第142話 美海とシャボン玉を作れたらいいな

 4人全員横並びで広がり歩いては通行人へ迷惑を掛けてしまうため、前に美海と莉子さん、後ろに僕と美波のふたり組に分かれて駅前を移動する。


 ただ歩くだけで、すれ違う度に耳まで届いてくる声の数々。


 美波が持つ綺麗な金色の髪に目を奪われる人や、美海が魅せる無邪気な笑顔に頬を染める人、陽気な明るさを放つ莉子さんに道を尋ねた振りをした人などなど。


 覚悟はしていたけれど、凄い注目度であった。

 だがそれも当然だろう。

 1人でも注目を浴びる美少女が、3人固まっているのだから。


 変な人に声を掛けられないか心配して、気やら肩やらを張っていたが、圧倒的可愛さが功を奏したのか逆に杞憂で終わった。


 ただ、その中でも男性3人にしつこく後を着けられていた。


 角を曲がったり建物へ入ったりしても、つかず離れずの距離を保ち着いて来るため、いい加減に鬱陶しくなり罠を張ったりもした。


 美海たち3人が雑貨屋を見ている間、僕は少し離れた位置でまるでストーカーのように3人を見守っていた。


 男性3人が美海たちへ近寄ったら、すぐに駆けつけられるようにだ。

 ここならカメラや人の目もあるから、僕1人で対応出来なくても周囲へ助けを呼びかけることも出来ると考えでもあった。


 けれども予想外なことに、どうしてかその男性3人は僕へ声を掛けてきた。


「お兄さん、あの3人とどんな関係?」

「全員友達? 同級生?」

「まさか3人全員彼女候補とか言わないよな?」


「え、は?」


「「「で?」」」


 美海たち3人でなくて僕が声を掛けられたのは、結果としてよかったのだろう。

 だが思いもよらぬ出来事で思考が停止してしまった。


 どう返答しようか悩んでいると、僕の元に戻ってきた3人が先に答えてしまう。


「義兄さん――」

心友しんゆうです」

「こい……友達以上の関係」


 どうなるかと警戒したが、先に言った通り杞憂であった。

 男性3人は上を向き、目がしらを抑え、最終的には何故か握手を求めてきた。


 つい、握手に応えてしまったが、直後良い笑顔で立ち去って行った。

 よく分からないが、悪い人ではなかったのかもしれない。


 でも、美海さん。


 発言に対して美波と莉子さんに揶揄われている姿も可愛いと思うけど、僕も恥ずかしくなるから、そんなに耳を染めないでほしい。


 それと反省だな。

 3人へ相談もせずおとりのような役をやらせてしまった。

 それに今回は何事もなく終わったけど、世の中おかしな人が多い。


 それなのに短絡的な行動をしてしまった。

 次からは離れたりせず近くに居ることにしよう。


 それからは問題もなく、ショッピングやティータイムを約4時間純粋に楽しんだ。

 ティータイムを取る場所として選んだ店は、パンケーキで人気のお店だった。


 今までの人生、昔ながらの固いパンケーキしか食べたことがなかったため、ふわふわで大きなパンケーキが同じものとは思えなかった。


 クリームの甘さは控えめで、僕好みでとても美味しかったし、美味しそうに食べる3人と一緒だから余計に美味しく感じた。


 もう少し言えば、美海がご馳走してくれたパンケーキだから格別に美味しかったのかもしれない。


 買物の途中でゲームセンターの中にあるプリクラを撮ろうと言われたが、撮るなら3人でと言って断固拒否した。


 クレームや不満の嵐だったけど、僕の固い意志を感じたのか渋々諦めてくれた。

 未知の世界で怖いのもあったが、単純に恥ずかしかったのだ。


 僕が本気で嫌がっている時は、『特権』や『特別』と言ってこないから、その辺のさじ加減と言うか空気を読む力はさすがだと思う。


 そんなこんな――ちょっとしたハプニングはあったが、何件か回ったことで、それぞれ満足のいくプレゼントを購入することが出来て目的が達成された。


「目的も達したし、そろそろ帰る?」


「誕生日プレゼントを買うのに目的って言い方はどうなのですか?」

「いい買い物が出来たね、とかでいいと思うな」


 おかしなことではないと思うけど、反論など出来ようもないため言い直すことを決める。


「いい買い物も出来たし、そろそろ帰ろうか?」


 心なしか呆れたような目を向けられたが、よくあることだから気にしない。

 それにダラダラと暑い空気の中歩いても疲れるだけだ。それなら、光さんや莉子さんのお母さんがマンションへ迎えに来るまでは家で寛いでもいいだろう。


 そう考えたが、家が大好きな美波にしては珍しく寄り道を提案して来た。


「公園――」


 そう言って、先日福引で当てたシャボン玉セットをカバンから取り出す。


 持ってきていたのか――でも、なるほど。


 公園でシャボン玉して遊びたいのか。

 前から言っていたことだし、僕もシャボン玉について調べてもいた。


 いい機会でもあるから別に構わないけれど、3人が目で合図を送り合っていたことが気になる。


「楽しそう!! マンションの横にある公園に行く?」


「いいですね。シャボン玉をするのなんて、いつぶりでしょうか」


「みんながシャボン玉したいなら僕も賛成かな。一度荷物を部屋に置いてから公園に行こうか」


 賛成と言って、楽しそうに仲良く3人手を繋ぐ姿を後ろから眺めながら部屋へ戻る。


 シャボン玉は市販の物だから粘度は充分かもしれないけど、動画サイトを見たら大さじ1から2くらいなら混ぜ入れてもよさそうだったため、一応砂糖を持って行くことを決める。


 シャボン玉を作る輪っかやストローは付属してあるから、後の準備は不要だろう。

 あ、でも、お手拭きは持って行こう。


 夢中になった美波が手や口まわりを汚すかもしれないからな。


「……」


 気付かぬ間に、肩に力が入っていたことに気が付く。

 やっぱり、楽しいと思えるのか不安で緊張しているのかもしれない。


 いや――美海や美波、莉子さんがいるのだ。

 楽しいとは感じるかもしれない。

 でも、好きになれるかは別だ。


 好きになる必要はないのかもしれないけど、水族館や遊園地へ行った時と同じように、楽しかった思い出は好きになりたい。


「我儘なのかな」


 僕の思いは傲慢なのかもしれない。

 先導して歩く3人を見ながら、複雑な思いを抱きやって来た公園。


 屋根があるベンチでシャボン液を受け皿にあける。

 美海と美波が輪っかタイプ、僕と莉子さんがストロータイプを手に取り――。


「綺麗――」

「だねぇっ!!」

「キラキラしています」


 大小さまざまなシャボン玉が、西へ傾いた太陽の陽を浴びて七色に輝いている様子は、僕の目から見ても、とても綺麗に映って見える。


 だがすぐに連続して『パチンッ』と。


 ただの効果音で、音など聞こえないはずなのに幻聴として割れる音が聞こえくる。


 3人は割れたシャボン玉を補充するかのように、新しいシャボン玉を作り楽しんでいるが、僕は一度も膨らませることも出来ず、手には未使用のストローが握られている。


 楽しむ3人を邪魔しないように、あけずに半分残しておいたシャボン液へ砂糖を入れ、溶けるまでストローでひたすら混ぜる。


 ただ、一度もシャボン玉を作らないことなどすぐにバレてしまう。


「こう君はシャボン玉しないで何しているの?」


「砂糖を入れているんだよ。ネットで調べてみたんだけど、砂糖やシロップを入れると粘度が高まって割れにくくなるんだってさ」


「ふ~ん? じゃあ、こう君はそれでシャボン玉作るんだ?」


 いくら粘度が高まると言っても、割れることを分かっているから躊躇ってしまう。

 ただ黙っていても、不審に思われるし心配だってされるかもしれない。

 だから美海にだけ聞こえる声量で正直に伝える。


「……実はシャボン玉って苦手でさ」


「……理由、聞いたりしてもいい?」


 ベンチへ腰を落とす僕の横に美海も続けて腰を落とし聞いてくる。


「情けない話、母さんとの苦い記憶のひとつで、弾けて割れるシャボン玉がちょっとトラウマなんだよね」


「全然情けなくなんかないよ。教えてくれてありがとう。でもそっか……ちょっと、貸して」


 僕が返事を戻さないうちに、砂糖を混ぜ合わせたシャボン液とストローを美海に取られてしまう。

 その代わりに輪っかタイプの道具を手渡された。


 そして、美海はなんの躊躇いもなく砂糖が混ざったシャボン液でシャボン玉を膨らませ、宙に放つ――。


 最初に感じた通り、七色に輝くシャボン玉はとても綺麗だ。


 それに砂糖を混ぜていない物よりも長い間プカプカと宙を泳ぐように浮いている。


 でもやっぱり最後は、弾けるように割れて消えてしまった。


「こう君が砂糖を混ぜてくれたから、長い時間シャボン玉が楽しめたね。ありがとう、こう君!!」


「美海が喜んでくれたならよかったよ」


 それだけでもシャボン玉をして良かったと思えることは本当だ。


「これも――こう君の愛情のおかげだね?」


「ごめん、ちょっとよく分からないんだけど?」


 砂糖からどうして愛情に話が飛躍したのか理解が出来なかった。

 省いたりせず、もう少し詳細を聞かせてもらいたい。


「砂糖って甘いでしょ? 勝手なイメージなんだけどね、愛情も甘いのかなぁって!」


「えっと、つまり?」


 男女で紡ぐ甘いやり取り等を味覚で捉えるならば、確かに愛情とは甘い物なのかもしれない。


「だから砂糖を入れたイコール愛情を注いでくれたのかなって!! 多分、こう君のことだから、みんなが楽しめるようにって調べてくれたんだよね? シャボン玉が苦手なのに……みんなを想ってしてくれたんだから、愛情と言ってもいいんじゃない?」


「そうだね……美海が言う理論通りなら、僕は愛情を注いだのかもしれない」


 暴論と呼ばれてもおかしくない理論や理屈かもしれない。


「ふふ、やっぱり。ねぇ、こう君? シャボン玉って、人間関係……恋人や夫婦、家族みたいだよね?」


「そうかな? でも、それに例えたら最後は弾けて消えちゃうってことにならない?」


 美海のことは結構分かっているつもりであるが――。


 まだまだ分からないことばかりかもしれない。

 感性に関してはさっぱりで、僕と感じている世界が違うのかもしれない。


「だって……砂糖という愛情次第で、長い間関係が続くってことでしょ? 重すぎてもダメ、軽すぎてもダメ。だから夫婦や家族みたいだなって――。それに『最後』は考え方次第だと思うの」


 愛情だけでなく、人が持つ七つの感情。

 そのどれもが多い少ないのバランスは必要となってくる。


「ちなみに……美海の考え方を聞いてもいい?」


 僕では絶対に考えつくことの出来ない発想で、感嘆する思いにさせられてしまう。

 だから弾けて消える以外の、美海の見え方を聞きたいし知りたい。


「ちょっと恥ずかしいけど……願いが叶いますように? とかかなぁ……。砂糖を含ませたシャボン玉を家族で例えるなら、来世でも巡り合えますようにとか? 強い想いだから、最後はその想いが、溢れ出て力強く光るんだよ。お空の上まで願いが届きますようにって」


「……凄く素敵な考え方だね」


 美海が言うように、弾け飛んだシャボン玉の液体は、最後キラキラと光って見える。


 まさかそれを『弾けて消えるではなくて、強い願いが溢れて光る』に例えるとは。

 本当に素敵な考え方だと思った。


 そのままの言葉を返事で戻すことしか出来ず、貧相な語彙力では美海の考え方に対して、どう称賛を贈ればいいのか分からなかった。


「それにね! 実はさっき少しだけ調べてみたの。シャボン玉って水面を伝わる波のように、シャボン玉を照らす光の波と内側で反射する光の波が重なり合って、互いに干渉し合うからキラキラ光るんだって! だから――やっぱり夫婦や家族みたいじゃない? 強弱は必要だけど、干渉の影響でキラキラになる関係って素敵だと思わない? これも考え方次第だけどさっ」


 考え方次第か――。


 母さんは弾け消えるシャボン玉を人の夢が散ることに例えた。

 美海は願いが叶うように光ると例えた。


 それに――。


 干渉して、互いの影響で綺麗に光る関係は、夫婦や家族だけでなく人間関係としては理想的な関係かもしれない。


 どちらの考え方が正しいかと問われれば、どちらも間違ってはいない。


 けれど、どちらの考え方が好きかと問われれば、


 僕は間違いなく美海が例えた話の方が好きだ。


 綺麗な世界を見せてくれる美海のことが好きだ。

 単純かもしれないけど、それだけで、美海がシャボン玉を好きだと言うなら、僕はそれだけでシャボン玉を好きになれる。


 そう思ってしまった。


 僅かなきっかけだったかもしれない。

 でも、今、シャボン玉を作ったら何だか前を向ける気がしてきた。


「――好き」


「えっ!?」


 緊張した面持ちで僕の返事を待つ美海の顔を見たら、つい、気持ちが溢れ出てしまい好きだと言ってしまった。


 一瞬で耳を染める様子もかわいく思うけど、どうにか誤魔化さないといけない。

 告白するには、まだ整えないといけないことが多いからな。


「教えてくれてありがとう、美海。おかげでシャボン玉が好きになれたかも」


「あ、シャボン玉のことか……でも、それなら良かったのかな? ちょっと複雑だけどっ」


 唇を尖らせる仕草もかわいくて仕方がないな。


「ちょっと貸して。僕も膨らませてみたい」


「はいっ!! 愛情込めて膨らませるんだよ?」


「任せて、バランスよく吹き込むから」


 美海に返してもらったシャボン液にストローを差し、口を付けて液体を吸い入れ、シャボン玉を膨らませる。


 美海が『あ、待って――』と途中で止めてきたが、今は早くシャボン玉を作りたくて仕方がなかった。


 それに言われた時はすでに吸い入れていたからもう遅い。

 ゆっくり、壊さないように息を吐き出し、そして――。


「――綺麗だ」


 夕日が差し込み始めていて、七色というよりは赤やオレンジ色に光っているけど、今までで一番綺麗なシャボン玉に見えた。


 ぷかぷかと浮かぶシャボン玉を最後に光るその一瞬まで見届けてから、美海へ顔を向けると、夕日のせいか分からないけど頬が染まって見えた。


「美海のおかげでシャボン玉が好きになれたよ」


「う……うん――」


「どうしたの?」


 夕日のせいかと思ったけど、美海は耳だけでなく頬も赤く染めていたのだ。


「そのストロー…………私がね、使ったやつ、なの…………」


「そっか…………なるほど」


 今さら、美海が止めた理由に気付いてしまう。

 つまりは間接キスをしてしまったということだ。


 視線を外すことが出来ず、僕と美海には珍しく妙に気まずい空気が流れてしまうが、美海は混乱するあまり、とんでもないことを言ってきた。


「わっ、私もぉ……もう一度、ふ、膨らませたいなぁ……こう君、ソレカシテ?」


 これでもかと言うほどの棒読みだが、そのことへの突っ込みなど到底出来ない。

 そのまま黙ってシャボンセットを美海に渡す。


 だが渡してから気付く。渡しては駄目だということに。


 僕も混乱から覚めていなかったということだ。

 どこか躊躇した様子でシャボン玉を作ろうとする美海。


 その美海へ静止を呼びかけようとするも、僕が声に出すよりも先に『待て』が入る。



「美海――めっ――!!」


「そうですよ~、美海ちゃん? 何ちゃっかりと。そんなに膨らませたいのでしたら、莉子のストローをお貸ししましょう。ささっ、どうぞ美海ちゃん。あと、郡さん? イチャイチャ禁止でお願いします。こういう事はキッチリしてからでないとダメですから。美海ちゃんに流されないで下さい」


 美波が誰かを注意するなんて珍しい。記録に残したいくらいだ。

 あと、莉子さんの言うことはごもっともだから素直に聞いておこう。


 でも確か、今朝はキスを煽っていた気がしたが――気のせいだったのかもしれない。


 美海は残念そうにしていたけど、どこかホッとした様子も見えたから止めてくれた美波と莉子さんには感謝した方がいいかもしれない――。


 シャボン液は残り少ないが最後まで3人……いや。


 4人でシャボン玉を楽しむことで過去の上書きがなされ、またひとつ忘れることの出来ない思い出が作られた1日となった。

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