第110話 僕は先導者。え?扇動者?
体育祭の始まりは、実行委員の代表者が開会の言葉を宣誓した訳でもなく、田村生徒会長の面白みもない真面目な宣誓で幕を開けた。
副会長なら何か面白いことでも言っただろうか。
あまりにも固い開会の言葉であったため、そんなくだらない妄想もしたが、開会式で言える宣誓の言葉など限られているだろうし、無茶ぶりもいいところかもしれない。
そしてイベント事が大好きだと噂される副会長は姿も現さず何をしているのかというと、今度の体育祭に関しては田村生徒会長含む3年生が取り仕切ることで決まっているそうだ。
その代わりじゃないけど、11月に行われる文化祭については副会長率いる2年生の生徒会役員メンバーが主導して取り仕切るらしい。
今年は『
体育祭実行委員が立ち上がったように、文化祭実行委員もあるらしい。
だけど生徒会、特に副会長とは関わりたくないから絶対になりたくないと考えてしまう。
何も巻き込まれず純粋に外から眺めて楽しんでいたい。
そう願うばかりだが、そうもいかない予感がする。
四姫花候補には、美海、美波、美愛さんが噂されている。
今あげた女子3人とは、この学校の男子の中で僕が一番親交を持っている。
そのため嫌な予感をさせているのだ。
今さらだけれども、副会長が誰なのか把握しておいた方がよさそうだな。
あとで莉子さんに聞いてみよう。
だが今はその前に。
体育祭1日目、午前中の競技は男女混合競技の2種が行われる予定だ。
体育館を半分に分けた第1コートで玉入れ、第2コートでバドミントンダブルスが行われる。
それぞれ2試合ずつ同時に進行していく中々にタイトなスケジュールだ。
つまり、僕と莉子さんを含む体育祭実行委員の1年生は、クラスを応援する暇もなく大忙しというわけだ。
「郡さんっ! ほらっ、ボーっとしてないで準備に行きますよ!!」
見るからに張り切っている莉子さん。
その莉子さんに注意されたうえ、手を掴まれ引っ張られ、僕たちが審判を担当する『玉入れ』のコートに連行される。
「気合いバッチリだね、莉子さん」
「え、何を今さら? からかわないでください!」
からかったつもりなど微塵もなかったけど、いい加減僕も真面目に働くとしよう。
莉子さんの目標を叶えるために、そしてそれを叶えたい僕のためにも。
好きな人に見せつけてやりたい。目に焼き付けてやりたい。変わった私を見せて教えてあげたいことがある。
だから普通の女の子程度にはコミュ力を上げて体育祭を頑張りたいと。
なぜ、体育祭なのかと聞いたら、準備期間的にもちょうどいいイベントだったからだそうだ。そこまで慌てずとも、文化祭までゆっくり準備すればいいのにと思ったが、やる気に水を差すこともないと考えを改め、協力する事を決めた。
覚悟はしていたけれども――。
莉子さんにとっても、僕にとっても、夏休みの前半は本当に厳しいものだった。
厳しいことやきついことは言いたくなかった。
もっと褒めて伸ばしてあげたかった。
でも、言わざるをえないほど、莉子さんは駄目で、駄目で、仕方なかったのだ。
別にどうでもいい人になら厳しいことも言える。
どう思われたって構わないからな。
だけど莉子さんには言いたくなかった。
友達に厳しいことを言って嫌われたくなかったのだ。
それでも言い続けたのは、莉子さんが『友達』だからだ。
だからこそ僕は厳しいことを言い続けて時には酷いことも言って泣かせ続けた。
鬼畜だと言われても仕方がないくらい、女の子を泣かせまくったのだ。
途中、諦めても仕方なかったかもしれない。
挫折しても仕方なかったかもしれない。
けれど莉子さんは逃げなかった。頑張った。
その結果が今だ。本当に――。
「本当に、いい加減に起きて下さいッ!! 郡さんは味方のフリして、実は最後に裏切る敵だったんですか? 許しませんよ? 捻りつぶしますよ? ナニを」
「僕が悪かったから、可愛い女の子が下品なこと言わないの」
「はて? なんのことですか? あ、でも、可愛いと言われるのは悪くないですから、もっと褒めてくれてもいいですよ? ほら? あ、双眼鏡お貸ししましょうか?」
「調子乗らない。双眼鏡がなくても可愛いのは分かっているから。ほら、いい加減位置につくよ」
「鬼むっつり裏切りサボり魔が急に仕切らないでください」
散々な言い草である。
あと、鬼とむっつりを繋げて言わないでくれ。
とんでもないむっつり野郎に聞こえてしまうからな。
ただ、時間も時間だから決められた位置について開始時間まで待機する。
僕と莉子さん、そしてBクラスの実行委員の人が担当する競技は玉入れだ。
そして、CクラスとDクラスがバドミントンの審判を担当する。
希望が通った美海は、佐藤さんとペアでバドミントンに出場する。
2人を応援したかったから玉入れでなくバドミントンの審判をやりたかったけど、決まった事に文句を言っても仕方がない。
僕はこちらで、莉子さんが
呑気にそんなことを考えていると、ひと際大きな声援が聞こえて来た。
あきらかに浮いている。熱気が、やる気が、他クラスと比べて見ても異様に感じる。
一体どこのクラスだろうか。
あ、うん。
見なくても僕らAクラスだと分かるから顔を向けたりはしない。
「莉子ちゃん! 相手クラスなんて、リッコリコにしてくるからね!」
「平田さんばかりに働かせていないでお前も働け! 扇動者!!」
「さっきから見てっからな? 扇動したんだから、八千代もしっかり働け!!」
先導者って響きは悪くないかもしれない。
けれど、どうしてだろうか。
声色から判断するに褒められている気がしない。
だから嬉しく感じない。
「ぷ、ふふふっ、扇動者って……郡さん才能ありそうですもんね。人を煽るのがお上手ですから」
「え――」
先導者じゃなくて扇動者か。
そりゃ、嬉しく聞こえないはずだ。
だって普通に悪口だし、それ。
確かにクラスのみんなを煽ったりしたが、クラスのためでもあった筈なんだけどな。
納得いかないから文句を言いたいが、今はとにかく腕をつついてくる莉子さんが
「やぁーい、扇動者。ぷ、ふふふっ」
「うるさいぞ。リッコリコにされたい?」
「そんなに莉子で溢れかえらせたいのですか? でも、ダメです。莉子で溢れたとしても、気持ちは1つなので……ごめんなさい。莉子には好きな人が……」
「莉子さんがたくさん居たら騒がしくて堪らないって」
「郡さんを莉子で溺れされてあ、げ、ま――」
「ほら? 始まるよ」
「最後まで言わせてくださいよ!!」
「はいはい。僕はカナヅチだから、溺れちゃうから静かにして」
「まったくもうっ」
夏休み、そしてここ最近の日々でお馴染となったやり取りだ。
告白したつもりなど全くないけど振られた数だけが増えていく謎システム。
理不尽ということだけは分かっている。
ただ、まあ、そうだな。
幸介や美海、美波とは違った会話のテンポで、落ち着きのなさはあるけれど、これが楽しいとも感じる――。
莉子さんと交わす愉快なやり取りをしながらも、午前中は忙しく過ぎて行き、1時間の昼休みとなった。
さすがの実行委員もお昼はとらないと倒れてしまう。
開始10分前には午後の準備に移らないといけないが、それくらいなら誤差だと考えればいいだろう。
それで、午前中に行われた競技の結果だけど――。
1年Aクラスは圧倒的だった。
宣言通りに他クラスを軒並みリッコリコにして玉入れは優勝。
玉入れに参加していないクラスメイトが『リッコリコ! リッコリコ!!』と息を合わせて、大きな声援を送っていた。
とても異様な光景だと思ったし、さすがに莉子さんも恥ずかしいだろうと思ったけど、そんなこともなく隣で小さく『リッコリコ! リッコリコ!!』と口ずさんでいた。
もしかしたら、莉子さん自ら広めた応援歌なのかもしれない。
どちらが扇動者なのか。のちの黒歴史にならないといいけれど。
もう1つの競技であるバドミントンは、順平と幸介ペアが予選1位通過となり、明日の午後に行われる決勝へ進出が決まった。
美海、佐藤さんペアは惜しい所まで進んだが結果は4位。
残念に思うけど、バドミントン部をくだした大番狂わせを演出したりして大活躍だったらしい。4位ならポイントも入るし十分な結果だろう。
雀の涙とか微々たる点数などではなく、立派な点数だ。
これが勝敗を分ける可能性だってあるからな。
微々たる点数などと言わせてなるものか――。
過去に言った自分の発言を棚に上げたけれど、美海の雄姿は見たかったな。
褒めに行きたいけど、美海本人は悔しがりそうだから悩ましい。
結構負けず嫌いだからな、美海さん。
「悔しかったなぁ……でも、今のところ順調だね?」
「驚くほどにね。でも4位入賞も素晴らしい結果だよ。不服かもしれないけど、おめでとう」
「ちょっと複雑だけど……でも、ありがとう。八千代くん」
「上近江さんの頑張る姿、近くで見ていたかったな」
「それなら今度一緒にバドミントンでもする?」
素晴らしい提案に拍手喝采を送りたい。でも僕は見ている側がいいな。
「いいね。でも僕のみっともない姿はみせたくないな」
「ふふっ、それならダメだね」
「残念で仕方ない」
「私は八千代くんのみっともない姿でも……全部見たいなって思うよ?」
「なら……お見せしましょう」
「ふふっ、変な言い方。おかしな八千代くんだね」
本当にな。自分でもおかしいと自覚している。
けれど美海が不意にドキっとすることを言ってくるから、変なことを言ってしまったのだ。
「楽しかったけど……バドミントンに参加した人の体育祭は終わっちゃったし、ちょっと物足りないかも」
参加資格は1人1競技まで。
欠席などで人数が足りなければ重複も許可されているが、当クラスは欠席者ゼロである。
バドミントン、バスケットボール、バレーボールの決勝戦は翌日となるが、敗退した人はそれで終わりなのだ。
反対に明日行われる借り物競争参加者は、今日が暇になる。
出来る事は応援くらいしか残されていない。
やる気のない生徒にとっては好都合かもしれないが……。
一応このことは来年への反省に残して置いた方がいいだろう。
「でもさ、八千代くん? 明日のここの時間って何があるの?」
配布された行程表を開き、例の空欄部分を指さし見せて来る。
見せるためか距離が近くなったことで、シトラスとは違う別のいい香りが鼻翼の先をくすぐってきた。
石鹸のような爽やかな、運動したあととは思えないほどいい匂いがした。
「黙ったりして、どうしたの?」
「いや、ちょっと考え事をね。それでそこの空欄部分については、田村生徒会長の命令でまだ言えないんだ。でも……上近江さんなら、なんとなく予想できるんじゃない?」
「ふ~ん? よく分かんないけど……聞いたら私まで恥しいこと言われそうだから今はいいかな。それより、うん。明日……応援頑張るね? 普通のとリッコリコって応援されるのとどっちがいい?」
獣並みに勘が鋭いな。
深く聞かれていたら、僕は美海からいい匂いがすると白状しただろうからな。
そうすると美海も恥ずかしい思いをしただろう。
それに空欄部分についても察しがついたようだ。
素直に感心するが、普通の応援をお願いしたい。
美海がリッコリコって叫んでいる姿はちょっと見てみたい気がするけど、応援されている人が僕なら話は別だ。
「出来れば普通の応援でお願いします」
「ふふふっ、考えておきます」
悪戯っ子のような微笑みで悪い顔をしているから、普通の応援は期待出来ないかもしれない。
でも悪あがきはしておきたい。
「上近江さんが普通に応援してくれるなら元気500倍なんだけどな」
「……それ、莉子ちゃんの口癖だよね?」
そう言われてみたらその通りだ。
つまりなんだ、僕もしっかり莉子さんの口癖が移っていたということか。
「莉子さんにも言われた。美海ちゃんの口癖が移っているって」
「ふ~ん、そうなんだ? ちなみに私のどんな口癖を八千代くんは真似したの?」
「知りたい?」
「うん、教えて?」
「明日、普通に応援してくれるなら教えてあげるけど?」
「もうっ、またそうやって面倒な言い回しして。八千代くんの悪い癖出てるぞっ! でも、わかった。普通に――」
「それだよ」
「え? それって?」
「今、上近江さんが言った『でも、分かった』ってやつ。僕が同じこと言ったら、莉子さんに美海ちゃんの口癖って言われたんだよ」
「…………八千代くんって、本当に意地の悪い人だよね」
そして最後に、小さな声で『こう君のバカ』と言われてしまう。
自分でも意地悪が過ぎたと自覚しているため、素直に謝罪したところで、お昼ご飯を外に買いに行っていた友人たちが戻って来る。
美海が耳を薄く染めていたこともあり、莉子さん、佐藤さんに疑いの眼差しを向けられながら、僕たちは食堂へ移動を開始したのだ――。
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