第137話 愛の告白を受けました

 クッキーを購入するお店に選んだのは、エスパル1階にある焼菓子屋さん。

 食品スーパーを利用するのに焼菓子屋さんの前を通る日もあるため、平日祝日問わずいつも列をなしている人気のある焼菓子屋さんだと分かる。


 列と言っても大行列とかではない。数人、数組の人が順番待ちしているくらいだ。

 そう聞くと人気があるのか微妙なラインに聞こえてしまうが、順番待ちが途切れないことを考えるならば、人気店と言ってもいいだろう。


 客層は学生や主婦、サラリーマン、年配者等、さまざまだ。


 焼菓子屋さんの前を通る時に漂ってくる甘く美味しそうな焼菓子の匂いにつられていることも考えられるが、手土産にもちょうどいいのかもしれない。


 僕も自分用に購入したことがあるけど、美味しかったから尚の事だろう。

 今日は自分用でなく、食事をご馳走してくれる元樹もとき先輩へのほんのお礼の品として購入に来たわけだが、珍しく列をなしていない。


 このお店だけでなく、隣り合うお店や正面に構えるお店も閑散とした様子だ。

 普段は学校があるから、このお昼の時間帯に来ることがないため知らなかったが、暑いお昼に出掛ける人は少ないのかもしれない。


 購入するクッキーは決めて来たけれど、せっかくだからゆっくりショーケースを覗いてみることを決める。


 オーソドックスな味だけでなく季節の果物を使用したクッキーとか、いろいろあるんだな。

 それだけに悩んでしまう。

 飲食店でメニューを見ても悩まない僕が悩む理由は、今日も香る甘い匂いが嗅覚とお腹を刺激してくるからだ。


 自分用としても購入しようか悩んでいるということになる。

 いや、我慢だ。衝動買いは控えた方がいい。

 それにこの場所は冷房が効きすぎていて肌寒く感じる。


 外との寒暖差で体調を崩しても嫌だし、早く購入して退店してしまおう。

 元樹先輩の好みは分からないけど、アレルギーとかないことを祈ろう。


 渡す前に確認して、もしもアレルギーがある時はまた後日別の物をお返ししたらいいか。


 そうと決まれば以前に購入したことのある物と同じ、ショーケースに飾られる見本から5枚ほど入っているクッキーを目で確認して、店員さんへ声を掛けようと顔をあげると。


「お決まりですか?」


 接客業らしい作られた『スマイル』を浮かべた店員さんと目が合う。

 決まるまで煽ったりせず、待っていてくれたようだ。


「この5枚入りの可愛いらしいサイズのクッキーを1つ頂いていいですか?」


 クッキーに指を差しお願いするが返事が戻って来ない。

 そのため顔を店員さんへ向けるが、キョトンとした表情を浮かべていた。


 だけどすぐに、今見せてくれたばかりの作られた『スマイル』と違った『笑顔』を浮かべた。


「ふふっ。値段とか一番安いクッキーとは言わないで、可愛らしいクッキーですか。素敵な言い方ですね? 今度から私も使わせてもらいます。あっ! すぐに包みますね。お会計は――」


 僕が返事を戻す前に、慌ただしく慣れない手つきで行動に移る店員さん。

 胸元には研修中を表すバッジが付いているから、まだ慣れていないのかもしれない。


 それなのに1人でお留守番をして大変だろう。

 早い時間に家を出たから約束までは時間に余裕もある。

 無表情からくる威圧感を与えないように、口角をあげることを意識して――。


「ゆっくりで大丈夫ですよ」


「――っ!? ありがとうございます。今日初出勤で不安だったので、お優しいお客様に当たってラッキーです」


「時間に余裕がありますから。それにしても初出勤なのに1人で大変ですね?」


「それなら、時間に余裕のあるお客様に当たってラッキーです。さっきまでは先輩お姉さんが居てくれていたのですが、冷房でお腹を壊し……って、余計でしたね。とりあえず、はい! お待たせしました。ご注文いただいた可愛らしいサイズのクッキーです! ふふっ」


 早速、僕が言った言葉を使用してくれたようだ。

 とてもいい笑顔を浮かべているから、言葉を気に入ってくれたのかもしれない。


 特に意識して言ったわけではなかったけれど、気分のよくなる素敵な笑顔を見られたから、僕の方がラッキーだったかもしれない。


 いい買い物をした気分だ。


「ありがとうございます。会計は電子マネーでお願いします」


「はい、ここが光ったらタッチをお願いします」


 それにしても冷房か。

 クッキーを受け取る時、割と強い冷風が当たった。


 顔を上げると業務用エアコンが真上に見える。

 そこから出る冷風が直撃する位置にお店が構えられている。

 心なしか、素敵な笑顔をプレゼントしてくれた店員さんも寒そうな様子が見える。


 お腹を壊した先輩店員さんは、この冷風にやられたのだろう。

 夏だから仕方ないとはいえ、いい労働環境とは呼べなさそうだ。

 そんなことを考えつつ、交通系ICカードで支払いを済ませる。


「また来て下さいね!」


 元気よく手を振る店員さんに見送られながら、インフォメーションへ向かう。

 接客業としては、言葉遣いや態度が崩れ過ぎていたがアルバイトだろうし厳格なお店でもないのだからとやかく言うことでもない。


 むしろ好感を持てたし、それを帳消しにする笑顔でもあった。

 綺麗な人でもあったから、もしかしたら店員さん目的のファンも出来るかもしれない。


 お節介、いや余計なお世話かもしれない。

 インフォメーションで働く人からすれば、僕は迷惑なお客になるかもしれない。


 気分よく買い物させてくれた店員さんへのお礼ではないが、インフォメーションで『寒い』とクレームを入れてから、元樹先輩と約束した場所へ向かうことにした――。


 到着したのは約束の時間10分前。

 駅前広場にある有名な緑の扉、その付近で待機する。


 このまま待ち合わせ場所である扉の前で待機した方がいいかもしれないが、頭上から降り注ぐ夏の太陽の日差しが、僕の頭や肌を焼いてくる。


 つまり、かなり暑いということだ。


 このままでは熱中症になってしまう。

 日傘を差してもいいのだが、緑の扉を視認できる位置に木陰があるため、その場所へ避難する。


 木陰で待つこと15分。

 約束した時間から5分程遅れて、元樹先輩が緑の扉前にやってきた。

 木陰から顔を出し、キョロキョロと周囲へ顔を動かす元樹先輩に声を掛ける。


「元樹先輩、こんにちは」


「おお、そっちかっ! よっす郡! 腹の具合はどうだ? 郡がいいなら、すぐにメシ行くつもりだけど? しかし、あちーな」


 元樹先輩のひたいや首回りは汗で光って見える。

 早く涼しい店内へ移った方がいいだろう。


「僕もお腹ペコペコなので、すぐに向かいましょう」


「おうっ!」


 元気よく返事すると目的地も告げず、すぐさま歩き出した。

 何をご馳走してくれるのか、僕も聞かなかったし元樹先輩も言っていないから、元樹先輩がどこへ向かっているか分からない。


 ちょっとした冒険気分で、ひと先ず後について行くがその前に。


「元樹先輩、よければ使って下さい」


「おおー! さんきゅう!!」


 合流した時から、とめどなく流れ続ける汗を手のひらや腕で拭っている様子が気になり、汗ふきシートを差し出したのだ。


 大きな体は新陳代謝がいいのだろう。体にはいいことだけど夏は大変そうだな。


「郡は『OHANAおはな』ってカフェ知ってっか? 今日はそこに向かってんだけど……今さらだけどさ、食べれない物とかあるか?」


 初めて聞いたけど『お花カフェ』か、どんな店なのだろうか。

 想像つかないけれど、何となくお洒落なカフェがイメージされる。


 失礼だけど、元樹先輩ならラーメン屋やその辺のファストフードに行くのかと予想していたため、ちょっと意外だった。


 心の中で謝罪しつつ、アレルギーもないので平気ですと返事をしておく。


 お店のある場所は駅から5分くらいの距離だったけど、元樹先輩にとっても初めて行くお店のせいか、携帯と睨めっこしながら彷徨い歩き、倍となる10分ほどで到着した。


 到着して先ず目についたものは、イメージされた通り小洒落た外観をした建物。

 店看板には『OHANA』と書かれていた。


 日本語でお花と書いたらなんとなく外観の雰囲気にそぐわないよなと考えながら店内に入ると、髭が似合うアロハシャツを着た男性店員が出迎えてくれた。


 元樹先輩が男性店員と話している間、店内を見渡すと、2人用のテーブル席を1つ残し、それ以外は埋まっているため、ほぼ満席となっている。


 ほぼ満席とはおかしな日本語だなと思ったが、あながち間違ってはいなかった。

 元樹先輩が予約してくれていたため、唯一の空席へ案内されたことで満席となったからだ。


 元樹先輩は奥側のソファ席。

 僕は手前にある椅子へ腰を下ろす。

 着席を確認した店員さんがメニューと、店名の由来が書かれた説明書きを手渡してくれたため、代表して受け取る


 店名となっている『OHANA』は、ハワイ語で『家族』や『運命共同体』と言った意味があるらしい。


 偶然だろうが、家族の時間を楽しんだ僕にとっては昨日の今日でタイムリーな言葉に感じた。


「なるほど、『OHANA』って、ハワイの言葉なんですね」


「フラワーの方だと思ったか?」


 元樹先輩に言われたように勘違いしていたため、その通りだと素直に頷く。


「はは、だよな。俺も初めはそう思ったし。つかよ……」


 言葉は続かず、元樹先輩は困ったような焦るような表情でキョロキョロと周囲へ視線を向け始めた。


 肩身を狭く感じているのだろう。


 僕も全くと言っていいくらい同じ気持ちを抱いているから、元樹先輩の気持ちが手に取るように理解出来てしまった。


 お洒落な店内の中は大賑わいで、客層は若く、学生や主婦がほとんどだ。

 その全てが女性で、男性客は元樹先輩と僕の2人だけに見える。

 女性限定といった決まりはないが、間違いなく浮いている。

 この店をチョイスした理由を元樹先輩に訊ねたいがひと先ず。


「元樹先輩、メニューをどうぞ」


 落ち着きない様子で、周囲へ不躾な視線を送ることを止めてほしいと思ったのだ。


 僕の目論見通り、元樹先輩は視線をメニューに固定してくれたため、僕も続けてメニューへ視線を落とすが、昼食と考えたら結構いい値段に思う。


 普通に食べたら1人当たり2千円を超える値段設定だ。

 高校生としての僕の金銭感覚では贅沢に感じる。


 でも他にランチセットが1200円で用意されているようだ。

 サラダとメインがワンプレートでまとまっていて、ドリンクも付いている。

 美味しそうだし量も十分そうに見えるから、僕はランチセットがいいかな。


「僕はランチセットにしようと思いますけど、元樹先輩はお決まりですか? それと、僕にとっては結構高いんですが……本当に馳走になっていいんですか?」


「俺も……ランチセットだな(それしか無理だ)。ちょっと、郡に相談したいこともあるから、郡は気にせず食べてくれ」


 元樹先輩はおそらく、小声で言ったつもりなのかもしれない。

 けれど、元の声が大きいためバッチリと僕の耳まで届いてきた。


 聞こえてしまったため頼みにくいが、遠慮は逆に失礼かもしれない。

 こういう時の判断って難しいよな、どうしたら正解なのか悩んでしまう。


 先に、相談内容をさわりだけでも聞いてしまおう。


「元樹先輩、ちなみに相談事はどんな内容ですか? 場合によっては役に立たないと思うので、そうするとご馳走してもらうにはしのびないのですが」


 どうしたというのか。

 涼しい店内で引いていた汗が、元樹先輩のひたいに滲み始めている。

 心なしか顔も赤くなっている。

 この時点で、聞くのが怖くなってしまった。


「………………笑ったりするなよ? あと、誰にも言わないでくれ」


『笑う』の言葉に反して、元樹先輩の表情は真剣そのものだ。


「はい、相談事に対して笑ったりしませんよ。それと、秘密にする必要があるなら口外しません。約束します」


 真面目な顔をして一生懸命に言われたら、他者に漏らすことなど出来る訳がない。

 たとえそうでなかったとしても、秘密にしてと言われたことを口外することなどしない。


「その……なんだ…………真弓……本宮についてだ」


「本宮先輩……ですか?」


 今、聞きたくないナンバーワンの人名が元樹先輩の口から出てきてしまったため、やまびこのように返すだけで精一杯だった。


 本宮先輩に関する悩みと言えば、生徒会に関することの可能性が高いだろう。

 それなら、元樹先輩には悪いが聞くことは出来ないな。

 ご馳走すると言ってくれている気持ちはありがたいが、自分の分は自分で払おう。


 だから断りを入れよう。


 そう思い口を開こうとしたが、元樹先輩は僕のキャパを一瞬で一杯にさせるとんでもない事を追加で言ってきた。


「好きなんだ! ……(真弓のことが)。だから頼む、話を聞いてくれッ!!」


 よほど恥ずかしかったのか、顔も耳も真っ赤に染まっている。

 それはつまり恋する乙女の顔をしている。

 以前感じた通り、大きな体に反して繊細な一面を持っている人なのかもしれない。


 ですが、あの、すみません。


 どうして今度はしっかりと小声なのでしょうか。

 僕の距離でもギリギリ聞こえてきました。

 他の言葉はいつも通り大きな声なのに……。

 おかげで、周囲にいる女性客の手が止まり注視されています。


「正気ですか?」


 衝撃的な事実の打ち明けや予想外な状況のせいで、つい何も隠さない本音で返事を戻してしまった。

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