第四章 「奇跡」

第122話 恋なんて知りたくなかった

 小学校、中学校そしてこの名花高校。

 男や女の子からも、誰よりも注目を浴びる人。

 それが私、大槻おおつき美愛みあ


 そんな私に気になる人ができた。

 気になるといっても、恋だの愛だのなんかじゃない。


 初めは単なる興味本位。

 他の子たちと違った目で、態度で、私に接するのが面白くて新鮮で、だから可愛い後輩くらいに思っていた。

 でも、やっぱり男の子だった。

 悪い意味じゃなくて、良い意味で男の子。

 気付かぬ間にお店から消えて、気付いたら格好良い男の子に成長していた。


 ――男子、三日会わざるは括目して見よ。


 て、こういう時の言葉なんだなって感心した。

 それがある日。


「大槻先輩。お礼はなんでもします。だから何も聞かず協力してください。お願いします」


 いつもと同じ。変わることのない表情。

 でも、頭を下げるやっくんからは、いつになく真剣な思いが伝わってきた。

 理由も教えず、ただ協力してほしいだなんてお願い――ううん。

 厚かましい要求なんて普通だったら断ったかもしれない。


 けど、やっくんだからなぁ……。

 よっぽどの理由があるのだろう。


 可愛い弟分だしなぁ~……お姉ちゃんとして一肌脱ぐのもやぶさかではないかな。


「いいよ~、何したらいいの?」


 やぶさかではないと思ったけど、ほんとのところは『助けになりたい』それだけ。

 お店を辞めた時は何も出来なかったんだから、今度は力になってあげたい。

 私にとってもすずちゃんにとっても可愛い後輩だからね、やっくんて。


 でもね? そう思ったけどさっ!

 ちょっとこれは貸し1つね、やっくん?

 女の子たちにサービスしすぎると後が大変なんだからっ!!


 暫らくして――。


 お土産を持ってきてくれたやっくんの顔を見たけど、協力して良かった。

 素直にそう思えた。

 暴走した女の子のアフターフォローとか大変だったけど、うん、ほんと~うに大変だったけど、頼みを聞いてよかったかな。


 そう思えるくらい、やっくんはまた格好よくなっていたからね。


 誰かな?


 やっくんの心と表情をほぐした人は?

 やっくんのお姉さんとしては気になるなぁ~………………。


 ははっ! 変なのっ!!


 私が後輩の男の子に対してお姉さん気分になるなんて。

 今考えてみても、やっくんは最初から私の懐に『スッ』と入り込んで来たなぁ~。

 もう……半年近くになるのかぁ――。


「次の日曜から、新しい男の子が来るからよろしくね~! あ、名花の1年生みたいだよ!!」


 お~と~こ~~??

 里ちゃんは私が男嫌いなことを知っているはずなのになぁ~。

 それなのに私に任せると~??

 しかも、同じ学校の後輩。

 面倒なことが起きないといいけどなぁ……。


「いいけど~、面倒起こすような子なら辞めさせるようなことになるかもよ~?」


 私自身が何かしたりする訳じゃないけど、鈴ちゃんや他の子たちは分からない。


「ああ、大丈夫! 大丈夫!! 今日話した感じとってもいい子だったし、多分、美愛みあも鈴も気に入ると思うよ~!! きっと彼が、この店を変えてくれるはずッ!!」


 へぇ~~??


 私だけでなく鈴ちゃんが気に入ると思えるような男の子なら一度は会ってみたいかも?

 でもなぁ、里ちゃんの勘は当たらないからなぁ。

 それに男を見る目もないしなぁ。


 ――不安。


 その一言に限る。

 それに、店をどうにかするのは店長である里ちゃんの仕事なのに、働く前から期待をされて可哀想な子。


 それはちょっと同情かなぁ。


「初めまして。今日からお世話になります、八千代郡と言います。店長に、仕事に関して、大槻先輩からご教授頂くよう言われました。ご迷惑お掛けするかもしれませんが、よろしくお願いいたします」


「うん、よろしくね~。八千代くんって言うんだぁ~?? 名花なんだよね? 私のことは知ってる? 同じ名花の3年なんだけど?」


「…………すみません。大槻先輩のことは承知しておりませんでした」


 へ~……。珍しいかも?


 まだ4月だから私の名前を知っている子は少ないかもしれない。

 だけど、私のことを知っている子はたくさんいるはず。

 自分で言うのもおかしいけど、私は人目を惹く容姿をしている。


 鈴ちゃんや他の子たちからも、すでに噂になっていると聞いていたから、きっとこの子も知っている。そう思っていた。


 あとね、この子――。


 私の目を見て、しっかり話をしている。

 表情も変えず……ううん。

 あまりにも無表情な気がするなぁ~、どうしてだろ?

 まぁ、今はそんなのいっか。


 ピリついた視線。値踏みするような視線。ねっとりした厭らしい視線。

 ちっちゃい頃から不躾にたくさんの視線を浴びてきた。

 そのせいで敏感になって、視線の種類によっては肌に痛みまで走ることが増えた。


 それなのに――。


 むぎちゃん以来かな?

 外面じゃなくて私自身を見ようとしてくれる男の子。

 ちょっと興味が湧いたかもっ。

 年下の男の子に興味が湧くのって初めてかな?


「あの……大槻先輩? すみません。気に障りましたか? それでしたら謝らせてください」


「ん~~?? あぁ、ごめんごめん!! ちょっと考え事してただけ! でも、そうだなぁ~、八千代くんかぁ。それなら、やっくん!! だね?」


 ――ガシャンッ。

 ――パリーーンッッ。


 大抵の人なら今ので喜んだり照れたりするのにやっぱり、何1つ表情に変化がない。

 むしろ困惑した雰囲気をさせている。ちょっと可愛いかも?

 表情が変わることはないけど、右手で首を掻いている。


 癖なのかな?


 って、それよりすぐ隣にいる鈴ちゃんの方がとんでもない表情をしているな。

 グラスを落としたのに、まるで動こうとしない。


 あと、珍しく里ちゃんの勘が当たったかも。

 やっくんは誰よりも早く、お客様に騒がせたことに対して謝罪して、自ら率先して割れたガラス片を掃除しようとしている。


 とってもいい子だ。


「よろしくね、やっくん? あとほうき持ってくるから、素手で触ったりしたらダメだからね? い~い? 分かった? あと、鈴ちゃんもいい加減戻ってきて」


「はい、承知しました」


「ははっ! 言質、取ったからね~? これからは、『やっくん』って、呼ばせてもらおっと」


 また右手で首を掻いている。きっと、困った時の癖なんだろうなぁ。

 つまり表情が乏しくて分かりにくいけど、ちゃんと感情があるってこと。


 もっと観察していけば、いろいろ分かるかもしれない。

 この子が、いい子ってことがね――。


 それからのやっくんは、

 あっと言う間に私と里ちゃん以外の子から避けられるようになった。


 まあ、鈴ちゃんは私以外に興味がないから、態度が一貫しているだけなんだけどね。

 でもさらに、あっと言う間にその評価を覆えして、他の子たちからも頼られる存在になっちゃった。


 鈴ちゃんだって、『今日、八千代くんは……休みですか』と無意識に呟くほど、認め、頼りにするくらいだもんね~。


 やっくんは自己評価が低いのか、なんてことないようにしているけどさ~?

 とっても凄いことをやっているんだよ?


 お店の働く環境を改善したことや売上だって。

 不愛想な接客を嫌がる客もいるけど、やっくんを楽しみにしている人だっている。


 それに、私や鈴ちゃんが可愛がる男の子なんて、望んだって手に出来ないほどの幸運なんだぞ??


「はあ……そうなんですか。でも、大槻先輩も船引先輩も人目を惹く器量ですもんね」


 面白いのに面白くないなぁ~。


 最初は私に対しても全く態度を変えないやっくんを気に入ったハズだったのに、今はどうにかして、やっくんがデレたり戸惑う姿が見たくてしょうがないよ。


 いつか絶対にデレさせてあげるんだから。

 でも結局――。


 身内である里ちゃんには悪いけど、くそ野郎のせいでやっくんが居なくなって、デレさせることなく終わっちゃたけどね~、なんなら私が誰にも話せなかった恋の悩みまで相談しちゃったし……聞き逃げだなんて、やっくん恐るべしっ。


 でもね、逃がさないよ?


(みーあ) 『やっくん、やっくん!!』

(やっくん)『美愛さん、こんにちは。どうかされましたか?』


(みーあ) 『そろそろさぁ~?』

(やっくん)『はい、分かりました。時間作ります。いつがいいですか?』


(みーあ) 『察し良すぎ~!! そうだなぁ、28日の午前中は?』

(やっくん)『大丈夫です。でも、可能なら人目は避けたいです』


(みーあ) 『オッケ~!! 場所は考えておくからね!』

(やっくん)『ありがとうございます』


(みーあ) 『場所と時間決めたら、また連絡するね~!!』

(やっくん)『はい、お待ちしてます。それでは、また』


 そっけない文面を見たら『可愛くない奴めっ』って、言いたくなるけどそれも含めて可愛く思えてくるな~。


 体育祭のリレーもそうだけど、

 最近は、やっくんが格好いいってことがたくさんの人に知られてきたから、ちょっかいかけにくくなっちゃった。


 弟が姉離れしたようで、少し寂しい気もするけど……いいことだよね。


 で~も!! それはそれ、これはこれ!!


「いい加減に、たまっている利子も含めて貸しを返してもらうからね~、やっくんっ」


 バス旅行で、私の知らない誰かの助けになったように――。

 体育祭で、泣いている勇気ある女の子を助けたように――。


 今度は、私の恋の手助けをしてよね?


 ――なんて。

 それはちょっと欲張りすぎかな~。


 話を聞いてもらって、ちょっと甘えさせてくれるだけでいいかな。

 やっくん次第ではちょっとサービスだってしてあげようかな?


 ハハッ! 変なの~。


 男性からの視線だけでなく、あんなに触れられるのも嫌いだったのにサービスとか考えちゃってるよ。


 でも、そういえば……笑ってたよね? リレーの時。


 ってことは……サービスついでに揶揄ったら、困った表情を見せてくれるかな?


 ハハッ! 可愛い弟だからね、それくらいで勘弁してあげよ~っと。

 楽しみだなぁ~。


 それなのに。



「は? もう一度言ってくんない?」


「僕は絶対に、美愛さんの騎士にはなりません。彼氏にもなりません。絶対にです」


「はぁぁ……。やっくんも私を裏切るんだ? 付き合う気もないのに思わせぶりな態度取って、私を……私をッッ!!!!」


「ええ。ですが――」


「うるさい、うるさいっ、うるさいっっ!! もういいよ、分かったッッ!! 私を捨てる人なんて要らない。ぜっったいに、許さない」


 どうしてこうなったの?


 私はただ――。


 苦しいよ。助けてよ――。

 これなら。こんな風になるなら――。



「――恋なんて知りたくなかった」


▽▲▽


【あとがき】

第四章はフラストレーションの溜まるストレス展開が多々あります。

ですが第五章、第六章のための大切な章でもあるので、読んでもらえたら嬉しいです。

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