第127話 席替えは前途多難です

 手洗いへ行きたい気持ちを我慢して、万全の体制でやってきた莉子さんに謝罪する。


「郡さ――」

「さっきはごめんね」


 タイミングが悪く、莉子さんの言葉を遮ることになってしまった。

 狙ったわけではない。本当に偶然だ。

 だから睨まないでほしい。

 美海と佐藤さんも呆れたような目を向けないでほしい。


「わざとじゃないけど……さっきのことも含めて、ごめんね莉子さん」


「……何かお詫びをしてください」


「何したらお詫びになるだろうか?」


「自分で考えてほしいですけど、そうですねぇ……」


 クラスメイトに聞かれたら不味いことでも言うのか、何やら携帯へ打ち込み始める。

 僕はいまだにフリック機能を使いこなせないというのに、莉子さんは軽やかに指をスライドさせている。


 スタートは同じはずだったのにな。

 そんなことを考えながら待っていると『バッ』と画面を見せられる。

 書かれていた内容は、


『女子会がしたいです。だから、次の月曜日に莉子も郡さんの家に泊めて下さい』


 と。

 突然のお願いに思わず首を掻いてしまった。


「なるほど……」


 元々、月曜日は美波と莉子さんと3人で美容室に行く予定だった。

 だがいつの間にか美容師さんと仲良くなった2人が美海を紹介する話になっていた。


 幸介に紹介してもらい、僕たちを担当してくれている美容師さんは超がつくほどの売れっ子。

 人気が高く予約待ちは当たり前。

 迷惑になっていないかと考え連絡してみたら、むしろ美容師さんからのお願いだった。

 美波への態度で気付いてはいたが、どうも可愛い子に目がないらしい。


『なるほど、そういうことでしたか』


『ところで、八千代さんから見てその子は可愛い?』


『可愛いです』


『そくと~う。それならオッケ―』


 ということで、その日に4人ともお願いすることで決まった。

 時間は1人が午前の一番早い時間、残りの3人が15時から順番にと言われたため、僕を午前の早い時間でお願いした。


 どうせなら女子3人一緒の方がいいだろうからな。

 バラバラになることへ謝罪されたが、全く謝る必要はない。

 こちらが我儘を言っているのだから、感謝しているくらいなのだから――。


 それで、その髪を切った後。

 月に一度恒例となったお泊り会である。

 つまり莉子さんは、美海や美波と一緒に泊まって女子会を開きたい。

 その場所を貸してほしい。

 それでさっきのことを許してあげると言っているのだ。


 1人や2人、2人や3人も変わらないのかもしれないが、さすがに可愛い女の子が3人。

 ちょっと肩身が狭すぎるし、何もしていないけど悪いことをしている気分になりそうだ。


 それに僕は莉子さんを振ったばかりなのだ。

 友達として振舞ってはいるが、どうなのだろうか。


 認めてはいけないような気もするし、そもそも美海も嫌がるのではないだろうか。

 そう考え視線を向けると、それを予想していたのか手でオーケーサインを出して来た。


 なるほど、すでに打ち合わせ済みと。

 それならば抵抗はするだけ無駄ということかもしれない。


 諦めよう。


 まあ、聞きにくいけどあとで莉子さんへは要確認だな――。


「分かったよ、莉子さん。それでさっきのことは許してくれるの?」


「もちろんです。そもそもそこまで怒っている訳ではありませんし」


 怒ったふりだったというわけか。

 そしてまんまと嵌められてしまったということだ。


「あれはねぇ……怒られても仕方ないと思うなぁ。でも八千代っち? あの時りこりーの耳元で何を言っていたの~?」


 佐藤さんはいつの間に莉子さんをあだ名で呼ぶようになったのか。


「本当に反省しているよ。けど、んー……相応しくない言葉で思い留まったから、特に何も言ってないよ。そのせいで息が漏れて吹きかけるようになったんだけどさ。あと、同じ理由でこれ以上は聞いてほしくないかな」


 3人揃って『ふ~ん?』といったような表情をしているが、出来ればこの話をこれ以上掘り返さず終わりにして席へ戻ってほしい。


 クラスの綺麗どころ3人の花が集まっているせいで、男子から恨みのこもった視線が僕の元に届いている。


 それと――逃げる訳じゃないが手洗いに行きたい。


 だから助けを求める気持ちで、男友達である幸介と順平に視線を向けるも、2人は面白いものでも見るように笑っている。


 つまり助けを期待できないから自分で状況打破するしかないみたいだ――。


「ごめん。1限が始まる前に手洗いに行かせてもらっていいかな?」


 結構、本気でトイレに行きたいと思っていたのだ。

 このまま次の席替えの時間が始まったら、約1時間耐えられる自信はない。


 女子3人に向かって言うにはストレート過ぎるけど、切羽詰まった状況だから許してほしい。


 そんな些細な願いが通じたのか、3人は素直に見送ってくれた。

 でも、なんか、トイレへ行く姿を女子に見送られるのはちょっと恥ずかしいな。


 そんなこんなで、ギリギリのところで用を足し席に戻ってくるとチャイムが鳴り、みんなお待ちかね、席替えの時間となる。


 席替えの方法はくじ引き。


 昨日、焼肉の時に順平と五十嵐さんから今度は不正するなよと言われているけど、する訳がない。

 払える対価がないからな。

 だからしっかり否定させてもらった。


 ――じゃあ、対価が払えるならするのか?


 って、言われたが、まあ……その時の状況次第だ。

 苦笑されてしまったが、進んで不正などしたくない。


 人気の高い席は窓側一番後ろの席。

 次いで廊下側一番後ろの席だと個人的に思っている。


 だから、前を希望する人はクジを引かず、事前に選んでいいと説明があった。

 希望した人は美海と莉子さんの2人。

 選んだ場所は今と同じ席だ。

 人より小柄のため、万が一にも一番後ろになったら黒板が見えにくくなるからだろう。

 2人は仲のいい友達同士でもあるから、いい選択かもしれない。


 男子からも希望者がいた。

 希望した人はお米大好き米田よねだくん。

 席は廊下側の一番前で今と同じ席だ。

 男子としては背が高くないから、前を希望したと思われる。

 他には希望する人がいなかったため、残りの全員がクジを引くこととなる。


 1年生の生徒数は160人。

 全4クラスあるから1クラス40人の計算だ。

 多いように感じるけど、たった40人でもある。

 そのため、クジを引く時間はそう多く必要としなかった。


 僕が引いた席は、一番人気でもある窓側最後方。

 これだけなら最高の結果かもしれない。


 けれど、僕の前の席を引いた人は、挨拶を送ってもいまだに僕を無視し続けている長谷である。

 さらに長谷の隣が小野。


 2人は僕を見て舌打ちをしてきたので、せっかく良い席を引けたが少し憂鬱な気分とさせられた。


 僕の隣が幸介や順平だったら良かったけど、2人は廊下側一番後ろの席。

 幸介は僕が座っていた席で、順平はその隣。

 またしても2人は隣同士になったのだ。


 運命の赤い糸にでも結ばれているのでは?


 と考えたが、順平の隣に五十嵐さんが見えたので、運命の赤い糸の先はこっちだろう。


 あと、もう1人。

 佐藤さんは莉子さんの隣である。

 こちらも仲良し3人が隣り合う結果となり羨ましくなる。


 そして、僕の隣を引いた人。


「3月までよろしくね、山鹿やまがさん」


「……よろしく……はぁ――」


 こちらには顔を一切向けず、けれども一応は無視せず返事をくれたが直後に溜息。

 それに加えて最後に『最悪』って聞こえて来た。


 小声だったけどバッチリ聞こえてしまった。

 僕、山鹿さんに何かした記憶はないけど随分と嫌われているようだ。


 思い当たることは、やはり入学式翌日の会話だけど……分からないな。


 あとは考えたくないけど、生理的に受け付けないのか。

 それだったらお手上げだから、極力関わらないようにするしかない。


 席替えの結果。

 位置的に最高の席を引いたが僕を嫌っているであろう3人に囲まれることになり、どちらかというと散々な結果になってしまった。


 まるで四面楚歌しめんそかだな。

 こんなことなら、美海や莉子さんと同じように前を希望したらよかった。


 そう、後悔せずにはいられないまま残りの自習時間を過ごしたことになった。


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