第115話 フラグのおかげである意味勝利がみえた
昼休みに起こった騒動については、美空さんだけがもの凄く怒られた。
生徒指導室で事情を聞いた古町先生は、美空さんが悪いと判断してくれたようだ。
そのため僕はすぐに開放されることとなった。
お腹の音が鳴るほどお腹も空いているし、急ぎ足で6階書道部の部室へと向かう。
だが、たった1つ下の階に下りるだけなのに、向かう途中で聞きたくもない噂話が聞こえて来てしまう。
――大槻先輩を断ったのは、すでに年上の綺麗な彼女がいたからか。
――俺も頑張って勉強したら、あんな綺麗なお姉さんと付き合えるのかな。
――やはりあの男は呪うべきッッ。
所詮、事実と異なる噂だからすぐに飽きる筈。
現実逃避気味にそう決め込み聞こえない振りをする。
相手にしていたら切りもないからな。
ただ、1人だけ気になる声があった。
多分、前と同じ人だと思うが――。
呪うのだけは勘弁してもらえないだろうか。
本気に聞こえてくるから、本気で怖い。
部室の前に到着した僕は、美海や莉子さんに何を言われるか冷や冷やしながら部室に入ったが、特に何かを言われることはなかった。
少し拍子抜けもしたが、自分から拾いに行くこともないため、そのまま美味しいお弁当を味わうことにする。
お店で出すようなお洒落な品々ではなかったけど、唐揚げやタコさんウインナーなどの運動会定番といったおかずが詰められており、ワクワクするようなお弁当で楽しく感じた。
と言うよりも、小学校の運動会ではコンビニで買った弁当やサンドイッチがほとんどであったから、憧れもあり嬉しかったのだと思う。
僕が見せるそんな様子が可笑しかったのか、美海と莉子さんはニコニコと僕を見ていた。
微笑む2人は、普段ならただ可愛いと思ったかもしれない。
けれど美空さんが起こした騒ぎのあとだから、その微笑みには何か裏がありそうだと勘ぐってしまい少し怖いとも感じてしまった。
まあ、それは杞憂で終わったのだけれども――。
さて――。切り替えていこう。
借り物競争は残念ながら1位を取る事が出来なかったが、それでも五十嵐さんの頑張りで3位となりポイントを得る事はできた。
昨日の玉入れで1位となっているから、総合優勝に一番近いクラスは1年Aクラスとなっている。
これから始まるバドミントン。
そしてバスケットボールとバレーボール。
体育祭実行委員の仕事はないため、しっかり応援させてもらおう。
昨日の騒ぎで、応援歌は禁止されてしまっているが掛け声くらいは構わないだろう。
「幸介、順平。2年Bクラスをリッコリコにしてやって」
「「おうっ!!」」
うちのクラスが誇るイケメン2人は息ぴったりのようだ。
ダブルスの試合だから頼もしい限りだ。
幸介は運動神経抜群だし、順平はテニス部だからなんとなくバドミントンも上手なイメージがある。それに対戦相手は女子2人ペア。
普通ならば、かなり期待出来る筈なのだが……その2人が問題だ。
昨日、挨拶を交わしたばかりの
冨久山先輩は手堅いプレイをしそうだけど、日和田先輩については全く予想がつかないため、何かしてきそうで何とも言えない不安がある――。
こういう時ばかり僕の予感は的中してしまう。
通常なら21点先取スリーゲームのツーゲーム先取りで勝敗を決めるが、
第1セットは難なく取ることが出来て、続く第2セットも6点まで先取して、マッチポイントというところで、それまで全く動いていなかった日和田先輩が動き出したことで、形勢が逆転してしまった。
日和田先輩はネット際に張り付き、ただひたすらに羽根を拾い続け、
ボーっとしている姿からは想像も出来なかったが、凄まじい動体視力と反射神経で驚くことしか出来なかった。
日和田先輩が魅せるアクロバティックな動きで、幸介と順平は翻弄され、リズムを狂わせ、何度も甘い返球をしてしまう。
それを狙いすましたかのように、高身長の冨久山先輩がまるで精密機械のように、際どいコースにスマッシュを決めて点数を重ねていき、あっという間に第2セット、そして第3セットを奪取されてしまったのだ。
勝てる試合だっただけに悔しいが、幸介、順平ペアは僅差で負けてしまい2位という結果となってしまった。
続いてのバスケットボールについては、純粋に力の差で負けてしまった。
僕らのクラスはバスケ部が2人、他3人も運動部であったが、相手クラスは全員がバスケ部だった。
対戦相手は2年生。つまりは部活の先輩にあたる。だから仕方がないのかもしれないけど、バドミントンに続いての敗退で、Aクラスの空気が重くなってしまう。
だが、その空気の中でも莉子さんは諦めず最後まで懸命にバレーボールをプレイするクラスメイトを応援し続けた。が――。
結果空しく、バレーボールも僅差で敗退となってしまった。
相手クラスの本宮先輩がリベロとしてこちらのボールを拾い続けたのだ。
もしも……とは、考えたくないが、本宮先輩がいなければバレーボールは勝てていたかもしれない――。
リレー以外の全ての競技を終えた結果が、スクリーンに表示される。
【1位】Aクラス 330点
【2位】Bクラス 315点
【3位】Cクラス 0点 同率 Dクラス 0点
何とも差の激しい結果となったのだ。
1年生から3年生合わせたクラス合計で見ると、僕らAクラスは1位という結果だ。
この結果は嬉しいけれど、素直に喜ぶことが出来ない結果でもある。
各クラス単位で見る結果が、僕らAクラスの総合優勝を否定する結果となっているからだ。
【1位】2年Bクラス 獲得点数240点
【2位】1年Aクラス 獲得点数230点
【3位】2年Aクラス 獲得点数100点
【4位】3年Bクラス 獲得点数75点
1位との差は10点。本当に惜しい結果となってしまった。
これが大差なら諦めもついたかもしれない。
だが僅差のため余計に悔しい結果となってしまったのだ。
まだ公表されていないリレー、配点も僕ら体育祭実行委員に知らされていないが、関係ないだろう。
対戦方式が【Aクラス対Bクラス対Cクラス対Dクラス】となっているため、勝てたとしてもクラス単位にはポイントが入らない。
つまり、この時点で総合優勝を逃したことが確定したのだ。
あれだけ気合を入れて頑張っていたのだ、それなのに2位で終わってしまった。
今、莉子さんはどんな顔をしているだろうか。
想像すると、僕は莉子さんの顔を見る事が出来ない――。
「……八千代くん。どうにかならないかな? 特別賞とか……」
「難しいね。実行委員の先輩から聞いた話だと、特別賞は例年各競技の1位になったクラス。さらにその中で活躍した1人だけに贈られる賞らしいから」
「――そっか」
逆転の目はない。僕がハッキリ告げたため、美海も言葉を発する事が出来ない。
僕らのクラスが1位になった競技は玉入れのみだ。
さすがにそこから特別賞は貰えないだろう。
貰えたら本当に奇跡だ。
僕と美海が気まずい空気で
『生徒諸君。中には疑問に思っていた生徒もいるかもしれない。行程表の空欄部分。その内容を最後の競技として、今から発表する。この競技だが、クラス対抗リレーで決まっている。参加者は体育祭実行委員だ。そして、生徒会の不手際で面白くもない結果となってしまったお詫びとして、Cクラス、Dクラスのどちらかが1位となった場合、特別配点を付させてもらう。スクリーンにポイントを映すから確認してくれ』
【1位】100ポイント 【2位】60ポイント
【3位】30ポイント
*Cクラス、Dクラスが1位となった場合のみ400ポイント獲得する。
つまり、リレーで1位となれば、どのクラスも優勝する可能性が生まれたということだ。
こういった時のお決まりなのかもしれないが、面白くはない。
現にAクラス、Bクラスからは不満の声が上がっている。
だが、『盛り上がり』を考えるならば、この発表は有効なのだろう。
Cクラス、Dクラスからは盛り上がる声が聞こえて来ているからな。
2つの意味で体育館が騒がしくなる中、1年Aクラスだけは通夜のような空気が変わらず残っている。
総合優勝を目指し一致団結してやってきた反動だろう。
「郡さん、莉子はまだ諦めたりしませんから」
「莉子さん。あとは特別賞しか可能性がない。でも言いたくはないが、玉入れでは難しいんじゃない?」
「何を言っているのですか? 莉子がリレーで特別賞を取ってやりますよ。だから郡さんも最後まで全力で協力してください」
思わず目を逸らしてしまう程、莉子さんが眩しく見えた。
リレーで活躍して特別賞を取る。
僕にはそんな考えなど全く思いつかなかった。
本当に――。
つい先ほどまでも尊敬の出来る友人と思っていたが、今はさっきよりも強くそう思わされてしまった。
可愛い女の子なのに格好良すぎだよ、莉子さん。
「……ごめん。莉子さんに特別賞は無理だよ」
「なんで…………今、そんな、莉子を否定するような――」
「だって、僕が特別賞をもらうからね。だからごめん莉子さん。諦めて」
「――っっッ!!?? 意地悪!! 嫌いです!!」
ちょっとグサッと来たが、一瞬でも哀しい表情をさせたのだ、甘んじて受け入れよう。
受け入れた結果、僕ら2人の会話を聞いていたクラスメイトたちから追い打ちが掛かる。
「八千代くん、さいっっていッッ!!」
「扇動者の最後はどうなるか体で教えてやるッ!!」
「27回の屑男!! あ、何か曲のタイトルみたいじゃない!?」
「みんなで作っちゃう? 八千代を題材にした27回の屑男って曲!?」
「「「「「それ、いいねぇ!!!!!!」」」」」
「とにかく、莉子ちゃん!! そんなやつリッコリコにしてやってぇぇ!!」
酷い言い草だ。
とんだ悪役になってしまったが、こんなことで再びクラスに火が灯ったなら安いものだ。
僕も出番だし気合を入れ直すとするか――。
「掛け声は?」
いきなりのことで誰1人と反応を示さない。大滑りだ。
でも、もう一度。
「か け ご え は ?」
「「「「「「「「「「圧倒」」」」」」」」」」
「目標は?」
「「「「「「「「「「総合優勝」」」」」」」」」」
「立ちはだかる敵は?」
「「「「「「「「「「なぎ倒す」」」」」」」」」」
「つまり?」
「「「「「「「「「「リッコリコ!!!!!!!!!!」」」」」」」」」」
「声が小さい。もう一度。つまり?」
「「「「「「「「「「リッコリッコォッッ!!!!!!!!」」」」」」」」」」
「勝利を」
「「「「「「「「「「ううおおぉぉぉぉぉっっッッ!!!!!」」」」」」」」」」
「「「「「「「「「「ううおおぉぉぉぉぉっっッッ!!!!!」」」」」」」」」」
「「「「「「「「「「ううおおぉぉぉぉぉっっッッ!!!!!」」」」」」」」」」
「「「「「「「「「「ううおおぉぉぉぉぉっっッッ!!!!!」」」」」」」」」」
「じゃあ、莉子さん行こうか」
「ふぇッ!? 落差激しくありませんか!? 郡さん!!」
「いやだって、十分気合い入ったでしょ? それにこれ以上はまた怒られちゃうよ」
田村生徒会長は主犯の僕を睨み、本宮先輩は満面の笑みで僕を見ている。
だからこれ以上は危険だ、いろいろな意味で。
「さ、莉子さん。配置に着こう」
「はい、郡さん。ゴールテープ前で待っていますね」
コースは1週200メートル。
走順と距離は。
各クラス女子から順に100メートルずつの3人で計300メートル走り、
男子にバトンを引渡し2人は200メートルの計400メートル。
そしてアンカーだけが400メートルとなっており、少し変則的なスェーデンリレーの方式に則っている。
Aクラスのアンカーは僕が走る事になっている。
立候補した訳ではない。
走順が3年生から2年生、そして1年生の順と決まっているからだ。
誰も400メートルなんて地獄みたいな距離を全力で走りたくないからか、先輩方は大変喜んでいた。
僕も嫌だったし、どうせなら莉子さんからバトンを受けたかったが決まりなら仕方がない。
「八千代くん、負けないからな」
「僕の方こそ。正々堂々と勝負といこう、吉永くん」
「ああ、俺は絶対に1位を取って莉子とデートするんだ」
なんだかその発言は某フラグにも聞こえるが、気合に水を差す必要はないだろう。
というか、莉子さんに告白した訳じゃなかったのか。
リレーが始まる寸前に変な事を考えさせないでほしいな。
まあ、でも――。
僕だって莉子さんの為にも、僕の為にも負けてあげることは出来ない。
だからデートは諦めてくれ。
心の中でそう呟くと、スタートを合図するホイッスルの音が体育館に響いた――。
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