第113話 何やら頭に悪寒がした

 体育祭2日目午前中に行われる競技は『借り物競争』。

 男女混合競技のため、1年生体育祭実行委員が審判を担当する。

 借り物競争で必要なものと言えば、借り物が書かれた紙だ。

 指令書と呼んでもいいかもしれない。


 その指令書の内容は僕ら1年生体育祭実行委員が書かせてもらった。

 もしも本宮もとみや先輩が取り仕切る体育祭であったなら、奇抜な指令書が書かれた可能性もあっただろう。


 だが取り仕切っているのは田村生徒会長だ。

 だから当然に、僕はしっかりと無難な指令書を書いた。

 莉子さんには『鬼ですね』と言われたが、検閲けんえつまでしていた田村生徒会長だって認めたのだから鬼と言われるような借り物ではないはずだ――。


 さて、借り物競争の予選も進み、いよいよ決勝戦のみとなった。

 だがその前に昨日の振り返りをしてみよう。

 バドミントン、バスケットボール、バレーボール。

 3種全てで1年Aクラスの決勝進出が決まった。


 決勝の相手はいずれも2年Bクラス。

 この時点で4クラス対抗戦はAクラス、もしくはBクラスの優勝で決まったということだ。


 さらに言えば総合優勝に関しても1年Aクラス、もしくは2年Bクラスで決まるということになる。

 つまり――。午後は総合優勝をかけて1年Aクラスと2年Bクラスが競うことになる。

 2年Bクラスには癖の強い生徒会役員3人が所属しているため、苦戦するかもしれない。


 けれど僕らAクラスも負けていない。

 だから十分総合優勝を狙える筈。


 総合優勝の可能性を高めるためには、借り物競争で優勝を狙いたい。

 借り物競争ならば、運動の苦手な人でも指令書に書かれている借り物次第で1位を取れる可能性もある。


 現に、運動を苦手とする五十嵐さんが決勝に進めたことが何よりの証明だ。

 だから五十嵐さんには、僕が書いた指令書を引いてもらいたい。

 間違えても莉子さんが書いた指令書は引かないでほしい。


 そう願うばかりだ――。


「いよいよだね、莉子さん」


「はい、郡さん。なんだか、胸がドキドキしてきました。ハッ!? これが……恋!?」


「余裕だね。この調子なら莉子さんの目標達成も目の前だ。いや、すでに達成出来たんじゃない?」


「……まだです。それより郡さん? 今なら莉子がドキドキしているか確認してくれてもいいですよ? さぁ、どうぞ」


 そんなに手を広げて胸を突き出しても触れるわけがない。

 それよりも貞操観念ていそうかんねんの低い莉子さんの今後が心配だ。


「触らないよ? 莉子さんはもう少し慎みを持った方がいい」


「はて? 郡さんはどこを触るおつもりで? 莉子は手首の脈で確認してもらうつもりでしたが……まさか!? 莉子の慎みある平田の平たい胸にご興味が? でもすみません。郡さんには確かにお世話にもなりましたし、郡さんになら触られてもいいかなって思ったりもしますけど……だが、断る!! やはり初めては好き合った人に触ってもらいたいです。だから、ごめんなさい。郡さんのお気持ちにはお応え出来ません。あと、莉子の成長期はまだこれからですからね? それと誰が平田い胸族ですか!!」


 とんだトラップだ。

 あんなの思春期の男の子はほぼ引っ掛かるだろうよ。

 それにまた謎システムが働き僕は莉子さんに振られてしまった。


 あと何度莉子さんに振られることになるのか……まさか泣かされた回数までやらないよね?


 莉子さんのことだから、ありえそうで不安だ。

 それに成長期はもう……いや、よそう。

 彼女は立派な族長になるはずだ――。


「沈黙は肯定……つまり、郡さんは慎みのあるお胸が好きだということに……莉子は罪な女です。ごめんなさい、郡さん。莉子が魅力溢れる女性なばかりに……。でもそれでは申し訳が有りませんので、何か1つお願い事を聞いてあげてもいいですよ? さぁ、どうぞ」


 止まらない。止める事の出来ない暴走……いや、妄想列車のようだ。


「莉子さんは本当に面白いね。飽きさせない女? そんな感じする。あと手首の脈は取らなくてもいいかな。それよりも僕は五十嵐さんが莉子さんの書いた指令書を引かないよう願いたいかな」


「飽きさせない女とは言いえて妙ですね。褒め言葉として受け取っておきます。ですが…………指令書に関して正しいのは莉子ですよ? 郡さんは頭がよろしいのに本当におバカさんですよね。莉子が書いた双眼鏡、1位を取る人はその指令書を引いた人ですよ」


 双眼鏡なんて莉子さんと五十嵐さんくらいしか持っていないだろうから、五十嵐さんがその指令書を引いたら詰みだ。

 実行委員は借り物を提供出来ないし、持っていると考えられる五十嵐さんは走者だ。


 本人から双眼鏡を借りることなど、ルール上認められてもいない。

 つまりその指令書は外れもいい所だろう。

 もしかしたらゴールすら出来ない可能性だってある。


 そう思ったのに、

 蓋を開けてみたら結果は莉子さんの正しさを証明することになった――。


【1位】3年Bクラス女子

 借り物は双眼鏡


【2位】2年Aクラス男子

 借り物は綺麗だと思う先生

 →古町ふるまち美緒みお先生


【3位】1年Aクラス五十嵐さん

 借り物は好きな人

 →せき順平じゅんぺい


【4位】2年Bクラス男子

 借り物はメガネを掛けた先生

 →遠藤えんどうちか先生


【最下位】1年Cクラス男子

 借り物は参考書

 →ゴール出来ず



 ――そんな馬鹿な。

 と、目を疑った。


 双眼鏡の指令書を引いた3年生がまさかの1位となったのだ。

 しかもぶっちぎりの1位。


 走者が『双眼鏡持っている人!?』と声を掛けたら、数えきれないくらいの手が挙がったのだ。

 これには僕も驚いた。


 どうしてそんなに?

 不思議に思っていたら、莉子さんがすぐに教えてくれた。


 ――恋愛アイテムとして女子の間で流行っているのですよ?

 と。


 何やら、五十嵐さんは莉子さんからのアドバイスをきっかけに順平と付き合うことが出来たらしく、さらに『他には?』とアドバイスを聞いたら、双眼鏡を持ち歩くといいと莉子さんが答えたらしい。


 本当に効果があったのかは疑問であるが、現に夏休み中、五十嵐さんは想い人と交際する関係に至っている。

 そのため五十嵐さんの噂を聞いた女子の間で瞬く間に話が広がって行ったと――。


 なるほど。


 女子は占いとか好きなイメージがあるから納得出来るかもしれない。

 ただ、五十嵐さん『好きな異性』なら順平で合っているだろうが、指令書は『好きな人』だったのだ。


 それなら別に友達でも良かったとは思うけど……あんなに顔真っ赤にして。

 からかいに行きたいけど、今はまだ片づけが残っているから駄目だな。


「郡さん、悪い顔していますね? あとやっぱり、郡さんが書いた参考書はダメダメでしたね」


「気のせいでしょ。それとおかしくない? 誰1人と参考書を持っていないなんて」


 僕も普段から持ち歩いているし、3年生なら持っているだろう。

 そう考えて書いたのに、誰1人と持っていなかったのだ。

 そのため、1位とは逆のぶっちぎりで最下位という結果になってしまった。


「いえ、間違いありません。何を考えていたのですか? あと郡さんは本当に究極におバカさんですよね。体育祭の日に勉強に関係ある物を持ってくる人がいる訳ないじゃないですか」


 続けて莉子さんは、最後に大きなため息を吐き出した。納得出来ない。


「それより、お腹減ったし早く残りを片付けてしまおうよ」


 今日のお昼は美空みくさんがお昼の時間に合わせて、書道部5人分の弁当を持ってきてくれるから楽しみにしている。


 ちなみに5人というのは、美海、佐藤さん、幸介、莉子さん、僕の5人だ。

 美海に誘われて、莉子さんも夏休み明けから書道部員となっている。


 さらに補足すると、部員が5人となったため愛好会から部活動に昇格している。

 まあ、活動は出来ていないのだけれど――。


「……莉子も美海ちゃんのお姉さんがご用意してくださるお弁当は楽しみですし、今は仕方ありませんが誤魔化されてあげましょう」


「美空さんの料理は莉子さんが期待している以上に美味しいと思うよ」


「郡さんがそこまでおっしゃるなら、早く片づけを済ませましょうか。それにしても……郡さんの胃袋を掴まえ、さらには郡さんがお好きな年上女性でお綺麗な人とも聞いております。美海ちゃんのお姉さんですから当然でしょうけど。郡さんお好きですものね、年上で綺麗な優しい女性」


「美空さんは優しくて料理も上手で綺麗でめちゃくちゃ美人さんで、でも片付けは苦手でどこか抜けている所もある素敵な女性ということは否定出来ないけどさ。鉄板のネタだよね、僕が年上好きな話って。違うのにさ」


「説得力皆無ですよ。まったく――」


「あの、莉子さんっ!!」


 僕と莉子さんが軽口を叩きながら片付けを進めていると、同じ体育祭実行委員の男子、Cクラスの吉永よしながくんが声を掛けて来た。

 目の動きに落ち着きがなく、何やら少し緊張した様子が窺える。


「はい……あれ、晴翔はるとくんではありませんか。また何かご相談ですか?」


「……片付けが終わったあとでいいんだけど、少し時間もらえない?」


「大丈夫ですよ。それと晴翔はるとくん、平田さん呼びからいきなり名前呼びに昇格したことは別に構いません。ですが私のことを莉子さんとは呼ばず、呼び捨てで呼んでください。もしくは、『りこりー』や『りこちゃん』。はたまた『りこりこ』でも構わないですよ」


「えっと、それなら……莉子?」


「はい、さん付けでさえなければ、それで結構ですよ」


 確か吉永よしながくんは莉子さんに対して気があるそぶりを見せていた人だ。

 Aクラスが担当する片付けも終わりに近いし、これくらいなら気を使っても構わないかな。


「片付けも終わりだし、残りは僕がやるから莉子さんと吉永くんは用事済ませてきていいよ?」


「郡さんがそうおっしゃるなら……分かりました。では、行きましょうか晴翔くん。あ、郡さん。またあとで」


「八千代くん、ありがと!」


 残りの片付けを引き受けたことに対してなのか、気を使ったことに対してかは分からないが、そのまま2人を見送り、残りわずかの片付けを済ませてしまう――。


 ▽▲▽


「それで晴翔くん。私にお話したいこととは何でしょうか?」

「その前にさ、聞いてもいい?」


「はい。私にお答え出来ることならばなんなりと」

「莉子はその……八千代くんと、付き合って、いない…………いないんだよな!?」


「ええ、前も言いましたけど生涯あり得ないですね」

「そっか……なら、誰か好きな人とかって?」


「私にってことですか?」

「そう、莉子に誰か好きな人がいるか知りたい」


「いませんよ(まぁ、大好きな人ならいますけど)」

「なら俺にもチャンスがあるって思ってもいいか?」


「……私の勘違いでなければ、今私は好意を向けられているのでしょうか?」

「そう……だな。その通りだ」


「そう、ですか。ただ、私は――」

「分かってる。俺に興味がないってことは。でもチャンスをくれないか?」


「チャンス、ですか? それは例えば?」

「リレー」


「リレーが何か?」

「俺は最後を走るアンカーだ」


「はい、1年生の男子がアンカーですからね」

「それで……1位でゴール出来たらさ、彼女になってくれ」


「お気持ちはありがたいですが、賭け事の景品扱いで彼女になるのは嫌ですね」

「うっ……そりゃそうか……」


「私はこれでも夢見る乙女ですからね。だからすみません。お気持ちにお応え出来ません」

「ならさ、俺が1位取れたらデートしてくれよ? それで綺麗サッパリ諦めるから」


「(初デート相手は郡さんがいいですけど)……分かりました。それくらいでしたら」

「よしっ。なら約束な!」


「ええ。ちなみに私のどんな部分に好意を抱いたのかお聞ききしても?」

「え……どんな?」


「ええ……(まさか全部とか言わないですよね)」

「ちっさくて可愛いところとか? あと、優しくて話しやすいとかかな?」


「そうですか。お答え頂きありがとうございます」

「………………」


「晴翔くん?」

「……全部、だと思う……じゃ、俺は行くから。またな、莉子!!」


 晴翔くんに莉子の全てをお見せしたことはないのですが。

 それに莉子は、今日から喰らい尽くせぬ女を目指すと決めました。

 だから誰かに全てをさらけ出すことは永遠にやってこないでしょう。

 何せ飽きさせない女ですからね。


 ふんっ。


 それにしても――。


 郡さんのあんぽんたん。

 さては、晴翔くんの気持ちに気付いていたから、片付けを引き受けましたね。


 これだけ近くにいる莉子の気持ちにはまるで気付かないくせに、晴翔くんの気持ちには気付くとか本当にもうっ。


「はぁ……」


 生涯あり得ない。

 だってそれは、莉子の想いが叶うことはないっていうことですからね。

 貴方が私の王子様でないということは。


「分かっていたはずなんですが……」


「おい、平田」

「おや? 五十嵐さんじゃないですか。どうしたんですか、こん――」


「悪いことは言わねぇ。ズッくんは止めとけ。平田も分かってんだろ?」

「五十嵐さんは……そう言われて止まれますか?」


「言い方とかズッくんに似てきてやがんな」

「ありがとうございます」


「そういうとこもだ、くそっ」

「郡さんに似てきた。それが意味するのは、それだけ時間を共有出来ているということでもありますからね。嬉しくない訳ないです」


「あいつは――」

「五十嵐さん。ご心配は嬉しいですが、分かった上ですから」


「そうかよ。……悪かったな、余計なこと言って」

「いえ。でも――」


「なんだ? いいてぇことがあんなら言っとけ」

「莉子は今日人生で初めて失恋をします。だから、あとで人の頭を叩くコツを教えて下さい」


「……お安いご用だ。任せとけっ」

「ありがとうございます」


「んじゃあな」

「はい、また」


 振られる腹いせとかではありませんからね。

 晴翔くんを応援するような真似したこと、莉子は怒っていますからね。


 好きな人にそんなことされることが、どれだけ辛いのか。

 苦しいことなのか。


 ですから、頭を叩くくらいは許してもらいたいです。

 残酷でお優しい郡さんのことです。


 きっと許して下さるでしょう――。

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