第125話 年内には必ず
さまざまな意味で大いに盛り上がった体育祭の翌日。
今日は9月23日土曜日。
本来なら土曜日は休校であるが、前期終業式が行われるため特別登校日となっている。
休校日が登校日となったことへの不満が出そうなものだが、クラスメイトたちは誰1人と不満を口にしない。
理由は単純で、明日から8日間の期間休業となるからだ。
登校日であるが本来は休校日。
授業もなく、行われるのは終業式のみ。
そのため、今日1日図書室の鍵が開かれることがない。
だが朝の時間だけは違う。
僕と美海が借り受けている合鍵を使用して、今日も内緒で図書室を利用しているからだ。
今日はお決まりとなった勉強をしている……訳ではない。
先に言い訳からさせてもらうが、試験が終わったばかりでもあるため今は休憩中なのだ。
勉強の再開は、期間休業という名の秋休みが明けた後期期間が始まってからを予定している。
だから今日も机のない奥の席で会話を楽しむのかと考えていた。
けれども――図書室へ入ると、美海は僕が予想していた席ではなく、監視カメラから視認されない場所に着席していたのだ。
不思議に思いながらも美海から『ここに座って』と、指定された隣の席に座る。
この時点で、なんとなく理由は察してしまった。
だが、そうだな……距離が近い。
昨日、焼肉を食べている時の古町先生とも近かったけど、今はそれ以上だ。
僕が着席するやいなや、美海はギリギリまで椅子を寄せてきたのだ。
というより、椅子と椅子がくっついている。
つまりそれは、僕と美海の肩や腕も完全にゼロ距離となっているということでもある。
さらに今日は、いつもより美海から甘い匂いがして鼻翼の先をくすぐって来ている。
密着している状況も相まって、変な気分にさせられてしまう。
そんな僕の気持ちも露知らず。
美海は嵐のように質問を飛ばしてくる――。
「美緒さんのどんな所が好き?」
――きっちりしていて、頼りになるところかな。駄目な所を止めてくれる所もだね。
「女性に求めるものは?」
――自然に過ごせる人かな。甘えさせてくれる人も捨てがたいかも。
「髪の長い女性と短い女性はどっちが好き?」
――その人に似合うならどっちも好きだと思う。
「私ならどっち?」
――え……美海なら両方見たい。
「どっちからがいい? 理由も」
――長い髪かな。色々セットした姿を見たいから。
「ふ、ふ~ん? じゃあ、このまま伸ばし続けようっと。はい、次っ!」
――あ、はい。
「どんな料理を作ってもらえたら嬉しいとかある?」
――作ってくれるなら、どんな料理でも嬉しいかな。
「強いてあげるなら?」
――えっと……寒い日にはグラタンとか食べたいかも?
「なるほど……じゃあ、背の高い低いは?」
――こだわりはないけど、美海くらいなら撫でやすそうだよね。
「こう君なら……いつでもいいよ?」
――ありがとう。
「????」
――????
「もうっっ!!」
(あ、今、撫でて良かったのか)
「逆にどんな女性は嫌?」
――女性がと言うより、誰かの悪口ばかり言う人は嫌かな。
「どんな大人になりたい?」
――そうだな、古町先生みたいな女性に憧れるかもしれない。
と。
これもほんの一部。
今のは前半部分だけど、根掘り葉掘り聞かれている。
答えられる質問には答えたけど、
好きな女性のタイプと聞かれても困ってしまう。
莉子さんのおかげで、僕は自分の気持ちに気付くことが出来ている。
祭りの日のバイト終わりに、美海を自宅へ送った時。
言葉にならず頭の中で霧散してしまった言葉は『好き』。
多分、この言葉だろう。
あの時は『好き』がどんな感情か分からなかったから、言葉が生まれなかったのだ。
自覚した今ならそう思う事が出来る。
だからこそ――。
好きな人は目の前にいるから、聞かれても答えに悩んでしまった。
素直にこのまま告白してもいいのだけれど。
順平ではないが、もう少し雰囲気は作ってから告白したい……と思う。
あと、これもまた莉子さんのおかげであるけど、
僕は美海の気持ちにも気付いてしまった。
というより、美海は隠す気がないのかってくらいにグイグイ来ている。
もうグイグイだ、グイグイ。
距離の近さも質問の嵐もそうだけど、何より、美海が僕に向ける表情が教えてくれている。
昨日、教えてもらったばかりの表情。
美海が僕に向けている表情が、『恋する乙女が好きな人にだけ見せる顔』そのものなのだから。
もしかしたら莉子さんは、美海にも何かしたのかもしれない。
だから2人は焼肉屋に遅れてやってきたのだろう。
そうでないと、美海の変化の理由が分からない。
もしもこれが僕の勘違いで自惚れだったとしても――。
告白するにはちょっとは恥ずかしいけど、しっかり気持ちは伝えたい。
例え全てが僕の勘違いで振られることにったとしても、これは僕の中で決定事項だ。
学校やアルバイトで気まずくなる?
そう考えもするけど、気持ちは止められない。
告白したことで美海が迷惑に思うなら、寂しいけど離れることも視野にいれてある。
仕方ないことと分かっているがその未来は怖い。
告白することはとても勇気がいることだと、身をもって知ることが出来た。
だから――。
あの時の莉子さんはあんなにも眩しかったのかと、今さら理解が追い付いた。
「それでですね……こう君? 何か考え事でしょうか? 失礼。ちょっと、あ、いや……少し? 少し頬が、その、笑っているように見えるのですが?」
僕は結構真面目に考え事をしていた。
でも、笑いを堪えるため頬に意識も集中させていた。
けれど、つい、堪え切れず頬が動いてしまったのであろう。
少し前までの僕では考える事の出来なかった悩みかもしれない。
でも……今の美海は面白くて、可笑しくて仕方がないのだ。
こんなの、反則でしょ――。
「…………いや、美海? どうして古町先生の話し方の真似をしているの?」
「さて……なんのことでしょうか?」
「ふっ――」
「あれ、今、こう君声に出して笑った?」
質問の途中から美海は急に話し方を変えてきたのだ。
初めは、口調が変わったことには気付いたが、
なぜ急に?
としか思えず気が付かなかった。
でも、話し方が古町先生そっくりなことに気が付いてからは、なんというか、真似た理由を考えたら、凄く、愛おしくなった。
もしかして、僕がうっかり古町先生みたいな大人に憧れているとか言ってしまったから、僕のタイプを古町先生だと勘違いして真似たのかなって。
そう思うと、嬉しさが込みあげてきてしまい、美海の単純さが面白くて、でも、可愛いくて――。
増々好きだと実感させられてしまったのだ。
まさかこんな風に僕が笑える日が来るなんて、狡いでしょこんなの。
話したのが昨日の今日でもあり、タイムリー過ぎて余計に面白く感じてしまった。
「美海?」
「え、なに? これ怖いやつ?」
名前を呼んだら怖いって言われるのは理不尽と思うけど、これまで過ごしてきたやり取りのせいでもあるから文句は言えない。
「いや、僕のタイプは、もしかしたら本当に古町先生だったかもしれない」
「ふ~ん? やっぱり。予想はしていたけど……美人だもんね、美緒さん」
少しいじけたような、落ち込んだような表情をしている。
「でも、違ったみたい」
いや、美海によって変えられたのかもしれない。
「そうなの? じゃあ、どんな人?」
いつもだったら、手を繋ぎたい時は遠慮などせずしっかり繋いで来る美海。
でも今は、僕の小指だけちょこんと、つまんでいる。
そんな所もいじらしくて可愛いと思えてしまう。
『好き』を自覚してから重症の一途を辿っている。
そう自覚してしまう。
「まだ内緒」
「えぇ~~、ここまで言ったのに? あ、じゃあ、ヒント! ヒントちょうだい?」
「ちょっとだけだよ?」
「うんっ!!」
「そうだな……美海は古町先生の真似なんかしないで、そのままで居てくれたらそれで十分だよ」
「こう君ったら可笑しいこと言うね? 別に真似なんてしていないけど? あと、何もヒントじゃなくな、い……………………」
僕の言いたいことが伝わったのかもしれない。
分かりやすく動きが止り、耳を赤く染め始めた。
告白したようなものかもしれないけど、ハッキリ口にしていないからセーフだろう。
「え、こう君それって?」
「これ以上はまだ駄目」
「じゃあ……近々?」
「そうだね……年内には達成したいかな。誰にも譲りたくないし」
自然に出てきた言葉だったけど、僕にも独占欲があったのかと驚いた。
「それは心配しなくてもいいけど……私の方がだよ?」
「それこそ心配しなくてもいいことだよ」
「…………………………」
「…………………………」
「「…………………………」」
自分でも信じられないくらい、
図書室の中を甘酸っぱい空気が満たしているように感じる。
すでに、互いに告白したようなものだけど、まだハッキリした言葉は告げていない。
視線が重なっている今、気持ちが通じ合っているように錯覚する。
いや、錯覚ではない。
美海は耳だけでなく、ほんのり頬まで染まっている。
信じられない。
尋常じゃないくらい可愛い。
もう、面倒な先のことなど考えず、このまま想いを言葉にしたくなってくる。
考えを肯定するかのように、頭の中で『勢いに身を任せろ』と響いていたけど、図書室唯一の出入り口の鍵が『ガチャ』と音を立てたことで、無理矢理現実に引き戻されてしまう。
鍵を持っている人は、僕と美海、女池先生の3人と聞いている。
だけど、もう1本。
3本と別に職員室に予備が置かれていてもおかしくない。
そして今日、女池先生は休みだから図書室に出勤してくる予定ではない。
つまり、図書室の扉を開けて入ってくる人が誰であってもおかしくはない。
美海も同じ考えに至ったのか、僕から慌て離れたことでゼロ距離から椅子1つ分の距離が出来てしまう。
そして扉を開き入ってきた人は――。
「あぁ~!! よかったぁ~!! 居てくれてぇ……??」
入ってきた人は女池先生だった。
寿命が縮んだ気分であるが、ホッと胸を撫でおろす。
でも変なところで言葉を止めたな。
キョロキョロと図書室を見渡してどうしたのだろうか。
「もしかしてぇ、おじゃまだったかなぁ? なんだかぁ、あまぁ~い匂いがぁ、図書室を充満させているけれどぉ、もしかしてぇ~? いい所だったりしてぇ~?」
「いえ、勉強に疲れて休んでいたところです。それより、どうしたんですか?」
美海は耳を真っ赤にして俯いてしまったので、僕が返事をするしかない。
勉強に疲れて休んでいたことは、嘘ではないから上手く誤魔化せていると思う。
だけど、美海。
俯いていたら、変に誤解されてしまうから顔を上げてほしい。
現に女池先生が美海のことガン見している。
あ、笑ったということは……手遅れかも知れない。
「美海ちゃんがぁ、とぉ~ってもぁ、可愛いからぁ、そういうことにぃ、しておいてあげるねぇ。その代りじゃないけどぉ、八千代くんにぃ、お願いがあるのぉ」
さらに俯いてしまったが、美海の可愛さは頼りになるな。
「はい、なんでしょう?」
「次の金曜日ねぇ、午前中だけでいいからぁ、図書室のおるすばん~、お願い出来ないかなぁ~? 学校見学会があるのだけれどぉ、私も担当に選ばれちゃってぇ、ついて回らないといけないのよぉ~。学校が休みでぇ、ごめんなさいだけどぉ、お願い出来ないかなぁ~? 図書委員の子たちからは、み~~~~んなにっ!! 断られちゃって困っているのぉ」
誰だって休みを満喫したいだろうから、図書委員が断るのも理解できる。
ただ、僕は女池先生にはお世話になっているし、特に予定もないので断るほどでもないかな。
でもそれなら図書室を閉めておけばいいのでは?
と、疑問は出て来る。
「夕方までは特に用もないですし女池先生にはお世話になっているので大丈夫です。ですが、不在の間図書室を閉めておくわけにはいかないのですか?」
「八千代くん、好き~~!! ありがとぉ~~!! 本の貸出は行っていないけどぉ、夏休みとか秋休み中でもぉ、図書室は開けているからぁ、自習に来たりぃ、本を読みに来る子はいるのよねぇ~、だから閉められないのよぉ~~」
好きという言葉に反応してか、美海がバッと顔を上げるがまたすぐに俯いてしまう。
女池先生が『美海ちゃんたらぁ、乙女で可愛い~』と言ってしまったからだ。
でも――。
なるほどな、いいことを聞いた。
休み中に暇を持て余すようなことがあれば、次からは僕も利用させてもらおう。
気になる本も溜まってきていることだし。
なんなら留守を任されている間に読んでいてもいいかもしれない。
貸出がないなら、特別覚える仕事もないだろうし受けても問題ない。
「分かりました。大丈夫です。何時頃に来たらいいですか?」
「そうねぇ……9時からお昼過ぎまでお願い出来る?」
普段、登校してくる時間よりも遅いから問題ないため、頷きそのまま承諾する。
当日何をしたらいいか質問すると、本当にただ座っているだけでいいらしい。
許可も得たし、今から何を読むか考えておこう。
「でも、女池先生は今日休みですよね? それなら、わざわざ来ないで古町先生や美空さんを通してもよかったと思いますけど?」
「これからぁ、旦那様と駅前で待ち合わせてぇ、デートなのよぉ~、だからぁ、居たらいいなぁってぇ、立ち寄ってみただけぇ。でもぉ、連絡した方がぁ、よかったかもねぇ。2人のおじゃましたお詫びじゃないけどぉ~~、ここの鍵は私たちが持つ3本だけだからぁ、これからも安心して利用して大丈夫だからねぇ~~??」
終始、美海のことを見ては微笑みを繰り返し、最後にそんなことを言い残し図書室を去っていった。
左手の薬指に指輪を付けているから既婚者だとは知っていたけど、女池先生の顔を見ると乙女そのものだった。
デートが本当に楽しみなのだろう。
結婚しても仲良くデートできる関係。
父さんと母さんの影響で、結婚に良いイメージを持つことが出来ていなかったが、今はそんな関係に憧れを抱くような気持が生まれている。
たった1つの感情を自覚しただけで、こうも世界が変わるのか。
言葉にしたら恥ずかしいことを考えていたが、美海はどうだろうと気になったので左を向く。
未だに赤く染めた耳が目に映った。
触れたら熱いのか気になってきたけど、今触れたら間違いなく怒られるし、蒲公英の綿毛の時のようになっても困る。
それと、鍵が3本しかないと知れたことは良かった。
不確かなままだと、今後も誰が来るかわからないといった不安が残ってしまうからな。
学校の危機管理がそれで大丈夫なのかと少し心配にもなるけど、まあ、都合がよくもあるので何か意見を言ったりはしない。ご都合主義というやつだ。
時計を見ると、そろそろどちらかは教室に戻った方がいい時間である。
女池先生は、いいタイミングで来てくれたようだ。
あのまま甘い空気が続いていたら、時間を忘れてしまっていた可能性もある。
よっぽど恥ずかしかったのか、美海はまだ俯いたままだ。
遅刻しても大変だから、いい加減こちらの世界に呼び戻すとしよう。
「そろそろ時間だけど……美海、どうする?」
「え……と、私も行く??」
「え? 僕はいいけど一緒に行くの?」
「こう君は、私がいたら嫌?」
嫌ではないし嬉しいけど、美海は僕らの関係をまだ内緒にしていたいと言っていた。
オープンにするとも聞いていないけど、莉子さんと話して何か心境の変化でもあったのかもしれない。それなら美海の考えを尊重しよう。
「嫌な訳ないでしょ。でも一緒に行くなら早く電気消して向かおうか」
「嫌じゃないなら……良かった。でも電気って? 今日はこう君が先に戻る日だから、私が消しておくよ?」
話が噛みあっていない。
僕は教室に戻るつもりで声を掛けたけど、美海はどこに一緒しようとしていたのか。
「ちょっと待って美海。僕が勘違いをしたのか話が噛みあっていないように感じたけど、美海はどこに一緒に行くつもりか、もう一度聞いてもいい?」
「……………………図書室のお留守番」
なるほど。それにしても、うまい具合に話しがすれ違ってしまったようだ。
全く気が付かなかったけど多分僕が悪いのだろう。
だから美海。
ずっと見ていたくなるから、そんなに可愛くむくれないでほしい。
……頬をつついたら怒られるかな?
いや、我慢しよう。
このままだと本当に遅刻してしまうからな。
それよりも美海のご機嫌を取った方がいいかもしれない。
「じゃあ、その日はさ。お互いのお勧めの本を読んで、お留守番が終わった後、お昼を食べながら感想でも語り合おうか?」
「するっっ!! 凄く楽しそう!!」
「じゃあ、約束。今は時間もないし先に戻るから、電気と戸締りお願いね」
――うんっ!!
と、機嫌を直してくれたのか、満面の笑みで見送ってくれた。
今日も素敵な笑顔だ。
僕は美海の笑った顔が好きだと思っていたけど、この短い時間だけで、それ以外の表情も好きなのだと気付くことが出来た。新たな発見だ。
語彙力が高い方でないうえに、美海に関してはさらに低下していると実感することになる感想であるが――。
とにかく可愛い。
この一言に限る。
これからもっとたくさんの表情を見せてくれたら嬉しいな。
そう思えた朝の時間となった。
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