってからずっと好きだったと。
つまり一目惚れだと。
「優くんは告白しなかったの?」
一緒に居ると楽しく、それに自然に振る舞えることが嬉しかったから、それだけで十分と考えて告白をするつもりもなかったと。
加えて、妹の魅恋ちゃんと違い自分の容姿に自信がないから告白は出来ず、変わらない関係をずっと望んでいたと追加で返事が戻ってきた。
優くんの気持ちは理解出来るが、少しもどかしくもある。
複雑な気持ちで、残りの話には口を挟まず聞いていく――。
でも、変化を望まない優くんと違って相手の子はそれを望まなかった。
逆に告白してきてくれたと。
何度断っても『付き合ってほしい』の一点張りで、
さすがに悩んだけど、ある条件を出して付き合うことにした。その条件が――。
――絶対にバレない自信があるなら付き合おう。
と、いったものだ。
どうしてそんな条件を出したのか。
優くんの気持ちは痛いほど分かるし理解できる。
そして恋人になってからの初デートで、手を繋ぎ歩いている姿をクラスメイトに見られてしまった。
その結果、最初に約束した通り別れる事にしたと――。
そこからは、嫉妬からくる嫌がらせが始まった。
容姿について悪く、酷く、言われ続けてきた。
仲良くしていた幼馴染の男子からは、手のひらを返したように無視され、物も捨てられたり隠されたり……所謂、いじめというやつだ。
話を聞いているだけで、腸が煮えくり返りそうになってしまった。
優くんはとても強く、負けず、耐えていたがある日。
その好きだった相手の子が優くんをを庇おうとした。
だけど優くんは、それを阻止する為に思わず酷いことを言ってしまったらしい。
――二度と僕に関わらないで。
と。
「ずっと、それを後悔している。あの時見た、裏切られて絶望したような表情が目に焼き付いてしまって離れないんだ。俺は……好きな子にあんな顔をさせてしまったのかと」
優くんは巻き込みたくなかったのだろうな。
それがその子には伝わらなかった。
だからと言ってその子が悪い訳でもない。
悪いのは周囲だ。
2人は巻き込まれ、結果すれ違いが起きてしまっただけ。
「優くんはどうしたいの? 謝りたい? それとも……いや。僕に話すってことは、まだ好きなんでしょ? その子のことが」
「謝りたいし…………好きなんだと思う」
「ここには僕しかいないんだしハッキリ言っても大丈夫だよ」
厳しいかもしれないが、中途半端はよくない。
優くんが自分で気付いて決めないといけないことだ。
「好きだよ、今でも変わらず好きのままだよ」
「じゃあ、謝るしかないよ。自分勝手かもしれないけど、そうしないと何も起きない」
「許して……もらえるかな?」
「許してもらいたいから謝るの? 悪いと、悲しませたと思っているから謝りたいって僕には聞こえたけど。厳しいことを言うけど、たとえ謝ったことで嫌われる結果となったとしても、優くんはその覚悟をしておかないといけないと思う」
もっと優しく、他に言い方があるかもしれない。
けれど、きつい言い方になってしまう。
まるで少し前の僕を見ているようで重ねてしまい、優くんに報われてほしいと願っているのかもしれない。
「……俺も郡くんみたいに自信があったら、何か変わったのかな」
「……ちょっとだけ待って」
今の発言には思う所がある。
僕は今でも自分自身に自信が持てない。
でも、幸介や美波が、美海が、莉子さんが、出来ると言ってくれるから頑張って自信があるように虚勢を張っている。
優くんはそんなつもりじゃなかったかもしれないが、それを馬鹿にされた気がした。
「ど、とうしたの? 急に髪をクシャクシャにして」
確かに、急に両手で髪をクシャクシャにしたら、気が狂ったのかと思うかもしれない。
でも、それだけじゃない。
今日はラッキーアイテムの、少し前まで僕が使っていた伊達眼鏡を持ってきている。
それを掛けたら完成だ。
「優くん。これが約3カ月前までの僕。どう? これでも根暗に見えるでしょ? 髪は今より重たくて、目が隠れて、眉毛だってボサボサだったし、筋肉もなかったからもっと酷い見た目だったかもしれない。性格だって内気で幸介や義妹以外の人を拒絶していたと思うよ。それに、今は少し笑えるけど3カ月前は嘘とかじゃなくて本当に無表情でたくさんの人に嫌悪感を抱かれていた。これに対して優くんはどう思う? 素直な感想を聞かせてほしい」
今さらだけど、こんなことをせず写真を見せればいいだけだったな。
気持ちを少し落ち着けた方がいいかもしれない。
とりあえず、髪を切る直前に記念と言って美波に撮られた写真も一緒に見せておく。
「話だけならとても……そうは見えないけど、本当にたった3カ月前までは、こんな……」
「そうだよ。もしかしたら幸介に聞いたら他にも写真があるかもしれない。でも、僕1人で変わった訳じゃない。3カ月前にある人に
「……ごめん。さっきのは失言だった」
「これから偉そうなことを言うから先に謝らせてもらうね。ごめん、優くん。――それで優くんは? 自信が持てないなら何か努力をしてみた? していないなら人を羨んでいる時間はないと思うよ。好きな人を諦めきれないんでしょ? それなら変わらないと。僕は優しくないから、甘やかさないでこうやってお尻を叩くことしか出来ないけど、僕にきっかけをくれた人のように、優くんが変わりたいなら手伝わせてほしい」
「郡くんに失礼な事を言ったのに……手伝ってくれるの?」
「友達だからね。当たり前でしょ? 僕の勘違いじゃないよね?」
「……ありがとう。お願いします」
「あれ、友達なことは肯定してくれないんだ?」
「嘘や冗談だと思っていたけど郡くんって……幸介くんが言っていたように意地悪な人だったんだね。でも……俺も友達だと思っています」
「よかった。僕って思い込みが激しい所あるから勘違いかと思ったよ。あと、幸介は後で話を付けないといけないかな」
僕がそう言うと可笑しそうに笑って、数刻前に見せてくれたような明るい表情を見せてくれた。
優くんも笑った顔が似合うのだ、だからこれがいい。
初対面でとんでもなくズケズケと言ってしまったが――改めて、優くんと友達になれた気がする。
何となく、長い付き合いにもなりそうな予感がする。
その後の優くんは、アドバイスというか僕の経験と失敗談を聞いてあとは自分で頑張ってみると言ってのけた。
気の弱そうな目でなく、力がこもった目であった。
応援しているとだけ言って最後に握手と連絡先を交わす。
すると、見計らったようなタイミングで幸介がしれっと戻ってきたので、『意地悪』発言を詰め寄り、お詫びとして缶コーヒーをご馳走してもらい、優くんとは別れを告げた。
「優くんが心配だから、幸介は僕と優くんを会わせたかったんだね?」
誘われた時に感じた、幸介の企みの正体はこれだったのだろう。
「気が合うと思ったことも本当だぞ?」
「それは分かっている。でも、最初に言ってくれたらよかったのに。それに僕じゃなくて幸介でも優くんの助けになれたんじゃない?」
僕の手助けをしてくれた時のように、幸介なら出来たはず。
だが幸介は、聞く人が聞けば嫌味にしか聞こえない言葉を戻して来た。
「いや俺ってさ? 背も高くて顔もいい。今は性格だって落ち着いているし、家だって裕福だ。それに……まあ、癪だけど金髪美人の彼女だっていて、最初からほとんどの物を持っているじゃん? だからそんな奴が言っても響かないと思ったんだよ」
「本当のことだけどさ……何? また鼻が伸びてきたんじゃない? 次はもうへし折らないよ?」
話が逸れてしまうから、今回は美波を悪く言ったことは見逃そう。
「大丈夫だって、郡が近くにいるんだから。もう伸びないって」
「どうだか」
こうは言ったが、僕がいなくとも幸介なら大丈夫だろう。
「それに、なんだ…………最初から持っている物よりもさ、俺は郡と友達になれたことが一番大切に思っているからな? だからさ、これからもよろしくな親友!!」
「調子よくまとめようとしているし恥ずかしいけど、まあ、よろしく。親友」
「貴方たち……私もいるのに男同士友情の世界に入らないでもらってもいいかな? あと、郡ちゃん? 格好良かったのにどうして髪が昔みたいにボサボサに戻っているの?」
幸介が無理を言って、忙しい中迎えに来てくれた千恵さんに突っ込みを入れられてしまう。
「いろいろとありまして」
「いろいろあったから子供みたいに泥だらけなのかしら?」
雨でぬかるんだ地面の上をちびっ子たちと走り回ったおかげで、靴やパンツの裾が泥だらけなのだ。
「すみません、車内を汚してしまって」
「幸介に掃除させるから郡ちゃんは気にしなくていいのよ」
嫌そうな声をあげ、手伝えと言ってくる幸介に向かって僕はこう返事を戻した。
「頼んだぞ、親友」
当然に拒否する幸介だけれど、千恵さんの援護射撃のおかげで渋々納得させられる結果となる。
その仕返しではないが、髪がボサボサな理由を千恵さんへ暴露する幸介。
『男の勲章だったのね』と笑われてしまったため、仕返しとしては効果抜群でもあったが、甘んじて受け入れた。
それから、マンションまで送り届けてもったお礼を言って別れを済ませ帰宅を果たす。
シャワーで汚れを落とし、諸々を済ませベッドに入るが、体に疲労を感じているというのに脳が興奮しているのか珍しく寝付くまで時間を要してしまう。
せっかくだから1日の出来事を思い出すことに。
奇しくも、朝見た占い通りの1日となった。
このまま占いを信じるならば『情けは人の為ならず』となり、何か僕に返ってくるかもしれない。
優くんが変わるきっかけを与えたかもしれないが、それは結果論だ。
過去の自分と重ねた、僕の暴走のようなものでもあるから何も返ってこなくてもいいと思っているが――。
優くんと友達になれたことが今回の見返りだったのかもしれない。
僕が興味を示した本を、要らないからと言って、宅急便で送ってくれると言ってくれた。
届くのが楽しみであるから、それだけでも感謝したい。
何よりも、気の合う友達が増えたことは僕にとって大切なことでもある。
「いろいろなことがあったな」
早く美海に話したい。
やはり体は正直で、段々と睡魔が襲ってくる。
最後に、僕の話をニコニコした表情で聞いてくれる美海の顔を思い浮かべて、長い1日が終了となった。
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