第141話 刺されてもおかしくないよな、僕って

 高校生がアルバイトの面接を受ける時、私服で受ける人も多いかもしれない。

 だが、ほとんどの人は学生服で受ける事だろう。


 4月に『ヴァ・ボーレ』の面接を受けた僕も学生服で臨んだ。

 だが莉子さんはそのどちらでもなく、ランニングスタイルで面接に臨んだ。


 普通ならランニングスタイルで受けようとは思わないが、美空さんがそれでいいと言ったのだ。


 いくら妹の友人とはいえさすがに……と考えたが、人となりは知っているしどのみち採用するから構わないと美空さんに言われたため言葉に甘える事となった。


 そもそも、面接をすることになった経緯について。

 とある日、美空さんや美海に今後どれだけ人員を補充したらいいかと相談を受けた。


 アルバイトが経営者から相談を受けるというのもおかしな話だけど、少なくとも日中1人の夕方に1人、可能なら美空さんの代わりに働ける社員を1人。

 少なくとも3人は増やした方がいいと伝えさせてもらった。


 美空さんはすぐに求人を出してくれたが、結果は芳しくない。

 応募や面接は何度かあったけど、美空さんが全て断ってしまっているからだ。


 僕の時はすんなり採用してもらえたが、本来美空さんはシビアに人を選び、採用を決めるらしい。


 きっと、美海のことを一番に考えているからであろう。


「お姉ちゃんの気持ちは嬉しいし理解出来るけど、ちょっと過保護だと思わない?」


 と、美海に問われたが、僕は当然にこう答えた。


「美海の味方になりたいけど、こればっかりは美空さんに賛成かな」


 と。

 いじけるかなと予想したが、はにかむように『そっか』とだけ返事が戻ってきた。

 思い出すだけで、可愛さに癒されてしまう。


 それでその時、すぐ横で話を聞いていた莉子さんが『莉子だとダメですか?』と言ったことで、すでに採用が決まっている形だけの面接が決まったのだ。


 美空さんは莉子さんに謝罪とお礼を伝えたいと言っていたので、邪魔したら悪いと考え、僕はその間、店の外でストレッチをしながら待っていたが、10分ほど経つと『チリン、チリ~ン』と鈴の音が鳴った。


 2人の表情を見て判断するなら、無事に面接が終わったようだ。


 開店準備の邪魔をしては悪いので、軽く挨拶するにとどめ、美空さんと別れ帰宅することに。


 その帰路の途中、莉子さんから面接で決まった話を聞いた。

 僕が質問したというより、初めてのバイトだと顔をほころばせ嬉しそうにした莉子さんが報告してくれた。


 莉子さんは金、土、日曜の週末3日間勤務。

 その分僕が土曜日、美海が金曜に休みを増やした。


 元々が働き過ぎで日数を減らさなければいけなかったし、10月から時給も上げてもらえるから何も文句がない。


 ありがたいくらいだ。


 莉子さんの働き始めについて。

 切りよく10月1日の日曜から。


 日曜なら美海や僕もいて莉子さんも安心できるし仕事を丁寧に教えてあげることも出来るだろう。


 美海がちょっと厳しいことだけが不安だけど……2人の仲ならきっと大丈夫なはず。


 マンション帰宅後、美海が莉子さんからの報告を受けてから朝食となった。

 美海に起こされた美波も混ざり4人で朝食を取る。


 美味しいオムレツを堪能して、食後のお腹が落ち着いた頃に梨を食べて、午前中は思い思いに過ごすことになった。


 何が楽しいのか分からないが、莉子さんの希望で女子3人は、僕と美波の中学アルバムを見ていた。


 僕は読書でもしようかと考えたが、別のことをすることに決める。

 光さんから頼まれていた父さんの書類捜索を昨日行ったさい、その時に見つけた約10年前と思われる写真。


 写真に写る僕と初恋の子が手にしている1枚の婚姻届け。

 記憶に残らない出来事で気になっていた。


 他に何か手がかりがあるか調べたく、『探し物するから』と3人に断って書斎に引き籠ったのだ。


 扉の鍵を閉めてから、引き出しにしまっておいた写真を取り出し確認してみる。

 写真に写る女の子の1人は、うっすら記憶に残る初恋の子と一致している。


 つまりこれは新潟旅行の時の写真なのだろう。

 全て燃やしたとばかり思っていた子供の頃の写真。

 それが1枚でも残っていたことに驚きつつ写真に集中する。

 写真にはもう1人、巫女装束を着ている女の子が写っている。


 全く記憶にないが一体誰なのだろうか。


 婚姻届けに書かれている文字はギリギリ確認できる。

 指名欄に書かれている名は多分、『こーくん』と『みゅーちゃん』。

 年齢は5歳と4歳。


 こーくんは僕のことだろう。

 みゅーちゃんは初恋の女の子だと思う。


 そしてもう1人、届け人の欄に『あーちゃん』。

 この子が記憶にない女の子の名前なのだろう。


「あーちゃん……」


 声に出してみたが何故だかしっくりきた。

 いや、それよりも響きに対して妙に懐かしさを覚えた。


 懐かしさを覚えたら、今度は後ろで笑う変わった子がいたかもしれないと、記憶が呼び起こされた。


「あーちゃん」


 他にも思い出すかと考えもう一度声に出してみたが特に変化はない。

 そう思ったが。


「あーちゃん……約束……?」


 何かを思い出した訳でないが、自然と『約束』の言葉が口から漏れ出た。

 みゅーちゃんと何か約束をしたのか。

 あーちゃんと何か約束をしたのか。

 それとも2人と何か約束をしたのか。


「みゅーちゃん、あーちゃん……約束……」


 また何か自然と言葉が出ないかと考え試しに言葉にするが、今度は何か出てくることはなかった。


 そのため、ひと先ずは次を考えることにする。

 婚姻届けに記載された日付は12月23日。


 何故かここの字だけ綺麗な字体をしている。

 誰か大人が代筆してくれたのかもしれない。


「……この日に幼い僕がみゅーちゃんにプロポーズでもしたのか?」


 駄目だ、これ以上は考えても思い出せないし分からない。

 頭も痛くなってきたし、一旦、写真は置いて他の手がかりを探してみよう――。


 けれども、何となく分かっていたが、いくら探しても何ひとつ見つからなかった。


 母さんが燃やし、僕も何枚か自分の手で焼かされたからな。

 父さんが隠し持っていたのか、偶然紛れていたのか分からないが、1枚でも残されたことが奇跡なのかもしれない。


「ふうー……」


 嫌な気持ちと一緒に息を吐き出したタイミングで『こうく~ん!』と、可愛い声が聞こえてきた。


 唯一となった写真だけはなくさないよう、父さんの机の引き出しに仕舞う。

 気持ちを切り替えて、書斎の鍵を閉めリビングに戻る。


「どうしたの、美海?」


「3人で話していたんだけどね、午後は買い物に行かない?」


「いいけど、何か欲しい物でもあるの?」


「もうすぐ望ちゃんと涼子、関くんの誕生日でしょ? だから何かプレゼント買いたいなぁって」


 僕はメプリの通知で気付いたことだが、10月は3日に五十嵐さん。5日は順平。8日に佐藤さんと友達の誕生日が続いて訪れる。


 結婚ラッシュならぬ、バースデーラッシュだ。


 みんなにはお世話になっているし、体育祭の時に朝から晩まで働いてくれた『空と海と。』の人たちへお礼も買いたい。


 あとは美空さんにもだ。


 さっき知ったことだけど、美空さんの誕生日は9月3日だったのだ。

 どうやら、メプリに誕生日登録をしていないと通知されない仕組みらしい。


 美海は僕に教えようとしてくれたらしいが、美空さんから気を使わせたくないといった理由で、きつく口止めされていたらしい。


 遅れてしまったことを反省しつつ、美空さんへのプレゼントも何か考えたい。

 美波はAクラスのみんなとそこまで深く交流がないから、付き添いになると思うが、1人留守番させるのも可哀想だ。


 付き添ってくれたお礼にアイスでも買ってあげたらいいかな。


「いいね。僕も何かプレゼントしたいし駅で何か探してみようか」


「ありがとうっ!! あと、こう君のお昼は私にご馳走させて? いつも泊めてもらっているお礼がしたいの」


「お礼とか別に気にしなくていいよ」


「私が気になるから、助けると思ってご馳走させてください」


 本当に気にしなくていいのだけど、もし、僕が逆の立場なら美海と同じことを言っただろうから素直にご馳走してもらうことにする。


「わかった。じゃあ、ご馳走になって美海を助けてあげる」


「ふふっ、ありがとうっ!! 今の服装だと、ちょっと露出があるから……着替えてくる、ね?」


「……僕を助けると思ってお願いします」


「了解しました! こう君のこと助けてあげるね!!」


 僕へ満面の笑みをプレゼントしてから、着替えるため和室に入って行った。



 なに、あの可愛い生き物。



 そう呟きたかったが、リビングの外から視線を感じたので何事もなかったようにソファに腰を落とす。


「むぅっ――」


「郡さんの鬼むっつりスケベ」


 聞こえない、反応したら負けだ。

 でも、そのせいで2人に両隣を取られてしまった。

 普通に狭いし近い。


 莉子さんからは……平気だが、美波からは女性特有力が伝わってきている。

 和室の扉が開く前に、なんとかこの状況を打破せねば。


 すでに詰んでいるのかもしれないが、抵抗した跡くらいは残さないと言い訳も何も出来なくなってしまう。


「郡さん、今……失礼な事考えていませんでしたか? 莉子、32回目になりますよ? いいんですか? 郡さんはまた莉子に振られたいのですか? 泣いちゃいますよ? あと、美波ちゃん。ドヤ顔しないでください。美しすぎて恨めしくなっちゃいますから」


「小さい――」


「いよぉぉぉしッ。つまり、喧嘩を売られたわけですね。いいでしょう。買いましょう、買ってやりますともッッ!!」


 なんか知らないけど、僕が何もしなくても2人が立ち上がってくれたので良かった。


 そう思ったのも束の間で、2人に腕を引かれ僕まで立ち上がるはめになった。


「どう――?」


「どうですか郡さん? 一応、膨らみはあるんですよ? 見ますか? いいですよ? 特別ですよ? なんなら直接触ってくれてもいいですよ? 触れば大きくなると聞きますし、むしろ、莉子を助けると思って触ってください!!」


「……こう君? 私がこう君のために着替えている間に何しているの?」


 天国と地獄が同時にやってきた気分だ。

 美海、僕が望んだ状況じゃないからね?


 あと、莉子さん?

 ちゃっかり僕と美海の会話の真似しているね。

 それに、僕が説明した靴の話と同じように、それは迷信みたいなものだから信じたら駄目。


 美波も信じて自分で揉まない。もう十分立派なんだから。


「義兄さん――?」

「郡さん?」

「こう君?」


「……さて、準備も出来ているようだし、買い物に行こうか」


「「むっつり」」


「うん――繋ぐ――」


「あ、美波ずるい!!」


「莉子は、じゃあ……背中を拝借して」


 右腕を美波に取られ、左腕は美海に取られ、背中を莉子さんに取られ幸せな状況だけど、このまま駅前を歩く訳にはいかない。だから――。


「玄関出るまでだからね」


「ん――」

「はい!!」

「うんっ!!」


 僕も甘くなったものだ。

 3人に対してもだけど、自分に対して甘くなったと自覚してしまった。


 ただ、この秋休みが終われば忙しくなるし今のうちにたくさん充電させてもらいたい。


 だから仕方がない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る