第129話 ツインテール旋風と共に現れる天才
保健室へ入室して、目に飛び込んで来た光景に唖然としてしまう。
気に入っているのか、あの日から今日までツインテールにしている。
その長い髪をしたツインテールが、机の上にある筆記用具や書類をぶちまけている。
その光景に唖然としたのだ。
突っ込みたいが、突っ込んだら負けな気がする。
とりあえず、足元に転がってきたペンや、ふわふわと舞い落ちてきた書類を拾ってから彼女へ近付き質問する。
「山鹿さんは?」
「あの子はです。女の子の日です。貧血です。ベッドです。寝かせたです」
保健室にはベッドが5つある。
そのうち1か所にカーテンが閉まっている。
そのカーテンの中から『ドンッッ』と。
何かを殴るような大きな音が聞こえて来た。
多分……月に1回くらい。
女の子にだけやってくるアレを、この人に暴露されたことが嫌だったのだろう。
僕も聞きたくなかった。
貧血の理由も、女の子が何かを殴る荒々しい音も――。
「そうですか……今日さっき。五色沼
「やっとです? 千代くん今さらです。自己紹介するです。よく聞くです。『
「――――」
確かに、『よく聞くです』と忠告はあった。
僕が質問したことへの回答もあった。
でも僕が質問したのは名前について。
だけどそれ以上の返事が僕の耳を、脳を犯してきた。
とりあえず、”情報過多”。
情報の咀嚼が間に合わないし、何から突っ込みを入れていいか、重要な情報が多すぎて順番が付けられない。
意外と面倒くさがりとか言っていたが、意外でもなんでもない。
見るからに面倒くさがりだろう。
几帳面ならベッドの周りや上が物で溢れたりしない。
それに2歳で病気か……苦労しているのかもしれない。
でも、なんでスリーサイズだけ二度内緒だと言ったのか……細く見えるが、あ、いや、考えてはいけない。
それに、どうしてツインテールを可愛いと思ったことがバレているのかとか、聞きたいことは山ほどある。
だけどそれよりも――。
僕と美海の関係が知られている。
これだけは聞いておきたいが、憶測の可能性もある。
その場合、下手に確認したことで肯定と捉えられてしまうことも考えられる。
それに今は山鹿さんもいる。
枕を殴る音が聞こえたばかりだ、間違いなく起きているはず。
今の話だってギリギリだ。
逃げの一手かもしれないが僕も情報の整理がしたい。
それなら今は、質問を控えた方がいいかもしれない。
「確かに綺麗だし可愛いですが、月美先輩はちょっと……僕の好みとは違うので遠慮させていただきます。ごめんなさい」
僕もテンパっているのだろう。
こんなこと言うつもりではなかったのに、つい莉子さん風な言い回しで断ってしまった。
「平田莉子です。平田莉子は千代くんが好きです。つまりです? 千代君私が好きです。千代くんはツンデレです? でも31回振られるの嫌です」
「………………とりあえず、連絡先は預かります」
「はいです」
まるで冷や水を浴びせられたように、一気に冷静にさせられた。
莉子さんが僕を好きという話は、僕が鈍かっただけで結構知られている。
そのことを莉子さん本人から聞いているから知っている。
けれども――。
31回という回数は昨日更新されたばかりで知られていないし、周囲に伝わっている話は僕が泣かせた話としてだ。
だからけして――。
莉子さんが僕を振った回数などではない。
本宮先輩といい、この人といい、2年生は癖の強い人が多い。
僕のことをどこまで知っているのだろうか。知られてしまっているのだろうか。
嫌でも情報の大切さを知ることとなった。
僕と月美先輩が会話をしない限り静かである空間。
だけどここで、校内放送が聞こえてくる。
校長先生の長い話が終わった次は生徒会からの話。
内容は来月に行われる生徒会役員選挙について。
煩かったのか、月美先輩が音量を下げている。
「千代くん、いいです?」
「なんですか?」
何を言われるか怖くなってしまう。
いつものやり取りで、美海はこんな気持ちなのだろうか。
今度からは優しくしてあげよう。
「四姫花は便利です。でも面倒も多いです。ちょっと困っているです」
「それが制約で決まっているなら、どちらかを選ぶしかないんじゃないですか? 四姫花になるか断るか」
急になんだと思ったが、そう答えるほかない。
身体が弱いなら断ることも出来るはず。
「保健室を極めるです。だからです。四姫花は捨てがたいです。千代くん、私の騎士なるです?」
「それは、つまり……月美先輩の面倒を僕が見ろと?」
「違うです。千代くんにならいいということです。便利です? 千代くんに悪い話じゃないです。私は千代くんの味方です。おまけです。配下も付けるです」
「僕には面倒にしか思えないので、悪い話かどうかはよく分かりませんね」
ひと先ず、配下という気になるキーワードは置いておく。
本宮先輩から生徒会に誘われ、それを断った理由でもあるがバイトもある。
これが美海や美波のためなら時間を割くが、
いろいろと世話になってはいるが、そこまでの義理はないはず。
だから僕にとって、よほどのメリットが見えない限り頷くことは出来ない。
「四姫花を恋人にするです? でもです。制約が邪魔です。生徒会をです。何とかするしかないです。味方が必要です。風紀委員会どうです? 風紀委員長です。
この人はさっき、試験の点数は全教科満点だと言っていた。
頭がいいのだろう。
それだけでなく、美波と同じように天才なのかもしれない。
見えている世界が違い過ぎる。
そう考えさせられるだけの言葉だった。
これまでは感じたことがなかったけど、今は月美先輩と話していると僕の心内を丸裸にされているような気分にさせられる。
そして、メリットについてだ。
月美さんが言ったように、僕の願いを叶えるためには月美さんの騎士になることが一番の近道なのかもしれない。
”有言実行”。この人なら本当にやってのけるだろう。
僕の願いも叶えられて、その上、美人な先輩の騎士となり、四姫花と同じだけの特権も得られる。
最高に魅力的な提案かもしれない。
だけどもし、騎士に選ばれるならば。
誰の騎士になりたいかは決まっている。
月美さんではない。
そのため、願いまでの距離が最短かつ魅力的な提案だとしても、頷くことなど出来ない。
「月美先輩、ありがたい話ですけど――」
返事を戻そうとするが同時に、月美先輩が校内放送の音量を上げ始める。
『1年Aクラス八千代郡くん聞こえているかい? 話したいことがあるから放課後、生徒会室に来るように。でも、そうだな。この場を借りて先に伝えてしまおうか。2年Bクラス本宮真弓は、次回生徒会役員選挙で千代くんには副会長の任へ立候補してもらいたいと考えている。その対策について話がしたい。あぁ、もし、時間がなければ後日でも構わない。必ず、話し合いの場を設けさせてもらうからね。千代くん、君と一緒ならより楽しい文化祭を開催できるだろう!! 楽しみにし――』
聞きたくなかった話が聞こえてしまった。
月美さんは、最後は不要だと言うかのように校内放送の音量を下げ切ってしまう。
保健室内に再び訪れる静寂。
「入るです? 騎士と生徒会両立不可です。牡丹でも難しかったです。私の騎士が得です。時間あげるです。秋休みで考えるといいです」
「――そうさせてもらいます。とりあえず僕はもう戻ります。山鹿さんのことお願いします」
「はいです。よく思い返すです。千代くん、またです」
返事をして保健室を後にする。
体育館ではなく、クラスメイトたちより一足先に教室へと戻る。
時間的に、終業式が終わり教室に戻って来る時間だと考えたからだ。
それにしても、とんでもないことに巻き込まれている気分だ。
酷い裏切りにあった気分でもある。
自分の席に座りそんなことを考えてしまう。
どうする?
どうしたらいいのか、誰か教えて欲しい。
暫らく――。
思考がまとまらない。
というより、何も考えることが出来ない。
そのままボーっとしていると、廊下から話し声が聞こえて来る。
最初に教室に戻ってきた人は美海、佐藤さんに莉子さん。
そして、僕に気付いて声を掛けて来た人は佐藤さん。
「あれ~? 八千代っち? 1人で教室にいたりしてどうしたの? それになんか、凄いことになっているけど……?」
「3人ともお帰り。途中、山鹿さんが体調悪くして保健室に連れて行ったんだけど、手続きとかに時間かかって遅くなったから先に教室に戻ってきたんだよ。凄いことになっているのは僕自身としても青天の霹靂だったから、そっとしておいてほしいな。あと、サボっていた訳じゃないからね、佐藤さん?」
――あ、バレてる~!
と、佐藤さんは可笑しそうに笑っている。
美海と莉子さんは特に表情は作らず、僕の顔を見ているだけで何か言葉にしたりしない。
だが、何か言おうと口を開こうとする。が、次いで他のクラスメイトたちも続々と戻ってきてしまう。
「古町先生に報告しないとだから、とりあえず職員室に行ってくるよ」
3人に告げて、教室に入るクラスメイトたちの流れに逆行して職員室へと向かう。
体育館へ戻らず、勝手に教室に戻ったことを怒られるかと思ったが山鹿さんについての報告を聞いた古町先生は特に何か言ったりすることはなく、逆に労ってくれた。
そして、教室に戻るようにと。
この後はすぐに帰りのホームルームがあるからだろう。
それが終われば、明日から秋休み。
今日は第4土曜日で本来ならバイトは休みだが、
だからこの後はバイトに行かないといけない。
精神的疲労を感じるから、ゆっくりしたい気持もあるが仕方ないだろう。
明日は
何やら、光さんから話があると美波から聞いている。
光さんは会社を経営しており、普段から忙しく働いている。
そのため大抵の用事は電話で済ませてしまうから、食事の場を作ることは珍しい。
もしかしたら約3カ月前、アルバイト申請書にサインをもらう時に言ってくれた、
――続くようなら様子を見に行く。
この約束を律儀に守ってくれるのかもしれない。
なんだか申し訳なくなるが、美波が楽しみにしているから仕方ない。
そしてその次の日も予定がある。
嬉しい悲鳴であるが、秋休みのほとんどの日に予定が詰まっている。
以前の僕には考えられないことだ――。
「まだ3カ月か――もう3カ月か」
帰りのホームルーム終了後、友人たちと別れの挨拶を交わし教室を出る。
それから、この3カ月の出来事を思い出しつつ1人生徒会室へと向かう。
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