第120話 もう一つのエピローグ
「美海ちゃん、入って来て下さい」
こう君がいなくなった隣の部室から声が掛かる。
私を名指ししているのだから、行かなければならない。
でも――。足を踏み出す事が出来ず立ち竦んでしまう。
話したくない。顔を合わせたくない。聞きたくない。知るのが怖い。
きっと、この場から逃げたい気持ちが私の体を硬直させているのだろう。
でも莉子ちゃんは私を逃がしてはくれない。
扉を開き、部室に入り、私の目の前まで来てしまう。
さっきまで――。
体育祭が行われていた体育館以上の熱が発生していた空間とは思えないくらい、シンとしている。
私も莉子ちゃんも口を開かないからだ。
ううん、私が何かを言うのを莉子ちゃんは待ってくれている。
私がここに居て、告白を盗み聞くようなことをした理由。
今日のお昼に莉子ちゃんから聞かせたいお話があると言われた。
そして待ち合わせしたこの場所に来た時に言われたのだ。
「私はこれから逃げるかもしれません。でも、私が逃げ出さないように美海ちゃんはただここで、黙って見守っていて下さい」
莉子ちゃんはそう言った。
けれど、私が居なくても莉子ちゃんは間違いなく逃げ出すことはなかった。
それならどうしてこんな変なお願いを私にしたのか。
決まっている。私に聞かせたかったからだ。
でも、どうして?
「莉子ちゃんは、どうして私に聞かせたりしたの?」
「私が郡さんに告白した姿を見て、美海ちゃんはどう思いましたか? どう感じましたか?」
本来なら友達の告白を『頑張れ!』と、応援しないといけなかった。
でも私は『嫌』。それだけ。
耳を塞ぎたかったし、目だって逸らしたかった。逃げ出したかった。
けれど反対に、耳を塞ぐことも出来ず、目だって釘付けになった。
だって逃げ出せないくらいに莉子ちゃんの姿に惹きつけられてしまったから。
女の私が見ても、莉子ちゃんはキラキラしていて……とっても可愛くて魅力的に映った。
だからもしかしたら。
こう君はこのまま想いを受け入れてしまうのでは?
そう考えたら怖くて、嫌で、仕方なかった――。
「美海ちゃんは最近やっと……自覚を始めたばかりだと思います。ですが……これでハッキリ自覚出来たのではないでしょうか?」
最近のこう君は注目され続けている。
目立つことをしているから当たり前かもしれない。
聞こえて来る声の中には、こう君に対して好意を寄せる声も増えてきている。
――格好良い。落ち着いていて大人っぽい。
――気が利いて優しい。頭もいい。少し意地悪な所もいい。
こんなのはほんの一部で、他にもたくさんの声が聞こえてくる。
私もこれだけなら、こう君の良さが皆にも伝わったのかなって。
ただ嬉しいだけで済んだかもしれない。
でも莉子ちゃんの存在が私にそうは思わせてくれなかった。
夏休み明け、クラスメイト全員が驚くほどに可愛く変貌を遂げた莉子ちゃん。
こう君と毎晩電話をして、毎週水曜日に莉子ちゃんの部屋で会ったりもしていた。
そのおかげで、たくさんの人と話をすることが出来るようになった。
可愛さにプラスして、隠れていたけど元々持っていた天性のコミュニケーション能力が開花したということ。
そのことは私も純粋に嬉しかったし、莉子ちゃんを応援したい気持ちもあった。
でも、自分の中に知らない感情が渦巻いていてモヤモヤもしていた。
2人を見ていて、すぐにその正体が『嫉妬』ということに気付くことが出来たのだけど。
でもその嫉妬は何に? 誰に?
莉子ちゃんが私でなくてこう君を頼ったから?
それとも、こう君が私に内緒して莉子ちゃんと仲良くしていたから?
自分の醜さにうんざりしてしまう。
醜さを自覚したことで、私はこの時にもう1つ自覚した感情があった。
私はこう君のことを友達以上に思っているって。
もしかしたら、これが『恋』なのかもしれないって。
そして今――。
莉子ちゃんの告白を見たことでハッキリと自覚してしまった。
『誰にも取られたくない。私は…………こう君が好き』
って。
心の中でずっと『嫌だ、やめて、取らないでっっ』。そう叫んでしまっていた。
前にお姉ちゃんが注意していたことは、きっとこのことだったんだね。
偉そうに『こう君は物じゃない』と言ったのに。
矛盾するように今では取られたくないって思っている。
本当に自分のことが嫌になるけど、こう君が莉子ちゃんの想いを断った時はホッとしてしまった。
こう君が私から離れて行かないと分かって安心したということ。
「美海ちゃんの気持ちを聞かせてほしいです。ダメですか?」
言ったら嫌われてしまうかもしれない。
もう友達でいられなくなってしまうかもしれない。
だから口にするのが怖い。
でも――。莉子ちゃんには言っておかないといけない。
これからも友達でいたいなら。
ううん。友達でいられなくなったとしてもだ。
私は莉子ちゃんに本当の気持ちを伝えないとダメ。
「私は……こう君が好き。誰にも渡したくない」
目を見て言えたけど、言い終わると同時に逸らしてしまう。
怒られるかもしれない。嫌われるかもしれない。怖い。
だけど莉子ちゃんは、私の不安な気持ちを察してか、手を握り、目を合わせてから優しく微笑んでくれた。
「よかった。これで中途半端に達成していた1つ目の目標も達成出来ました。美海ちゃん、私に教えてくれてありがとう」
莉子ちゃんが口にした全ての目標。
それを聞いていた私は気付かされる。
つまり莉子ちゃんは――。
ダメダメな私とこう君に『恋』を自覚させてくれたのだ。
「どうして……莉子ちゃん? 自分をこんな犠牲にすることを?」
「美海ちゃんは私に出来た初めての友達ですから教えてあげますね」
ただ黙って頷くことしか出来ない。
「私に初めて出来た友達が美海ちゃんです。そして私の初恋が郡さんです。本当なら、美海ちゃんを蹴落としてでも郡さんを奪っても良かったかもしれません。はたまた、自分の想いを秘して、郡さんを諦めて、美海ちゃんと友達でいることを選ぶことも考えられました。でも、私は――」
息をするのも忘れてしまうくらいに、緊張している。
莉子ちゃんは何を言うのか、何を言われるのか怖い。
「私が好きになった2人はそんなことを喜びません。私が一番好きな美海ちゃんは郡さんと一緒に居る時の美海ちゃんです。私が好きになった郡さんは、美海ちゃんと一緒に居る時に見せる優しい表情をした郡さんです。私はそんな2人が好きだから、どうせ振られることになるならばと、誰かさんのように格好つけてみたくなり、面倒な事をしてまで告白したんです」
――ただ、まあ、そのおかげで? 可愛くなれたし、人気者になれたからお互い様です。
と。
まるで本当にこう君のような言い回しで、最後はお茶目に言い切ったのだ。
きっと――。
変に気を使わせないように言ってくれたのかもしれない。
「それと美海ちゃんは1つ間違えております。私は犠牲になったつもりなどありません。私が先に進むための、幸せになるためには必要な儀式だったのです。ですから、あの燃えるような告白は私のためでもあったのです。まだ暫らくは
本当に、私が足踏みしている間にどんどん先へ、先へ進もうとする莉子ちゃんが眩しくてしかたない。
「ですから美海ちゃん? 私がここまで2人のためにお膳立てをしたのですから、郡さんを他の誰かになんて取られたら許しませんよ? いいですか? あのニブチンもようやく自覚してきている頃です。かと言って、余裕こいて悠長にしていたら、年上の誰かが掻っ攫ってしまうかもしれません。そんなの嫌です。私は!! 私の最後の目標は、2人が並んで幸せに笑っている姿を見る事なんです。私の勝手なお願いですけど、叶えてください。美海ちゃんは友達ですから、いいですよね? じゃないと本当に奪いますからね? 今の郡さんなら押せばいけるかもしれませんからねっ」
なんて――。なんて優しい脅迫なんだろう。
こんなダメな私にも莉子ちゃんは友達と言ってくれる。
叶えたい。莉子ちゃんのため以上に私の初恋を。
「私は誰にもこう君を渡さない。私のためにも莉子ちゃんの願いを引き受ける」
「……楽しみにしていますね。美海ちゃん――お願いが、あります……」
「うん」
「すみません、少しの間…………や、柔らかい……同じ身長なのに、ふ、不公平です」
「はいはい」
「うっ……美海ちゃんも、郡さんもおバカさんなせいです……」
そう言って、莉子ちゃんは私の胸の中で、今度こそ本当に初恋を終わらせた。
これで31回目。
好きな人に振られた女の子が泣かない訳がない。
それくらい、恋を知らなかった私でも分かる。
だからあの時――莉子ちゃんは、最後に泣くことを予想して、先に31回目としてこう君を振ったのだ。
泣かされた理由が優しい理由だったとしても、たくさん泣かされたことは変わりない。
女の意地? ううん。少し違うかもしれない。
全員に言えたことではないけれど、仕返しに振ってやるくらいしたくなるのが女心かもしれない。
この先、私もこう君に泣かされる日が来るのかな?
嫌だな、毎日笑って過ごせたらいいのに。
あ、でも、すでにこう君のことで何回か泣かされている……ううん、カウントしたらダメだよね。
莉子ちゃんの背中を撫でながら、そんなことを考えていると、莉子ちゃんは私から離れて、こう君から貰ったと嬉しそうに自慢していたハンカチを取り出し、涙をぬぐい始めた。
いいなぁ、ハンカチ。私も何か欲しいな。
「美海ちゃん、今絶対に郡さんのこと考えていたでしょ?」
「うん。でもそういえば、こう君と莉子ちゃんが初めて話したのって31日だったよね? 何か関係とかあるの?」
「偶然ですけど……美海ちゃん怖いんですけど?」
「どうして?」
「……内緒です。でも、あの人は本当に女たらしで、女泣かせですからね。日直の手伝いはさせないように見張っていた方がいいかもしれません」
「これ以上被害者を増やさないように、私が掴まえてあげるね」
「恋を自覚した美海ちゃんは図太いですね。でも、郡さんの初めてを奪ったのは私です。脳裏に焼き付けてやりました。ごめんね、美海ちゃん? 私が郡さんの初めてをいただいてしまって。これだけは譲りたくなかったのです」
「……私が上書きするからいいもん」
「なっ……でも、郡さん、私のこと、一生涯忘れないと言ってくれましたからね? 美海ちゃんの影でチラホラと思い出す事でしょう。ふふんっ!!」
「どっちが図太いのか。でも、もし、私といる時に莉子ちゃんや別の人を思い出していたら、こう君にお仕置きしないといけないね」
「それでしたら、郡さんを慰めるために添い寝をしてあげましょう」
「え? 私ばっかり得だね、それ?」
「いえ、郡さんに添い寝してあげるのは私ですよ?」
「ふふっ。じゃあ、一緒に添い寝してあげよっか?」
「やきもち妬きの美海ちゃんのセリフとは思えませんね?」
「莉子ちゃんと美波なら?」
「うわっ……四姫花というより、正妻の余裕ってやつですね」
「側室は許しません」
「私はまだ何も言っていないですが……姫は騎士を任命するってことは間違いなさそうですね?」
「もちろんっ! さ、莉子ちゃん!! いい加減お腹すいちゃった。お肉食べに行こう?」
「……きっと、郡さんもこうやって振り回されていくのでしょうね」
「置いて行っちゃうよ? あ、手繋いでいく?」
「いいですね。
「ふふっ」
「何を藪から棒に笑っているのですか? 可愛くてむかつきます」
「莉子ちゃん、自分のこと『莉子』って。私の前でも言ってくれたのが嬉しくて」
「……はいはい。いいから行きますよ」
「はいはい、いじけないの。手繋いて行こうねっ」
「はいはい……まったくもう、2人ときたら。莉子を振り回してばかりで、もうっ!!」
この時はまだ知らなかったけれど――。
私と莉子ちゃんの仲よしぶりを、こう君に見せつけるはずだったのに。
遅れて行った私たち2人が見せられた光景は、美緒さんと仲睦まじく焼き肉を楽しんでいるこう君の姿で、より一層、危機感を募らせてしまうことになるのだった。
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