第128話 月ちゃんはどう見ても高校生だった

 1限終了後にある10分間の休み時間。


 前期終業式に出席するために、猶予はあるものの基本的にはこの10分という短い時間で体育館へ集まらないとならない。


 つまりは全校生徒、教員合わせて約500人が一斉に同じ目的地へ向けて動き出すということだ。

 そのため手洗いはもちろん、2基あるエレベーター、表階段、裏階段の全てで人が溢れかえってしまう。


 危険極まりないと思うが、危険性の高い階段は先生が控えており、そのおかげか開校以来怪我人は出ていないらしい。


 教室を出ると案の定、用を済ませたい生徒たちが手洗いの外まで順番待ちをしている。

 僕は1時間前に済ませているため、その列を横目に見ながら通り過ぎて職員室へ向かう。


 通常なら幸介や順平と一緒に体育館へ移動するが、今日は2人に『先に行ってて』と声を掛けてある。


 そして職員室へ立ち寄り、所要(所用)を済ませてから体育館に向かうが、到着がギリギリとなってしまい扉を開くと同時に終業式が始まってしまう。


 仕方ないので一番後ろの列へ並ぶと、僕よりも少し遅れて隣に整列した子がいた。


 つい、条件反射で目を向けてしまうが――。


 遅れてやってきた子も同じようにこちらに目を向けてきたことで目が合ってしまう。

 目が合った子は、今日何かと縁のある山鹿やまがさんである。

 そしてその山鹿さんは、これでもかってくらいに表情を歪ませた。


 お互い様なのだからそんなに嫌そうな顔をしないでほしい。

 初めて長谷と小野から無視された時と同じように、結構傷つく。


 もしも職員室に寄らず真っすぐ体育館に来ていたら、こんな思いはしなかったかもしれない。


 だが席替えの結果隣の席同士になったのだ。

 どのみち秋休みが明けたら同じ思いをしただろう。

 つまりは遅いか早いかの違いとなる。そう自らに言い聞かせる。


 それに職員室へ寄ったことは正解だった。

 古町先生のアドバイスを頼り、五色沼ごしきぬま先生を訪ねてみた結果、見覚えのない人が五色沼先生の机に座っていて、『初めまして』と挨拶を交わすこととなった。

 挨拶を交わしてから、何を話すか悩んだすえストレートに質問してみた。


 ――いつも保健室にいる五色沼と名乗る人は親戚とかですか?


 と。

 本物の五色沼先生は、親切にそして語尾に『です』を付けず丁寧な言葉づかいで返事を戻してくれた。


 ――いつも? 貴方がつきちゃんの言っている子? 八千代だから千代くんなのね!!


 と。

 質問への回答は得られなかったし『月ちゃん』が誰かは分からないけど、『千代くん』と呼ばれているのは確かなので頷き肯定する。


 すると今度こそ『月ちゃんは私の姪っ子よ』と返事が貰えた。

 念のためにもう一度同じ質問をぶつけてみたが、柔和な笑顔でハッキリと肯定される。


 その後は、お礼を伝え職員室を退出して、今に至る――。


 初めて会った時に抱いた感想は、『儚げだが綺麗な人』だった。

 それと、先生に思えないくらい若いとも思った。


 つまり本当に若かったのだ。


 どうして気付かなかったのだろうか。

 自分のポンコツ具合に頭を抱えたくなる。


 本物の五色沼先生と『月ちゃん』と呼ばれるあの人は親戚。

 僕が五色沼先生と呼ぶと『はいです?』。

 そう返事があったから、多少の違和感を見逃してしまったのかもしれない。


 もしかしたら、フルネームで『五色沼ごしきぬまともえ先生』と呼んだら返事がなかった可能性もある。


 そもそも、制服も着用せずネクタイも締めず白衣を着用していたから、勘違いしてしまった理由とも考えられる。


 紛らわしいと思うが、これ以上考えても仕方がない。


 過ぎたことだ。


 このことだけでも確信出来るが。

 滅多に会うことが出来ない2年生の正体は、僕が保健室に行くと残念な姿ばかり見せていた綺麗な人。


 きっと、月ちゃんと呼ばれていたあの人が最後の”四姫花”になるのだろう。


 すぐ確認がしたいが、都合よく会えるか分からない。

 今のところ遭遇率100パーセントだけど本人もレアキャラと言っていたからな。


 今日も長い、本当に長い、校長先生の話を半分聞き流しながら、思考の渦に入り込みそうになるが、唐突に現実に戻される。


 目眩がしてよろけたのか、山鹿さんが僕の肩を掴んできたのだ。

 小声で『体調悪い?』と聞いてみるが返事はない。

 その代わり首を縦に頷いてきた。

 保健委員の五十嵐さんの姿は近くに見えない、が――。


はふりさん、具合が悪そうですね? 保健室に行きましょう。歩けますか?」


「……はい」


 僕と山鹿さんの後方で待機していた古町先生が異変に気付き近寄って来てくれていた。


 常日頃から注意深く生徒を見守ってくれているだけに、さすが古町先生だと感嘆する思いが込み上げて来る。


 けれど少し待ってほしい。


 あの古町先生が、山鹿さんを『祝さん』。そう呼んだ。

 古町先生が生徒を下の名前で呼ぶ。

 そんなあり得ない状況に驚き、疑問も生まれて気を取られてしまうが、山鹿さんがさらに寄り掛かってきたため慌てて意識を戻す。


 古町先生が、僕の肩を掴む山鹿さんの手を取ろうとするが頑なに離さない。

 よほど具合が悪いのかと思ったが、古町先生は怪訝な表情を山鹿さんへ向けた。


 そして仕方ないと言ったような感じで、僕に保健室へ連れて行くようにお願いをしてきた。

 山鹿さんは僕を嫌っているだろうから、嫌がるかもしれないが了承の返事を戻す。


「ごめん。ちょっと、腰に手を回すよ?」


 躊躇った様子であったが『コク』と、頷きが返ってくる。

 僕の肩に山鹿さんの左腕を回し、山鹿さんの腰に右手を回し支える。

 転ばないようにするために必要な事だ。


 山鹿さんは僕よりも10センチくらい背が低い。

 そのため中腰体勢となり歩きにくい。

 だけど細心の注意を心掛け、体育館外にあるエレベーターまで連れて歩く。


 今は終業式の最中。

 使用者はおらず、大して待つこともなくエレベーターが到着する。


 そのまま乗り込み、順調に保健室まで辿り着く。

 ノックして返事を待つ間、掲示されている『五色沼ごしきぬまともえ』と書かれたプレートを見る。


 名前を確認すると同時に『はいです』と返事が戻ってきたためそのまま入室する。

 どうやら、僕はよほどこの人と縁があるのかもしれない。


 今のところ、100パーセントの確率でレアキャラである月ちゃんと会えている。


「またです? 千代くんです。それに多分、祝……です? ちょっと診るです。千代くんは外です。待ってるです」


「分かりました。でも、貴女にお願いしても大丈夫ですか? 五色沼巴先生をお呼びしてきましょうか?」


「祝は知人です。問題ないです。それにです。私は医療の五色沼家です。早く出るです」


 山鹿さんと彼女が知人ということや、医療の五色沼家など新たな疑問が生まれてしまったが、これ以上引き延ばすのも山鹿さんに悪い。


 だから言われた通りに退出する。


 五色沼巴先生は短い髪をした女性だ。

 月ちゃんは地面まで届きそうなほど長い髪をしている。


 だからパッと見では気付きにくいが、よく見ると、どことなく雰囲気が似ているように感じた。

 相変わらず制服でなく白衣姿だった。

 さらに全校集会に出席せず保健室にいる。

 彼女は一体なんなのだろう。


 疑問は尽きないが、保健室の中から『千代くん、入るです』と声が掛かったため入室する。

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