第130話 宣戦布告されてしまいました

「失礼します」


 生徒会室へ足を踏み入れ入室する。

 中に居る人数は6人。

 正面中央にある机に座り、僕に視線を向けている本宮先輩。

 その両端には猫背気味に立つ日和田先輩と、背筋を伸ばし姿勢よく立つ冨久山先輩。


 残りの3人は、出入り口に背を向けて2年生と向き合っている。

 今朝、山鹿さんを通して知り合ったばかりの亀田さん、広野入さん、白岩さんだ。


 この3人は現生徒会役員ではないが、おそらく次期候補者なのだろう。

 僕と同じように呼ばれたのかもしれない。


「悪いね、千代くん。あんな大勢の前で呼び出したりして」


 謝罪を口にするが、悪びれた様子など全く感じさせない笑みを浮かべている。

 返事を戻す前に、本宮先輩の方へ足を進める。


 先に居た3人は立ち位置をずらし、本宮先輩の正面を空けてくれる。


「単刀直入に聞きますが、お話とはなんでしょうか?」


「わかるだろう?」


「生徒会役員の立候補についてでしたら、一昨日にもお断りした通りです」


「気持ちは変わらないと?」


 短く『はい』とだけ答える。

 これで話は終わり。

 それならいいが、そのためだけに呼び出したりしないだろう。


 だから、これから本題に入るはず。


「結論から言ってしまってもいいが……千代くん、まだ時間は平気かい?」


「ええ、多少なら」


「では、少しだけ話に付き合ってくれたまえ」


 本音を言えば、すぐにでも結論を聞きたい。

 だが、仲も良くない先輩にそんなことは言い難い。


「私の兄はね、名花高校初代生徒会長なんだ。それで、私がまだ幼い頃。その兄から自慢されるように、当時の名花高校であった出来事を何度も、何度も聞いたんだよ」


「それは……なんとお答えすればいいのでしょう?」


 何度も繰り返し同じ話をされてうんざりしたのか、それとも逆に、何度もせがみ聞いたのか判断に悩んだから返事に迷ってしまった。


 でも、そうか。

 つまり本宮先輩のお兄さんが、古町先生に下剋上された人ということか。


「口が上手くて説明上手な兄でね、話を聞いただけでも兄が見たその時の光景が私の目にも浮かんだよ。とても――キラキラと輝いていて幼いながらも素晴らしい光景だと思った。憧れたよ。だから――」


 その光景を思い出していたのか、恍惚こうこつした表情で語っていたが、最後、瞬時に挑戦的な表情に切り替わった。


「私が引退するまでの1年間、その働き次第では君が邪魔だと考えている制約をなくしてあげてもいい。最後にもう一度だけ聞こう。千代くん。生徒会副会長にならないかい?」


 魅力的な提案だ。

 だけども、譲歩しているようで何1つ明確な事を言っていない。

 まだこの人を信用できるほど付き合いも長くない。

 だから答えは決まっている。


「正直にお答えします。僕は騎士になりたいと考えています。欲しい物は自分の手で手に入れます。だからお受けすることは出来ません」


「そうか、残念だけど仕方がないね」


 本宮先輩のことだ。僕がそう答えることは分かっていたのかもしれない。

 だから、残念だと言いながらもまるで残念な表情をしていない。


 そうだな……例えが難しいが、新しいおもちゃを与えられて喜ぶ子供のような顔をしている。


 昔、ゲーム機を買ってもらったと喜ぶ幸介が浮かべていた表情そっくりだ。

 呑気にそんなことを考え、今度こそ話は終わり。


 そう思っていると――。


「では、千代くん。私は君に宣戦布告するとしよう」


「……宣戦布告ですか……何やら仰々しいですね?」


「ふふ、確かに仰々しいかもしれない。千代くん。私は、君が副会長推薦を断ったことに対して、少なからず残念に思っている。これは本当だよ。千代くんが私の右腕になってくれれば、より良い学生生活を送れそうだからね。だけどそれ以上に! 断ってくれて本当に嬉しく思っている。おかげで宣戦布告することが出来たのだから!!」


 話が進むにつれ、恍惚した表情が加速する。

 もはや異常者だ。恐怖を覚えてしまう。


「よく意味がわかりません。それに私用で生徒会を運営していいのですか? 確か本宮先輩は名花高校のために尽くさないとならないと話を聞いているのですが?」


「解釈違いだね。私なりに名花高校のためになると思ってのことだよ。次年度、さらに翌年への起爆剤のようなものだ」


 詭弁もしくは屁理屈だ。

 口約束だったとはいえ、これじゃ田村生徒会長も浮かばれないな。


「屁理屈にきこえ――」


「千代くん――騎士になりたいなら好きになるといいさ。きっと、君ならより取り見取り選びたい放題だろうからね。だが、制約に則り、四姫花と騎士の交際は許さないよ。例え、私が卒業したとしても、この意志は次世代にも引き継がせてもらう。君が高校卒業まで待てるなら、それもいいかもしれない。初代秋姫【調和の”秋桜こすもす”】と同じようにね。でも、在学中に甘い青春を謳歌したいならば、制約をなくさなければならない。せっかく感情を取り戻し始めたんだ、アオハルしたいだろ? 千代くんも」


「ええ、まあ……それなりには」


 突っ込みどころ満載だな……。

 言われた通り青春を謳歌したい気持ちはある。

 堂々と楽しみたい。


 今この時しか作ることの出来ない思い出が欲しい。

 そう思っている。


 あと――。初代四姫花で結婚をしているのは女池先生だけだ。

 つまり女池先生が秋姫ということか。

 最後にもう1つ――。

 勘違いしないでほしいが、より取り見取り選びたい放題なんて望んでいない。


 僕はただ、好きな人の騎士になりたい。それだけだ。


「それならば初代春姫【絶対王者”牡丹”】のように、下剋上して兼任するしかない。失敗すれば貴重な高校生活で得られるはずの青春を失う。だけど千代くんが下剋上を達成出来たあかつきには、報酬として千代くんの望むまま、全力でサポートさせてもらおう。だから勝負といこうじゃないか、千代くん」


 これが、この人の真なる目的。

 兄から何を聞かされたのか、詳しくは分からない。

 普通なら下剋上などされたくないものだ。


 だけどそのことに想いを寄せると言うことは、想像以上の、想像することも出来ない景色を見たのかもしれないし感じ取ったのかもしれない。


 だから、兄である初代生徒会長と同じように下剋上されることを望んでいる。


 いや、少し違うかな。


 正しくはそれを超える何かを自分の目で見たいと願っているのかもしれない。


「少し時間を――」


「姫候補者たちに相談するのは許さないよ。この場で決めたまえ。男だろう?」


 美海や美波、幸介にも相談してから決めたかったけれど――。


「他の方法も考えますが、勝負……しないといけなさそうですね」


「千代くんが言ったように、英雄ならば、逃げず、他者に委ねず、欲しい物は自身の手でつかみ取るべきだと思うよ。そしてそんな君に似合うピッタリな言葉を贈ろう。『求めよ、さらば与えられん』。いい言葉だろう?」


 欲しい物は自分の手でつかみ取るというのも分かる。

 待っているだけで、手に出来るものはあるかもしれない。

 でも、どうせなら自分でつかみ取りたい。


『求めよ、さらば与えられん――』


 ――か。

 僕に似合うか分からないが、確かにいい言葉だ。

 でもな……乗せられている。そう実感もする。


 どうにか出来るなら小細工でも何でもするが僕には向かない。

 バス旅行で懲りている。

 古町先生から聞いているが、下剋上に必要なことは過半数を超える生徒の賛成票。

 要は票取り合戦ということだ。


 本宮先輩が現時点でどれだけ掌握しているのか不明だが、圧倒的に不利ということは間違いない。


 それでも乗るしかない。勝たなければ、本来得られるはずの青春を捨てることになってしまうのだから。


「それで、どうだい。この勝負受けてくれるかい?」


「分かりました。勝敗は僕が下剋上を出来るかどうかでよろしいですか?」


「結構。強いて言えば、下剋上はあくまで過程かもしれない。私は、兄の見た景色それ以上の光景が見たい。だから私が納得する、下剋上をも超える光景を見せてくれたら下剋上でなくとも構わないよ」


「……曖昧な内容だと怖いのですが?」


「千代くんからしたら確かにそうだね。失礼した。勝敗は下剋上が出来るかどうか。私が言ったことも有効にしておくから、おまけ程度に心に留めておくといい」


 ハッキリ口にしてもらえてよかった。

 下剋上ですら達成が難しいのに、それを超える光景なんて僕には考えつかない。


「その様子なら、決まりでいいね。紅葉書記、記録したかい?」


「ええ、大丈夫。しっかり議事録に書き込んだから」


 こんな個人的な勝負すら議事録に残すことに驚く。

 記録に残ると言うことは、将来の後輩に見られるということでもある。


 勝負の内容が内容だけに恥ずかしい。

 あとで議事録の中を確認させてもらいたい。

 そう考えていると本宮先輩から意外な提案をされる。


「結構。だけどそうだな、現時点ではあまりにも差がありすぎる。勝負にならないと言ってもいい。君がスタートにすら立てないまま終わる可能性すらある。だから、条件は付けさせてもらうが千代くんにはハンデをあげよう」


「いいんですか?」


「白ける結果になることは避けたいからね、だから構わない。ハンデの内容は――」


 どんなハンデをくれるかは分からないが、願ってもない話だ。


「私たちは暫らく静観する。そうだな……動くのは文化祭準備期間が始まる11月15日からとしよう。あぁ、もちろん。情報収集や、その他策を講じさせてもらいはするけどね。それと条件について――賛同者を集めるさい、勝負の内容を公表しないこと。加えて、万が一にも知られてしまった場合、その者にも公表を禁ずること。理由はサプライズイベントにしたいからね」


 欲を言えば、過半数を超える賛成票を得られたら無条件で生徒会役員の賛同も欲しいところだが、十分だろう。


 条件についても、いくらでもやりようがあるから問題ない。


「十分です。ありがとうございます」


「今度こそ決まりだ――」


 その後は、特に追加される話もないまま解散となった。


 本宮先輩は、語っていた時よりは落ち着いていたが最後まで恍惚こうこつとした表情を浮かべていた。


 失礼な物言いだが、頭のおかしい変態にしか見えなかった。

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