第121話 上近江美空

 予感がしていた。


『嫌な』と言ったら少し違うかもしれない。

 私の予感が的中することは、つまり――。

 郡くんが脚光を浴びたということでもあるから。


 郡くんくらいの年頃の男の子なら、英雄的活躍をしたら恥ずかしくはあるものの嬉しいことなのかもしれない。


 だから、『嫌な』と言う感想は私から見た感想になる。


 美緒ちゃんから郡くんとの密約を聞いていたから、前期末試験の結果を郡くんから聞いた時はそこまで驚きはしなかった。

 この子なら何か突発的な問題が起きなければ間違いなく学年1位を取ると確信していたから。

 このくらいなら目立ちはするけどまだ許容範囲だった。


 でも――平田莉子ちゃん。


 美海ちゃんから、新しい友達だと話には聞いていた。

 バス旅行をきっかけに仲良くなれたと写真も見せてもらった。

 だから酷い話。

 夏休み中に郡くんが平田莉子ちゃんと仲良くしていた話を聞いても、その時点では警戒していなかった。


 郡くんに対しては『美海ちゃんがいるのに』って、姉ながら思う所もあったけど、変わりたいと願う女の子のために頑張るのは、男の子な証拠だと微笑ましくもあった。


 そう思っていたのに。


 平田莉子ちゃんは驚くべき変貌を遂げていた。

 体育祭2日目にお弁当を差し入れに行った時は本当に驚かされた。


 え、同一人物?


 と、見間違うほど別人のようであったから。


 私が体育祭に顔を出すことになった原因でもある平田莉子ちゃん。

 元々、お弁当は作るつもりだった。

 でも学校まで持って行く気はなかった。

 朝、美海ちゃんに持たせればいいだけなのだから。


 でも、平田莉子ちゃんが生徒会に取り付けた『賭け』。

 その賭けのせいで、なんの変哲もない体育祭が注目を浴びる体育祭となってしまったから、『嫌な』予感が止らなくなってしまった。


 そしてその予感は的中してしまう。


 あのドラマのようなワンシーンを遠くから見ていた私ですら、鳥肌が止らなくなってしまった。


 あんなの…………格好よすぎるよ、郡くん。


 それに笑った顔、あんなの反則でしょう。

 美海ちゃんから聞いていた話よりもちゃんと笑えていて驚いてしまった。

 変わっているのは平田莉子ちゃんだけじゃなかったんだね。

 本当に、高校生は眩しくてしょうがない。

 羨ましいと思ってしまう。


 そして平田莉子ちゃん。

 彼女は郡くんへの想いをさらに強くしたでしょう。

 周囲で見ていた女の子たちですら頬を赤らめていた。

 中には、郡くんに対して恋愛感情が芽生えた子もいたかもしれない。

 いや、間違いなくいる。


 それはつまり――。八千代郡の争奪戦が早まってしまう。


 遅かれ早かれ起きうると予想していた。

 でもそれは文化祭後もしくは、2年生になるくらいかと思っていた。


 美海ちゃんに時間は残されていない。

 早く『恋』を自覚してもらわないと、気付いた時には郡くんが取られてしまっているかもしれない。


 郡くんも無意識に美海ちゃんに想いを寄せているけど……彼は押しに弱そうだから、仲良くなった子に情で訴えられたら分からない。


 でもね、私の心配をよそに――。


 郡くんや平田莉子ちゃんだけでなく、美海ちゃんもたった半日で変わっていた。

 あのドラマのようなワンシーンが起こる前。


 郡くんに変なおじゃま虫が付かないように、年甲斐もなくブリッ子を装って、周囲にアピールをしたのに……とっても恥ずかしい思いをして、美緒ちゃんにまであんなに怒られたのに、仕事から帰宅してすぐ、美海ちゃんに言われてしまった。


「お姉ちゃん、こう君にもう余計なちょっかいかけなくていいからね」


 なんのことかと恍けようかと思ったけど、続けて今まで見たこともないくらい可愛い表情で、それに格好いい顔で言われてしまった。


「私はこう君が好き。誰にも渡したくない。ううん、渡さない。莉子ちゃんのおかげで、やっと気が付くことが出来たの。だからお姉ちゃん? もう心配しなくて大丈夫だから。私がこう君を掴まえるから、邪魔しないで応援してね?」


 一瞬、言葉を失ってしまった。


 私がする余計なことなど何1つ必要なかったのだ。

 詳しい話はプライベートなことだからと教えてはくれなかったけど、間違いなく平田莉子ちゃんが何かしたのだろう。


 郡くんに告白したことは予想が付く。

 でも、それ以上の何かを彼女はしてくれたはず。

 その内容が何かは見当もつかないけれど、話せる機会をもらえるなら謝りたい。

 そしてお礼を言いたい。感謝してもしきれない。

 でも今は――。


「おめでとう美海ちゃん。二度目の恋、叶えないとだね」


「ありがとうお姉ちゃん。でも二度目じゃなくて初恋だよ?」


 美海ちゃんはまだ小さくて、昔のことだから覚えていないのも仕方がないかもしれない。

 こっちに越してくる前に住んでいた新潟。

 そこで一度美海ちゃんは、旅行に来ていた男の子に恋をしている。


 私は実際にその子と会えていないから、どこの誰かは分からないけど――。

 そういえば、『あーちゃん』は元気かな……美海ちゃんにとても懐いていたよね、確か。


 なんだか懐かしくなってきたな。


「美海ちゃんは忘れちゃったんだね。でも、もしかしたら昔のアルバムにあるかもよ? 最後に写真撮ってくれたって、あの頃の美海ちゃんが嬉しそうに報告してくれたから」


「そう……なんだ? こう君が見たいって言うからアルバム持ってきたし探してみようかな。でも、そっか……初恋じゃ、ないんだ」


 好きだと思った男の子が実は初恋じゃないって、少し残念なのかもしれないね。

 でも、初恋は叶わないって言うからいいのかもしれない。


「確か……1つ上の男の子だったと思うよ? 美海ちゃんも郡くんのことを年上好きだって言えないね?」


「もう、昔のことだし覚えていないんだから関係ないよ。それよりも、今日の打ち上げでこう君ったら、また美緒さんと話している時にだらしのない顔していたんだよ?」


 と。

 打ち上げであった話を怒りながらも楽しそうに話し始めた。

 美緒ちゃんとイチャイチャする郡くんを見た美海ちゃんと平田莉子ちゃん。

 2人で五十嵐さんという子に頭の叩き方を教わったとも言っていた。


 どうしてそんな話になったか気になるけれど、多分郡くんが乙女心を理解出来ていないことが原因だということは予想が付く。


 美海ちゃんの耳は……ほんのり赤くなっている。

 郡くんといる時、郡くんの話をしている時だけ染まる美海ちゃんの耳。

 それがとっても可愛くて仕方がない。

 だから、つい、意地悪を言いたくなってしまった。


「美海ちゃんは、郡くんが関わるとすぐに耳が赤く染まって本当に可愛いね?」


「えっッ!? 今、私の耳染まっているの? やだ、恥ずかしい……」


 耳を抑える仕草なんて、もう……キュンってしちゃう。


「ねぇ、お姉ちゃん? 今までも、私って何かあると耳染まっていた?」


「美海ちゃんの顔が染まるのは冬くらいだよ。でも、郡くんと仲良くなってからは、毎日が冬になったみたいに染まっているよ。熱いのに冬だなんて……美海ちゃん、乙女さんだね」


 本当に2人は――。


 あんなに熱々仲良しなのに、自分と相手の気持ちに全く気が付かないくらい鈍くてもどかしかった。


 互いに大切に思い合っていることは知っていても、その先については気付こうとすらしなかった。


 だからこれくらい言ってもいいよね。

 そう考えて美海ちゃんを揶揄ったのに、思わぬ反撃を食らう事になるとは……。


「……お姉ちゃんだって今日、こう君にちょっかい掛けていた時、顔真っ赤だったじゃん」


「ところで……美海ちゃんは郡くんを騎士様に任命するの?」


「都合が悪くなると話を変えることは、意地悪な人の共通事項なんだね? まったく。でも、そうだね。四姫花に選ばれたらするつもりだよ?」


 痛い。耳が痛いよ美海ちゃん。


 あと、美海ちゃんは間違いなく四姫花に選ばれるからね?

 だって、こんなに可愛いんだもの。選ばれないとおかしい。


 でも、ちょっとややこしい問題がある。

 当時の美緒ちゃんにとっては、四姫花が得る騎士任命権はどうでもいいことであった。


 だから放置してしまった。


 それよりも、腐敗が進む委員会や四姫花制度を廃止するのに注力していた。

 だから下剋上までして生徒会長になった。

 それにも関わらず、四姫花制度が現存している理由。


 四姫花には様々な恩恵や特権がある。騎士任命権もその内の1つ。

 その与えられた恩恵や特権が絶大過ぎたのだ。


 だから失くすには惜しい。

 そう考えた里ちゃんと初ちゃんの反対、さらに『来年こそは』と考えている生徒からの反対が過半数を超えていたから、廃止することが叶わなかった。


 ただ、その他の改革はどんどん進めて、働かない名ばかりで不要な委員長をクビにしまくった。

 そのせいで牡丹の忌み名として『首切り姫』などとも呼ばれてしまっていた。

 正確に言えば首落としだと思うけど。

 私は、怖くてそんなこと口が裂けても言えない。


 ちょっと逸れちゃったけど、恩恵について。

『働かざる者食うべからず』と言ったように四姫花には制約がある。

 四姫花に選ばれて、称号を受けた場合は何かと学校の顔として働かないといけなくなる。


 それは四姫花に任命される騎士も同じ。

 騎士も四姫花同等の恩恵を受けるけど、一番に四姫花のため、次に学校のために働かないといけない。


 話を戻すけど、騎士任命権のややこしい問題。

 当時のういちゃんにとっては悩ましい、でも私たちにはどうでもいい制約が1つ。


 その制約が、美海ちゃんと郡くんにとっては最大の制約になる。


 ――姫と騎士は恋人関係であってはならない。


 と。

 こんな制約があるから、過去に”騎士”が誕生していないのよ。

 現代の乙女は好きな人に守られたい。

 それ以外の男性を近くになんて置きたくないでしょうに。全く。

 こんなことになるなら、あの時これだけでも何とかしておくべきだったかもしれない。


 悔いても悔やみきれない。


 ただ、制約を変えるには生徒会有利な面倒な決め事がある。

 だから生徒会長である美緒ちゃんなら制約を変えることだって出来た。


 でも――この決まりを作った初代生徒会長本宮錦もとみやにしきが美緒ちゃんを上回っていた。


 対抗するには、美緒ちゃんは首を切り過ぎたのだ。

 だからどちらにせよ、制約の変更は叶わなかったのかもしれない――。


 そして今、次期生徒会長はあの本宮錦の妹ときている。

 間違いなく何か企んでいるはず。本当に忌々しい兄妹。

 美海ちゃんのために、このことは伝えておかないといけない。


「美海ちゃん、あのね……昔と変わりがなければ、四姫花の決まりの中に『姫と騎士は恋人関係であってはならない』って制約があるの。その辺りどう考えようか?」


「え? そんなの決まっているよ。こう君と四姫花どちらしか選べないなら、四姫花は断るだけだよ?」


「そうだね……四姫花にならなければいいのかもしれない。でもね美海ちゃん。特別な事情がなければ四姫花を断ることは出来ないの」


「……特別な事情って例えば?」


「そうねぇ……転校する予定があったり、著しく生活態度や学力が悪かったりとかかな」


 生活態度や学力が悪い時点で、四姫花候補からは外される。

 だから実質、転校する予定くらいしかない。


「……両方とも無理かな。わざと成績落とすだなんて検討する余地もないよ。私はこう君につり合う人……ううん。こう君が困っていたら、背中を押してあげられる人でいたいから」


 あのね、美海ちゃん。


 さっきからキュンキュンメーターが止まらないの。


 もう全てが尊い。

 いつの間にこんなに強い女の子になったのかしら。

 最近までは、嫌でも人の顔を窺って生活していたのに。

 郡くんの、いえ、たくさんの友達の影響もあるかしらね、きっと。

 だって今、美海ちゃんの周りは個性的な人ばかりだものね。


「じゃあ平田莉子ちゃんみたいに美海ちゃんも頑張らないとだね」


「うんっ!!」


 さて、今までの私なら、何か出来る事はって考えていたかもしれないけれど、今の美海ちゃんには必要ないかな。


 邪魔しないでとも言われているし、なにか相談があってから手を貸すくらいでいいかしらね。

 ちょっと寂しいけど。


 でも、どうせ――。今日1人の女の子の努力を救ったように、

 美海ちゃんが困っていたら郡くんがなんとかしてくれるはず。


 なんてね。未来の義理の弟に期待し過ぎかしらね。

 あれ……もしかして…………郡くんが義弟になったら、美波ちゃんも私の義妹になるのかしら?


 え、そうよね?


「美海ちゃん、なんとしても郡くんを手放しては駄目よ。いい?」


「言われなくてもだけど……今のお姉ちゃん、こう君みたいに悪いこと考えている時と同じ顔しているから、素直に頷きたくない」


 私の邪な考えなど簡単に見抜かれてしまったのだ。

 でも、簡単に想像が出来るくらい、楽しい未来がすぐにやってくる。


 そう気がしてならない、そんな予感がしてならない。

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