第131話 猫のフミフミはですね……内緒です

 否が応でも当面の目標が定まりはしたけど、何から着手するのかを考えなければならない。


 月美さんのことも考えないといけないし、勝負に乗ったはいいが少し億劫な気分でもある。だから、思わず――。


 ――はあ。


 と。

 校門を出た所で、ため息をこぼしてしまった。


「美海の笑った――」

『こう君、待って!!』

「――顔が見たい」


「んんうっ――!? え、えっと……」


 驚き固まり、耳をほんのり桃色に染める美少女。

 その美少女を一心に見続ける表情の少ない男。

 約3カ月前にも似たようなことがあったな。

 その時のことを思い出しながら会話を続ける。


「どうしたの、上近江さん?」


 頬を膨らませ、いじけたような表情を見せるが、僕の意図が伝わったのか会話に乗ってくれた。


「八千代くんに、ちょっとお話があるの。ついて来て……ください――なんてね。まだ3カ月前なのに、なんかちょっと懐かしいね」


 ――確かこんな感じだったよね?

 と、言葉が続く。


 意図が伝わったことも、美海が同じことを思い出してくれたことが嬉しくなる。

 だけど、ここは校門を出た直ぐの場所。


 月美さんや本宮先輩には知られてしまっているのだから、今さらかもしれない。

 何枚も上手な、偉大なる先輩方に全て知られているなら、隠したって意味がない。

 それなら、無駄に警戒せずとも普段通り行動しても構わないのかもしれない。


 どこか投げやりになりそうな気持をグッと我慢して、一応周囲に視線を向けるが、ついて来ている人や怪しい人影はない。


「美海のおかげで、あっという間の3カ月だったかな。でも、本当にどうしたの? こっちだと遠回りだよね?」


「私のおかげで素敵で幸せな3カ月が過ごせたってこと?」


 曲解して伝わっているが、本当のことだから頷いて返事をする。

 つまり曲解はしていない。美海が正義ということだ。


「それならね、私のお願い聞いてほしいな?」


「僕に出来る事なら、なんでもどうぞ」


 こんなやり取りも何度もしている。

 たった3カ月で僕の中は美海に埋め尽くされてしまっているかもしれない。

 大袈裟だけど、そう思える事が嬉しい。


「じゃあ、またね? また……こう君のこと、膝枕させてほしいな。髪も撫でさせてほしいな」


 終業式のあとに教室でジッと向けられた視線。


 あの視線の意味は、僕に何かあったことに気が付いた視線だったのだろう。

 だから美海は元気をくれようとしている。


「やっぱり美海にはお見通しだね」


「当たり前でしょ。分からない方がおかしいよ。莉子ちゃんだって心配していたからね?」


 美海と莉子さんが凄いのか、笑えることになった反動で、僕が分かりやすくなったのか。

 佐藤さんに気付いた様子はなかった。だから、2人が凄いのだろう。

 もしかしたら幸介も気付いていた可能性もあるけど、僕が何も言わないからいつものように見守ってくれているのかもしれない。


 僕の周りには頼りになる人ばかりだな。

 莉子さんには今度謝らな……いや、お礼を伝えないといけないな。

 心配してくれてありがとうって。


「それでどうなの? 膝枕させてくれるの? 私の太ももだと不満?」


「変なお願いだね? 普通は膝枕してほしいものじゃないの?」


「何も変なお願いじゃないよ? 元気のないこう君を私が元気にさせたい。誰にも譲りたくない。莉子ちゃんにだって。だから何も変じゃないでしょ? それに膝枕してあげた後は、こう君がする番だからね? それで、私の太ももだと不満?」


 凄いめちゃくちゃな理論に聞こえる。

 それなのに美海の言葉1つで、嘘みたいに心が熱くなってきている。


 嬉しいのだろう。


 声を大にして言うことなど出来ないけど、美海の太ももだって楽しみだ。

 お返しとして膝枕してあげたら、その時、僕も美海の髪を撫でていいだろうか。

 今日の朝、いつでもいいと許可はもらっているから大丈夫かな。


「美海?」


「お姉ちゃんには連絡してあるから、このまま一緒にこう君のお家行って膝枕させてね。それで、元気出たらお昼ご飯も一緒に食べて、バイトも一緒に行こうねっ」


「ありがとう。甘えさせてもらうよ」


「どういたしまして。でもね? 私がそうしたいだけだから、これはこう君のためじゃなくて私のため。そこのところ勘違いしたらダメだからね? だから私の方こそ、ありがとうっ」


 いつかのお返しのように、優しい笑顔と一緒に言葉をくれる。

 僕が辛い時や疲れている時、いつだってすぐに気付いて励ましてくれる。


 改めて実感する――好きだなって。


 やっぱり僕は美海が好きだ。

 この気持ちを今すぐ伝えたいけど、どう伝えたら美海に一番届くだろうか。


 せっかく伝えるならば、全てを伝えきりたい。

 大変な事ばかりだけど、ちょっと頑張るか。


 それで、途中で疲れたらまた励ましてもらおう。


「それでも、ありがとうだよ美海。ちなみにさ?」


「はいはい、どういたしまして。なぁに、こう君?」


「この間知ったことだけどさ」


「……いつでも、どうぞ」


 流れを察したのだろう。僕の言葉を待ち構えているような表情だ。

 さっきのさっきなのに、僕も反省しないな。


「この間膝枕してもらって気がついたけど、僕は美海の太ももが好きみたい」


「ふ、ふぅ~ん?? それなら良かったけど……」


 僕の返答が許容範囲だったのか割と冷静だ。

 そして、少し不満げな表情を僕に向け始めた。

 なんだろう、美海の真似じゃないけどちょっと怖い。


「けど?」


「……こう君が誰に膝枕をしたのか、聞いてもいい?」


 さて――なんて答えようか。


 保健室にいた人? 残念な人? 2年の先輩? それとも、四姫花候補?


 駄目だ。

 なんて答えても最終的に全てを白状する未来しか見えない。

 即答せず僕が言い淀んでしまったからか、悲しんでいるようにも見える。


 それなら、怒られたとしても美海が知りたがっているなら言ってあげた方がいいかもしれない。


「いい訳になるかもしれないけど、したくてした訳じゃないからね? 最後は強制的に叩き落したし」


「……そうなの?」


「うん。それに、美海に嘘をつきたくないから正直に言うけど、相手は2年生。僕も今日知ったことだけど、その人は四姫花候補の五色沼ごしきぬま月美つきみ先輩」


 年上なことについてまた何か言われるかと構えていたけど、すぐに返事を戻したりはせず、何やら思案顔を見せて来る。


「……こう君はあの時、その先輩にコテンパンにされて元気をなくしたってこと?」


「コテンパンにされたことは確かだし他にも要因があるけど、大きな理由としては自分の不甲斐なさにかな」


「そっか……うん、分かった。答えてくれてありがとう、こう君」


 今の少ない情報だけで、僕に元気がない理由は月美先輩が関わっているとよく分かったなと感心してしまう。


 それに対して、美海が何に対して分かったと言ったのか僕には分からない。

 だけど――。

 美海の目が、何かを決めたように力強く光ったように見えた。


「でもね、こう君? 次は、もうダメ…………なんか。私ばかりやきもち妬いていて、嫌になってきちゃう」


「そんなことないと思うけど? やきもちかどうかは分からないけど、僕も前に似た感情を抱いた時があるし」


 膝枕から連想されたが、プラネタリウムを観に言った日。

 美海はショートパンツを履いていて、その時に露出が多いことが気になったことを思い出したのだ。


 あまり人の目に触れさせたくないなって。

 気持ち悪いと思われそうだから、出来るなら言いたくないけど。


「聞いてもいい?」


「言ったら美海を不快にさせるかもし――」

「それでも!」


 僕が言い終える前に言葉を被せてくる。

 仕方ないが、覚悟を決めよう。


「そうだな、あまり、その……なんだ? えっと……うん。プラネタリウムを観に行った時、美海によく似合った服装だったけど、露出の多い服を外で着てほしくないかなって。出来ればその……他の人の目に、美海の肌を触れさせたくないと感じた。今考えてみると、これがやきもちなのかもしれない」


 やきもちという言い方は、まだ可愛いかもしれない。

 美海と違って僕の気持ちは完全な我満であるし、服装の自由を奪う束縛だ。

 自分でも気持ち悪いと思う独占欲。


 甘く見積もって引かれた可能性が高い。

 美海からは『さすがに、それは無理だよ』等、返事が戻ってくるかもしれない。


 そう思っていたが、美海の反応は僕の予想と反対であった。


「ん……分かった。これからはこう君の前だけにする」


 結構、本気で覚悟していたけどあっさり承諾してくれたのだ。

 こんな気持ち悪い我儘を言ったのに、美海は承諾してくれたのだ。


 このことに対して、僕が一番喜ぶべきことだと思う。


 それなのに、美海の方が僕よりも嬉しそうにしているように見える。

 どうしてだろうか、不思議に思い美海を見ていると。


「なぁ~に?」


 と、無邪気な笑顔で問われてしまう。

 さらに僕が返事を戻す前に左手を取られてしまう。


「帰ろっ」


「そうだね、クロコと……膝枕が待ってるし」


「ふふっ――えいっ」


「どうして僕の手の平をムギュってしているの?」


「クロコの真似だよ? よくこう君のお膝の上に乗って、前足? 前の手でしているでしょ? お膝やこう君が添える手の平とかに」


「なるほど――」


「どうしたの? 痛かった?」


 美海は知らないのだろう。

 それに、そんなつもりでしている訳じゃないのかもしれない。


 けれど言えるわけがない。


 猫のフミフミするような仕草はだということを。


 思わず目を逸らしてしまったが、誤魔化すように美海の手を握り、その仕草を封じてしまう。


 けれど繋ぎ直した手がいけなかった。

 どうしてか分からないが、いわゆる恋人繋ぎと呼ばれる繋ぎ方をしてしまった。

 すぐに直そうとするも、ギュッと握られてしまい繋ぎ直すことも叶わない。


「えっと、美海さん?」


「こう君から繋いでくれたのが嬉しいなって」


「なるほど――」


 そればっかりと指摘されてしまうが、横から見ても分かるくらい嬉しそうに頬を緩ませている美海を見たら、それしか言えなくなったのだ。


「ん~? こう君も嬉しいの?」


 そんな美海を見て、僕はどうやら自然と笑みがこぼれていたようだ。


「美海が笑っていると僕まで嬉しくなるんだなって」


「私も一緒だから、嬉しいの連鎖だねっ」


 恥ずかしさから言葉にすることが出来ないが、とんでもない幸せの連鎖だ。

 互いに横顔を見て、目が合いそうになったら顔を反らす。


 その繰り返し。

 そんなおかしなゲームを繰り返しながら帰宅を果たした。


 溜息で始まった帰り道だったはずなのに、気付けば、仲良く手を繋ぎ並んで帰宅することに。


 そのおかげで、憂鬱だった気分など忘れ、幸せな気持ちにさせられる時間となったのだ――。



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