第123話 悔しいけど五十嵐さんに同意する気持ちもある

 これは僕の主観でもあるけど『子供が好きだから』。

 学校の先生が教職に就いた最も多い理由だろう。

 それ以外にも例えば――。


 ――子供と触れ合う仕事がしたい。

 ――子供の成長を見守りたい。

 ――子供によい影響を与えられる存在になりたい。

 ――公務員だから。


 他にもさまざまな理由を考えられるが、概ねこんな所だろう。

 だけど、席に着いてから一切トングを手に取らせてくれない、焼き肉奉行こと古町ふるまち先生は違う理由を語った。


 ――切り捨てるばかりであった学生時代を後悔して。

 ――他者を切り捨てるイコール、自分自身の可能性すら切り捨ててしまった。

 ――気付いた時にはすでに手遅れだった。

 ――子供たちが私と同じてつを踏まないように教え導きたい。

 ――それぞれの可能性が見てみたい。


 等、自身の後悔または反省。

 他にも投影などが見え隠れしていて、僕が想像していた理由と違っていた。

 古町先生も失敗することがあるんだなと、次々と目の前に置かれるお肉を食べながら考えていると、最後に古町先生らしい理由が出てきた。


「ですが、一番の理由は……美海みうがまだ幼い頃に発した言葉がきっかけですね」


 口の中にあるお肉を飲みこんでから質問する。


「なんとなく予想が付きますけど、上近江かみおうみさんはなんと言ったんですか?」


「幼い美海の真似をするには歳を取ってしまったため要約しますが、『先生に向いている』と言われたからですね。きっかけなど些細なものです。単純ではありますが、その時に私の目標が決まったのですからね、今では天職であったと思っていますから美海には感謝しないといけませんね」


「幼い上近江さんを真似る古町先生は見てみたい気もします」


「私を真似する美海で我慢なさい」


 古町先生が幼い頃の美海を真似た言葉で話す姿は見てみたいが、無理なお願いであろう。

 そう思ったのに我慢できず言葉にしてしまった。


 あと、そうだな。

 古町先生を真似する美海は想像できないが、

 美海を真似する古町先生より見たいと思う気持ちは確かだ。


 人まねする美海を想像出来ないとは思ったが、

 古町先生に褒められてニコニコと嬉しそうにしている美海の顔が簡単に想像出来る。


「上近江さんは、古町先生に褒めてもらえたら凄く喜ぶと思いますよ」


「では、帰りにでも褒めてみましょう」


 笑みを浮かべながら頬を抓まれる。


 痛い。それにどうして?


 と、疑問が込みあげてくるが、不思議とこれはこれでありだと思えてしまう。

 すぐに解放された頬をさすりながら、いまだ楽しそうに笑みを浮かべている古町先生を隣から盗み見る。


 笑う横顔が魅力的で、本当に綺麗な人だと改めて実感する。

 ちなみに着座している位置についてだが、肩が触れ合うか、触れ合わないかといった距離で並び座っている。


 知識としてでしか知らないけど、まるで付き合いたてのカップルのような距離感。


 場所は焼肉屋さん。

 お肉を食べているのだから言わなくても分かる。

 焼肉屋さんにいる理由。

 体育祭後の打ち上げとして、1年Aクラスのみんなで食べに来ているから。


 それならばクラスメイトと体育祭の感想を言い合いながら焼肉を味わいたい。

 まあ、だからと言って古町先生が嫌いな訳じゃない。

 むしろどちらかと言うと古町先生のことは好きだ。

 お世話になったし尊敬できる先生と思っている。

 こうしてゆっくり会話を楽しむのも居心地がいいとさえ思っている。


 一応言い訳をさせてもらうけど、僕が率先して隣に座った訳ではない。


 それならどうして2人並んで座っているのかというと、そこに案内されたからだ。

 人生で初めて告白を受け、遅参した僕が案内された席は2人席。

 いわゆる、ペアシート?

 カップル席と言われる席だと思う。

 その席に座っていたのが古町先生だっただけ。


 ――どうして?


 と、思ったがそんなことは言えず、案内されるがまま着座した結果だ。

 こんな美人との相席は役得でもあるからな、リレーのご褒美と前向きに考える事にした。


 まるでデートのようだと錯覚しそうになるが考えたら駄目だ。

 デート気分から気持ちを切り替えて、質問させてもらう場にしようではないか――。


 あれやこれや四姫花や騎士に関することを聞けたおかげで疑問も解けたし、最後に聞きたかった教職に就いた理由も聞けた。

 古町先生の話は僕自身にも思い当たることがあるから、なるほどと納得することが出来た。


 図書室で美海と勉強をしている時、美海が解けない問題を質問され、説明して教えてあげたら『分かりやすい』と褒められたことがある。


 単純ではあるが、こんなことで少し『教職』に興味が生まれた。

 それに以前、古町先生に似ていると言われこともある。

 そのことも教職に興味が湧いた理由の1つかもしれない。

 と、考えるなら僕は、僕自身が思っているより古町先生のことが好きなのかもしれない。


 ……なんとなく。

 聞かれない限り美海には黙っていた方がいいかもしれないな。


 古町先生は、きっかけは些細なものと言った。

 夢や目標は難しい理由よりも、些細な事から生まれるのかもしれない。

 そう教えてくれた古町先生には感謝したいくらいだ。

 お肉だって焼いてくれているからな。


 でも――我儘が許されるなら、少しペースを落としてもらいたい。


 始まりはタン塩。

 次にカルビ、そして今僕の皿の上にはハラミ、豚トロ、ロースとお肉が次々に置かれている。


 古町先生はひと切れ食べると満足して、残りは全て僕の皿へ乗せてくれる。

 この席は2人いるから、各お肉は2人前ずつ運ばれてくる。

 焼き肉奉行の名の通り、部位ごとに焼き加減を調節して、最高のお肉たちが乗せられていく。


 だから溜めずに美味しいうちにすぐ食べたい。

 ただ量が多いし、会話しながらのため全く追いつかない。

 リレーで追いつく方が難易度は易しかったかもしれない。


 そんなことを考えていると、何か盛り上がることがあったのか、少し離れた別の席からクラスメイトたちの歓声が聞こえてきた。


 遅かったけど莉子さん来たのかな?


 もしかしたら、まだ姿を見せない美海も一緒だろうか。

 気にはなるけど、それよりも他のお客様の迷惑になるからもう少しボリュームを落としてほしい。古町先生から怖い何かが出ているからな。


 注意しに行こうかと悩んだが、見て見ぬふりを決め込み食事を進める。

 大きめのお肉を箸で挟み取り、口に運び入れるが頬にタレが付いてしまった。


「どれ、貸しなさい」


 自分で拭き取ろうとお絞りに手を伸ばそうと考えたが、箸とご飯茶碗で両手が塞がっている僕に、古町先生が気を使いお絞りで拭き取ってくれた。


 口の中いっぱいに食べ物が入っているので、すぐにお礼は言えない

 代わりに軽く頭を下げてお礼とさせてもらう。


 だけど、これがいけなかった――。


「さすが今日のヒーローは特別待遇なんだね? 美人な大人に甘やかされて嬉しい? 八千代くん」


「郡さん、あんまりです。莉子が頑張っている間に、貴方という人は……」


 お肉、お米を咀嚼しながら席の外に目を向ける。

 どう言い訳しようか考えながら、ゆっくりと飲み込み、とりあえず気になっていたことを聞いてみる。


「手を繋いで、2人はとっても仲良しさんだね。でも、どうしたの? 結構遅かったね?」


 なんとなく、美海が口にしそうな言い回しで質問してしまった。


「八千代くんと古町先生ほどじゃないと思うよ?」


「郡さん? 遅くなった理由を乙女に聞いたりしたらダメです。反省してください」


 僕の返事に対して2人は別々に返答してくれた。

 刺々しさも含めて息ぴったりである。


 遅くなった理由は、僕には想像も出来ないがいろいろあったのかもしれない。

 何か面倒事に巻き込まれている心配も考えられたが、2人からはその様子は伺えない。


 まあ、もし何かあっても2人なら相談してくれるだろう。


「お肉も焼き終わりました。皿に残っている分を食べ終えたら、八千代君は2人にお返しますので、先にあちらの席で待ってなさい」


 まだ何か言い足りなさそうにしていたが、2人は『5分で来てね』と言い残し渋々離れて行った。


 5分、か……皿に残っている分……まだ結構あるが、頑張って早く食べきろう。

 古町先生はお腹が膨れているだろうから、援軍は見込めない。


 あれ、でも、デザートメニューを見ている……まあ、別腹だよな。うん。


 味わうべきと分かりつつ、運動部さながらお肉を掻き込み、なんとか5分以内に完食させる。

 美海と莉子さんの元に行っても、これ以上は満腹で食べられない。

 欲を言えば、最後にホルモンが食べたかったけどこれ以上は無理だ。諦めよう。

 それなら今度は僕が焼き肉奉行になって、2人のためにお肉を焼いてもいいかもしれない。

 古町先生の焼き方を見ていたから、なんとなく出来る気がする。


 お肉を焼いてくれたこと、話を聞いてくれたことのお礼を伝え、立ち上がったが、

 もう1つだけ気になることを思い出したので、最後に質問する。


「古町先生、知っていたら教えて欲しいのですが、2年生の四姫花候補が誰か分かりますか?」


 僕の質問にはすぐに答えず、黒烏龍茶を一口飲んでから口を開く。


「先ほども話をしましたが、八千代君が願いを叶えるためには『四姫花と騎士』。また、それに付随する『制約と権利』をどうにかしないとなりませんよ?」


「もちろんです。知らないと何かあった時対応が出来ませんから、知っておきたいんです」


 平穏な学校生活は、暫らく諦める事にした。

 あれだけ体育祭で目立ってしまっては平穏な生活は遠ざかってしまっただろう。


 必要なことだったから後悔はないが、かと言って全てを諦めた訳ではない。

 古町先生の話を聞いて、なんとなく構想は出来た。


 だけど、今のままだと願いを叶えるにはちょっと都合が悪い。

 だからそれを何とかしたい。


 美海が四姫花に選ばれなければ簡単なんだけど。

 四姫花を断ることは実質不可能と古町先生から聞いたからな、面倒でもなんとかするしかない。


 何が出来るか分からないし、何かするには足りない情報が多すぎる。

 目標達成までに、しないといけないことも山ほどある。

 今聞いた最後の四姫花が誰なのかも必要な情報の1つ。

 古町先生が知っていて、教えてくれるなら儲けものだ。


「いいでしょう……と、言いたいですが、2年生の中から誰が四姫花に選ばれるかは、本宮生徒会副会長により、情報が伏せられています。そして更に、それに関する情報を教員が口外することも禁止されています。文化祭前ですから当然ですね。ですから、これから話す内容は独り言。さらに不完全な情報かもしれませんよ?」


「はい、参考までに。気にせずどうぞ独り言を呟きください」


「2年生には1人、滅多に姿を見る事が出来ない生徒がいます。その生徒について、調べてみるといいかもしれません。職員室に居る養護教論を訪ねてみると何か分かるかもしれません。私の独り言はここまでが限界ですね」


 価値の高い独り言に感謝したい。

 おかげで十分すぎる情報を知ることが出来た。


「八千代君。サービスです。私の失敗、それ以外にどんな結末があったのかを見せてくれたら、借り1つ付けて置いてあげましょう」


 古町先生に貸し1つ作ることは大きなサービスかもしれない。

 失敗談、その先を見せてあげられるかは分からないが覚えておこう。

 深くお辞儀して礼を伝えてから、美海と莉子さんが待つ席へ向かう。


 職員室に居る養護教論、か――。


 本来、養護教論が居る場所は職員室でなくて保健室だ。

 更には、『滅多に見る事の出来ない生徒』。

 いつだったか言葉を交わした、レアキャラについて。

 このことから心当たりが付いてしまう。


 だからあの時、本宮先輩の言い回しがおかしかったのかとも納得出来る。


 もう少し考えをまとめたかったけど、今はそれよりも『遅い!』と怒っている2人のために、お肉を美味しく焼いてあげるとしよう。


 僕が僕以外で一番に優先したい人は美海だから。


 僕は僕のやり方で抗ってみせようじゃないか。


 あれ、でもどうして美海と莉子さん2人は五十嵐さんから頭の叩き方のレクチャーを受けているの?


 あ、美海はただ聞いているだけなのか。

 一応聞くけどさ、叩かれる相手って僕じゃないよね?

 え? 今後の行動次第と。


「とりあえず、その手を下げようか莉子さん」


「いいえ、下げません。吉永よしなが晴翔はるとくんの件の恨みを晴らせていませんからね」


 吉永くんの恨みってなんだ。

 全く身に覚えがないぞ。


 あ、いや……もしかしてアレか?


 いやでも、莉子さんって僕のことが好きだった筈……。

 別に好きな人とじゃなくてもいいのか?

 よく分からないな。

 乙女心とは難しい。

 けどそれだったら悪いことしたな。

 勝つために全力だったとはいえ、一応謝っておこう。


「ごめん、莉子さんがそんなにデートしたいと思っていたとは思わず――」


「はい、もう、ぜんっぜんっ!! 分かっていません。郡さんのあんぽんたんっ!!」


「屑野郎だな」


「こう君、それはないよ……」


 詰め寄る莉子さん。呆れた目を向ける美海。

 心根が優しい2人から頭を叩かれることはなかったが、なんとも居た堪れない空気、この場から逃げ出したい気持ちが襲ってくる。


「いや、無理だろ。上近江と平田がやらねぇならあたしが殺るやる


 で、結局五十嵐さんに頭を叩かれてしまう。


 3人が怒っていた理由を教えてもらえることは出来ず、理不尽に感じるが、ある意味いい教訓になったかもしれない。


 これから困難やいかなる理不尽なことが訪れようとも、僕は僕のやり方で抗ってみせようじゃないか。


 頭を撫でられながら改めて、そう胸に誓ったのだ――。


「お前ら2人はコイツを甘やかし過ぎだっつーの」


 最後にボソッと、五十嵐さんはその言葉を残し立ち去って行った。

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