第114話 古町先生には逆らえないのです

 莉子さんと吉永くんを見送ってから、やはり大した時間も掛からず5分程で片付けが終わった。

 それから部室に向かうため体育館の外に出るが何やら騒がしい。


 何かあったのかと気にはなったが、美空さんお手製の美味しいお弁当が待っているため、そのまま通り過ぎ去ろうとする。

 けれど、立ち去りにくい声がチラホラ聞こえて来てしまう。


「おい、誰だよあの美人なお姉さまは!?」

「新しく来る先生とか?」

「あ、卒業生とかかな? それか誰かのお姉さんとか?」

「あれだけ美人なら……芸能人? いや、ネット配信者の可能性もあるか」


 美人なお姉さま?


 まさかと思いつつも、顔を覗かせたらそのまさかであった。

 騒ぎの中心にいる人物は美空みくさんだった。

 そして目が合うと『あっ!』と声を出して、人垣を割りながら僕に向かってきた。


 首から入校証をぶら下げている美空さんの今日の服装は、初めて見るスーツスタイルでとても格好良く着こなしている。


 さらに、いつもよりしっかりメイクをしていて、幸介が言いそうな言葉を借りるなら、その辺の芸能人が霞むほど綺麗だ。


 だからこそ――。


 凄く嫌な予感がしたためこの場から逃げ出したかったが、すでに手遅れだ。


「郡くん! 待ち切れなくて迎えに来ちゃった!! 一緒に行こっ」


「「「「「「…………………………………………」」」」」」


「「「「「「ええぇぇ~~~~ッッ!!!!」」」」」」


 僕の右腕に抱き着いて来た美空さんに対して、どうしたんですかそのキャラは?

 と突っ込みたい。


 顔、少し赤くなっていますよ?

 とも突っ込みたい。


 他にもいろいろ聞きたいことがあるけど、突発過ぎる出来事のあまり、驚きで言葉が出て来てくれない。


「さっ、郡くん。早く静かになれる場所に移動しよう。ねっ?」


「(……美空さん、どういうつもりでこんなことを? その、可愛らしいキャラも普段とのギャップでより可愛いですけど――)」


「(わ、私も好きでやっている訳じゃ――)」


 周囲が騒ぐ中、僕と美空さんは顔を寄せ小声でひそひそ話をしていたが、背中に悪寒が走ったため振り向く。


 振り向いた先には、昨日のように僕を探しに来てくれたと思われる美海。

 それと莉子さんの姿が見えた。

 今までにないくらい怒り心頭な表情をしている。


 けれど2人とも。


 その目を向ける相手は僕でなくて美空さんだと思うけど?

 もしかしたら2人も僕と同じように混乱している最中なのかもしれない。

 そういうことにしておきたい。


 僕が感じた悪寒の正体は美海と莉子さん。

 だから美空さんも同じだろうと思ったが、美空さんが向ける視線は僕が向けた方とは少しずれているようだ。


 緊張しているのか、強く抱き締めて来る美空さん。

 そのせいで右腕に伝わる女性特有力がさらに増してくる。

 美空さんは一体何を見ているのか。

 視線を動かそうとした時――。


「美空」


「…………はい、美緒ちゃん」


「八千代君」


「え……はい」


「2人ともついてきなさい」


「「……はい」」


「失礼。お騒がせしました。彼女は私の知人です。みなさんケガに気を付けて解散するように」


 古町先生は再度解散と言いながら手を『パンッパンッ』と叩き、階段へ歩き出す。

 きっと、職員室に向かっているのだろう。


 振り返った時に見えた古町先生の表情。

 それを見たら、僕と美空さんは2人仲よく下を向きながら付いて行くことしか出来なかった――。


 ▽▲▽


「美海ちゃん?」

「なに、莉子ちゃん?」


「郡さんが年上好きなのって、お姉さんのせいなのでは?」

「……否定しきれないのが悔しいかも」


「郡さん、いつもあんなにだらしのない顔しているんですか?」

「そう……だね。でも、多分……」


「多分なんです?」

「こう君の好きなタイプって、お姉ちゃんより美緒さんみたいな人だと思う」


「……なんとなく分かります」

「ねぇ、莉子ちゃん?」


「はい?」

「莉子ちゃんは…………やっぱり、なんでもない」


「変な美海ちゃんですね。では、私から1ついいですか?」

「うん、なにかな?」


「今日の打ち上げ前に少しお時間もらえませんか? お聞かせしたいお話があります」

「大丈夫だけど……なんだろう、ちょっと怖い」


「いえ、大した話ではありません。そうですね……昨日、2人がイチャイチャしていたベンチで待っていてもらってもいいですか?」

「なっ!? え、莉子ちゃん見ていたの!?」


「はい、それはもうバッチリと。ですが他の人には見られておりませんので、安心して大丈夫ですよ。それで、どうでしょうか?」

「…………分かった」


「やはり部室にしましょう」

「えっと、莉子ちゃん? それなら今のくだりを話す必要は――」


「閉会式終了後30分も経てば、人もいなくなるでしょう。それくらいの時間を目安にお願いします」

「もう……。莉子ちゃん変わったね」


「はい、28回も泣かされましたから」

「あれ、1回増えた?」


「これ以上は増やしたくないですが、あと1回は増えるかもしれません」

「こう君は莉子ちゃんに容赦ないね……ちょっと羨ましいかも」


「(羨ましいと思うのは莉子の方です)美海ちゃん大丈夫ですか? 熱でも?」

「…………………………熱があるのは莉子ちゃんでしょ?」


「…………………………はい。高熱過ぎて困り果てています」

「――私っ!!」


「いえ、お構いなく。これは私だけの想いです。邪魔をするなら美海ちゃんでも許せません」

「……午後も頑張って応援しようね」


「はい。リッコリコにしてやりましょう」

「うん」

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