第145話 ちびっ子おそるべし

 外出前から雨が降っていたため、今日は動きやすくて多少汚れてもいい服装でまとめている。

 たとえ汚れたとしても洗えばいいだけだ。


 幸介は安くなさそうな服を着ていたが、『どうせクリーニングに出すから』と言って缶蹴りを了承してくれた。


 優くんはジャージに着替えるくらいの気合の入れようだ。

 ゲームをしていた時に気付いたが、かなり負けず嫌いな性格に見える。


 でも、それくらい本気でやってくれた方が僕も嬉しい。


 優くんのお母さんに焼きそばのお礼を伝えて、2人より遅れて玄関へ行くと聞き覚えのある声が耳に届いてきた。


「幸介お兄さんがどうしているんですか?」


「優と遊んでいるからに決まっているだろ? つか、もう学校終わったんだ?」


「はい、早百美ちゃんもすでにご帰宅されていると、思い……ま、す――」


 優くんが話している相手はおそらく妹さん。

 それで幸介が話をしている人は赤木さんだ。


 その赤木さんは、僕と目が合うといつものように元気よく――。


「こんにちは!! 八千代郡さん!! 奇遇ですね!! 八千代郡さんも魅恋みれんちゃんのお兄さんと友達だったんですね?」


「やあ、赤木さん。こんにちは。今日も元気いっぱいだね。優くんとは幸介の紹介で今日友達になったんだけど……もしかして、そちらにいる子が魅恋ちゃんで優くんの妹さんかな?」


 僕と赤木さんの会話に気が付き、優くんが妹さんを紹介しようとするが、妹さんに手で遮られる。優くんはどこか焦ったような表情をしている。


「幸介お兄様、ごきげんよう。それと……赤木蘭花あかぎらんかさん、早百美様よりお話は伺っております。八千代郡様、初めまして『大島おおしま魅恋みれん』と申します。ご噂はかねがね、以前よりお慕いしている八千代郡様とお会いすることが叶い、大変嬉しく思っております。それに本日は、兄、大島優がお世話になったみたいですね。内気な兄ですが、どうかこれからも……私を含め仲良くしてもらえると喜ばしい限りです」


 挨拶にあった通り、今日初めましてのはずだから慕われる覚えは全くないのだけど。


 中学生とは思えない丁寧な言葉使いだし、社交的な子なのかもしれない。

 それなら今の言葉は社交辞令と考えておいた方が無難かな


「大島魅恋さん、ご丁寧にありがとう。優くんには僕の方から仲良くしてもらいたいとお願いしたいかな。また遊びにお邪魔するかもしれないし、もし顔を合わせることがあれば、魅恋さんもよろしくね」


 ――はい。どうかよろしくお願い申し上げます。


 と、まるで貴族のお嬢様といったような綺麗なカーテシーをしてみせてくれる。

 続けて、邪魔してはいけないからと言って、赤木さんを連れその場を立ち去って行く。


「幸介くんは前から知り合いだから別におかしくないけど……驚いたな。郡くん、あのさ魅恋は大の男嫌いなんだよ。だから郡くんに対して、あんなに丁寧に挨拶するなんて想像していなかった。手で遮られた時は何を言うのかと冷や冷やしたくらいなんだよ」


 なるほど。優くんが焦った表情を見せた理由はそれか。


「そうなんだ? とてもそんな風には見えなかったけどね、幸介?」


「だな。家に遊びに来た時も普通にしてるし男嫌いとは俺も知らなかった」


「んー……ま、今考えても仕方ないか。日も暮れそうだし缶蹴りしに行こうか」


 拭え切れない違和感が残る。

 ただ今考えても仕方ないことは確か。

 優くんと幸介も、すでに缶蹴りをする気満々だ。


 いや、もしかしたら僕よりもやる気があるかもしれない。

 だから今は缶蹴りに集中するとしよう――。


 缶蹴りをするために選ばれた場所は、近くにある五十鈴湖いすずこ公園。

 その五十鈴子公園について、小学生の頃に市立図書館で調べたことがある。


 数十年前。

 この場所に灌漑用かんがいようの池が設置された。

 その近くを流れる”五十鈴川”から名前をもらい受け、池の名前に五十鈴湖と名付けられてからが公園の始まりのようだ。


 ちなみに五十鈴川の名前の由来についても調べたが、今は長くなってしまうので省略する。


「相変わらず郡はうんちくが好きだな」


「近くに住む俺も知らなかったよ」


「変わった地名の由来とか気にならない?」


 声を揃え『気にならない』と返事をされてから、足を踏み入れた公園の敷地はとても広い。


 五十鈴湖の前には、イベントか何かで時たま使われている野外音楽が出来るステージもある。


 他にも、春になると千本以上の桜が咲き誇り、その美しい桜トンネルは映画のロケ地にも使用されたことがある。


 桜以外にも、6月と10月が見ごろとなるバラ園がある。

 中学生のころに美波と2人、ピアノ演奏を聞くため音楽ステージに来たついでに、バラ園に立ち寄ったことがある。


 子供たちが楽しめる遊具はもちろん、陸上競技場や野球場、市民プールなどもあって、地元住民なら間違いなく一度は利用したことがある有名な公園だ。


 その公園で、足元の悪いなか何度か缶蹴りをして分かった。

 テレビゲームと違い、缶蹴りは案外僕に向いていたかもしれない。

 もしくは極端に幸介と優くんが下手なのか。


 あとはそうだな、3人と少ない参加人数のせいかもしれないが、全て鬼の僕が勝ち続けていた。


 初めは楽しかったが、どこか物足りなさを感じ始めたタイミングで新たな参加者が増えることになった。


 新たな参加者たちによって、僕の連勝記録はあっさりと終わってしまうのだ――。


 新たな参加者とは小学生低学年くらいの7人のちびっこたち。

 その7人が僕に挑戦状を叩きつけてきたのだ。


 アルバイトを考えたら、ちびっ子たちの挑戦を流して帰らなければいけなかった。

 だが今日は『やべぇ金欠』『お金がないのよ』と嘆いていた万代さんと紫竹山さん2人の頼みで、シフトを代わり僕と美海は休みとなっている。


 つまり、時間がたっぷりあるということだ。


 だから『相手になってやる』と言って歓迎した。

 でもそこからの僕は、ちびっ子たちによって完膚なきまでにぼっこぼこの滅多打ちにあってしまった。


 情けなくも言い訳させてもらうが――。


 いや、先ずさ、子供たちの名前が覚えきれない。


 覚えていたとしても『パッ』と頭に出てこなくて、その間に缶を蹴られてしまう。

 何度、缶を拾いに行き奥歯を噛みしめたことか……。


 結局最後は『降参』と両手を上げて、幸介や優くん、ちびっ子たちを集めたけど、『口だけ野郎』『カス』『のろま』『うんこ野郎』『木偶の坊』『はげ』『ざぁこ』『こうり』『マリコ並み』等、凄まじい罵声を浴びせられてしまった。


 ちびっ子たちはいい。


 僕が調子に乗った結果だし、敗軍の将に言い訳など許されないから。

 でも、最後の2人は僕にすら負けていたんだから納得がいかない。


 幸介なんて、ただ僕の名前を呼んだだけだし、優くんに関しては悪口かどうかも分からない。


 ちびっ子たちは缶蹴りに飽きたのか、鬼ごっこやかくれんぼ、最後には泥警どろけいをねだってきたことにより、僕たち高校生3人はクタクタになるまで付き合わされてしまった。


 総合的な体力は僕らの方が上だろう。

 だけれどちびっ子たちの方は、僕らと違ってピンピンしていた。


 遊ぶことに関しては無尽蔵に湧いてくる子供たちの体力が恐ろしいと感じた。


 満足したのか、時間になったからか、7人のちびっ子たちは小さなマウンテンバイクにまたがり、僕たちを馬鹿にしながら走り去っていった。


 まるで嵐のようだったな。


 ゲームで優くんにボコボコにされたさっきの幸介じゃないけど、あまりにもやられ過ぎて、悔しい気持ちを通り越して清々しい気分かもしれない。


 それに、どれもこれも僕が小さなころに出来なかった遊びだった。


「楽しかったな、郡!!」


「疲れたけどね」


 そうだな、とても楽しかった。本当に――。

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