第138話 美海は僕を独占したいみたいです

 衝撃的な告白を打ち明けられたことや、周囲から浴びる視線のせいか、2つ年上の先輩に向かってとんでもなく失礼な言い方で質問を投げ掛けたところで、少し頬を赤らめた女性店員が水を持ってきてくれた。


 テーブルへ置いてくれたお礼を伝えるが、女性店員さんは僕と元樹先輩の顔を交互に見ている。


 往復するように何度も。


 きっと僕と同じように混乱しているのかもしれない。

 僕は見ていたのだから。

 いや、見ていたという言い方はおかしいか。

 横目に見えていたが正しい。


 本来、テーブルまで水を持って来てくれる人は席まで案内してくれた髭の似合う男性店員だった筈。

 すぐ近くまで来ていたから分かっている。


 だがその男性店員は、元樹先輩の言葉……告白を聞いてすぐに引き返した。


 そしてあろうことか、女性店員にバトンタッチして文字通り背中を押して『行け』と言っていたのだ。


 つまりこの女性店員は僕と同じ犠牲者という訳だ。


「ああ、俺は正気だし本気だ。本気で――好きなんだ」


 ちょっとこれ以上はきつい。店内が静まり返っている。

 違った意味で、緊張の汗が僕の背中を伝っている。


「ひと先ず、その話は食事をとりながらにしましょう。すみません、ランチセット2人分お願いします」


 不躾に顔を見られているのは気持ちのいいことではなかったが、この場にいてくれて助かった。


 いや、この場にいたから、今の元樹さんの発言まで聞かれてしまったと考えるならば、マイナスかもしれない。


 それよりも返事がない。いまだ混乱の真っ最中なのかもしれない。

 と言うことは、聞かれていない可能性もあるやましれないな。


 ……今さら考えたところで手遅れか。


「あの、店員さん?」


「ひゃっ、ひゃい――きゃ、きゃしこみゃりましてゃッ!!!!」


 今度は返事が戻って来た。それに注文の品も聞こえていたようだ。

 だが、ランチセットはメインプレートとドリンクを数種類のメニューから選べる仕組みになっている。


 それなのに女性店員さんは顔を真っ赤に染め、小走りに立ち去って行ってしまった――。


 慌てて戻って来た女性店員さんへ注文し直してからは、おそらく平穏に過ごせている。


 混雑しているせいか、配膳までは時間を要したがご飯はとても美味しかった。

 選んだプレートとドリンクは、僕がロコモコプレートにアイスティ。

 元樹先輩がグリルチキンプレートとコーラ。


 元樹先輩が選んだグリルチキンも美味しそうで惹かれたけど、店名がハワイの言葉ならばと考え、ロコモコがお勧めなのかと選んでみたが正解だった。


 もしかしたら美海や美空さんなら『空と海と。』でも作れるかもしれない。

 今度、2人を誘って来てみようかな。


 僕だと味付けまで分からないけど、2人なら食べたら分かるかもしれないし。

 あとは単純に、美味しかったってことを共有したい。


 そして店内にいる人たちへ与えた誤解についてだ。


 後輩の女子を気になっていると大きな声で話す元樹先輩のおかげで、店員さんや周囲への誤解は次第に解けていったと思う。


 あの愛の告白は僕に対してではないってことに。


 相談事を話すとき元樹先輩は本宮先輩の名を口にしようとしたが待ってもらった。

 元樹先輩は内緒にしてほしいと言ったからな。


 相談した結果、本宮先輩を好きだということを聞かれて本人にまで伝わってしまったら、かわいそうだからな。


 この場に顔も知らない名花高校生が居ると仮定して、本宮先輩の名前を伏せながら会話を進めてもらったという訳だ。


 会話をして分かったことだが、元樹先輩がこの店を選んだ理由は下見らしい。

 今日は本番に向けての予習ということか。


 つまりそれは、すでに食事する約束も取り付けているのかと感心した。

 食事を誘い、承諾されたなら、悪い感情を抱かれていないはず。


 同じ生徒会仲間でもあるから断らなかった可能性もあるが、案外にも上手くいくのではないだろうかと考えながら、アイスティで喉を潤してから質問した。


「それで、その後輩との食事はいつなんですか?」


 戻ってきた返事は僕の感心を裏切るような言葉だった。


「いや……まだ誘ってねぇ……。どう誘っていいか分からんし誘ったら好きだってバレそうだしな」


「中学生ですか」


 たまらず突っ込んでしまった。


 別に知っていて損はないからいいのかもしれないけど、食事の約束を付けてから下見に来たらよかったのにとは思ってしまう。


 あと、何を思い悩む必要があるのか。


 生徒会同士で交流もあるのだし普通に『気になるお店があるから、一緒に行かない?』で充分だと思う。


 多少の好意があることは伝わるだろうが、『食事に誘う』イコール『好き』とはならないだろう。


 ……勘の良さそうな本宮先輩と、裏表のない真っすぐな性格の持ち主である元樹先輩なら、それも分からないかもしれないが、これを伝える必要はないだろう。


「よし!! 秋休みが終わったら頑張って誘ってみんは!!」


 それ、何だかんだズルズルと誘えずに終わるセリフ。


「今すぐメプリでも何でもいいので誘ってください」


 元樹先輩のためにも逃げ道を塞がせてもらう。

 いや、でも、だってを繰り返し言われたが、最終的には腹をくくり、メプリで誘ってみせた。


 はにかんだ笑顔で見せられた送信画面には『おう。メシ行こう!』と。

 元樹先輩らしいストレートな誘い方だった。

 誘い方に思う所もあるが、その素直さが羨ましくもある。


 僕がもし同じ文面を美海に送ったらどう思われるかな。

 ちょっと試しに送ってみたい。


 タイミングよく、元樹先輩が手洗いで席を立ったのでその隙にメプリを送っておいた。

 返事が楽しみだ――。


 手洗いから戻った元樹先輩へ、恋の相談をする相手として僕を選んだ理由を訊ねてみた。


 あっけらかんとした表情で本宮先輩が僕に興味を示しているからだと言われた。


 むしろ、好きな人が興味を示している人に恋愛相談をすることは嫌でないのかと思ったけど、どうやら僕の知らないところで、僕には年上でとびきり美人な彼女がいることになっているらしい。


 だから別に気にしないと。


 年上美人な彼女は実在しないけど、噂に心当たりはある。

 おそらく美空さんのことだろう。体育祭の時目立っていたし。


 即時否定しようとしたが、元樹先輩の言葉が途切れなかったため否定する機会を逃してしまった。

 黙っていたことで、誤解を与えても面倒だから後でしっかり訂正しておきたい。


 そんなこんな食事も終え、切りよく会話が途切れたタイミングで退店することに。


 会計待ちの時間で教えられたが、僕が予想していた通り、下見という目的がなかったら迷わずハンバーガーショップでハンバーガーをご馳走してくれたとのこと。

 早く返事が戻ってくるといいですねと言っておいた――。


「今日は話を聞いてくれてサンキュな!!」


「いえ、大して役にも立てずにすみません。あと、ご馳走様でした。美味しかったです」


「いやいや。誰にも言えなかったから言えてスッキリした!! 参考になる話も聞けたから、俺としては満足だ。だからまた話聞いてくれ!!」


 ご飯を食べる時間も含め約2時間。

 ほとんど元樹先輩1人が話していた。

 よほど誰かに相談したかったからか、止らない、止らない。


 参考になる話といっても僕は合間に、元樹先輩と一緒に居て気になったことを少し注意しただけだ。


「少しでもお役に立てたなら良かったですが……次回は僕も出しますね。ご馳走していただけるのは嬉しいですが、あまり責任も負いたくないので。すみません、勝手で。あ、それとこれ。良ければ食べてください」


「クッキーか? 悪いな、なんか。でも、ありがたく貰っておく!!」


「アレルギーとか平気ですか?」


「特にないから平気だ。サンキュ! つかアレだな。こういった気遣いが出来るから、郡はモテるんだな。たった数時間で俺がダメなことを気付かされちまったよ。ま、勉強になったがな。改めてサンキュ!!」


「すみません、生意気を言って」


「いやいや、遠慮なくって言ったのは俺だから。今日からでも心掛けてみるさ」


 遠慮なく、その言葉を真に受けた僕は小姑と言われても仕方のないくらい、元樹先輩へチクチクと苦言した。


『女性との待ち合わせは、汗など身だしなみは整えてからのほうがいい』


『そのため余裕をもって行動して時間は守ること』


『大袈裟だけど、1秒でも遅れたらこの人の思いはその程度だと思われても仕方ない』


『歩幅や歩く早さを合わせた方がいい』


『目的地は事前に伝えること。場所によって服装だって考えないといけないから』


『何でもない日のサプライズは逆に迷惑』


『話し声は場所や周囲の声量に合わせた方がいい』


『男性より荷物もあるし、出来れば女性にソファ席を譲ってあげること』


『食べ物を口に含んだまま話さない』


『女性が話している時はなるべく箸を止め、目を見て耳を傾けること』


 等、生意気だと怒られてもいいくらい言ってしまったのだ。

 けれど元樹先輩は真面目に話を聞いてくれた。

 そのことから、本宮先輩に対して真剣な思いを抱いていると伝わってきた。


「一応言っておきますけど、僕が言ったことは全ての女性に当てはまる訳ではありませんからね? 日々の中で、お互いの呼吸を見つけていくことです。行き過ぎた気遣いを気持ち悪いと思う女性だっていますし。現に僕の友達の五十嵐さんって女の子は、本気で嫌がる表情を向けてきますから。『お前気持ち悪い』と言って頭だって叩かれたこともあります。あと、モテるのが何に当てはまるか分かりませんが僕は違うと思います。それと、さっきは否定のタイミングを逃しましたが、僕に彼女はいません。噂はあくまで噂です」


「お、おう……今日一番喋ったな。でも、さんきゅう! これからはもっと考えて、気を付けて行動してみる!」


 元樹先輩がずっと話していたからな、僕も溜まっていたのかもしれない。


「人には得手不得手がありますから、無理な背伸びは不要ですからね。でも……裏表を感じさせない笑顔は、元樹先輩の大きな武器だと思います。応援しています。頑張ってください」


「ツンデレって初めて見たかもしれん。絶滅していなかったんだな……でも、改めてさんきゅう、郡!! 何回言うんだ!! って感じだけど、そんくらいサンキュってことだ。じゃ、また学校で!!」


 余計なお世話だと突っ込みたい気持ちを我慢して、自転車にまたがり去っていく元樹先輩へ手を振り見送る。


 ためになったか分からない。

 だが、僕の知らない本宮先輩を知る事の出来たし食事も美味しかった。


 元樹先輩は裏表がないから一緒に居て気も楽だし、楽しかった。


 だから応援しているのは本当だ。

 元樹先輩の恋が叶う事を心から願っている。

 2人の接点は途中でなくなり距離が出来たらしいが、どうやら昔からの知り合いらしい。


 幼い本宮先輩は元樹先輩によく懐いていたとも聞いた。

 一方の話を鵜呑みには出来ないが、元樹先輩の恋が叶うような気もする。


 さて、元樹先輩の姿も見えなくなったし、駅ビルにあるスーパーへ向かうとしようか。


 果物とリンゴジュース、アップルティー。

 それとクルミも買っておいた方がいいかな。

 まだ家にあるけど足りなくなるかもしれない。

 余ったとしても日持ちするからいいだろう。

 その後は光さんに頼まれた書類を探さないといけない。


 すぐ見つかるといいけど。


 時刻は14時過ぎ。

 やることは、それなりにあるが時間に余裕もあるし大丈夫か。

 そして、その後は――。


「さらに可愛くなった3人を見るのが楽しみだな」


 果物も喜んでくれるといいな。

 3人の喜ぶ姿を考えると、ちょっと財布の紐が緩くなりそうだけど必要な出費だろう。


 葡萄はクロコにあげたら駄目だから、美味しそうな梨があるといいけど。


 そういえば、美海から返事は戻ってきただろうか。

 通行の邪魔にならないよう道の外れに避け、携帯を確認。


 メプリ画面を開くと、1分前に届いたばかりなことが分かった。


(美海)『おう。喜んで』


 なにこの子可愛い。無茶ぶりに乗ってくれたのかな、と思うと同時に今度は電話が掛かってきた。


『おう。八千代です』


『ふふっ。なぁに、それ? 変なこう君! 届いたメプリを見て、乱暴な言葉遣いした、こう君を想像したらね? もう、可笑しくて笑っちゃったよ。どうしてくれるの、こう君?』


『そうなの? それなら勿体ないことしたな』


『えぇ~? どうして勿体ないって思ったの?』


『可笑しな僕を想像して、独り可笑しく笑う美海をその場で見たかったなって』


『意地悪なこと言うこう君には、見せてあ~げない! べぇっ』


 電話越しのため姿は見えない。

 見たこともない姿のはずなのに『あっかんべぇ』ってする美海が目に浮かぶ。

 言葉隠さずに言えば『可愛い』。

 でもちょっと可笑しくもある。


『美海があっかんべぇした姿想像したら、可愛いのに可笑しくて僕も頬が緩んだよ。周りに人も多いのに、どうしてくれるの美海?』


『し~らない。でも、勿体ないことしちゃったな』


『真似された。でも、僕は意地悪じゃないから頬を緩ませた姿も見せてあげられるよ』


『先に真似したのはこう君だよ? あと、その返答が意地悪だと思うな?』


 おっと、上手く返されてしまった。


『お互い様ってことで』


『ふふ、変なのぉ。でもね、こう君?』


 ただ名前を呼ばれただけ。

 それでも、いつも僕が美海に作る流れのように感じる。


『いつでもどうぞ。美海』


『ふふっ。でもね、こう君? 頬を緩ませるこう君は、とても魅力的な男の子なんだよ?』


 美海が何を言いたいのか、ちょっとよく分からない。


『えっと……ありがとう?』


『だから勿体ないなって思ったの。私がその場にいたら、私の目を見て微笑んでくれるでしょ? だから、その魅力的で素敵な微笑みを私が独占出来たのにって』


 なるほど、こんな形の独占欲もあるのか。

 僕が抱いた醜い独占欲と比べると真っ当で可愛い。

 それに嬉しい、そう思ってしまった。


『そっか……美海には敵わないな。そう言ってくれて嬉しかったよ。ありがとう美海』


『どういたしましてっ。頬を緩ませたのは今の1回だけ? もしそうなら、あとでたくさん笑わせてあげるから独占させてね?』


『……それは、楽しみだな』


 無意識に頬が緩んだのは今の1回だけだ。

 でも、意識して頬を緩ませたのは他にも1回ある。


 そう考えたため、返事を戻すのに妙な間が空いてしまったし中途半端な返事となってしまった。


『ここで問題です。今、こう君が頭の中で考えたことを3秒以内で正直に述べよ』


 新しい質問のパターンだな。


 問題形式になっているが、成り立っていないと思う。

 そう突っ込みたいが、美海は『チッチッチッ』と秒針の音を可愛く口ずさみ、煽ってくるため突っ込む暇もない。


 だから息を吸い、一気に答える


『駅ビルに入っているお菓子屋さんの研修バッジを付けた店員さんに威圧感を与え焦ることがないようにしようと考えて口角をあげたなって考えた』


 早口になったが噛むこともなく言えた。でも言い訳がましい。


『可愛い女の子だったんでしょ?』


『愛嬌ある笑顔をした人だったかな』


『むぅ~!! 後で……後で会えた時に、髪を切って可愛くなった私をたくさん褒めてください』


 こうやって素直に感情を表してくれる美海は本当に可愛い。

 他所ではやらないでほしい。僕にだけ我儘を言ってほしい。


『それくらいお安い御用です』

『10個でも?』


『100個だって言えるよ』

『1000個でも?』


『美海の魅力は一晩じゃ語り切れないくらいあるよ』

『こう君ったら、歯の浮くようなセリフなのにスラスラ出てくるね! 嬉しいけどっ』


『今すぐにでも言おうか?』

『じゃあ、トップスリーを教えて下さい』


 と、言われたがすぐに美波と莉子さんが待ち合わせ場所である『空と海と。』に現れたらしく、美海の魅力を語る前に通話が終了となった。


 余韻を感じつつ携帯の画面を見ながらなんとなく予感する。


 美海に褒めてと言われたが、たとえ言われていなかったとしても、僕は間違いなく髪を切りさらに可愛くなった美海を褒める。


 だけど、義妹と友達を放置して1人だけを褒める訳にもいかないから、美波と莉子さんのことも褒めることになるだろう。


 その流れからきっと、他にも色々な事で3人に振り回される。

 そんな慌ただしい予感をさせてから、


 頬を緩ませ、買い物するために駅ビルへ足を向けることにしたのだ。

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