第119話 エピローグ

 平田莉子ともだちが全身全霊をかたむけて『恋』を教えてくれたあと、当然に普段とは異なる空気が漂いはしたが、僕らはこのまま帰宅する訳にもいかない。


 平田さんが、表向きの目標として掲げていた1年Aクラス総合優勝。

 それを成すことが出来たのだ。


 それはつまり、生徒会との賭けに勝利したということでもある。

 クラスメイトと古町先生、1年Aクラスの全員でこの喜びを分かち合わなければならない。


 つまりは打ち上げしようぜ、焼肉が待っているぜ。

 みんなで平田さんをうんっと褒めてあげようぜ、ということだ――。


 打ち上げ場所は駅前にある焼肉屋さん。

 予約内容は食べ放題コース。

 根拠もなく総合優勝する気満々だった僕らAクラスは、すでに予約を取っていた。


 勝てば打ち上げという祝勝会。

 負けた時は自腹で行われる残念会。


 負けていた場合、先導者かつ扇動者である僕がクラスメイトたちに何を言われていたかを考えると、ある意味背水の陣でもあったのだ。

 けれども、勝てば官軍。

 賭けの提案、生徒会への交渉を成し遂げた平田莉子。

 特別賞で美味しい所を掻っ攫ったヒーローである僕、八千代郡。


 今回の立役者である僕ら2人は、クラスメイトたちが待つ焼肉屋さんへ、堂々と足を運ぶことが出来るというものだ。


「僕が言うのもなんだけど、とりあえず焼肉屋さん行こっか」


 クラスメイトたちが腹を空かせて待っているからな。


「最後に不満をぶつけても?」


「え、何だろう……聞きたくないけど言ってみて」


「結局、こうりさんは莉子の口癖など何1つと移っていません。あんなに毎晩耳元で囁き合った仲だというのに。それがとっても不満です」


 少し待って平田さん。


 突っ込みたいところが多すぎて困ってしまう。

 先ずさ――。


 今さら口癖について? とか。

 え? 呼び方はズッくんじゃないの? とか。

 通話していただけで囁き合ってなどしていない。とか。


 もうさ、いろいろだよ、いろいろ。


「あのさ、平田さん。言い難いんだけど呼び方は統一しない? それに通話していただけで囁き合ってはいないと思うけど?」


「莉子の恋の決別はさっき済みました。郡さん、莉子はですね、貴方を想っていた花曇はなぐもりが続く淡くも切ない日々とさよなら出来たってことです。ですからこれからも郡さんと呼びますよ。ダメだとは言わせませんよ? それに耳元で話しをすることは囁き合うともいいますからね、何も間違いではありません。あと都合が悪いもう1つは無視ですか?」


 失恋を秀逸で素晴らしい感性の例え方で披露してくる。


 それに加えて相変わらずのご都合主義に驚かされてしまうが、何と言うか……可笑しくて笑いたくなってしまう。


 これからもこうして莉子さんと可笑しな会話が出来ることを喜んでいる自分もいるからな、お礼ではないが莉子さんの不満を解消してみよう。


「分かったよ。それなら僕も今まで通り莉子さんって呼ぶけどいいよね?」


「ええ、もちろんですって言いたいですけど、どうしましょうか? ちょっと意地悪したいかもしれません」


「じゃあ、平田さんって呼ぶことにしようかな」


「……もっと悩んでくれてもいいのでは? 莉子はこれでも傷心の身なのですよ?」


「莉子さんが先に意地悪するから」


「…………郡さんの方がずっと意地悪です。少しくらい意地悪言わせてくださいよ」


「ごめんね。仲直りしよっか?」


「……はい」


「よかった。僕はさ、莉子さんと交わす会話が結構好きなんだよ」


「そうなのですか?」


「可笑しくて楽しくて元気がもらえるからね」


「膝枕をしなくても郡さんを元気にしてあげられていますか?」


 そういえばさっきも膝枕について言っていたな。

 昨日もしかしたら、美海に膝枕されている姿を見られていたのかもしれない。

 それか美海から聞いていたのか。

 どちらにせよ、今聞くことではないか。


「もちろん」


「理由を伺っても?」


「莉子さんと話しているとさ、元気500倍になるからね」


「……ちょっと無理矢理感がありますよ?」


 確かに。

 もっと自然な流れで言いたかったけど、僕の会話の持って行き方が下手で取って付けた感が出てしまった。


「昨日美海と会話していた時、自然と『元気500倍』って言ってさ、美海に『莉子ちゃんの口癖』って、突っ込まれたんだよ」


「莉子のいないところで、莉子の口癖を言っても意味がないじゃないですか。でも、まぁ……いいでしょう。許して差し上げます」


 照れたのか嬉しかったのか、僕から目を逸らし下に俯かせながら許しをくれる。


「じゃあ、いい加減に向かおうか。そろそろ予約の時間だし」


「はい。でも、莉子はもう少しやること……心の整理を付けてから向かいます。ですから、郡さんは1人寂しく向かってください」


「…………わかっ――」


「大丈夫です。大丈夫ですよ郡さん。莉子は郡さんへの想いを、ちゃんと思い出にすることが出来ております。心の整理と言っても、振られることなど初めから分かっておりましたから、実はほとんど済んでおります。これからも尊敬のしあえる友達でいましょう。ですから安心して行って下さい」


「分かった……。早く来ないとお肉全部食べちゃうからね? 待ってるから」


。寂しがりやな郡さんの為にも、すぐに追い掛けます」


 最後に僕の口癖を言った莉子さんは。

 小さな子供へ向けるような優しい笑顔。

 その笑顔をして莉子さんは手を振り、僕を見送ってくれたのだ。

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